07 油断
半人のヴァンパイア、フィジャックは王からの命令により墓の管理をしている。
ダンジョンでの墓の管理とは浅く埋められた死体にアンデッド化率を高める魔力や効率良く死体が腐敗していくように、闇魔法を適切に行使するといったものである。
勿論、死体が無い場合はフィジャックには管理者としての仕事が無くなる為、訓練をするようにも言われている。
ゼルダ、ヒルダのサキュバスは魔力泉の改良に目処が立ち、交代で研究と訓練を開始している。
工房ではオーク10体に更に王によって20体(不良品が5体混入していた為実際は25体の召還)が追加され、30体のオークがマジックアイテムやスケルトン用の武具を製作していた。
王や上位種の魔物の使用に耐えうる武具の製作が可能な知識も、オーク達のレベルも不足している為、製作はまだされていない。
その為オークも製作と訓練を交代で行い、全体的なレベルの底上げも開始している。
そんな中、王と死の妖精のオリビアだけが訓練のみの日々を続けていた。
「オリビア、予と手合わせをせよ」
「は!」
訓練室にて唐突にグルンからの命令を受けたオリビアの全身を電撃が駆け巡る。
オリビアは既にレベルが3に到達しており、召還された時と比べ魔力の増大も上位種である為に膨大なものであった。
しかし目の前に立つ王であるグルンには到底適わぬ事が、自身の力量の上昇によってより強く認識させられていた。
オリビアと王であるグルンとではレベルの上昇による魔力量の差が更に開いていく為、その事をオリビアは痛感しており、絶対的な上位者としてグルンへの畏怖を強めていた。
さりとてオリビアもランクAの魔物であり、魔物達の中では上位種。恐怖によって動けなくなるような無様な姿を王に見せることは、彼女の矜持が許さなかった。
王とオリビアだけが使用を許された訓練室は改装され、30m×30mとなりかなりの広さを有していた。
訓練室の中央に立つ王がオリビアが動き出すのを待っている。
「オリビアよ、そう固くなるでない。予を殺すつもりでな」
「は、は! し、しかし私がグルン様を傷つける事は……」
「ほう。予を傷つける事が可能と申すか。それは楽しみだ」
「も、申し訳御座いません」
「よいよい、掛かってまいれ」
些か緊張していたオリビアも手合わせが開始されるや否や、訓練室の床を蹴り上げ凄まじい速さで王へと跳躍した。
常人であればその跳躍の音が聞こえた瞬間に目の前から対象が消えたように思える速さではあったが、グルンにとっては良い踏み込みだという程度であった。
オリビアも力量の差は十二分に承知しており、正面からの攻撃が意味を成さない事も理解していた。
彼女は王へ跳躍すると同時に、無詠唱で聖属性魔法【シャイニング】を唱えていた。
王の弱点である聖属性魔法を放つ事で彼女は力量差を埋めようとし、掌の魔法陣から白く輝く光が溢れさせる。
王とオリビアが接近するかに思えた直前に、訓練室全てが膨大な光量で満たされる。
光の収束に五秒以上を要するほどの光量の発生源であるオリビアの放った【シャイニング】の威力は例え王であっても無傷では済まない。
オリビア自身もやり過ぎたのではと膨大な光に包まれながら考えていた。
光が闇に飲まれ、その姿を消す。
その闇の中から王が姿を現した。
「なるほど、予を本気で消しにきたか。予の意を理解しておる。だが少々魔力が足りぬようだ」
「……」
姿を現した王に傷はおろか、纏う漆黒の鎧にすら傷一ついてはいなかった。
オリビアは王の言を聞き絶句する。
しかし彼女も上位種の魔物であり、すぐに次の魔法を唱えている。
オリビアの全身から紫色の魔力の霧がとめどなく溢れ出る。
1m四方ほどの魔法陣が訓練室の床に浮かび上がり、濃縮された魔力が魔法陣へと注がれる。
「【聖雷電】」
現状オリビアが放れてる最強の聖属性魔法。
広範囲にわたり聖属性を纏った稲妻が無数に降り注ぎ、小さな集落であれば一瞬で蒸発するほどの威力を有する魔法。
それをこの訓練室という密閉された空間で発動する。
訓練室が一瞬光に包まれ、すぐにその光量を失う。
視覚でそう感じた瞬間、凄まじい音の衝撃波と共に白い稲妻が王の頭上に何十本と降り注ぐ。
全ての稲妻が王の体へと吸い込まれるように流れていく。
「ぐっ……」
この世界で目を覚まして以来、初めてグルンは悲痛を漏らす。
体中を聖属性の稲妻が駆け巡り、体内の細胞を燃やし、破壊尽くそうと走り回る。
自身の魔力で体内の破壊を押し留めようとするも、内部破壊は軽微では済まなかった。
「さすがはオリビア、予が見くびっていたのだな……」
「……い、いえ。すぐに手当てを!」
「まだ手合わせは終わっておらぬ、次は予からゆくぞ」
――――――予をもっと楽しませよ
すぐに身構えるオリビアは王の一挙手一投足を見逃さまいと王の姿を凝視する。
同時にいつでも攻撃を防ぐ事が出来るよう、結界系の魔法の候補を頭の中で列挙する。
そんなオリビアの警戒を嘲笑うかのごとく、グルンは反則的な反撃を開始する。
「【空間転移】」
グルンは【空間転移】により瞬時にオリビアの背後に現れる。
魔力の揺らぎを察知し、すぐにオリビアが背後に振り向く。
グルンは既に次なる魔法の詠唱を終えオリビアは魔法陣を右手の掌に浮かび上げるも、グルンによって右手首を掴まれる。
「【死の手】」
「クッ…ァ…」
【死の手】は触れている対象部位の魔力を吸収し喪失させる。
一瞬の出来事にオリビアは結界で防ぐ事はおろか、物理的に回避する事も出来ずに右手の先を魔力事グルンによって呑み込まれた。
正に反則的な反撃。王の手加減なしの反撃を出させたのは、オリビアによる【聖雷電】ではあったが。
「お返しだ。中々楽しめたぞ」
「勿体無きお言葉」
「魔力をかなり吸収したようだ、今日は体の再生に務めよ。エーテルの使用も併用し明日には訓練を再開するようにな」
「畏まりました」
右手首から先を失いながらもオリビアはグルンに頭を下げ礼をする。
オリビアは訓練室を後にし、マジックアイテムの貯蔵庫にてエーテルを使用し喪失した魔力の補充を済ませ、欠損した右手の再生を開始する。
上位種であるオリビアは体の一部の欠損程度であれば一日程度で再生可能ではあるが、魔力を大量に吸収された為、かなりの魔力補充を有していたのだった。
そんな手酷い状態にされたオリビアではあったが、召還されてから初めての実戦形式のやり取りにやや高揚もしていた。彼女もまた王と同じく戦いを是とする魔の物であるのだ。
一人訓練室に残るグルンは先程の手合わせを振り返る。
危うく体全てを消し去られるところだった事はオリビアの【聖雷電】をかなり見くびっていたと反省する。
魔力の絶対量の差があっても、デスロードという種が聖属性にこれほどまでに脆弱だった事に憤りを感じつつも実戦での注意すべき点として頭に刻み込む。
知識としてではなく体感すると脆弱さがより一層はっきりと分かり、その事はグルン自身を喜ばせていた。
オリビア以上の使い手であるか、聖属性を得意とする種族や人間の聖職者であれば、今以上に危険な状態になっていただろうし、対聖属性に関しても戦闘方法を構築しなくては成らない。
【死の手】に関しては予想以上の効果はあったが、オリビアの闇属性への耐性は魔物の中では高い方であり、そのオリビアに効果があったのは収穫であった。
この事から、人間相手であれば触らなくとも肉体ごと吸収出来る可能性が高いが、魔力を膨大に有する人間相手には通用するかどうかは実戦で試す以外には解を見出せなかった。
考察を終えたグルンは一人、魔力が枯渇するまで訓練を続けた。
翌日、玉座にて休息をしているグルンに声を掛けるローブ姿のヴァンパイアが玉座の前に現れた。
「グルン様、お休み中の所申し訳御座いません」
「構わん、何かあったか」
声をかけられすぐに覚醒したグルンが答える。
「お願いが御座いまして。その言いにくい事ではあるのですが……」
「良い、申してみよ」
「は! ミノタウロスの召還をやっていただきとう御座います」
「ほう。奴らの知能が低い事はフィジャックも知っておろう。現状、指揮する者が居らぬが何か理由があっての事か?」
「それで御座いますが、指揮は私が行います」
「ヴァンパイアとはどちらかと言えば死霊を管理するのが適していると、予は認識しているが。フィジャックは兵を指揮し、訓練をする事が適しているとそう申すのか?」
「左様で御座います。私は通常のヴァンパイアと違い、半人で御座います。その特異な体質により対人間の兵の扱い方を熟知しております」
「なるほど、だが墓の管理やおまえの訓練はどうする。まだ完全にはコアの魔力は回復しておらぬぞ」
「しばらく私はミノタウロスの管理を優先致すことになりますが、純粋なヴァンパイアの召還も出来ますならばお願いしとう御座います。墓の管理に関しましても通常のヴァンパイアの方が優れておりますので……」
「良かろう。但しコアの魔力が十分ではないのでな、ヴァンパイア1体、ミノタウロスは20体だ。ミノタウロスは召還後直ちにフィジャックに預ける」
「は! グルン様のお役に立つようミノタウロスを精強たる兵へと鍛え上げます」
「うむ、では早速召還を開始する、フィジャックよそのまま立ち会え」
フィジャックからの忠言によりグルンがミノタウロス20体を召還し不良品が2体混入した為、計22体のミノタウロスが召還された。
「続いてヴァンパイアであったな、【魔物召還】」
魔法陣が王の間に浮かび上がり、緑と黒のヴァンパイア特有の魔力の煙が立ち登る。
その中から新たなヴァンパイアが姿を現す。
青白い肌を隠すように全身を青いローブに身を包み、長い金色の髪を揺らし跪く。
顔は床に向けられている為確認は出来ないが、ローブ越しに見えるはっきりとした体の特徴から「女」のヴァンパイアだと分かる。
「フィジャックよ、予のヴァンパイアの召還の仕方が何かおかしいのか?」
「い、いえ…そのような事は…」
声を掛けられたフィジャックも王と同様困惑の色を隠せなかった。
目の前の王とフィジャックを他所に、跪く女のヴァンパイアは不適な笑みを浮かべていた。
■グルン Lv3 (next700/1000)
■残り時間[71(d):08(h):51(m):29(s)]