06 ヴァンパイア
サキュバスのゼルダとヒルダはグルンによる躾の後、研究を勤勉にこなし十日でマジックアイテムの初級全般の設計図を作成し、魔力泉の改良に着手するまでに指示された研究を進捗させていた。
死の妖精のオリビアも欠損した左腕の再生を完了させ、訓練を再開し既にレベル2に到達していた。
そしてグルンもようやく初期の計画よりもかなり早く75日を残した段階でレベル3になっていた。
《New!》・ヴァンパイア―――ランクB 召還魔力:100000 召還条件:コアレベル3 主に魔法の研究やダンジョン内部の施設の開発改良の研究を得意とする。魔法の取り扱いに優れており、再生能力も非常に高く体の大部分が消失しない限り活動し続ける事が可能
グルンは玉座に座り、インターフェースに映し出されたその文面を眺めながら考えていた。
王のレベルが3になりヴァンパイアの召還が解放され、サキュバスに似たタイプではあるが、彼女達の全ての能力を上回る上位の魔物である事をグルンは知覚していたが、ここには明記されていない問題も知っていた。
ヴァンパイアは人間、特に人間の雌を収集したがるという困った性癖を持っている。
今は地上への出入り口が閉ざされてはいるが、ダンジョンが地上へと繋がった後にヴァンパイアの暴走を諌め制御しなくてはいけない。
サキュバスのように人間を手当たり次第収集するのとは似てはいるが、彼女達はそのまま人間を拷問したり調教、実験などして時が来れば処理してしまうので、あまり問題にはならないという面もある。
しかしヴァンパイアの場合は収集し、保存し、維持したがるのが問題であって、その問題を帳消しにするほどの能力はあるが、ダンジョンの地上との出入り口の地政学上のリスクが不明瞭な状態ではヴァンパイアの召還にはどうしても慎重になってしまう考えをグルンは抱いていた。
ヴァンパイの召還魔力が100000なのも慎重に成らざるを得ない部分であり、地上とダンジョンが繋がってからの問題であれば手がつけられなくなってから処分すれば良いが必要魔力の高さが大きな問題として圧し掛かる。
召還すべきかを決められぬままグルンはインターフェース画面から自身の情報を引き出した。
Lv 3(next1000/1000)
名前 グルン
種族 デスロード
性別 ♂
Skl 《New!》【念話】《New!》【中級魔法:火】《New!》【中級魔法:水】《New!》【中級魔法:雷】.................
EX 【迷宮創造】【迷宮王】
画面を確認したグルンは既に【念話】を習得している事に気付き、早速使用を試みる。
『オリビア、予の声が聞こえるか?』
『はい。【念話】で御座いますね。しっかりとグルン様のお声が致します』
『よし、では王の間へ来るように。集まり次第、召還をする。ゼルダとヒルダも連れてくるように』
『畏まりました、直ちに』
訓練と研究を途中で取り止め、オリビアとゼルダ、ヒルダが王の間へ姿を現す。
オリビア達はいつものようにグルンの前に跪こうとしたが、グルンからオリビアは傍で立つようにと告げられ、玉座の横で頭をすこし下げたまま佇む。
ゼルダとヒルダは玉座の正面を挟み込む形で、左右に立つように命じられた。
「次回からの召還時、予が同席するように命じた場合は、このように待機せよ」
「は!」
三人が頭を下げ意を理解する。
この陣形は召還対象の魔物が王に対しての不敬や敵意が見て取れた場合、即座に処分せよとの意味が込められている。
グルン自らが処分しても良いが、下位のランクの魔物程度を処分した所で、デスロードにとっての糧にはほぼならない。
それならば配下の魔物に処分させる方が効率が良く、グルンは処分するにしてもなるべくダンジョンの強化に繋がる方法を選択する事を選ぶ事とした。
「【魔物召還】」
三人が配置についたのを見定め、グルンが【魔物召還】でオークを召還した。
赤い魔法陣が10、王の間に浮かび上がる。
その中からオークが姿を現せる。
豚に似た頭部、やや低い背に引き締まった足腰。
衣服は布を腰に巻きつけただけでありお世辞にも気品などという言葉は似合わない醜悪な見た目をしていた。
「予の言葉を理解出来るか、オークども」
「……」
仁王立ちで首を縦に振るオークが3体、跪き少し首を縦に振るオーク7体が運命を別にした。
その反応を確認したグルンが、ゼルダとヒルダに目で処分しろと意を伝える。
その意を受けたゼルダとヒルダが音も無く仁王立ちのオーク3体に近づき強靭な握力でオークの頚椎を握り潰した。
「やはり不良品が幾分混ざるようだ。補充しなければならんな。【魔物召還】」
グルンが3体のオークを召還し、魔法陣が浮かび上がる。
先程とは違い3体は魔法陣から現れるなり跪き、若干の知能を有していることを示した。
「大丈夫なようだ、オークどもよ。予がこのダンジョンの王だ」
「……」
「ゼルダ、3体の不良品を墓に埋めておけ。ヒルダはオークどもにマジックアイテムの設計図を渡し工房にてスケルトン用の武具の作成及び、各種薬品の試作品、罠、警報機などを作らせろ」
「畏まりましたわ、陛下」
「ああ、それと薬品に関しては試作品の作成が成功した場合、ポーションとエーテルの比率は1:3で出来る限り量産させておけ。罠や警報機などは試作品だけで良いからな。早速取り掛かれ」
「御意、陛下」
ゼルダとヒルダが一礼し作業に取り掛かる為に王の間を辞する。
オーク達も幾分体を震わせてはいたが、ヒルダに連れられ王の間を後にした。
「では次の召還をする。【魔物召還】」
王の間に先程のオークの魔法陣とは別次元の魔力が放たれる魔法陣が浮かび上がる。
緑と黒が交じり合った煙が魔法陣から沸き立つ。
その異様な光景の中からヴァンパイアが一体姿を現した。
全身を青い布に赤で細かな紋様が装飾された見るからに気品のあるローブを纏い、顔はほとんどがローブで隠されてはいるが、その中から見えるのは青白い肌に病的な顔。
病的な顔でなければ美男子と評価出来るが、瞳は赤く他者を蔑むような目が邪な印象を与える。
そんなヴァンパイアだが王の御前では恭しく頭を下げ跪くが、王からは見えなくなった瞳にはどこか蔑みの色が残っていた。
「ほう。目覚めてからヴァンパイアを始めて召還したが、おまえ……普通のヴァンパイアではないな」
「……」
「オリビア、わかるか?」
「申し訳御座いません、私には判りかねます」
「ふむ。そこまで上手く隠せば早々見破れないか。……おまえ半分人間だな」
そう告げられたヴァンパイアは頭を下げ平伏している事も忘れ、顔を上げグルンの顔を凝視してしまう。
「やはりな。何か言いたかろう、申してみよ」
その言葉を聞き、オリビアが殺気を込めてヴァンパイアを睨みつける。
オリビアにもそして跪く召還されたばかりのヴァンパイにも、王の言葉には最後の言葉を発言する事を許すという意味で受け取っていた。
「召還していただき、また偉大なる王に仕える事が叶いました事……身に余る光栄で御座います」
「つまらぬ挨拶は良い、おまえが半分人間なのかどうか答えてみよ」
「……はい。仰るとおりで御座います。恐れながらお聞き致したいのですが、私の幻惑魔法にどこか不備が御座いましたでしょうか?」
ヴァンパイアから先程までの人を蔑んだような瞳は消え去り、今はその瞳に驚愕の色が宿っていた。
「おそらく種族差とレベル差であろう、上手く幻惑はしていても人間の残り香というかな、まだ完全には消えておらんな。しかしそこまでの幻惑魔法は大したものだ、相当な時間と労力を掛けたのだろう」
「……」
ヴァンパイアは既に諦めていた。王が半分人間のままのヴァンパイアを仕えさせるはずがない。
どれだけ幻惑で隠そうとも、この王は一目で見破ったのだ。
気の遠くなるような年月を掛け、幻惑魔法を誰よりも極めたつもりであったが、絶対的な上位者である王にはまったく通用しなかったのだ。
叶うのであれば、王自らの手によってとは思うがそれも無益というもの。
「オリビア」
「は!」
ああ、これで終わりか。不死であるヴァンパイアとしての生も遂にここで終わるのだな。
最後に偉大なる王と話せた事は、自分にとってはある意味良かったのかもしれない。
全ての努力が無駄に終わったことに悔しさが残りはするが、身の程を知らずに生を終わらせるよりは良いだろうな。
「殺気を消せ。このヴァンパイアを処分すると予が申したか?」
「も、申し訳御座いません」
はて、おかしな事になっている。
目の前の偉大なる王がオリビアとかいう死の妖精に殺気を放つ事を咎めている。
「予はこのヴァンパイアが気に入ったのだぞ。予はグルン、このダンジョンの王だ。おまえは半分人間だったわけだ、名はあるのだろう。申してみよ」
「王! いえ、グルン様! その……私はお仕えしても誠に宜しいのでしょうか?」
「当たり前であろう。混沌からダンジョンに召還したのは予だ。仕える以外に何をするというのだ。そして名を申せ、二度も言わせるな」
最後のグルンの言葉に殺気が込められ、ヴァンパイアにとって魂の死を直感で感じ取らせた。
「申し訳御座いません! 名はフィジャックで御座います」
「フィジャックよ、予に仕えよ」
「ははー!」
フィジャックと名乗る半人のヴァンパイアが深く深く頭を下げ王への絶対の忠誠を示した。
■グルン Lv3 (next1000/1000)
■残り時間[75(d):18(h):25(m):19(s)]




