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35 暴食の剣

 王都グランバス、光の間に王族や大臣、将軍が顔を揃えていた。

 早朝、報せをもたらしたのはグレスに駐屯していた若き騎士であった。

 その報せを知った者の反応は様々であり、貴族、主に大臣達の多くが魔物の出現を歓迎していた。


 将軍達は魔物の出現した数よりも、町付近の丘陵地帯に陣営地を構築した魔物の行動に危機感を強め、グレスだけでは済まないだろうと深刻に受け止めていた。

 王族も将軍達と考えを同じくする者は多かったが、王に近しい王族以外は貴族や大臣と同じく富の元となる魔物の大量出現を歓迎する者が大半を占めていた。

 光の間にてグランバス王はグレスがある王国南部に留まらず、王国全土へ戒厳令を発布するよう関係各所の職に就く臣下へと命じる。


 不幸な男は今回も王の信に報いる形で全権を委ねられそうになったが、強行に反対する人物が現れた事によって全権を託されグレスへと向かう将軍の選定が難航していた。


「陛下、ギルバート殿はここ最近軍務に就いておりません。グレスに駐屯する兵の指揮官であるキュー殿とも旧知の仲であるバルカ殿が適任かと」

「陛下、私も軍務大臣の考えに同意します。バルカ殿の貴下の軍団は先日行った演習直後でありますので、武装の調達は不要です。ギルバート殿の軍団を編成するには国庫への負担はかなりの額となるかと。財務大臣として、国庫への負担を容認する事は出来ません」


 ギルバートに指揮させる事に反対した人物は軍務大臣と財務大臣であり、双方が最もな理由をグランバス王に述べるも、内心は貴族出身ではないギルバートのこれ以上の栄達を拒む事と、貴族側に受けの良い公爵位も持つバルカに功を立てさせる方を選ぶ為であった。

 二人の重鎮に後押しされた公爵であり王国軍の将軍バルカは光の間にて軍属側の列に立ち、表情一つ変える事無く彼ら二人の重鎮である大臣の言葉を聞いていた。

 将軍バルカは50を超える年齢にも関わらず日々鍛錬し続けている強靭な体を王国騎士の証である白い甲冑で覆い、将軍の証である黒紫色こくししょくのマントを羽織り、不可視である威をそなえていた。


 バルカの胸中には目前で自身が貴族側の利益の代弁者としての役割を担うが為だけに、出兵に際しての指揮を執らせようと王に働き掛ける大臣を侮蔑する思いが満たしていた。

 そのような胸中を一切出さない彼は貴族である前に武人であり、多くの兵の命を守り、また多くの兵に死地へと立たせる将軍である矜持を有していた。


「バルカ自身はどう考える」

「私見を述べさせて頂くならば、私の指揮する第3軍団は王都に駐留しておく事が最善と考えます。西側国境のシャムド軍の動きが活発になりつつあるという事。グレスに現れた魔物が本隊であるという確証は無いという二つの要因が理由で御座います」

「ふむ……バルカの考えはわかった。予も西側国境にて示威行動を行っているシャムド軍には憂慮しておってな、ギルバートには軍団指揮は任せぬ。全権を託すというのは協定の方じゃからな」


「なるほど……では一兵も連れずにグレスへと向かわせるのですか? もしや……」

「バルカにもわかるか……マリアのトゥラマにギルバートをグランバスの全権大使として随行させる。そして、これは勅命である」


 バルカは王に求められた問いに自身の考えを二つの理由に基づいて出し、自身が指揮する第3軍団の出兵は適切ではないとし、大臣や貴族の思惑を一蹴した。

 王もバルカの武人としての矜持をよく理解しており、発言の機会を与え、王からの勅命に他者が異を唱えられぬよう誘導していた。




 グレスと王都を結ぶ街道にて黒髪の少年とレックス達、冒険者パーティとがすれ違う。


「あ! レックスさん! それにアンジェさん! 王都にラーニャやパイクス達は戻ったっすか?」

「ん? このガキ…どっかで、ああ、パイクス達が連れてた奴か」

「シロ、落ち着かんか。まずは馬を止めるんじゃ」


 リーダーである白髪のレックスをはじめ、熟練の域を超えた王国内で随一の武力を誇る冒険者であるミックス、リンス、サイジが馬に騎乗し、少女のような容姿ではあるがミックスの騎乗する馬に同乗している冒険者ギルドマスターであるアンジェが、馬車事体当たりして来る勢いで近づく少年を諌める。

 シロと呼ばれた黒髪の少年の装備は戦闘による破損や傷を多く残しており、怪我をしているのではとアンジェは危惧していた。

 深淵の森へと入ったと知っているアンジェは、彼の身に降りかかった事象をおおよそ予想していたが、すぐには問うことはしなかった。


 アンジェはレックス達へと目配せし、自分にこの少年への対応を任せて欲しいという意思を伝え、レックス達も即座にアンジェの意思を理解し口を閉じる。


「よし、ここへ馬車を止めるんじゃ」

「……アンジェさん、王都にパイクス達は戻ったっすか?」


 アンジェは馬上から飛び降り、シロが操る馬車を引く馬の手綱を持ち、街道脇へと誘導しながら御者台へと返答する。


「戻っておらんよ」

「……ほんとっすか? ……アンジェさんは僕を騙す事はしないと思ってたっすけど……あいつらと同じ事するんすか?」

「あいつら? シロ、どうした。冒険者の足取り、シロが問うのは安否かの。マスターである私が虚偽を口にするとでも?」


「……」

「シロ、深淵の森で何があった」

「……」


 シロは自身が欲していた、仲間であるパイクスやラーニャが無事王都へと戻っているという答えが得られなかった事に絶望し、目の前で欲していなかった答えを口にするアンジェを過去、王都にて自身を利用し死地へと追い込み、金銭を奪っていった者達と同様の人種ではないかと疑い始めていた。

 パイクスやラーニャは既にフィジャック及び王であるグルンに捕らえられ、殺されていたが、シロだけはその事実を知らなかったというよりは、想像する事も認める事も拒絶し、受け入れようとはしていなかった。


「アンジェ、すまんが俺からも一つ良いか?」

「…」


 馬上、少し距離を置きアンジェとシロとのやり取りを見ていたレックスが遠慮しつつも野太い声でアンジェに問う、アンジェもレックスの問い掛けに頷き了承の意を示す。


「単刀直入に聞くぞ。おまえ、その馬車をどこで手に入れた」

「……」

「その馬車の製造番号を確認しても良いか?」


「何故っすか?」

「同業者だ、あまり干渉したくはねぇが……その紋章、商人組合のものだろ。どこで手に入れた。普通あいつらが自前の馬車を手放すことは考えられねぇが」

「足が無かったんで、買ったんすよ」


「そうか。金銭での受け渡しがあったなら、所有者名義変更はしたはずだろう。その書類を見せてくれ」

「うざいっすよ、レックスさん」

「……」


 レックスは他者の犯罪行為を積極的に咎め、正すような性格ではない。

 しかし、明らかに様子のおかしい少年の態度を見て、彼をこのまま放置しておけば多くの血が流れる事も予想していた。

 仲間の喪失によって冒険者の多くが犯罪に手を染める姿をレックスは嫌になる程見てきた。


 目の前で俯き加減で呟くシロの装備の汚れは自身の血液も含まれているかもしれないが、返り血であろうとレックスは考えており、彼の傍で沈黙を守るミックスやリンス、サンジもシロの受け答えや表情、装備や衣服の汚れや血の痕から魔物以外との戦闘を数日以内に行っていただろうと見て取っていた。

 特にミックスはシロに自身と同じ殺しの臭いを感じ、警戒を強めつつも目の前の少年を殺したくなる気持ちを抑制する為に自身の左腕を右手で強く握り締め、爪を深く食い込ませていた。


「まぁ、嫌なら良い。俺達も強制しようとも思わんし、権限とやらも無いしな。アンジェ行くぞ、こいつからは何も聞き出せそうにない」

「そうだの、ミックスがそろそろ限界だしのー」

「プハー! バレてた!」


「……」


 ミックスの限界を見て取ったレックスがシロへの舌鋒ぜっぽうを収め、アンジェも既にシロから興味が失せたかのようにミックスの方へと歩き出す。

 左腕に自身で作った傷から流れ出す血を気にする事無く、ミックスは大きく深呼吸をし、笑顔を見せる。

 シロはそんな彼らの姿を陰鬱な目で眺め、誰にも聞こえぬ小さな呟きを漏らしていた。




 グルンの体から刻々と魔力が流出し、手に持つ半透明の刃を持つオイルーン鉱石で作られた剣に吸引され続ける。

 オイルーン鉱石は、物質から魔力を吸い込む特性を持ち、この鉱石を精錬し剣に仕上げた後もその特性を保持し続ける。

 刃の部分へとグルンは左手を伸ばし、触れる。


 魔力の流出は更に加速し、数秒で魔力の喪失感からグルンは王の間の床に膝を付く。

 膝を付き、体内の魔力の半分以上が喪失した所で刃から手を放し、オークであるシュミットが作成した剣の柄やグリップ部分にも使用されている不導体物質であるミスリル鉱石で出来た特注の鞘に仕舞う。

 この状態で帯剣していても魔力の吸収は完全には遮断する事は出来ないが、剥き出しの状態よりは遥かに危険性は減少する。


 オイルーン鉱石で作られた剣を鞘に戻し、玉座とは対極にあたる場所に築かれた台座へとグルンは剣を置き、玉座に疲労を感じる体を預け、目を閉じる。

 何故、グルンはこのような無益とも思える行動を取っているのか。

 それはオイルーン鉱石の特性として魔力の吸引力はそれまでに吸い込んだ魔力の総量に比例して増大するというものがあり、剣としての取り扱いは困難になるが、殺傷能力の向上を考え、自身の魔力を剣の完成以降、餌として与え続けていた。



 玉座にて魔力の回復を終えたグルンは地上へと踏み出す。


 ダンジョンの入り口に王の命によって歩哨として立つサキュバスのヒルダは、王が地上へと踏み出す姿を礼をする事も忘れ見詰めていた。

 装飾が血管のように浮き出る黒い甲冑に身を包む王の姿は、ダンジョン内では暗く目立たなかったが日の下に立つと一層とその禍々しさが際立ち、装飾である金色の血管が光に反射してうごめいているように見える。


「ヒルダ、オリビアの支えとなれ」

「陛下! し、失礼しました。は、はい、畏まりました」


 体を硬直させ動かぬままのヒルダに声を掛けた王の後ろをオイルーン鉱石で作られた剣が、ミスリルの鞘に収められた状態で屈強なミノタウロスが引く台車に載せられ地上へと運ばれ、王の後に続く。

 更にその後ろを300体を越えるミノタウロスと少数のスケルトンが続き、森の中にフィジャックが率いる師団が舗装した道を踏みしめ、グレスの町がある東へと進み続ける。


 グルンと新兵の一団は40kmの全工程の間にフィジャックが築いた6箇所の陣営地へと武具や陣営地に詰めるゴブリンの為の日用品などを配給していたが、野生化が進みすぎたゴブリンは王によって処分された。

 6箇所全ての陣営地の劣化したゴブリンを処分したグルンは、更に隊列を乱す者や、森に生息する野生動物を捕食しようとしたミノタウロスを処分していた。

 ダンジョンからグレスへと向かう途上、徐々に処分対象となるミノタウロスは減少し、町へと到着する頃には200体程のミノタウロスと少数のスケルトンが王の後に隊列を一切乱す事無く続いていた。


 町の入り口にて監視や警戒をする最低限の兵以外の魔物が全て最敬礼で以って王を出迎える。

 全権を託され、侵攻部隊の指揮をするフィジャックと次席として同行するゾンヌが兵達の前にて跪き、その後ろに各中隊長、工兵部隊、輜重部隊の指揮をするオークのシュミットとゴブリンのソイが跪く。


「出迎えご苦労。新兵をすぐに各中隊に組み込み再編せよ、挨拶などは不用だ」

「直ちに。陛下、案内の方は……」

「そこのお前、おまえが優秀というゴブリンか。案内せよ」


「ハ!」

「再編が終わり次第フィジャック、ゾンヌは報告を」


 王に案内をするように命じられたゴブリンのソイは緊張のあまり歩き方を失念し、時折つまづきながらも王が訪問する旨を伝令によって言い渡されていたフィジャックが用意した、町にあった町長の邸宅を接収し改装した建物へと案内した。

 道中、グルンはソイの所作を観察し、時折苦笑いを浮かべつつフィジャックがソイに抱いたものと同じく、興味を抱いていた。



■グルン Lv10→Lv11 (9670/10000)




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