31 本分
グレスの中央広場には駐屯する兵により木材、石材を組み合わせた砦が四方に築かれ、壕と材木を組み合わせた柵が砦の四つの拠点を結ぶ防衛線に敷設されている。
防衛線の全長は一辺が50mほどであり、木材と石材を組み合わせた防壁兼砦と砦を結ぶ通路となっている。そして防衛線の内側には住民が避難する教会全てが納まっており、防壁の内側に数多くの土嚢や余剰分の石材が積み上げられていた。
四つの砦には約50名づつの兵が詰めており、防衛線上の通路には弓を携えた弓兵が遮蔽物に体を隠し立ち並ぶ。
グレス駐屯軍には現在、弓が200張しかなく砦に詰める約200名は全て近接武器しか所持していない。残る200名の防衛線上に立ち並ぶ弓兵が防衛においては主力となる。
残る100名は騎士が50名、魔法を扱う事に秀でた者が50名であり、教会入り口付近にて密集隊形を取っている。
魔法を扱える者50名の内訳は20名が聖騎士であり、主に負傷兵の治療を行う衛生兵である。
残る30名の内の15名が攻撃魔法を主に扱う者、残る15名が念話や追跡、策敵魔法を得意とする者である。
結界魔法を得意とする魔導士は既に砦に配備されており、敵の攻撃が開始された場合、直ちに結界を展開させ最前線で兵を守る事が任務となる。
「隊長、約250体の魔物が大通りにて停止。数体のスケルトンは依然として周囲を動き回っておりますが、攻撃を仕掛けてくる様子はありません」
「わかった」
「マジックアイテムの設置が全て完了し、各方面にて布陣していた小隊全ても砦に配備完了しました」
白い甲冑を纏った二人の若い騎士が、老騎士の隊長へと報告を告げる。
短く返事をし老騎士は周囲の兵を見渡し、目を閉じる。
第1、2、3中隊、3個中隊が合流し大通りからグレス中央部の砦を視認する。
中隊長のミノタウロスが入り口にあったバリケードとは規模も防御力も桁違いであろう砦を前にし、兵を停止させる。
各中隊長で手短に合議され、すぐに後方にて待機している指揮官であるフィジャックに伝令が放たれる。
数分でフィジャックの許へと伝達が届き、前線へと第4中隊と指揮官であるフィジャック自らが足を運ぶ。
「なるほど、ここからでも砦と防壁が見えますね。偵察部隊はまだまだ知能が低いようですね……。中隊長、敵の動きはありましたか?」
「イマノトコロ、ウゴキハアリマセン」
「ふむ。入り口のバリケードとは違い、小隊規模での進軍では反応を引き出す事も難しそうですね」
フィジャックは敵が築いた砦と防壁を自らの目で視認し、溜息を押し殺し即座にゾンヌとの【念話】を繋ぐ。
『ゾンヌ、まずそちらから第5、第6中隊を本隊と合流させる為、進軍させてください』
『わかりました。すぐに進軍させます』
『それと、町の中央部に砦と防壁が築かれています。工兵部隊と守備部隊を陣営地より出陣させ、本隊と合流するよう手配してください』
『工兵部隊で作成出来る攻城兵器は魔法耐性の無い粗末な出来だったと思いますが?』
『ええ、攻城兵器は作成させません。彼らには町の一部家屋を解体して貰います』
『解体……? どうゆう事ですか?』
『おや、ゾンヌにもわからない事があるんですね』
『………』
フィジャックはゾンヌから即座に自身が考えている工兵を使った砦への攻撃手段を言い当てられなかった事に素直に驚きを見せる。
ゾンヌの表情はフィジャックからは確認出来ないが、彼女は今どのような顔をしているのだろうかと、フィジャックは考えてしまい、【念話】にその考えが漏れぬよう努力する。
『わかりません。何をさせるのですか?』
『既に町の南側は制圧し比較的安全です。その安全な区画の住居を解体し、石材だけを抽出させます』
『……その石材に魔力を付与し投擲するのですか? 準備に相応の時間が掛かると思いますが』
『いえ、そんな時間は我々には無いでしょう。遅くとも我々には二日以内にここを落とす必要がありますからね。抽出した石材を砦への攻撃に参加する兵全てに所持させるんですよ』
『………。フィジャックが広域範囲魔法によって力場を操作するのですね』
『はい。魔力のほぼ全てを使ってしまうでしょうが、敵の防衛拠点の周囲全ての力場を反転させます』
ヴァンパイア種であり相応の魔力総量が無ければ発動する事が出来ない、重力魔法による広域範囲魔法の【反転】をフィジャックは拠点攻略において使用するつもりであった。
その【反転】によって効果範囲内の重力の力場は文字通り反転し、術者の力量に差異はあるが対象の自重が半分から三分の一程度にまで減少する。
これは全ての物質に反映されるものであり、拠点攻略に参加する兵には予め自重を強制的に増すよう、石材を背負わせる事により、【反転】の効果範囲内に突入した場合、戦闘を通常通り継続出来る効果がある。
『では各中隊の移動、工兵部隊、守備部隊への指示、お願いします』
『はい。第5、第6中隊の進軍はおよそ20分、工兵、守備部隊の進軍は二時間以内に完了させます』
フィジャックは【念話】を終えると周囲の警戒、敵の防衛拠点への監視を各中隊長に指示し無人と化している大通り沿いにある商店を見て回る。
ほとんどの商店が品物を並べておらず、やや間口の広い店舗には全て木戸が打ちつけられていた。
しかし、その中でも一軒だけが木戸を打ちつけられる事無く、店舗の間口にも鍵が掛かっていなかった。
フィジャックはその無防備な状態である店舗の扉を開き、足を踏み入れる。
「ほう。これは……」
フィジャックが店内へと足を踏み入れた瞬間、室内に充満している血の匂いに気付く。
薄暗い店内を見渡すと、略奪されたであろう痕を色濃く残していた。
そんな店内の奥には血まみれとなった女の死体があり、衣服は乱れている。そして男の死体も有り、拘束されたまま息絶えていた。
陰惨な店内を表情一つ変えずに物色し、店の奥へとフィジャックは足を進める。
店内の奥は住居スペースとなっており、木造の床を少し軋ませフィジャックは本棚の前で足をぴたりと止め、一冊の本を手に取る。
その本の表紙には《大戦》と題字が書かれており、フィジャックの興味を刺激した。
本の中を確認しそのまま小脇に抱え込むと、住居スペースの二階へと続く階段へと移動する。
やや手狭である階段を上り、フィジャックは二階にてテーブルの上でまどろむ黒い生物を発見する。
「はて、この生き物の名称が思い出せません……」
「にゃー」
小さく黒い体毛で全身を覆った生物とフィジャックが鉢合わせする。
その生物は侵入者を警戒する様子を見せず、鳴き声を一つあげてテーブルから飛び降り、青白い顔色のヴァンパイアへと近づいていく。
「報告します。大通りにて停止している魔物の群れは現在も動く様子がありません」
「わかった」
「隊長……あいつら一体何をしているんでしょうか」
砦の上から魔物の様子を監視し、その内容を隊長である老騎士の許へと届けに来た若き騎士が、魔物の動きの無さに不気味なものを感じ、堪らず上官である老騎士へ尋ねる。
老騎士は我が子程に歳の離れた若き騎士である部下の問いにしばしの沈黙の後、答えた。
「魔物の侵攻停止には何らかの狙いがあるのであろう。しかし我々がそれを知る術は現時点では無い。不安になるな。この状況では酷であろうが、不安な顔を部下の兵に見せぬようにな」
「す、すいません……気をつけます! ………あのまま魔物が動かなければ、王都からの援軍が間に合うかもしれませんね……」
「高所に陣営地を構築し、町の周囲を取り囲むように布陣する魔物の軍勢だ。我々が急使を出し、援軍を要請している事は想定しておるはずであろうな」
「そうですね……」
若い騎士は老騎士の悲観的にすら聞こえる考えを聞き、顔を下げる。
そこへ教会から男性市民、数十人と町長が農具や商店に陳列されていたであろう武具を手に持ち、老騎士の前へと現れる。
「キュー殿! わ、我々も戦わしてくれ!」
「……」
「このままでは魔物に家族や友人を殺されるだけだ! 我らにもわかる……あの魔物の大群に君達だけではこの町の住民を守ることなど不可能だという事も……」
現れた集団を代表し、町長が老騎士へと詰め寄り声を張り上げる。
「……」
「キュー殿! 頼む!」
「そこの君は、確か商人であったか。そしてそっちの君は鍛冶屋であったな。それとそちらの者は、酒場の店主ではないか」
老騎士が白い兜を外し、町長の後ろに立ち並ぶ者を指差し、彼らの職業を次々に言い当てる。
言い当てられた当人達は老騎士とは面識もあり、会話をした事も少なからずある者であった。
老騎士は町長らには背を向け、防衛拠点内に居る全ての部下をゆっくりと見渡す。
老騎士が見る全ての兵は勇敢であり優秀な者達である。
幼い頃から軍人となる為だけに教育、訓練をし、親元を離れ共同生活をし、王国の盾となる為に血と汗を流し続けてきた。
一地方の駐屯軍であるのは、彼らは若く、軍人としての軍役年数が熟練の軍人と比べ少ないだけであり、彼らの能力が低いという事ではない。
「グランバス兵よ、聞け! 我々に撤退は許されない!」
全ての兵が地面に足を踏みつけ地響きが起こる。
「我々に降伏は許されない!」
再び全ての兵が地面を踏みつけ、盛大に音が鳴り響く。
「敵は愚かにも我々のたったの三倍だ! 奴らには何も与えるな! 奴らから奪え、全てを!」
「おおおおおおおおおおおお!!!!」
全ての兵が絶叫しグレスの町全てに響き渡る大音響を発生させる。
老騎士はその兵の絶叫が鳴り止むと、静かに振り返り町長に顔を向ける。
町の中央部に築かれた砦と防衛線で囲まれた一帯は数瞬前とは打って変わって静まりかえる。
「町長、我々は軍人です。あなた方のように何かを生み出す事は出来ませんが……。我々にあなた方を守る事を託して貰えぬだろうか」
老騎士は兵に向けての声色とは違い、穏やかに町長に話す。
「キュー殿……すまぬ。君達の本分を犯すことは、軍人としての誇りを汚す事なのだな……。頼む……住民を……町を守ってくれ」
町長が老騎士へ言葉を詰まらせながらも返答し、頭を下げる。
町長と共に立つ住民の男性も老騎士に頭を下げ、彼らは兵の矜持に感嘆し感謝していた。
防衛拠点内の全ての兵もその光景を見、守るべき事が自分達の使命なのだと、心に強く刻み込む。




