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30 侵攻

 グレス近郊、平野部にある小高い丘に強固な陣営地を夜間の内に構築したフィジャック率いる侵攻部隊は、第9、10の2個中隊と輜重部隊、工兵部隊を陣地防衛に残し、第1から第8までの8個中隊にて早朝一斉にグレスの町へと殺到する。


 第1、2、3、4部隊を本隊とし街道から直接グレスの町へと正面から突入し、第5、6、7、8部隊は1個中隊づつに別れ四方から町を包囲する。

 本隊の指揮はフィジャックが執り、町の四方を包囲する各中隊をゾンヌがそれぞれ【念話】によって指揮を執る。

 主にミノタウロスで構成されている各中隊の武装は市街戦を想定したものであり、小ぶりなハンドアクスに小盾ではあるが第1中隊のミノタウロスは金属製の鎧を全てのミノタウロスが纏う。


 この第1中隊はグルンによって初期に召還され、その中でもとりわけ優秀である固体が集められた精鋭部隊でもあり、先駆けとして最も危険を伴う作戦に運用される。

 第1中隊以外の各中隊所属のミノタウロスは市街での速やかな行動を想定し、革製の防具によって武装されている。


 グレスは町を全て囲い込む堅牢な城壁など元来存在しないが、昨夜の内に簡易の防柵で町を囲い込み、街道沿いの町の入り口には廃材や家屋の木材などがうず高く詰まれたバリケードが築かれていた。

 侵攻部隊が街道から町の入り口付近まで接近するも、町は静まり返っており一つの明かりすらもない。そして駐屯する兵の影すら見えなかった。

 第1中隊所属の第3小隊小隊長を先頭に、町の入り口、人間の手によって築かれているバリケードを部下と共に排除する為、静かに近づく。


「敵襲! 総員迎撃せよ!」

「了解!」

「了解!」


 尖兵である第3小隊がバリケードに接触した瞬間を見計らい、バリケードの上から光を放つ魔石が数十個降り注ぎ、同時に矢をつがえた弓兵も現れる。

 小隊10体はすばやく密集し小盾を天井方向に掲げ、矢の雨から攻勢を防ごうとするも特殊な付与効果が成されている矢の所為なのか、悠々と小盾は貫かれ、第3小隊は結界を展開させる間も無く数瞬で全てのミノタウロスが動かなくなる。

 辛うじて矢の攻撃に耐性のある弓兵のスケルトンだけがバリケードの上の弓兵へと反撃するも、圧倒的な矢の圧力により体を構成している強固な骨が粉々となり、力尽きる。


「ふむ、町に明かりが無かったのは、尖兵への先制攻撃を取る為。いえ、違いますね……こちらの所持している明かりから位置を把握していたのでしょう。町の明かりを全て消し去っていたのはこちらが本命と考えた方が良いでしょうね」

「フィジャック サマ モウイチド センペイ ヲ オクリマスカ?」

「無駄でしょう。町にいる指揮官は中々やり手のようです。小隊規模ではいくら送っても無駄に兵を減らすだけでしょうね」


『ゾンヌ。少々入り口のバリケードが厄介です。物量で押し切れない事も無いでしょうが、兵をかなり損なう事になりかねません』

『入り口以外の三方向から侵攻しますか?』

『いえ……明かりです。ゾンヌ』


 フィジャックは中隊長のミノタウロスを待たせ、【念話】によってゾンヌに連絡をする。


『明かり……なるほど。我々の位置は敵に把握されている可能性が高そうですね』

『ええ、我々が陣営地を構築している間に、一切の明かりが町から消えたのが不思議でしたが、我々の配置地点を敵は把握しており、入り口以外からの侵攻にも反撃をしてくる可能性が高いでしょうし、罠を巡らせている可能性もありますね』

『それでしたら……。結界を事前に展開させた上で移動し、バリケートを排除するしかありませんね。敵の対結界攻撃手段が有無は不明ですが』


『ふむ。それは被害が一番少なく済む可能性が高そうですね』


 フィジャックがゾンヌに助言を求め、回答を得たところで小さく頷き【念話】を終える。


「第8から第10までの3個小隊を集め、小隊長には結界を予め展開させた上でバリケートの排除をさせなさい」

「ハ! タダチニ!」


 フィジャックはすぐに作戦を実行させる為に、傍に立つ中隊長に命令を伝え、3個小隊による再度侵攻を行使させる。

 集められた3個小隊も第1中隊所属であり、全てのミノタウロス兵が金属の鎧に身を包み、先程の尖兵となった小隊同様に精鋭揃いであった。


 彼ら3個小隊はバリケードより300m地点から小隊長3体の結界によって敵の矢から身を守りながら速やかに移動する。

 バリケードに到達した30体の兵に再び苛烈な矢の雨が降り注ぐ。

 マジックアイテムを消費しての一時的でやや効果の低い結界は幾本かの矢を留める事は叶わなかったが、ミノタウロス兵が掲げる小盾をも貫通する威力は残っておらず、バリケードへの破壊活動が開始される。


 各小隊長が的確にバリケードの支柱や繋ぎ目を攻撃するよう指示し、隊員も矢による攻撃を受けながらもハンドアックスを懸命に振り下ろす。



「隊長! 敵は結界を展開しており、攻撃がほとんど相殺されています!」

「現時点よりこの場は放棄! ガンマまで総員退避! 急げ!」

「は!」

「了解!」


 石やコンクリートなどの城壁に使用される資材を使用しての防壁ではない事は、構築した人間の指揮官も重々承知しており、バリケードの破壊は時間の問題と判断し、すばやく撤退の指示を出す。

 ガンマと指示された人間の兵全てが町の中心部まで足早に移動を開始する。

 バリケードの上からの攻撃が一斉に止み、魔物側の3個小隊による破壊活動を妨害するものが無くなり、瞬く間にバリケードが破壊されていく。


 全ての廃材や木材がハンドアックスによって切り刻まれ、町の入り口を塞ぐものが撤去される。

 3個小隊が周囲を警戒しつつ、後方に控える本隊へと合図を出した瞬間にそれは起きた。

 バリケードがあった場所に赤い光点が無数に浮かび上がり、その中の一つが小さく爆ぜる。


 無数の赤い光点の内の一つが爆ぜることによって連鎖的に無数の赤い光点に誘爆し巨大な炎と共に凄まじいエネルギーが周囲を呑みこむ。

 3個小隊の各小隊長が展開していた結界は既に先程の矢の攻撃により劣化していた為、この爆発によるエネルギーを防ぐ事は出来ず、30体居た兵は盾で身を守る暇すらなく金属で覆われた肉体を粉々にしていく。

 その光景を本隊より見ていたフィジャックは眉間に皺を寄せる。


「時限式のマジックアイテムによる小爆発を連鎖させるとは、敵の指揮官は本当に賢いようですね……。中隊長、爆炎が収まり次第、残りの第1中隊全てで町への侵攻を開始しなさい」

「ハ!」


 フィジャックの即座の命令に第1中隊の中隊長が反応し、小隊長以下全ての第1中隊の兵が移動を開始する。


「第2、第3中隊は先行する第1中隊からの合図を以って町への侵攻を。第4中隊は入り口付近にて待機。敵の逃走者を発見次第捕縛するように」

「リョウカイ!」

「ハ!」





「隊長、全ての兵が所定の配置につきました!」

「被害の方はどうなっている」

「は! 現在死傷者の報告はありません」


 グレスの防衛を指揮している隊長と呼ばれた男は、部下からの報告を耳に入れすぐに手元の地図へと目を落とす。

 王国軍で正式採用され、騎士のみが使用を許される白い甲冑に身を包み、隊長の証でもある真紅のマントを羽織っている。

 甲冑の頭部から覗く顔には多くの刀傷と皺が刻まれ、幾多の戦場を経験している老兵の貫禄があり、部下達からは絶大な信頼を寄せられている。


「ケスト。教会への食料の運搬はどうなっている」

「は! 医療品や飲料水の搬送も含め全て終えております」

「ガース、各方面にて待機させている小隊にもこちらまで下がらせろ」

「は!」


「二次攻撃を想定し迎撃態勢を維持せよ。ケスト、時限式のマジックアイテムは全て設置しておけ」

「は!」

「は!」


 指揮官である老騎士は部下へ次々に指示を飛ばし、町の中心部である教会前の広場から、住民が避難している教会内へと足を運ぶ。


「キュー殿! ま、町は大丈夫なのかね!?」

「町長、現在町の入り口のバリケードは突破されましたが、教会は我々が死守します。あなたは住民がパニックに陥らぬよう励まし続けて頂きたい」

「う、うむ。だが、あんなに多くの魔物から……本当に町を守りきれるだろうか」


「……最善を尽くします。この場は頼みましたぞ」

「…あ、ああ」


 老騎士の指揮官は守りきれるとは既に考えておらず、最善を尽くすと町長に伝え教会を後にする。

 住民の多くが、老騎士と町長のやり取りを遠巻きに見ていたが、幸い会話の内容までは聞こえておらず、勝ち目のない防衛戦となっている事実は知らぬままであった。

 老騎士自身、寝食を共にし我が子のように思う数多くの部下の最後を思いやり、悲痛な思いではあったが、そんな内心は一切表に出す事は無く、演習や訓練時のように淡々と指示を繰り返している。


 そんな指揮官の態度は部下にも伝播し、多くの若き兵が淡々と自身に課せられた任務に従事していた。

 しかし指揮官同様、多くの兵もまたこの防衛戦は勝利する事など考えておらず、軍人としての矜持だけが彼らを突き動かしていた。




 グレスの町に突入を開始した第1中隊は商店や住居に人影が無く物音がしない事、死角となる場所に兵が控えている様子も無い事を確認しつつ統制された動きで次々と区画を制圧していく。

 突入後30分程で町の入り口、南側のほぼ全ての区画を制圧し、各区画に1個小隊を残すのみで中隊のほとんどが中央区画へと移動を開始する。

 既に第2、第3中隊への南側の区画の制圧完了の合図が出されており、2個中隊も第1中隊と合流すべく後方からの支援を想定し進軍を開始する。


 第1中隊所属の偵察に特化した高レベルのスケルトンのみで編成された小隊が町全域の偵察を終え、フィジャックの許へと情報の伝達に現れる。


「町、全容解明。中央部ニ敵軍五百二十ガ集結」

「ふむ。あなた方は侵攻中の中隊周辺の偵察をしなさい」

「了解」


 スケルトンの偵察部隊隊長からの報告を聞き、フィジャックはすぐにゾンヌとの【念話】を繋ぐ。


『ゾンヌ、町の中央部以外には敵影は無いようです。あなた方は伏兵が平原付近から出現する事も一応想定しおいてください』

『はい。既に周辺の偵察は開始していますが、こちらにも敵影はありませんね』

『わかりました。ではしばらく侵攻中の中隊からの戦果報告を待つしかないですね』

『ええ』


 既に侵攻が開始されてから1時間程が経過し、グレス周辺の平原に朝日が降り注いでいた。




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