03 創造
グルンが死の妖精とゴブリンに命令を与えてから約3時間後に寝室と魔力泉の区画が完成する。
グルンの下へ死の妖精が報告を携えて訪れる。
グルンは玉座に体を預けながら魔力泉を5m×5m、寝室を20m×20mを【創造】で敷設し、死の妖精に視線を向ける。
「ゴブリンの作業効率はどうだ?」
「作業効率の低下は今の所見受けられません」
「そうか、引き続き監視を行え」
「は!」
死の妖精は一礼しグルンの前から姿を消し、ゴブリンの作業の監視を行う為、作業現場へと足を運ぶ。
グルンは自身の目で確認する為に玉座から立ち上がり王の間から続く、ゴブリンに作らせた通路を歩き始める。
通路の壁面や床の舗装は優先順位を下げている為、まだ石が剥き出しになっていたり、土の凹凸があり少々歩き辛さをグルンは感じていた。
通路を確認しつつ進むグルンは出来上がったばかりの魔力泉へと足を踏み入れる。
5m四方の部屋には小さな、魔力の溢れ出す泉が完成しており、グルンは膝を曲げ泉の魔水を手に取り口へと運び、一つ頷き魔力泉の部屋を辞し、通路へと戻り続いて寝室へと向かう。
寝室は20m四方のやや大きな作りであり、内部は死の妖精用の大きな樹木をくり貫いて作られた寝具と部屋の隅に整然と並べられたゴブリン用の粗末な布のみである。
【創造】が正常に機能している事を確認したグルンは再び通路へと戻り、王の間へと足を運ぶ。
グルンが王の間へと向かう途中、土の入った袋を背負ったゴブリンがグルンに気付き慌てて跪くが、歩行速度を変化させる事無く、グルンは足を運び続けた。
玉座へと戻ったグルンはまた目を瞑り思考を巡らせていた。
魔水の純度は予想通りかなり悪く、ダンジョンのある場所の魔力や魔鉱石の影響もあるが、コアのレベルと王である自分のレベルが低いのも影響していると断定していた。
魔水は一部を除いた全ての魔物の糧でもあり、死の妖精には初級魔法とマジックアイテムの研究をさせる予定ではあったが、その後は魔力泉の改良を命令すべきかと思い悩んでいた。
しかし死の妖精には王の側近として、戦闘能力を活かした運用が最も適し、研究を得意とする魔物を揃える事も同時に進めて行く事も考慮していた。
その候補となるのはサキュヴァスであり、召還条件はグルンの記憶ではコアレベル2が必要でヴァンパイアの召還条件がコアレベル3であった。
そして王のレベルを2以上にしなければコアレベルも2以上に成らず、自身の訓練の進捗状況次第でもある事、残された時間は約99日、最低でも残り60日までには自分のレベルは3にして置くようにグルンは脳内のスケジュールを組上げていた。
かなり魔力を消耗し、身に着けた鎧の重さに煩わしさを覚えたグルンは第二段階の区画整備を終えるまで休息を取るべく玉座に体を預けた。
このグルンが座る玉座にはダンジョンの主である王が座る事により、王の魔力を急速に回復させる効果もあり、王の魔力の総量は膨大ではあるが、【創造】【魔物召還】といった魔法の行使には通常の魔法やスキルでは考えられない程の莫大な魔力を必要とする為、急速に魔力を補填出来る機能を有する玉座は、王の強さの源泉であり生命線でもある。
莫大な魔力コストを必要とする王固有の魔法を連続で行使出来るのも玉座の賜物でもあるが、玉座自体が王以外には使用出来ない為、王の威光はダンジョン内に置いて絶対的なものとなる。
したがって、王がダンジョンの外に出る事は、莫大な魔力の回復を困難にする事であり、またその間にダンジョンが破壊され、コア及び玉座が破壊されてしまった場合、それはダンジョンの死であり王の死を意味する。
玉座及びコアは二つで一つの機能であり、切り離すことは不可能でもある。
そして王の間と玉座もまた一心同体であり切り離すことは叶わない。
玉座を使えない王は通常の魔物のように魔力泉から魔力を回復するか、マジックアイテムや食物から、王にとっては微量な魔力を摂取する事になり、即ち王もダンジョンと一心同体を意味していた。
「グルン様、お休みのところ申し訳御座いません」
死の妖精が玉座の前に跪き頭を下げる。
「構わん」
「全ての作業が滞りなく終了致しました」
「そうか、ご苦労。ゴブリンどもには魔力泉、寝室の使用を許可しておく。その後は通路や壁面の塗装をさせる。この作業には死の妖精の監視は不要とする。墓場は予がすぐに敷設しておくが、不良品の死体は休息を取る前に埋めておけ。その後死の妖精も休息を取ることを許可する。休息後、研究を開始せよ」
「畏まりました」
「下がって良いぞ」
「は!」
死の妖精が一礼し王の間を辞した。
約10時間の休息を取ったグルンの魔力はほぼ完全に回復しており、玉座を使用した王の魔力回復量は通常1日で完全に回復する。
休息を開始する前のグルンの魔力残量は約半分程度だった為、今は完全に回復していた。
「魔力は完全に戻っているな……。【創造】」
グルンは、【創造】により該当する区画に研究室、訓練室、墓場を瞬時に敷設した。
早速グルンは研究室、墓場へと足を運び敷設が出来ている事を自身の目で確かめ、最後に訓練室へと足を運ぶ。
「かなり手狭ではあるが、現状一人しか使う予定もない、これで十分だろう」
グルンは一人呟き訓練室を確かめるように見渡す。
5m×5m四方の小さな部屋に訓練用の、魔力によって負荷をかけ激痛を伴うものの魔力を飛躍的に向上させる機具が訓練室には置かれていた。
純粋に武器の取り扱いなどの訓練用に魔力の流れる的や人型の人形も設置されており、このような的となるモノには魔力制御による一定の回避行動を取るように設定され、実戦形式にかなり近い訓練が可能なものが設置されていた。
しかしやはり実戦での経験値獲得量に比べ訓練は効率が悪く、丸一日集中して行っても必要経験値の10%程度が限界でもある。
これは魔力の回復及び休息の時間を考慮しての数値ではあるが、実戦では相手のレベルや種族によっても変化はするとはいえ膨大な経験値を獲得出来ることもある。
例えばレベル1のゴブリンがレベル10のミノタウロスを奇跡的に倒せた場合は、レベル10のミノタウロスの総経験値量が4000程度であるのでその20%をゴブリンが獲得し、ミノタウロスを倒したゴブリンの総経験値量800となる。
ゴブリンの1レベル上昇に必要な経験値量は10であるので瞬時にレベル80のゴブリンへとなるはずではあるが、レベル10以上からは必要経験値量が10倍となるため、ゴブリンはレベル17となる。
これは極端な例えであり、レベル10のミノタウロスであればレベル1のゴブリンを単純な戦闘計算であれば400匹ほど相手に出来るので起こりえない状況でもある。
また武具の有無やマジックアイテムの使用、魔法やスキルによっても戦闘力は大幅に変化する為、単純な戦闘計算はあまり意味を成さないものでもある。
グルンは早速激痛を伴う魔力増幅装置を体に装着して訓練を開始する。
王も含めた魔物はすべからく魔力=戦闘力=レベルでもあるので、この方法が最も効率が良く単純ではあるが魔物とは魔の物であり魔力こそが力の源泉なのである。
武具の取り扱いの訓練のみでは純粋な魔力はほとんど上昇せず、またレベルも上がらないがレベルや種族が同じであれば、その技量による差異も生じる。
グルンが訓練を開始してから10時間経過する。
「……」
体中を魔力によって激痛が走る中、グルンは苦痛の声も上げずに耐えていた。
上位種の魔物であってもこの魔力増幅訓練では悲鳴や苦渋の声を漏らしてしまい、低位の魔物であれば激痛のあまり死亡する事もあり、体の一部を欠損してしまう場合も多々起きる。
また、人間がこの装置を使えば体が一瞬で炭化するほどであり、魔力の流入に器である体が耐え切れないというのが理由であり、人と魔物とを別つ絶対的な差でもあった。
そんな苛烈で常軌を逸した魔力増幅装置を10時間連続で装着していても、グルンの表情は玉座に体を預けている時と同じままである。
痛みを感じないわけではない。
恐怖を感じないわけではない。
感情がないわけではない。
グルンはダンジョンの主であり、王であって、その一事が彼の強固で揺ぎ無い精神力と威を形成していた。
しかし、そんなグルンにも限界というものは訪れる。
魔力増幅装置は魔力の消耗も著しく、グルンであっても長時間の連続使用は不可能である。
それは魔力増幅装置自体の動力源の魔力を、装着した者自身が送り込んでいるからでもあり、自身の莫大な魔力を流し込んでいるのであって、それは莫大な魔力の喪失を意味する。
「今日の所はここまでだろう」
魔法増幅装置も正常に機能しており、体内から魔力がほとんど沸いてこない事を感じ、ほぼ全てを使い切った状態であろう事をグルンは自覚していた。
激痛を伴う訓練に最初はやや戸惑ったが、痛みに耐える事よりも遥かに苦しいと感じる事象があったのではと考えを巡らせていた。
初級魔法は低位ランクの魔物にも扱える物が多い。
死の妖精であればその重要性は十分理解していたが、一人での研究は中々捗らないであろうとグルンは考えていた。
研究には魔力の消耗が訓練と同じようにあるが、死の妖精であれば魔力総量も極めて高いが、王と比べるとかなり少ない。
グルンはダンジョンで目を覚まして以来、始めて魔力の枯渇を感じつつも死の妖精のいる研究室へと足を運んだ。
研究室に入ってまず見たモノが死の妖精の姿であり、研究用の魔導機具の一部を右手に持ち、左手に魔法書を持っていた。
「どうだ、順調か」
「グルン様、ど、どうなさいましたか?」
死の妖精はグルンの顔を見やるや否や、魔導機具を放り出しグルンの体を支えるように屈みこむ。
「いやいや、大丈夫だ。訓練をしていただけだ、心配するな」
「さ、左様でございますか。失礼致しました」
「よい、それよりも研究の方はどうだ」
「は! 初級魔法の各種属性は一通り開発し、マジックアイテムの設計図に取り掛かっております」
「ふむ、では順調のようだ。無理はせぬようにな、予が言っても説得力を持たぬが」
「そ、そのような事は! お心遣い感謝致します」
死の妖精は王の思いもしない登場に慌て魔導機具を放り投げ、王の思いもしなかった気遣いに更に動揺し、いつもの冷静で冷淡な印象が消し飛び、言葉に詰まるほどであった。
「では予は少し休息を取る。何かあれば起こしても構わぬ、報告せよ」
「は!」
死の妖精が跪く姿を見たグルンは研究室を後にし、玉座へと戻ってゆく。
■グルン Lv1 (next900/1000)
■残り時間[98(d):22(h):55(m):22(s)]