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28 同行者

 白髪混じりの筋肉質な男が、王都内の貴族や大商人が居を構える区画にある邸宅の扉を乱雑に開け放ち、綺麗に磨き上げられた床に靴の跡を残しながら、ずかずかと宅内へと進み入る。

 執事らしき初老の男性が慌てて玄関ホールに飛び出してくるが、無粋な訪問者の顔を見てすぐに無言となる。

 白髪混じりのその男は玄関ホールからそのまま階段を駆け上がり、目的である部屋の扉をまたもや乱雑に開け放つ。


「ミックス、仕事だ。そろそろ起きろ」

「……う……ほのかに……臭い」

「今回の仕事はかなりでかいんだ、さっさと支度しろ」


 室内には天蓋付きの豪奢なベッドに、体を大の字にし豪快に惰眠を貪っている少女が横たわっていた。

 白髪混じりの男が室内に侵入した為、清潔に保たれていた空気が汚され、少女が無意識のうちに抗議の声を上げる。


「臭い……クソじじい……ハゲ……コロス……」

「ミックス、おまえ起きてるだろ」

「リンスもサイジも準備に取り掛かってる、出発は三時間後だ」


「じゃあ、あと三時間寝かせろ」

「ダメだ。今回のはでかいって言っただろ。ダンジョン絡みだ」


 ダンジョン絡み。その言葉が男から発せられた瞬間にベッドに横たわっていた少女が飛び上がり、凄まじい速さで部屋から出て行く。


「カストロ!」

「ここに居ります、お嬢様」

「三時間後に仕事に出るわよ。いつものように準備して」

「湯の準備は既に出来ております」

「うん。レックスに集合場所だけ聞いておいてね」

「畏まりました」


 何度も繰り返されたやり取りなのか、少女と初老の執事は手短にやり取りを終わらせ、すぐに動き出す。

 少女が眠っていた寝室に取り残された白髪混じりの男は、執事に集合場所を告げすぐに邸宅を後にする。

 男は邸宅の庭をゆっくりと歩きながら、少し寂しくなった頭髪に手を置いた。


 その頃、邸宅の浴場では鼻歌混じりで上機嫌な少女が決め細やかな白い肌を入念に洗い、王族が使用する程の巨大な浴槽に浸かり惰眠から体を覚醒させていた。


「あ~、早く殺したいな~!」


 少女の不吉な願望が大きな浴場に木霊する。



 時を同じくして黒髪の野菜のような青年が王都内の石畳の敷き詰められた薄暗い路地を一人歩いていた。

 腰にやや湾曲した一本の刀を提げ、王都内では見かけない変わった服装をしている。

 薄暗い路地を何度か曲がり、男は古びた店の前で足を止め、扉を静かに開く。


「いらっしゃい」

「……」

「今日も刀の手入れかい?」


「……」


 男は無言のまま腰に提げた刀を店員に差し出す。

 店員も差し出された刀を受け取り、店の奥へと消えていく。

 刀を渡した男はそのまま身動ぎもせずに、腕組みをしてその場で佇んでいた。



 薄暗い路地裏とは打って変わって王都の大通りを、胸の谷間を強調した赤い髪の女が歩いている。

 大通りを行き交う男の目線が彼女に集中するが、その視線を一切気にした素振りもなく悠然と歩き続ける。

 大通り沿いにある大きな石造りの建造物の前で立ち止まり、着崩していた服を正し、胸元を隠してから建物へと歩を進めた。


「司教はどこに居るかしら」

「書斎に居られると思います」

「ありがと」


 女は、建物の入り口にて蝋燭の交換をしていた聖職者の男に司祭の居所を尋ね、短く礼を言い、そのまま書斎と言われた場所へと建物内を進んでいく。

 複雑に入り組んだ建物内を勝手知ったるのか、迷う事無く進み目的地である書斎の扉を小さくノックする。


「誰だね」

「リンスよ」

「入りたまえ」


「司教、貸してあった天翼の結晶石と十字聖符出して頂戴」

「元々は君のものだ、すぐに返却しよう。しかし…何に使うのか理由を聞いても?」

「ちょっとねー。生きて戻れたらまた預けに来るから、理由は聞かないで貰えると助かるわねー」


 書斎から顔を上げリンスと名乗る女を、老司祭がまっすぐに見て問う。

 その問いには答えず、女は書斎にある本棚に歩み寄り、いくつかの書物をぱらぱらとめくり始める。


「あんまり待たせちゃうと、レックスが怒鳴り込んでくるわよー」

「わかった、急がせよう。ここでしばらく待っておれ」

「はーい」


 女は書物に目を落としたまま、右手を気だるそうに左右に振る。

 司祭は話しながら席を立ち、そのまま書斎を後にした。



 レックスがリーダーを務める冒険者のパーティーの面々がそれぞれ仕事に備えて準備を行い、集合場所であり依頼主の居る場所へと集まる。

 そこは王都内にある冒険者ギルドの中、ギルドマスターの執務室であった。


「レックス、これが報酬の金貨。マジックアイテムは馬車の方に既に積んでおる」

「わかった、ちと待ってくれ。確認する」

「信用ないのー」


「誰が相手だろうと金は確認するぞ? いつもの事だろ」

「神経質じゃからハゲるんじゃよー」

「うるせーぞ、ババア。今数えてるんだ、話し掛けるな」


 リーダーであるレックスが金貨の詰まった袋を受け取り、枚数を全て勘定している。

 パーティーのメンバーはまたかとやや呆れた顔や、無表情でその光景を見、アンジェも退屈そうに書類に落書きを始める。


「アンジェってダンジョンには何回くらい潜ったんだっけ?」

「そうさねー、冒険者として一度。軍人としてなら二度かのー」

「最深部には?」


「さすがにそこまでは同行出来なかったのー。あそこへ到達出来たのは先々代の王だけさね」

「そっかー、最深部に何があったのかは知らないんだよね?」

「知らないのー。王もあれっきり戻らなかったしのー。遺跡となってからも最深部は閉ざされたままだしのー」


 レックス達よりもアンジェと同年代のような見た目の金髪の少女、ミックスがアンジェと話し出す。

 アンジェは最後に王が戻らなかったと告げた時だけ、目を曇らせる。

 しかしその目の曇りは机に置かれた書類に顔を向けていた為、ミックスやリンスには見えなかった。


 その後もレックスの金貨の枚数を数える作業が続き、リンス、ミックス、アンジェの三名がダンジョンについてやギルバートの悪口などを題材に会話を弾ませていた。


「ん……800しかないぞ? 残りの200はどこだ」

「ああ、私も同行する事にするから、200は私の取り分だのー」

「げっ」

「アンジェも来るの!」


 非難というよりも困惑した声をレックスが漏らし、喜びの声をミックスが上げる。

 サイジは案の定目を瞑ったまま黙っている。


「いやいや、ちょっと待ってくれ。アンジェには悪いが、正直に言うと足手まといだ」

「戦闘面では確かに四人の誰にも及ばないさね。しかし、ダンジョンの調査となれば私の経験は役に立つと思うがのー」

「そうね、私もそれが気掛かりだったのよねー。こっちからお願いしてみようと思ってたくらいだし、丁度良いんじゃない?」


 リンスがアンジェの同行に賛成の意を示す。


「うんうん。私も賛成!」

「いや……おまえら、取り分が少なくなるんだぞ?」

「へ? 金貨200枚なんて小銭じゃないの。何を今更」


 確かに豪邸と言っても良い邸宅に住まい、使用人を幾人も雇っているミックスに取っては小銭同然であり、この言葉を発したリンスに取っても同じである。

 リンスは元聖職者として冒険者兼傭兵として五年足らずの間に、一般的な貴族の総資産を上回るほどの財を築いているのだから。

 そして無言で肯定も否定も示さないサイジも、王都ではかなりの財を築いている者の一人であった。


 そんな彼らと同様レックスも同じパーティーであり、リーダーなのだから財を築いているかと言うと、答えは築いたが今はほとんど無一文に近いというのが正しい。

 彼は18歳の時に一回目の結婚をした後、現在までに七回の離婚を経験している。

 その度にグランバスの法に則り適切に財産分与を繰り返したため、命を懸けて稼いで来た財を失い続けてきている。


「金貨200枚ありゃ……おまえ達に金の話をしても無駄だったな」


 レックスは一人肩を落として薄くなった頭に手をやり溜息をつく。


「しかし……ギルドマスターがいつまでになるかわからん調査に同行して良いのか?」

「問題ないさね、どうせ魔物がほとんど居ないんだから、ギルドは一月前から閑古鳥が鳴いているしのー。代わりの者でも充分代理が務まるさね」

「ちっ。言われてみりゃそうだったな。俺達もここ最近何もしてなかったしな」


「そうそう、出発前に私もカノープスの進路について調べての、どうやら王都から街道を南に進み、街道沿いの町グレスから深淵の森に入ったみたいだのー」

「さっすがアンジェ、仕事が早いわねー」

「うんうん! ハゲとは違うね!」


 最後の反論も完璧に言い返され、リーダーとしての威厳すら危うくなりつつあるレックスは、アンジェの同行を受け入れるしかなかった。


「アンジェの同行は認める。進路の最終的な決定や、撤退も含め俺の決定に従ってもらう。それで良いな?」


 レックスが金貨の入った袋を手元から離し、鋭い視線をアンジェに向けて問う。


「勿論、戦闘に関してもレックス達が数段優れているのは嫌になるほど知っておるしのー、私はパーティーの可愛いマスコットとして同行するだけさねー」

「アンジェは私が守るからね! 離れちゃ駄目だよ!」

「ミックスが守ってくれるなら心強いのー」


「ミックス、涎、涎」

「……」

「……もう何も言うまい」


 パーティーの最大戦力であり個としては王都で唯一、戦闘スタイルは違えど王女マリアと張り合える力量を持つミックスが、アンジェを守ると涎を垂れながら宣言する姿を見せられては、レックスにはもう何も言うべき事が浮かばなかった。

 話し合いは終了し一向は執務室を後にし、ギルドの前に停めてあった馬車に乗り込み、まだ夜が明けぬうちに王都からグレスへ向け出発した。




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