27 変化
「あ、あの雷の束、何なんだよ……あいつらのおこぼれを貰おうと付いて来ただけなのに、近づくだけで死ぬじゃねーか!」
「お、おう……一旦王都に引き返してレックスさん達に報せて情報料貰う方が良いんじゃないか?」
「【追跡】からあいつらの反応がほとんど消えた! 一つ、見た事もない色の反応が付近を動き回ってるぞ! 早く逃げよう!」
ゲート付近に現れた人間以外にも深淵の森で活動していた冒険者の集団が、数km先で発動したオリビアの【雷大波】を目撃し、引き返す事を決断させていた。
幸いオリビアの策敵範囲外にて活動中であった為、排除される事無く王都へと向けて踵を返す事が叶った。
オリビアも取りこぼしには留意しての広域範囲魔法の使用ではあったのだが、今回はその目立ちすぎる魔力が仇となった。
【追跡】をオリビアが使用出来るのであれば、この闖入者を補足する事は容易かった。
しかし【追跡】は人間の中でも限られた者にしか使用する事が出来ない為、冒険者パーティーや軍では戦闘力が皆無の者であっても重宝される。そして弱者であるはずの人間がこれまで魔物を蹂躙してこれた一つの要因でもあった。
その頃フィジャックが率いる侵攻部隊は深淵の森を東へ、木々の伐採、整地、舗装作業を延々と繰り返しながらの進軍を行っており、一日で6km前後の進軍距離しかかせぐ事が出来ていなかった。
主に夜間に活動し、早朝から昼を過ぎる頃までは歩哨任務に就く部隊以外は仮の陣営地を建設し、魔力の補給や休息を取っていた。
仮の陣営地とはいっても人間が作る要塞並みの防衛機能を有する陣地であり、二重の防御柵で挟む形で掘りが設けられ、伐採された木々を使った簡易ではあるが敵の侵入を阻むバリケードが陣営地全てを囲い込んでいる。
陣営地内部は碁盤の目状に区画が分けられダンジョン内同様、全ての中隊、小隊事に区画が割り当てられている。
フィジャックやゾンヌなど指揮官クラスの者は陣営地の中央の区画に集まり、各部隊間での報告、偵察部隊からの情報の共有などを行っている。
師団の半数近くが建設に従事し500体以上の魔物がこの堅牢な陣営地を二時間程で建設する。
この陣営地の建設も侵攻前から予定されており、道路の敷設にあわせての防衛拠点を一定間隔で建設し、道路沿いの森を魔物の生息域にし、尚且つダンジョンを外敵から防衛する拠点として機能させる為に計画されていた。
四日目の朝を迎え、陣営地内の指揮官区画で各報告や伝達事項を交換し終えた者達が話し合っていた。
「明日には街道に到達するでしょう。地図の表記が正しければ、街道より東側にある丘が陣営地の建設に適しているでしょうが、ゾンヌはどう考えます?」
「その丘からですとグレスの町まで目と鼻の先、地図には記載されていない建造物や家屋がある可能性も考慮しておくべきでしょう」
「ふむ、確かにそうですね。偵察部隊には日が落ちてから丘の偵察をさせておきましょう」
いつもの如くフィジャックに対して適切な助言をゾンヌが返す。
「フィジャック様、私からも一つ宜しいですか?」
「どうぞ」
「ありがとうございます。工兵部隊のオークの者の一部から要望が御座いまして……そ、その」
シュミットは許可を得て発言するもすぐに言いよどむ。
「言い難い事ですか?」
「え、ええ、まあその、全員ではないのですが、人間の町への侵攻が成功した場合、人間のメスを褒美として欲しいと申す者達が居りまして……」
「それは慰み者としてという意味でしょうね。その要望を唱えている者のレベルはやはり高いのですか?」
自身の大切な部下であり同胞でもあるオーク達の要望を代弁するシュミットは、滝のように汗を流しながらフィジャックに対して発言を続ける。
「はい。レベルが5以上を有する小隊長、中隊長クラスの者で御座います」
「なるほど。ここからでは陛下と【念話】によって連絡は取れませんが、伝令兵にその事を伝えさせましょう」
「要望するなど恐れ多き事、ご迷惑をお掛け致します……」
「陣営地構築に工兵は充分な働きを示しているのです、そのくらいの要望であれば陛下もお認めになられると思いますよ。シュミットが恐縮する必要はありませんよ」
「そう言って頂けると助かります……」
汗でべたつかせた体を小さくしながらシュミットはフィジャックに礼をする。
シュミットは部下の要望を代弁するという大事を終えても、汗を流し続け、フィジャックやゾンヌと目を合わせぬよう俯いたまま時を過ごしていた。
「工兵部隊が要望を出したのです、輜重兵部隊の方はどうです」
「ヨウボウ ハ ナイデス ガ モンダイ ハ アリマス」
「ほう、言ってみなさい」
「ブカ ノ イチブ ガ オビエテイマス」
「出発前にはそのような様子は無かったですが、それはいつからです」
「キノウ カラ デス」
「なるほど。ダンジョンより離れ、生態にも変化が出てきたのかもしれないですね。恐怖心や性欲、地上にて活動していた頃の本能が目覚めてきた可能性が大きいですね」
「私も同じ考えです。ミノタウロスの中隊長などもエーテルよりも動物の肉を求めるようになっています」
「地上への適応が進んでいることは喜ばしいのですが、糧食の問題に発展する事は危険ですね」
ゴブリンのソイからの問題の提起に端を発して、ゾンヌからもミノタウロスの一部に変化が出ている事が告げられ、兵である魔物に生態の変化の兆候が如実に現れている事が確認された。
「ではゴブリンの中で恐怖心が著しく顕著な者は、道路沿いに建設している陣営地での歩哨として小隊で残しましょう。それと糧食として動物の肉も輜重兵に運搬させるようにソイが調整するように」
「リョウカイ シマシタ」
フィジャックの指示により恐怖心により身動きが取れぬほど衰弱していたゴブリンがダンジョンの方向へと道路を逆進し陣営地にて歩哨として赴任する。
ミノタウロスの一部の糧食用に動物の肉の調達も開始され、輜重兵の運搬物資に組み込まれた。
オークの一部の要望については王であるグルンの裁定を待つしかなく、伝令の帰還が待たれた。
「父上、事前会談のご報告を持って参りました」
「あら、お兄様」
「コンラート、今はマリアに近づかぬ方が良いぞ……」
「ああ、また発作ですか。ですが、マリアの力が本当に必要になるかもしれませんよ」
「ぬ、シャムドは予想以上に強気であるのか?」
「ええ、謝罪と賠償を受け入れないのであれば交易の停止をちらつかせるのではなく、交易の停止をすると断言してきましたから。おそらくはそれだけではなく、軍を動かす事も含まれているのでしょうね」
グランバス王と悪魔の居る部屋へ第一王子であるコンラートが報告をしに入室する。
すぐにコンラートにより事前会談の内容が、想定していものよりも危険であることが王に告げられた。
悪魔もその会話を聞き、冷静さを取り戻したのか、王女マリアへといつの間にか戻っているかに思えた。
「軍を動かす。それについてはお父様も先程仰っていましたが、外交官の口からそのような事を仄めかされたのですか?」
「いや、そこまでの権限はあの外交官にも無いだろうし、知らされていないと思うよ。でも副国家主席のキアンは軍部のトップでもある、間違いなく軍事行動を絡ませた外交を展開してくるだろうね」
「それだけでは確証とならないと思うのですが?」
「なる。キアンは父である国家主席のスロンよりも民からの人気がない事を常に意識している。この機にグランバスから外交的な勝利だけではなく、軍事力を背景としたキアン自身の力を見せたいと思うはずだよ」
「うむ。ワシもコンラートと同じ考えじゃな」
「お父様、お静かに」
「お、おい、マリア……」
何が彼女の癇に障ったのか、一瞬で悪魔に戻った王女のささやかな恫喝によりグランバス王が押し黙る。
「ギルバートと共にキアンについては調べていたのですが、私達が彼に抱いていた印象や知っていた情報は、操作されている可能性があります」
「それは聞き捨てならないな、ギルも同意見なのかい?」
「ええ、シャムドでの調査は主に彼が行っていましたし、分析結果もギルバートの考えです」
「今晩、お父様との謁見が予定されていますし、お兄様も同席し彼から詳しくお聞きになられるのが宜しいかと」
「うん、そういう事なら僕も同席させて貰おう。父上良いですか?」
「……」
「お父様、発言を許可します」
「……構わないですよ、コンラート」
マリアからもたらされたキアンの情報操作についてコンラートも興味を示した為、ギルバートを含め四名での会談が急遽決定する。
ギルバートが頃合良く私邸に戻り、王からの謁見の申し入れの許可を告げに訪れた使者と鉢合わせする格好になった為、その足でギルバートは王城内の王宮へと歩を進め、四名による会談が謁見の間にて執り行われた。
「久しぶりだね、ギル。妹がまた世話になったようで礼を言うよ」
「殿下、お久しぶりで御座います。マリア様のお世話など、滅相も御座いません」
「ハハハ、妹もだいぶ丸くなったと思ってたんだけどね、父上とのやり取りを見て、まだまだ健在だと理解したよ。苦労をかけるね、ギル」
「……」
「そこで何故黙るのよ、ギルバート」
「ギル、早速だけどさっき父上やマリアとも話していたんだけど、キアンの情報操作について詳しく話してくれないか」
四者会談の開始早々にマリアが不機嫌になりそうになる気配を察知したコンラートが、話を早々に転換して切り抜ける。
ギルバートもその意を汲んでキアンについて調べた事を王と王子に詳しく説明する。
キアンが父であるスロン国家主席に対抗心を抱き、軍部に持つ職権を利用しての横暴な振る舞いや、行動は作られた印象である。
本来のキアンは臆病で狡猾な父スロンとは違い、大戦からの復興が滞り続ける現状を、グランバスに全ての要因を見出し、国民に向けて唱え続けるやり方を根本から変えようとしている。
キアンに最も近い側近は、キアンが副国家主席になる以前、将校として実戦部隊に務めていた頃からの部下が多く、彼ら若手の将校はキアンと志を共にする改革派として勢力を徐々に拡大させている。
確かにコンラートやグランバス王が考えていたように、キアンは軍部に絶大な影響力を持ち、軍権のトップの座にいるが、軍内部ではキアン派である改革派と、スロン派である保守勢力とに亀裂が生じはじめており、軍を即座に動かす事は難しい。
キアン自身も軍を動かすつもりはおそらく無く、謝罪や賠償の要求が受け入れられない場合の交易の停止は、ギルバートの考えでは擬態であるとした。
仮に交易の停止が実際に行われたとすれば、キアンは権力の座から既に追われており、スロン派の後継者が実権を握っている事となるが、シャムドの情勢の調査の結果、キアンは副国家主席として健在であった。
一連のギルバートの調査内容の報告を王とコンラートは全て聞き、謁見の間には長い沈黙が流れ続けた。




