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26 玩具

 綺麗に結われた灰色の髪を左右に揺らし、少女はグラスに入った金色の液体を豪快に飲み干す。

 口の周りに泡を少しつけたまま、グラスを力強くにカウンターに下ろす。


「ギルバート! 金貨1000枚なんてギルドですぐ用意出来る額ではないさね」

「依頼主はあくまでもアンジェだ。金もアンジェから出してくれれば良い」

「な! また私に金を出させるのか!」


「出してくれなくても構わない。手元にある残りの龍石は王家にでも買い取って貰って金は俺が用意するよ」

「ぐ……それは困るのう」

「だろ。俺もアンジェに買い取ってもらうのが一番だと思ってるしな」


 ギルバートとアンジェは夕陽が沈みかける頃、小さな酒場にて二人で酒を酌み交わしながら話していた。

 冒険者ギルドのマスターであるアンジェの見た目は少女そのものであり、些か場違いな雰囲気ではあるが、二人以外に客も無く、店員も何も言わずにアンジェに酒を出している。


「じゃ、じゃが龍石一つで金貨100枚は足元を見すぎじゃないかのー」

「市場じゃ一つで金貨300枚はするだろ? 確かに大量に買い取ってくれる商人や個人なんてそうそう居ないだろうが、俺も金には困ってるんでな。それに頼めるのはアンジェくらいしか現状居ないんだ」

「ほう。あの嬢ちゃんや軍にも頼れる者は多かろう? もしや私の立場を弱めて……はっ!」


 酒に酔ってなのか、照れているのか定かではないが、アンジェは顔を赤らめ両手を自身の胸の前に交差させ、僅かにギルバートから距離を取る。


「俺はそっちもあっちの趣味もないぞ」

「ノリが悪いのー」

「じゃ、レックス達への支払い頼んだぞ」


 ギルバートはグラスに入った金色の酒を一息で飲み干し、銀貨をカウンターに置いて小さな酒場を出る。

 残されたアンジェは店員に空になったグラスを渡し、酒を入れるよう無言で催促する。




『グルン様、ゲート付近に敵。人間の集団が複数近づいています』

『どの方角から現れた?』

『北東方向より現れた模様で御座います。これより策敵及び排除を開始致します』


『わかった、人間の生死は問わん。全て排除せよ』

『は!』


 ダンジョンから地上侵攻部隊が出陣し三日が過ぎた頃に、ゲートより北で歩哨をしていたゴブリンから人間の集団が接近中との報せがゲートにて待機している、死の妖精バンシーのオリビアの下へと届いた。

 侵攻部隊は邪魔になる木々を伐採し、簡易の道を作りつつ進軍していたが、人間との交戦の報せは未だに無かった。

 たまたま侵攻部隊と鉢合わせしなかったのか、それとも人間が避けて通過してきたのかは不明ではあるが、ダンジョンに緊張が走る。


「あなた達は邪魔になります。ダンジョンへ戻るように」

「ギィ!」

「ギギギ!」


 オリビアに報せを届けたゴブリンの2体は深くは無いが複数の傷を体に作っており、満足に戦えそうも無いと判断したオリビアに退避を指示され、すぐにゲートをくぐりダンジョンへと避難する。

 手負いのゴブリン2体がゲートに姿を消してすぐ、ゲートより北側の茂みから人間が姿を現した。


「おい、ゴブリンの巣でもあるかと思って逃がしてみたけど、あれ巣じゃないよな?」

「遺跡っぽいな。てかあの女、人間……じゃねーな。どうみても肌の色が魔物だ」

「おい! 全員集まれ! ありゃやばそうだぞ! こんなとこに遺跡があるのも変だ!」


 オリビアは既にゴブリンの2体が報せに来ていた時点で人間が近づいているのを感知していたが、撃ち漏らしを避ける為、限界まで人間を近づけ、人間から仕掛けてくるようオリビアからは攻撃せずに傍観していた。

 案の定オリビアとの距離が50m程になった地点で人間側がオリビアを視認し、魔物特有の見た目、サキュバスにやや似ている見た目から危険な魔物と判断し、仲間である人間全てを呼び集めた。


 15名の人間がオリビアを警戒しつつ、無言で目線で意思疎通をし、時折頷き合いながら徐々に陣形を展開していく。

 オリビアはゲートの入り口から一歩も動かず人間達の姿を無表情のまま見守り、全てを排除する為に考察する。


 おそらくあの人間達は【念話】を使い予め決めていた連携を確かめていたのでしょう。

 前衛として5匹が徐々に距離を縮めようとこちらを警戒しつつ移動していますね。正面後方に聖職者らしき人間が3匹と魔導士らしき杖を持った人間が5匹。左後方と右後方に短弓を持った人間が1匹づつ。

 これで全てだと良いのですが、仕掛けてくるまで一応待ちましょう。



 オリビアが身動ぎもせず人形のように硬直する。その姿が不気味に映るのか、人間側の前衛の5名はやや小さい歩幅で距離を縮めていく。

 一月前から深淵の森へ入り、久しぶりに出会った魔物に些か緊張し、剣や斧を握る手が震える。

 怪我をしたとしても聖職者が居るのだから、多少の事では死ぬ事も無い。

 大丈夫、大丈夫、そう心に唱えて前衛の5名はゆっくりと死の妖精バンシーに近づいていく。


 前衛の5名の中の一人、全身を鋼鉄の鎧で身を包んだ男がハンドサインで左右の男に合図を出す。

 そのサインを見定めた左右の四人が地面を蹴り上げオリビアに向かう。


「うおおおおお!」

「おりゃああああ!」

「……」


 30m程の距離を猛烈な勢いで突進する。

 合図を出した男以外は盾を左手で前方に突き出し、右手で剣や斧を振り上げる。

 鋼鉄の鎧の男は剣を地面に突き刺し、剣の周りに白い魔法陣をすばやく発現させる。


 前衛の5名が攻撃を開始したのを確認した正面後方で待機していた魔導士の5名も、地面に魔法陣を発現させる。

 魔導士達が発現させた魔法陣に魔力が完全に凝縮される前に、鋼鉄の鎧の男が発現させた魔法陣が先に消える。


「【ファランクス】」


 鋼鉄の鎧の男が唱えた【ファランクス】が突撃する4名の人間に降り注ぎ、肉体の周りを白い光で包み込む。

 魔法による強化補助を受け、肉体の強度を飛躍的に上昇させた人間があと数歩でオリビアに届く距離まで近づく。


【雷大波】ライトニングサージ


 人間達には感知出来ぬ速さで巨大な魔法陣が地面に出現し、一瞬で消える。

 その数瞬の後、辺り一面を強烈な光量が包み込み、大地を揺るがすほどの破滅的な放電が包み込む。

 青白い放電の束が幾本も出現し周囲を切り刻むように走り回り、物質全てを蒸発させていく。


 オリビアに至近まで近づいていた人間の4名は跡形も無く消え失せ、鋼鉄の鎧に身を包んだ男は辛うじて地面に突き立てた剣の一部を残し消えていた。

 やや後方にて魔法陣を展開していた魔導士は聖職者によって事前に結界を展開し保護されていたが、結界を容易く貫かれ、結界内部の魔導士の5名全て消し飛ばされ、聖職者である3名は辛うじて肉体の一部を欠損させる程度で命を繋いでいた。

 左右後方にて木に半身を隠し弓を構えていた人間の2名は、その木、諸共消し飛ばされていた。


「一体何が……クッ!」

「ウソだろ……あの魔物、サキュバスの亜種じゃないのか」

「グリートがそんな事言ってた……けど、あんな広域範囲魔法、尋常な魔力じゃなかったわよ」


「災害クラス……まさか……」


 生き残った聖職者の男1名、女2名が腕や足をそれぞれ失いながら、血の海となっている地面に座り込み何が起きたのかと話し合う。


「生き残りはあなた方だけのようです。この付近3km圏内に同行者の方は居ますか?」

「ヒッ!」

「……もうダメだ。神よどうかお救い下さい」

「……こ、これは夢よ。ハハハハ」


「神も救ってくれませんし、夢でもありませんよ。質問に答えて頂けますか?」

「……」

「……」


 【雷大波】ライトニングサージの異常放電から生き残った人間の存在の有無をすばやく見回り終えたオリビアは聖職者3名の下へと現れ、無表情のまま他の人間の存在の有無を問う。

 要領を得ない返答にオリビアはやや眉間に皺を作り、聖職者に対して無礼極まる事を混ぜつつも再度問う。


「わ、わ、私達以外には、だ、だ、誰も居ないです。どうか命だけは……」

「セリナ! 今こそ祈るのです! 邪悪な魔物に命乞いなど許されぬ事ですよ!」

「アハ、アハハハハ」


「そうですか。ではあなたは助けてあげましょう」

「えっ」

「アガッ」

「アハッ」


 最後のその時まで祈りを捧げる聖職者の男。

 既に心が壊れている聖職者の女。

 二人の人間が死の妖精バンシーの鋭い爪の生える手によって心臓を一瞬で貫かれ絶命する。


 オリビアの所作の後、静電気が至る所に出現し小さく爆ぜる。

 命乞いにより助かった聖職者の女は、静電気に目を奪われるも、すぐに仲間であった聖職者が既に息絶えている事を知覚する。




『グルン様、排除完了致しました。人間14匹を処分、1匹だけ体の一部が欠損しておりますが生きたまま捕獲致しました』

『ご苦労。ゲート北側の歩哨に新たなゴブリンの小隊を送り、捕虜の人間はゼルダに引き取りに行かせる。それまでその人間が死なぬよう治療し拘束しておけ』

『畏まりました。グルン様、恐れながらゼルダではこの捕虜を……そ、その玩具に致すかと。グルン様から情報をしっかり引き出すようご進言して頂けませんでしょうか』

『……そうだな。言っておこう』


 グルンからの指示によりゼルダがゲートの前に鼻歌交じりで姿を現す。

 オリビアがその姿にやや睨みを利かせた為、ゼルダはすぐに畏まった態度でオリビアに一礼し捕虜となった聖職者をダンジョンへと連れて行く。

 捕虜を引き渡したオリビアは残存する人間の存在を確かめるため、周囲の策敵をすぐに開始する。


 ゲート付近の木々の大部分が消え去り、かなり見晴らしが良くなっているが、オリビアの姿は数瞬で静電気の軌跡を残し森の中へと消える。


「メスの人間……クフフフフ。オリビア様には感謝致しませんと……」

『ゼルダ、情報を聞き出すまでは遊ぶ事は許さぬ』

『バッ! 聞いていらしたのですか! だ、大丈夫ですわよ!しっかりと情報を聞き出してからに致しますので!』

『……予を失望させるでないぞ』


 ダンジョン内、捕虜を連れ歩きながら不敵な笑みを浮かべたサキュバスが、すぐに釘を刺されていた。



■オリビア Lv8→Lv11 (next4800/6000)




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