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24 一線

 ギルバートとマリアが王都へと無事情報を得て帰還を果たした頃、王都は既に二人が懸念していた通りの事態へと陥っていた。

 魔物を捕獲、討伐する事により糧を得ていた冒険者やそれに関わる商人、加工業者の中には廃業に追い込まれる者、隣国への移住を既に果たしている者が一部出始めていた。

 しかし、隣国であるシャムドでは魔物がまだ数多く生息している事を知ったグランバス人がすぐに糧を得るために、移住したくても出来ない者の方が大部分を占めている事も事実としてあった。


 グランバス、シャムドの両国の国交は正常化されており、互いの商人も頻繁に行き交ってはいても、グランバス人がシャムドの地で腰を据えて生活する事はほぼない。

 移住し生活する者も一部存在するが、シャムドにおいてグランバス人である事を基本的には隠して生活している。

 隠さなければ年に一度は起こる暴動で目の敵にされ、住居や財産を不当に奪われるハメになるからだ。


 逆にシャムド人の多くは大戦からの復興に成功しているグランバスへの移住をする者がかなりの人数居り、シャムド人同士で王都内の一角に集中して住み着き、シャムド人街を形成していたりする。

 中にはグランバス人として完全に同化しているシャムド人も数多く存在するが、グランバス人がシャムドにて同化する事はほとんど無い。


 こういった歴史と現状の経済格差などが複雑に絡み合っている為、グランバス人の、経済的に危機に陥っている魔物産業関係者が頭を抱える状態に陥っており、王や貴族への生活の困窮を訴える事態が日を追う毎に増している。


「マリア、悪いが先に王宮に戻っていてくれ。陛下への謁見の取次ぎと、ある程度、俺達の知り得た情報をお耳に届けておいてくれ」

「ええ、わかったわ。王宮内で私達が不在の間の出来事を、お兄様や大臣に聞いておくわ。それと、謁見はすぐに許可を貰えるはずだから、夜までにはギルバートの私邸に使いの者を出すわね」

「わかった」


 王都へと帰還し長旅を終え感慨にふける間も無く、二人はすぐに別れた。



「マスターは居るか?」

「え? あ! ギルバートさん! やっと戻って来たんですか、今大変なんですよ! 一体どこへ行っていたんですか? 魔物の数が更に減り続けていて、あのカノープスまで一ヶ月程前に魔物を探しに深淵の森へ向かったきり帰ってこ」

「マスターは居るか?」


 ギルバートは閑散とした冒険者ギルドの建物に入り、受付の女性に話しかける。

 受付の女性はギルバートとは馴染みの顔のようで、その彼に現状の困窮した状態に一筋の光を見出すかのように矢継ぎ早に質問を重ねるが、ギルバートは右手を静かに上げ質問に答えようとしない受付に同じ質問を短く返した。


「に、二階の執務室に居られます……」

「わかった」


 いつもであれば彼女の退屈な愚痴や噂話にギルバートは付き合うのだが、今日の彼は別人かのように口数も少なく、何よりも表情がまったく違う。

 普段の明るく気さくな顔もギルバートの本来の姿ではあるが、戦場に身を置いている時の、周りの者を近づけさせないような険しい表情や殺気を終始放つ態度もまた、彼の本来の姿であり、今の彼は後者である。

 早速ギルドの職員しか居ない建物の階段を険しい顔をしたギルバートが上っていく。


 勝手知ったる場所でもあり、執務室へとすぐに到着する。

 ノックもせずに扉を開け放ち、執務机に座り書類と向かい合っているギルドマスターに声を掛ける。


「俺が不在の間に起きた王都、いや、グランバスで起きている変化について全て教えてくれ」

「相変わらず礼儀を知らんガキよのー」

「ババア、色々と周りたい所があるんだ。すぐに答えてくれ」


 ババア呼ばわりされ、つるの無いメガネを鼻に掛けた10歳前後の見た目の少女が、白紙の書類を執務机に放り投げ、ギルバートを睨みつける。

 見た目が完全に子供であり、その睨みつける姿に迫力は一切無いが、本人はすこぶる不愉快そうに頬を膨らませている。


「帯剣したままでマスターの私に無礼を働くとは……軍人はやはりクズよのー」

「すまん。帰ってきたばかりでこっちの情報が早く知りたくてな。頼むクソババア」

「……おまえ、謝っている風に見せて無礼なままさね」


 ギルバートは素直に頭を下げ無礼を詫びる風に装ってはいるが、最後の言葉に毒を混ぜる。

 クソババアとまで更に言われ溜息を漏らすギルドマスターの少女は、机に置かれている小さな箱から、赤く光る小さな玉を掴み、口に放り込む。

 しばらく玉を口内で転がし、続いて手鏡を引き出しから取り出し、結っている光沢のある綺麗な灰色の髪のほつれを、慣れた手つきで結い直す。


「頼む、アンジェ」

「……一つ貸しだからのー。ギルも知ってると思うがの、ここ最近の魔物の減少の影響がシャムドとの関係を悪化させておるの。しかしそれだけでは済みそうにないさね」

「それだけじゃない? まさか……」

「そう、そのまさかが起こりそうだの。ラーゼ公国でも魔物の減少がここ一ヶ月の間にグランバスよりも急速に始まっておるのー」


 考えてはいた事。

 シャムドでは魔物の減少が少ないとは云っても、深淵の森や西部地方では少なからず減っていたのだ。

 グランバスに至っては全土で減少している。


 ラーゼ公国だけが何の変化も無い方が不思議であるし、この事がシャムドとの間だけではなく三国を巡って、否、大陸全ての国家の関係を悪化させる可能性をはらんでいる。

 緩やかに魔物が減るのであれば、問題は無い。長期的に見るならば人類にとっては喜ばしい。

 しかし魔物から採取される素材は武具に数多く利用され、軍事力に直結している。それは即ち国力と言えるのだ。


「考えたくは無いが……間違いなくダンジョンが出現しておるの。大陸全土での魔物の減少、ゲートが発見されるのも時間の問題さね。大戦前の状況と全てが符合しておるしの」

「バ、アンジェはゲートがどこに現れるのかわかるか?」

「それが判れば大戦は起きていないさね」


「ただ一つ、冒険者ギルドのマスターとしてではなく、友として忠告しておく。王女マリアをダンジョンに近づけるな。あの嬢ちゃんでも簡単に死ぬぞ」


 先程まで幼すぎる見た目と、軽い口調であったアンジェが纏っている雰囲気を変化させ、重みのある声色でギルバートに忠告した。


「さすがにあのア、いや……近づくだろうな。とりあえず他のギルドや知り合いにも話を聞いてくるわ。またな」

「次は手ぶらでくるんじゃないぞー」


 アンジェは小さな手を気だるそうに揺らし、机に投げられた白紙の書類を手に取り仕事に戻る。

 ギルバートは次に訪ねるべき人物を頭に浮かべ小さな溜息を吐きながら、執務室を後にした。


「はあ、あいつらに会うのが今から憂鬱だな……」





 黒髪の少年シロがグレスの町へ到着する。

 シロは泥だらけのまま、町にある仲間と共に宿泊していた宿へ戻りパイクス達の帰還を確認する。

 宿では成果を上げられず、グレスには冒険者ギルドの支部も無い為、途方に暮れていた。


 もしかすると、既に王都へ引き返しているのかもしれない。

 しかしシロは自身が金銭や持ち物の一切を持ち合わせていないことに、この時点で今更のように気付く。

 一刻も早く仲間と合流したい。その思いだけが彼の頭には駆け巡り、超えてはならない一線を容易く越えさせた。


 魔物を無慈悲に殺害するように、感情を一切揺らさずに人間を殺害した。


「商人なのに、あんまり持ってなかったっすねー。まあ、これでも王都までなら大丈夫っすね」


 シロは街道沿いの脇道で商人が馬車で通るのを夜間に待ち伏せし、数人の商人と奴隷を殺害し、馬車と金品を全て不当に強奪し、王都へ向けて北上を開始した。

 シロがこの時点でダンジョンのゲートの出現を、グレスに駐屯する軍に報告していれば、数日後に訪れる災厄は防げていたのかもしれない。

 しかしシロの思考は既に人間のそれでは無かった。仲間に会う。それがシロの全ての行動原理であった。




 訓練中のグルンにフィジャックからの【念話】が届く。


『陛下、偵察部隊の指揮官に先の追撃任務にて飛躍的にレベルの上昇を果たしました、スケルトン2体を中心に編成しましたが、地上での訓練を許可して頂けないでしょうか』

『フィジャックかゾンヌも同行するのか? それと訓練範囲はどのくらいを想定している』

『はい、ゾンヌが同行致します。訓練範囲はゲートより半径1km内をと考えております』

『わかった。許可しよう』

『ありがとう御座います』


 ダンジョンでは侵攻準備が大詰めを迎えており、侵攻部隊の編成はほぼ終了し、工兵、輜重部隊の運搬する積荷も全て整っていた。

 残すは実戦経験の少ない者や新たに組織された部隊の訓練などが主に行われていた。

 ようやく休息を取れるかに思えたシュミットは、フィジャックとゾンヌによる武具の改良要求などが追加され、気絶する回数を更新し続けていた。


 一方ゼルダとヒルダは侵攻部隊用ではなく、ダンジョン防衛に関する研究に取り組んでおり、防衛に関わる兵数不足を埋める為、趣味の拷問や調教についての改良や器具作りを我慢していた。

 オリビアとグルンは相変わらずの訓練漬けの日々を送り、ようやくグルンのレベルが10に到達し、オリビアは8になっていた。

 時折実戦形式の激しい手合わせをし、オリビアの体が欠損する事があるが、レベルの上昇に伴い急所以外の欠損部位の割合が三割程度であれば魔力の喪失が半分程度で再生出来るほどになっていた。



■シロ Lv18 (890/1000)

■アンジェ Lv24 (7700/10000)



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