23 再生
パイクス達が捕らえられた場所から東へ数十m離れた場所。シロ、ラーニャ、セレスティが埋葬された地表が微かに動き出す。
最初は小さな揺れが徐々に大きな揺れとなり、地中から人間の手が生える。
手は土を掻き分けるように動き、頭部が地中から出てきた所で手の主が判明する。
「ガハ、ペッ……ペッ……やっぱり再生したっすね」
死亡したはずの黒髪の少年は地中から這い出し、その場に座り込む。
座り込んだままの姿勢で死者であるはずの少年は魔物に襲われた時の事を思い返す。
ラーニャやパイクス達はあの危機を乗り越えられたんすかね。
僕が再生する能力を隠していたから、埋葬してくれたんだろうし、生き残ってるはずっすね。
後ろめたい気持ちはあるけど、早く合流するのがいいっす。
「え……」
少年は立ち上がり自分の居る位置を確かめるため、周辺を見渡す。すると自身が埋葬されていた場所以外にも土が掘り返され、埋められたであろう跡が目に入ってくる。
自分が埋められていた場所の横に二つ。
そこには墓標のような物も何も無い。無機質な土が掘り返されただけの跡。
掘り返して見なければ遺体があるのかはわからないが、少年は仲間が二人死んでいると確信した。
再生したばかりの体から汗が滲み出る。手が震え、どうしてと心の中で何度も唱える。
再び座り込み掘り返された土の跡をぼんやりと見続ける。
仲間が二人死んだ。その悲しみが次第に魔物への憎しみへと変化していく。
少年の目には涙の痕は一切なく、瞳には憎悪の色があった。
「ではゼルダとヒルダは人間達が深淵の森と呼ぶここから、地上の町へと侵攻すべきと考えるのだな」
「はい。現在、ダンジョン内の拡張、兵となる魔物の増員は限界が迫っております。人間が統治する国家の戦力は大部分が不明では御座いますが、ダンジョンにて敵の侵攻を待つよりも、こちらから仕掛け生息域の拡大を計るのが最良と考えます」
追撃が成功し捕虜の処分がされた後、厳戒態勢が解除された。
しかし人間のレベルが予想以上に高かった事実もあり、ダンジョン内の会議室には全ての上位種が顔を揃え今後について討議をしていた。
討議が始まってすぐにゼルダとヒルダが強行論を唱え、グルンがその考えについて不備がないのか確かめる様に聞き返す。
「先日遭遇した人間達は素人だったそうだが、レベルは予想以上に高かった。こちらから地上へ仕掛けるにしても、人間側には戦いに特化した傭兵や軍隊が必ず存在するであろう。先日の素人とは違うのではないか?」
「ダンジョンからの距離が短ければ問題は無いと考えます。先日もお伝え致しましたが、捕虜の二名からの証言、フィジャック様が入手されました地図を参考にした場合、ゲートから東へ40kmほど進みますと街道に到達します。そしてその街道付近のグレスという町はグランバスの王都からはかなりの距離があり、駐屯している兵数も500程度かと。ここを侵攻部隊で抑える事が叶いますとダンジョンの防衛、拡張や増員にも有利に働くのではと考えます」
普段とは違いゼルダは自身の考えを畏まった口調で唱え続ける。
「兵数については捕虜の証言だけでは心許ないな……。だがゼルダの言も確かに一理あると予は考える。フィジャックはどう思う? 遠征となれば指揮をする事になるのだ、申してみよ」
「はい。ですが、ここはゾンヌの考えをお聞きになられる方が宜しいかと」
「ふむ、ではゾンヌ申してみよ」
フィジャックは自身の意見を述べる事をせず、ゾンヌの考えを聞くべきだと提案する。
「結論から申し上げます。侵攻すべきです。侵攻に伴うリスクやメリットについては陛下や皆さんがお考えのように諸々御座いますが、陛下の最終目標が人間の殲滅ではなく、他のダンジョンへの侵攻にあるならば、生息域の拡大は必須で御座います」
「陛下、私もゾンヌの考えを全面的に支持致します」
ゾンヌの考えをフィジャックは事前に聞いていたのか、すぐに賛意を表明する。
しかしグルンは二者の考えについて肯定も否定もせず、オリビアに発言を求めた。
「二人の考えはわかった。オリビアはどうだ」
「ゾンヌの考えは少し極端だと思えますが……リスクに関してはあまりお気になさらないでよろしいかと。こちらが人間や他のダンジョンについて知り得ない事が多いのと同じく、相手側も同じで御座います。気になる点は些か御座いますが、私も侵攻に関して反対では御座いません」
「そうか」
全ての上位種の考えを聞きグルンはしばらく目を閉じて考え込む。
侵攻する事自体はグルンの中で決まってはいるが、人選について迷いがあった。
先日の追撃部隊や捕虜の処分でも表れた、実戦での飛躍的なレベルの上昇。
この事がグルンの判断に微かに暗い影を差していた。
侵攻部隊の一部が戦闘において大幅にレベルが上昇すれば、王の力を凌駕するほどになる事も考えられる。
下位種の魔物であればレベルがいくら上昇しようとも種族格差は早々覆ることは無いが、上位種、特にヴァンパイアの二人が人間の中でもレベルの高い者を大量に殺戮した場合、力関係は間違いなく逆転する。
王の力を単純に上回ったからといって即座に反旗を翻す程、浅はかではないだろう。
しかし大きすぎる力はお互いの不信感の芽を育てる苗床となり得る。
詮無き事。
そのような芽など王には付き物ではないか。
絶対的な力ではなく、王としての器が無ければ、王の中の王など成り得るはずもなし。
「フィジャックとゾンヌは1個師団全ての兵に出兵の準備をさせよ。シュミットには工兵部隊、輜重兵は前回追撃任務時に同行させたゴブリンにさせよ。両部隊は師団から専任の守備部隊を編成し、その上で師団に組み込め」
「は!」
「畏まりました」
「オリビア、侵攻部隊が出立した後、近衛の指揮は予が一事預かる。オリビアは単独でゲートにて待機。全ての敵を即時排除せよ。ゼルダとヒルダはオリビアの休息が必要な場合のみゲートでの警戒をせよ」
「は!」
「フィジャック。あのゴブリンにはおまえから名を与えておけ、良いな」
「宜しいのですか? オークのシュミットですら特例でありますし……」
「良い。名が無ければ少々面倒であろう」
「ではそのように」
侵攻の準備を開始するよう王から命じられ、各々が準備に取り掛かる。
中でも工兵として初の実戦参加が命じられたオーク達を纏めるシュミットは多忙を極めていた。
ゼルダやフィジャックの指示により運搬する武具やマジックアイテム、それ以外にも進軍中に命じられている木々の伐採用の道具、陣地構築用の各種機材の製作、随行するオークの人選などに休息する事無く日夜活動し続けていた。
「ではあなたは今からソイと名乗りなさい、良いですね」
「ソイ!」
「……返事をソイとするんじゃないですよ。あなたの名前がソイという事です。わかりましたか?」
「ワカリマシタ ナマエ ウレシイ オウ ニ ムクイル」
「宜しい。ではそこで気絶しているシュミットを寝室まで運んでおきなさい」
「ソ タダチニ」
シュミットにも限界はあり、その限界も自身が考えているよりもかなり低く、日常的に気絶を繰り返しており、今はフィジャックの目の前で気を失い倒れていた。
そこへゴブリンのリーダーが呼ばれ、名前を与えるついでにシュミットの汗と涎まみれの体を運搬するよう指示していた。
ゴブリンリーダーのソイはすぐにシュミットを私室へと運び、体を丁寧に拭いた後、砂のベットに横たわせ、自身が指揮する輜重部隊の運搬するポーションやエーテルを背嚢に詰める作業をしている部下の様子を見に戻った。
「ポーション ハ 2コ ダ コッチ ハ エーテル ガ フソク シテイル」
「ギィ!」
「ギギ!」
ソイが作業しているゴブリンの下へと戻った途端に、彼らの作業の不備が目に入ってくる。
単純な作業ではあっても数を指定したり、複数の種類を同時に行わせると通常のゴブリンはかなり失敗する。
リーダーの責任として彼もまたシュミットのように日夜ダンジョンを駆けずり回っていた。
つい先日まで人間の捕虜から入手した地図や本の複写を休まずに行い、今は輜重兵の編成と荷の準備とダンジョン内の全ての魔物を合わせても、彼が一番働いていた。
シュミットとは違い気絶をする事が無い彼は、疲労困憊でありながらも全ての物事を吸収し続けていた。
「フィジャック。ひとつ聞いても宜しいですか?」
「はい? 何でしょうゾンヌ」
「先程のあのゴブリンに何故ソイと?」
「特に意味はないですよ」
「……」
「本当ですよ?」
フィジャックとソイのやり取りを黙って見ていたゾンヌは珍しくフィジャックに話しかけるも、二人の間にはすぐに沈黙が流れ出していた。
「それはそうと、第9、第10中隊の工兵部隊、輜重部隊との合同訓練は手筈通り行えそうですか?」
「まだ工兵、輜重の人員が足りず、両部隊の荷の準備も出来ていません。中隊の方は守備をしつつの進軍の訓練は進めています」
「ふむ。では第1から第8までの中隊への陣地構築の訓練、市街戦を想定した戦闘訓練を優先して進めましょう」
「その前に偵察部隊の訓練があります。王に地上での訓練の許可をフィジャックから頂いておいてください」
「また私ですか? ゾンヌもたまには陛下とお話してはどうですか」
「指揮官はフィジャックです。では」
一方的に話を切り上げゾンヌは師団の兵舎内にあるフィジャックの私室を後にする。
その後姿をフィジャックは、今日はよく喋るなと胸の内で呟き眺めていた。
■工兵部隊 指揮官 シュミット (オーク 121)
■輜重兵部隊 指揮官 ソイ (ゴブリン 202)




