22 情報
「活気がないわね」
「ああ……」
シャムドの首都ソンポに到着したギルバートと王女マリアは開口一番発する。
大戦から五十年、大戦後すぐに内乱が各地で頻発し、復興が本格的に開始されたのは奇しくも侵略をしてきた敵国であったグランバス王国からの莫大な賠償金が支払われてからとなった。
その後も支援金や戦災基金からの拠出という名目でグランバスからの賠償金が国内の大戦の爪痕を癒していくかに思えた。
しかし、大戦時の権力者や為政者は大戦後すぐの内乱により粛清され、内乱後にシャムドの頂点である国家主席の座に立っていたのは、自己顕示欲が強く、独善的であり臆病な古代シャムド王家の末裔と自称するスロンという男だった。
この男は臆病ではあったが優秀でもあった。
シャムドの民の反グランバスの思いを巧みに刺激し、自身が反グランバスの指導者であり、古来権勢を誇ったシャムドを取り戻すのだと演説を繰り返しつつも、裏ではグランバスの貴族や豪商と秘密裏に交渉し、支援金、戦災基金の設立に掛かる資金などを反グランバス感情を抑えるという名目で拠出させていた。
勿論、見返りとしては、開発された鉱山、金融機関、各種商業ギルド、傭兵、冒険者ギルドといった人材斡旋業など多岐にわたるものから生まれる利益がグランバスの貴族や豪商に流れ出ていく構造になっていた。
そんな状況では復興など遅々として進まない。
自然、スロンへの民衆の内乱後初期の熱狂的な支持も徐々に低下し、国家主席の地位を手にして以来四十五年が経ち、年に一度は起こる暴動を反グランバス感情にすり返る方法が、もはや限界に近づいていた。
また国家主席に成った当時は32歳であったスロンも現在77歳の老齢であり、国家運営の実務のほとんどは嫡男である長男のキアンが執り行っている。
キアン国家副主席も父であるスロンの悪しき前例を踏襲し、表向きはグランバスを非難しつつも、裏ではグランバスの貴族や豪商と蜜月の関係を維持している。
長きに渡る国家の上部の腐敗と、大戦によって歪められた国民性が負のスパイラルを生み出し続け、シャムド全域の都市や町、村の発展は未だに近隣諸国に比べ低い水準のままである。
「とりあえず、ソンポにある冒険者、傭兵、奴隷商から情報を集めるか。出来れば軍部の持っている情報も欲しいところだが……」
「そうね、軍部も相当腐敗が進んでいるようだし、袖の下を渡せば情報は手に入りそうね」
「……」
「ギルバート? 何じろじろ見てるのよ」
「いや、おまえも汚れた大人になっちまったんだなとな……昔はあんなに純粋で、周りの人間に不幸と厄災を撒き散らしても平然としているバカだったのにな」
「あなたも昔に比べて変わってるわよ。足以外も臭くなってるし……プフ」
「え」
ギルバートがマリアに手痛い反撃を返され心の大きな穴を開けたものの、二人はすぐにソンポにて情報収集を開始する。
三日ほど掛け、グランバス周辺とはやや違う形でシャムド全土において魔物の数に変化がある事を知る。
グランバス周辺では主に下位であるゴブリン、オークを始め、ミノタウロスがほぼ全て消え去るという現象が報告されているが、シャムドでは主に元から少なかった個体であるサキュバスやヴァンパイアのような上位種と区分される魔物の姿が消えていた。勿論シャムドの領土内にある深淵の森からは下位の魔物の著しい減少も報告されてはいた。
しかし、シャムド西部には未開拓の地が多く残っており、そういった統治が行き届いていない地域には下位種の魔物も数多く棲息しているが、その他にサキュバスやヴァンパイアの数もグランバスやラーゼ公国よりも数多く存在したのだが、三ヶ月程前から上位種だけが原因不明のまま姿を消し始めた。
その情報はギルバートとマリアに取っては頭を悩ませる情報となる。
魔物の討伐はどの国家においてもいわば主要産業の一つである。
グランバス周辺の魔物の全滅といって良い程の現象は、経済の混乱を招く要因でもあるからだ。
長期的に見れば、魔物が存在しなければ国内の流通に掛かる費用が下がり、交易による富により魔物を基幹産業としなくとも国力は低下しない。
しかし、現状は魔物の討伐。そしてその魔物の肉や部位を加工し商品として流通させる事が、大勢の雇用を生み出し、国家はその経済活動から税を徴収し軍事力の維持や国家運営の元としているのだ。
グランバスの魔物の減少。シャムドにおいては被害だけが多く富を生み出さない上位種が減少し、下位種の魔物の減少が少ないという事は、両国の国力が大戦以前のように拮抗する可能性が出てくる。
グランバスの魔物産業に関わる者が、交易商人からシャムド産の魔物を取り寄せる事が爆発的に増加する事は、火を見るよりも明らかであり、グランバス内での魔物の肉や部位の市場価格は既に高騰している。
これは、シャムドにはグランバスから大量の富が経済活動の結果として流れる事を意味する。
今までのように腐敗した国家主席主導の下での支援金や戦災基金からの拠出などとは話が違うのだ。
ギルバートとマリアはソンプでの滞在を早々に切り上げ、この危機的な状況の報告をする為、すぐに王都へと出立する。
しかしギルバートとマリアの焦りを他所に、グランバスの王は既にこの事実をある程度は把握していた。
グランバス王国を預かり続ける王の情報網は直属の部下以外にも幾多とあり、詳細な情報は知り得てはいなかったが、数多くの情報をまとめる事によりグランバスとシャムドの緊張関係は近い将来必ず訪れるであろうと考えていた。
ギルバートを送り出した時点で王は薄々この考えが頭にあったが為に、信頼篤き忠臣と我が子である王女を隣国の調査に送り出したのであった。
ヒルダとゼルダの私室から快楽と痛みを伴う人間の男の奇声が漏れ聞こえ続けること三日。
ようやく二人のサキュバスは満足気な表情を浮かべ王の前へと分厚い報告書を携えて現れた。
「陛下、お待たせ致しました。こちらをお受け取りくださいませ」
「あたくしからも同じく報告書を提出致します」
「ご苦労であったな」
ゼルダとヒルダがオリビアに分厚い報告書を渡し、オリビアからグルンへと手渡される。
玉座に座りながら報告書に早速目を通すグルンは、次第に苦い表情を作り出す。
「ゼルダ、ヒルダ。予は人間への拷問についての考察に興味はないのだが……」
「すいません。陛下の仰られている意味が理解できないのですが……」
「あたくしもその、よくわかりません……」
その報告書を何故嬉々として読んで貰えないのでしょう。我々の三日間のパッションが詰まっているのだ、是非敬愛する王に読んで貰いたい。興味がないとは意味がわからない。
サキュバスの二人は落胆の色を隠せずに王に答えていた。
「予が二人から聞きたいのは人間から聞き出した情報だ。不可思議な文字が書き記された教本の所有者の特定及びその者についての情報。そして森周辺や捕虜の知り得ている地理についてだ」
「そのような些細な事でしたら口頭でご説明致しますわよ。まずあたくしが拷問しました人間、パイクスという名の者から得た情報をお伝え致します。森周辺については人間が捕虜となった場所から二日程度東に進んだ所に街道があり、そのすぐ近くにグレスという町があるそうです。そのグレスという町はグランバス王国という名の国の領土内にある町であり、グレスから街道を北に三日程の距離に王都があるそうです」
「そのグレスから王都までの行程というのは人間が徒歩で歩いた場合の事を指しているのか?」
まずゼルダが王にパイクスを拷問、調教している過程で知り得た地理についての証言を報告する。
「いえ、馬車での事だと申していました。距離に致しますと約150kmほどかと」
「なるほど、地理についてはいずれ精査する必要があるが予備知識として街道までの策敵の際には参考になりそうだ。では不可思議な文字についてはどうであった」
「それが……確証は無いようでしたが、シロという名のゲートに現れた小さな人間では無いかとの事です。そして出自や親類についても二年前に出会って以来頑なに話そうとしなかったそうです」
「ふむ。その人間は追撃時に死亡したはずだな」
「はい、フィジャック様に確認しました所、死亡したとの事です」
「わかった。ヒルダの方はどうだ」
グルンはゼルダからの報告を聞き終え、次にヒルダの報告を促した。
「は、はい。あたくしが拷問致しました方の人間は地理ついてはほとんど知らないようでして、ご報告出来る事はありません。しかしゼルダが申し上げたシロという人間については、かなりの証言を得ることが出来ました」
「ほう」
「シロという人間は二年前程前に出会った当初、文字や言葉にかなり難があったようですが、洞察力や発想力に優れており、異常な程の潔癖症だったの事です」
「潔癖……洞察力や発想力か。ただの無学で粗野な人間では無いという事か」
「はい。言葉に関しましても時折、意味のわからない単語を発したり、聞いた事もない概念の考え方や道具についても話していたそうです」
「かなり曖昧であるな、具体的な証言は得られなかったのか?」
ヒルダが報告するガウェインからの証言はグルンが言うように、抽象的な部分が多すぎシロという人間の輪郭がぼやけたままであった。
「そ、その……ガウェインという人間は記憶力や考察力に著しく欠如しておりまして、シロという人間については曖昧で抽象的な証言しか得られませんでした」
「そうか、地理についての証言を得られぬ事から考えてもその人間は不良品であったのだろう、仕方ないか」
「最初から心も折れちゃってて調教する楽しさも全然でしたしね……」
「これ以上の情報は引き出せないだろう、ゼルダ、ヒルダの手で処分しゾンヌに死体を引き渡しておけ」
「畏まりました」
「は!」
捕虜の人間から最低限の情報を引き出し、グルンの命により二人は処分された。
処分された死体はリッチに成り得る為に必要な、ランクCクラス水準である人間のレベル20以上には届いておらず通常のスケルトンの生成が行われた。
■ゼルダ Lv6→Lv10 (next1950/2500)
■ヒルダ Lv5→Lv9 (next50/250)




