21 引渡し
「グルン様、追撃部隊帰還致しました」
「わかった。フィジャックに王の間へ来るよう伝えよ」
玉座で休息中であったグルンにオリビアが報告をもたらした。
フィジャックは王が訓練中であったりした場合を考慮し、オリビアを介して帰還した旨を伝えた。
青いローブに身を包んだ背の高いヴァンパイアが王の間がある区画へと足を運ぶ。
王の間の前には、特殊な金属加工が施された甲冑を身に纏ったミノタウロスの近衛10体が立ち並び、上位種であるフィジャックに対し礼など一切せず、寧ろ警戒を強めている。
近衛部隊の隊員は全てが王のみを考え行動するよう、徹底的にオリビアによって教育、訓練、指導されていた。
その結果として、近衛部隊の隊員の処分される割合が、フィジャックやゼルダが指揮する部隊に比べ遥かに高かった。
しかし、その甲斐もあり現在の近衛部隊は新設されたばかりで全体的な錬度は低いものの、王への忠誠心が低い者など一体として存在しない。
したがってフィジャックに対し、睨みつけるような近衛の態度も彼らにとっては当たり前の振る舞いとなっていた。
フィジャックもそういった部隊である事は承知している為、気にすることも無く王の間への入室の許可が下されるまでの間、静かに待っていた。
『フィジャック、入りなさい』
『は!』
オリビアから【念話】によりフィジャックの入室が許可され、王の間を音を立てずに進み、玉座の前で跪く。
玉座にはグルンが腰をかけ、その傍にはオリビアが控えている。
「ご苦労であった。報告せよ」
「は! ゲートに現れた人間を昨夜発見する事に成功致しました。ゲートに現れた2匹の人間以外にも仲間の人間が3匹居りましたが、同行させていた3個小隊による奇襲、包囲により人間5匹の無力化に成功致しました。その過程でゲートに現れた1匹の人間は死亡、最後まで反撃を停止しなかった人間の2匹も死亡。捕虜と出来ましたのはゲートに現れた人間1匹とその仲間の1匹で御座います。作戦行動中の我らの損害はゼロで御座います」
「ふむ。各小隊の対人間での戦闘についてはどうであった」
「人間5匹はおそらくレベルが10から20といった所でしたが、無力化させるだけであれば、3個小隊の隊員のみでも可能であったかと。私が直接手を加えましたのは、開始時の敵への重力魔法、降伏勧告の通達のみでしたので」
フィジャックは3個小隊の力量であれば、人間のあの程度のレベルの者であっても問題なく殲滅は可能ではあるが、複雑な駆け引きや作戦行動は取れないであろう事を王に伝えた。
「なるほど。やはり上位種の指揮官無しでは降伏勧告や捕縛、追撃等は難しいか」
「はい。状況に合わせた作戦の立案、実行、作戦行動の修正などは難しいと思われます。しかし面白い発見も御座いました。人間の2匹を殺害したスケルトン二体が飛躍的にレベルが上昇した結果、かなりの言語能力の発達が見受けられました。それと、同行させていたゴブリンも興味深い行動を示しました」
「ほう、スケルトンは……ふむ、第3、第12小隊の者か。11と15とはな」
グルンはフィジャックに聞いたスケルトンのレベルを、インターフェースを操作し確認した。
「ゴブリンの興味深い行動とはどういったものだ」
「我々や人間が使用する言語をゴブリンが拙いながら使用している事にも驚いたのですが、人間の所持品から地図を発見し、覚えるよう指示しましたところ、三時間ほどで3枚の地図を正確に暗記しておりました」
「それは面白い。しかし文字は読めないのではないか?」
「はい。読めない事に憤りを感じていた姿も興味深いのですが、学習するよう指示しました所、意欲を示しておりました」
「学習? ダンジョンには人間が使用する文字の標本や魔法書などは無かったはずだが」
「これも人間の所持品から発見したのですが、人間の幼児や無学な奴隷の者が使用する読み書きの教本がありましたので、複写する際に学習するよう指示しております」
見た目はすでに15歳以上の成人している人間達が幼児や無学な奴隷などが使用する初歩の読み書きの教本を三冊所持していた事に、発見したフィジャックは驚いた。
近くに幼児や飼っている奴隷が隠れているのかと考えた程であった。しかし策敵をさせた結果、人間の影は無く、この冒険者達の誰かが使用していたものであると推察した。
「そうか。その人間達の中に幼児や無学な奴隷でも居たのか?」
「いえ、見た目は全員成人しておりましたので。詳しい事は捕虜の人間を尋問し吐かせれば判明する事だとは思いますが、その教本の中には私も解読出来ない言語で使用者によって書き記されている文字が御座いまして……その辺りについても非常に興味深い発見で御座います」
「幼児や奴隷であればそもそも他の言語で書き記す学もないか、それは興味深い」
フィジャックが興味を持った部分に、王もかなりの興味を示す。
未知なる言語。人間が扱う言語は世界にたった一つだけだと現在まで知覚していた。魔物が扱う言語と同じように、複数あるなど想像すらしなかった。
「では複写が完了次第、原本を献上せよ。写本の方は複数用意させ、上位種全てに渡し文字の特徴だけでも把握しておくのが良いだろうな。ああ、それと地図も全て複写させて同じように取り計らえ」
「畏まりました」
「では捕虜の引見をする」
「グルン様、捕虜は既に近衛の者が謁見の間に運んでおります」
「わかった。フィジャックも同行せよ」
「は!」
オリビアが既に捕虜を謁見の間に連行していた為、すぐに王ら三名で謁見の間へと足を運ぶ。
謁見の間といっても人間の王族や貴族のように、権威や富を示す豪奢な装飾などされておらず、出入り口が上座と下座側にあり、床が一段高くなっている場所に玉座が置かれ、その他は石畳が敷き詰められているだけの区画である。
フィジャック、オリビアがまず謁見の間に入室し、捕虜の人間二名が近衛によってしっかりと取り押さえられている事を確認し、オリビアが王が控える扉の向こう側に一礼し入室を促した。
王が入室すると、すぐに人間の捕虜であるパイクスとガウェインは頭に近衛の蹄の付いた手を乗せられ、強引に頭を垂れさせる。
どのような姿をしているのかと死ぬ前に一目見てやりたいと思っていた二人の思惑は失敗に終わる。
謁見の間の玉座に腰を下ろしたグルンは、近衛によって跪かされ頭を下げる人間を数十秒静かに観察する。
「予が覚えている限り、普通の人間と変わらぬようだな」
「はい。人間の中ではややレベルの高い者達のようですが、特出した能力などは無いかと」
「では情報だけか。おまえ達の所持品の中から、人間が使用している言語ではない文字が書き記された初歩的な教本が出てきたのだが、誰の所有物であったのだ。答えよ」
「教本? あれは、グッゴ」
顔を上げ答えようとしたガウェインが近衛のミノタウロスの手によって鼻先から床に叩きつけられる。
「陛下のご尊顔を拝そうとするとは、愚かな。頭を下げたまま陛下の問いに答えなさい」
オリビアが今にもガウェインを消し飛ばさんとばかりに殺気を溢れさせるが、フィジャックがフォローするようにガウェインに助言する。
「ググッ……し、知らねぇな」
「そちらの黒髪の人間も知らぬか?」
「俺も知らない」
「そうか。では文字を読み書き出来なかった者は居なかったのか?」
「……」
「…」
王の質問にガウェインは口の中の血を吐き捨てながら答え、パイクスは無表情のまま答える。
しかし最後の質問に二人は無言となる。
パイクスもガウェインもシロという少年が、出会った当初文字の読み書きを苦手にしており、ラーニャやセレスティによく文字や知らない言葉、常識について教えて貰っていた事を思い出した。
王からは頭を垂れたままの彼ら二人の、心当たりがあるという表情を読み取ることは出来なかったが、沈黙が王にとっては答えとなった。
「フィジャック。あの言語を書き記した者の名前、出自、親類など全ての情報を聞きだせ。それと地理についても知り得る限りの事。正確かどうかは我らで精査する必要があるが予備知識として有用だろう。ゼルダとヒルダに1匹づつ担当させよ」
「畏まりました。直ちに手配致します」
グルンはフィジャックに命令を下すとすぐに立ち上がり、謁見の間を後にし、オリビアもグルンに付き従う。
フィジャックはすぐに近衛に拘束されたままの人間二人を、サキュバスであるゼルダとヒルダの私室兼拷問室兼牢屋へ運ぶよう手配する。
ゼルダとヒルダも捕虜が2匹居る事を既に知っていた為、フィジャックからの引取りの指示が出る前に、謁見の間の扉の前で直属の部下を引き連れ待機していた。
「既にここで待っていたのですか……」
「フィジャック様、この2匹ですわね! ではあたくしはこちらの意思の強そうなオスを連れて行きますわよ!」
「ゼルダ、ずるいですよ! あたくしもこちらが良いです、鼻の潰れた方はもう心が折れています!」
サキュバスの二人は、目の前に捕虜が現れた瞬間からフィジャックの言葉を無視し、捕虜の取り合いを始める。
ダンジョン内のヒエラルキーではフィジャックが明らかに上位者であるのだが、サキュバスの二人は頬を赤く染め、目を血走らせている。
フィジャックもあえて礼を逸した行為を黙認し、溜息を吐きながら捕虜の人間を引き渡し、その場をすぐに後にした。
ゼルダとヒルダの捕虜の取り合いは、先達であるゼルダが決定権を数発の殴り合いの結果勝ち取り、パイクスを私室へと運び込む。
紫色に両瞼を腫らせた敗者であるヒルダは、部下に指示し心が折れた方のガウェインを私室へと運ばせた。
■ゼルダ Lv6 (next100/250)
■ヒルダ Lv5 (next50/250)




