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20 埋葬

「セレスティ! ガウェイン、ラーニャを連れ…ちっ」


 リーダーであるパイクスの撤退を指示する言葉は途中で、第3小隊の小隊長のハンドアックスの一閃により遮られる。

 すんでの所で回避はするも、背中に2本の矢が同時に突き刺さる。

 身体能力向上スキルの常時展開を得意とするパイクスの頑強な肉体であっても、その矢は肺にまで到達はしなかったものの、深手となる攻撃であった。


 そんな深手を負いながらもパイクスは長年死線と隣り合わせで戦い抜いてきた冒険者であり、最後のその時まで諦めることは考えなかった。

 仲間であり恋人であるセレスティの首から先を失った死体、弟のように可愛がっていたシロが地面に倒れこむ姿が次々に視界に飛び込んでくる。

 それでもパイクスは、生き残る事を考えミノタウロスに囲まれないよう体をうまく入れ替え、矢の射線上に入らないよう必死に立ち回る。


 しかし彼以外は心が折れ掛かっていた。


 ガウェインは既にミノタウロスに周囲を囲まれ、右手、左足に矢が数本突き刺さり満身創痍。瞳からは闘士が消えかかっている。

 金髪の少女ラーニャはぎりぎりの所で正気を保ち、結界を幾重にも張り巡らせてはいたが、自身を包み込む程度の範囲でしかなく、戦況を覆らせるほどの術者でも無かった。

 そしてその多重結界による魔力の喪失は著しく、三分と掛からず結界は消失する状態であった。



「この辺りで良いでしょう。降伏しなさい」


 人間三人の前に半人のヴァンパイアがどこからともなく姿を現す。その姿を各小隊全てが確認し、すぐに攻撃を一時停止する。

 幻惑魔法により至近距離まで近づいての具現化であり、パイクス達にはその魔力の揺らぎすら感じ取れなかった。


「ヴァ、ヴァンパイアか? こりゃ、絶望的だ」

「ウソ……」

「……」


 ガウェイン、ラーニャはフィジャックの登場により決定的に心が折れる。すでに死を覚悟し、武器を握る手に力が入らない。

 パイクスだけが絶対的な強者の前で自我を保ち、剣を握り締める。


「私はあなた方を出来れば殺したくないのです。既に雌雄は決しています」

「……わかった、降伏する。ガウェイン武器を捨てろ。ラーニャも結界を解除しろ」

「ああ……」

「イ、嫌よ! こいつら結界を解いたらすぐに攻撃してくるつもりよ!」


「ラーニャ!」


 危険な匂いを感じたパイクスが、ラーニャにすぐに結界を解くよう叫ぼうとするも、半人のヴァンパイアの右手には魔法陣が浮かび上がっていた。

 紫色の光が放たれるフィジャックの掌の魔法陣が、すぐに消える。


【爆縮】インプロージョン


 フィジャックの発動した【爆縮】インプロージョンはラーニャの多重結界事丸呑みにし、ラーニャの肉体及び多重結界全てを一瞬で内部圧力を高め爆発させた。

 結界は完全に破壊されなかったが、結界内にいたラーニャの肉体は細切れの肉片となり結界の内側で四散した。


「私は殺したくないとは言いましたが、殺さないとは言っていませんよ」

「俺とガウェイン、そこの男は抵抗する気はもうない……」


 フィジャックは右手を降ろし、パイクスに口をややつり上げ皮肉を告げる。

 パイクスには判っていた、目の前にいるヴァンパイアが何の躊躇も無く人間を殺す事が。

 絶対に抗っても無駄だと言う事以上に、このヴァンパイアの興味は自分達が逆らうかどうかを試すような空気を感じさせたのだ。


「それは良かった。第3小隊はここから半径100m一帯に残存する人間が居るかどうかを調べなさい。第12小隊は捕虜を拘束、監視、運搬の準備を。第51小隊は私の命があるまでこの場で待機しておきなさい」

「リョウカイ」

「ギョイ」


『あなたもこちらへ着なさい。死体と生き残った人間の検分をしゲートに現れた者がもう1匹居るかどうか確認しなさい』

『ハ! スグニ ムカイマス』


 パイクスとガウェインが、完全に降伏したと判断したフィジャックは各小隊に指示を出す。

 戦闘には参加しなかったゴブリンのリーダーも死体と捕虜の検分に【念話】を使い呼び寄せる。



 ゴブリンのリーダーは激しい戦闘の最中も、フィジャックに待機せよと命令された場所から一歩も動かず、戦闘地域のかなり近くに居た。

 第12小隊のすぐ近くで戦闘を一部始終見ていたゴブリンのリーダーは、スケルトンの働きに感嘆していた。

 伏兵として討ち漏らしを逃さないよう小川の対岸に展開された第12小隊の1体のスケルトンは次々に放たれる精確な射撃により、人間の攻勢を殺いでいた。


 体躯の小さなゴブリンでは合成弓を扱う事は難しいが、スケルトンの一挙手一投足をゴブリンのリーダーは目に焼き付けていた。

 自分には出来ない事とわかっている。ならば違う方法で効果的な攻撃方法を考える。

 そのヒントになるかもしれない目の前のスケルトンを見続ける。出来ないからと諦め、目を逸らすことを彼はしなかった。



「フィジャック サマ オマタセ シマシタ」

「待っていませんよ、早かったですね。さてメスの人間は原型を留めていませんが、そこの大きなオスの人間はゲートにいた者ですか?」

「ハイ コレ デス」


「そうですか。運が良かったですね、生きたまま捕らえることが叶いました」


 陰惨な虐殺があった場所には不釣合いな悠々とした口調で、フィジャックはゴブリンのリーダーと会話する。

 既にオークの特注品である魔力を強制的に使用不能にさせる、魔力錠を後ろ手に嵌められたパイクスとガウェインが、青褪めた顔でフィジャックを凝視する。

 このヴァンパイアは人間などそこらの虫や植物と同じようにしか思っていないのではないか、パイクスとガウェインはそんな気持ちを抱き始めていた。


「策敵に出ている小隊が戻るまで、時間を持て余しますね。少しお話でもしましょうか」

「……な、なんだ」

「俺に答える事が出来る範囲でなら話そう」


「ハハハ。尋問ではありませんよ。そちらはもっと好き、いえ、専門の方が居りますしね。私はただの世間話をしようと提案しているだけですよ」

「仲間を殺されたってのに世間話なんて出来るわけがないだろう」

「ああ……悪魔め」


 フィジャックは人間に言い返され少し肩を落とす。

 その姿もわざとらしく映るが、俯いたまま何やら考え込んでいる。


「ではこの死体を埋める? いえ、埋葬してあげましょう。小隊長、地面に1mの穴を三箇所掘り、人間の死体を埋めなさい。肉片の方もなるべく全てを一つの穴に埋めるように」

「ワカリマシタ」


 フィジャックの命によりすぐに死体が運ばれ、埋葬されていく。

 その光景をパイクスとガウェインは歯を食い縛りながら見続ける。

 目を逸らしたい。そんな気持ちが湧き上がって来るが、死んでいった仲間の無念を思うと、そんな考えが少しでも沸き立つ自分に嫌気がさす。


「ではお話しましょうか」

「……ああ、何だ」

「……」


 パイクスは埋葬された仲間の方を見詰めたままフィジャックの声に答えなかったが、ガウェインは一言答える。


「まずはそうですねぇ。あなた方は見た所、山賊? いえ、冒険者ですね?」

「ああ、俺達は全員冒険者だ」

「ふむふむ……冒険者は真っ当に働く事よりも、稼ぎが良いのですか?」


 手を顎にあて首を小刻みに縦に振りながらフィジャックが問い返す。

 この姿もどこか芝居がかっていてる。


「稼げる奴となると一握りだ。大半の冒険者が傭兵や軍人に成れない奴らだからな」

「ではあなた方はその稼げる一握りですか?」

「まあ、王都じゃ上位の方のパーティーだったがな……」


「あなたのレベルは?」

「14だ」

「素晴らしい。14とは数十年鍛錬をしてきたのでしょう。いえ違いますね、それだけ多くの魔物を殺してきたんですね、人間……」


 フィジャックの最後の言葉にその場の空気が一気に凍りつく。

 表情や態度、声色は一切変化していないが、フィジャックの発した言葉の意味がその場を凍りつかせた。


「失礼。少々言葉が乱暴になってしまいましたね」

「い、いや……」


 そこでフィジャックは会話を一方的に止め、冒険者のテント内や所持品を自ら検分しはじめる。

 目的は地図である。

 冒険者であれば精確では無くとも森や周辺の地図であれば必ず持参しているはずだと、フィジャックは考えていた。

 そして予想した通り、荷物の中から3枚の地図を発見する。


「フィジャックサマ、シュウイニテキハ、イナイモヨウデス」

「よろしい、では撤収します。人間の運搬は第12部隊が行い、前後を第3、第51小隊で敵襲を警戒しながら進軍しなさい」

「ギョイ」

「ハ!」


「ああ、ゴブリンのあなたは私の侍従として帰還まで同行しなさい」

「ハ!」

「早速ですが、あなたにも命令します。この地図の内容を帰還するまでに全て覚えなさい。出来ますか?」


「ガン リョウカイ シマシタ」

「よろしい、では出発しましょう」

「ハ!」

「ハ!」




 3個小隊がダンジョンへ向けて森を行軍する中、食い入るように地図を見続けるゴブリンが居た。

 地図を見ながらの移動である為、木々に頭からぶつかり何度も転倒するも、地図を破損させないよう頭をやや突き出しながら歩き続ける。

 地図には地形や記号の他に、数多くの文字が記載されていた。


 ゴブリンの中でも優秀とはいえ、彼は文字を読み解く事は叶わなかった。それでも文字の意味はわからないが、記号としてそのまま記憶する事に務めていた。

 フィジャックも傍らからそのゴブリンの熱心な姿勢を面白そうに観察し、帰還する間、彼を退屈だと感じさせる事が無かった。


「そろそろダンジョンに到着しますね、全て覚えましたか?」

「ア ハイ オボエマシタ」

「では一番大きな地図に描かれている街道沿いにある関所は何箇所ありますか? ちなみに、関所は●で記された記号です」


「セキショ ● ノ カズハ 15 デス」

「素晴らしい」

「モジ ノ イミ ワカラナイ カンペキ ジャ ナイデス スイマセン」


「ハハハ、これから文字も覚えれば良いのですよ。頑張りなさい」

「ハイ ガンバリマス」


 早朝の森の中、半人のヴァンパイアと小さなゴブリンが教師と生徒のように話していた。



■グルン Lv9 (next1000/1000)

■フィジャック Lv6→Lv8 (next280/300)

■第12小隊所属 スケルトン Lv5→Lv15 (next450/500)

■第3小隊所属 スケルトン Lv5→Lv11 (next450/500)



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