02 ゴブリン
王の間。現在、そこには玉座の周りを朧な光が包んでいるのみであり、広々とした王の間のほとんどを闇が支配していた。
グルンは考えをまとめる為、傍に立つ死の妖精に目を向けた。
グルンに目線を向けられた死の妖精の彼女は王の所作を感じ取り、すぐに俯き加減であった顔を上げ、王に顔を向ける。
「……」
「死の妖精、と呼ぶのも味気がないな。名はあるのか?」
「申し訳御座いません。私の全てはグルン様のモノ、名もまたグルン様ののモノで御座います。私の名はグルン様に召還されました時点で既に御座いません」
死の妖精は深々と頭を下げる。
「そうか。では名を授けよう。そう、今日からはオリビアと名乗るが良い」
「名を下賜して頂くに、私はグルン様へまだ功を以って尽くしてはおりません。よってグルン様からの名を頂戴するわけにはいきません」
「ふむ。では功を以ってオリビアと名乗るがいい」
「は!有難きお言葉」
いつの間にか死の妖精のは王の前にて跪き、背に生やした羽を微かに動かし彼女にしては珍しく感情を表面に出していた。
それでも彼女の表情は何ら変化する事無く、冷たく美しいままであった。
「では死の妖精、これからのダンジョン構築についての指針を定めるが、予の考えを述べる。その上で死の妖精の意見も聞かせてくれ」
「畏まりました」
グルンは死の妖精の返事を聞いた後、少し間を取り話し出す。
「まずは使役に従事させる為の必要最低限のゴブリンを20体召還する。現状この王の間だけしか無いのでは何も始まらぬしな。その20体は全て通路や区画の構築をさせる。同時に5m×5m規模で魔力泉、研究室、訓練室を最優先で作らせる。寝室だけは20m×20mで作らせる。ここまではいいか?」
「はい。私もそれが最善だと考えます」
「よし、では次にミノタウロスなど戦闘に秀でた力を有する魔物を呼ぶ準備として、王である予のレベルをある程度上昇をさせておきたい。そして死の妖精には研究室でのマジックアイテムや魔法、スキルの開発をして貰う」
死の妖精の特徴として戦闘面がかなり目立つのだが、実際は知能も優れており魔法の開発やマジックアイテムなどの研究も得意としている。
理想としては絶対的な忠誠心を有する彼女は王の傍に付き従い、側近としての任務が一番適してはいるが、手が足りない場合はこういった運用も有益である。
そんな万能型の死の妖精の魔物ランクはAであり、召還出来うる中では飛び抜けた戦闘能力と運用性を誇る。
まだ召還条件を満たしてはいないが、彼女に最も近い戦闘力と運用性を兼ね備えているのはランクBのヴァンパイアであるが、ランクAとBとでは雲泥の差があるのも事実である。
ヴァンパイアの戦闘力を数値化した場合300だが、死の妖精は600となる。ちなみにゴブリンは10。王はBPの使用効果やスキル取得により差は出るが、1000程度である。
これは初期状態での単純な数値であり、レベルの上昇や一定条件の達成によりその差は更に広がっていく。
「畏まりました。必ずご期待に沿えるよう致します」
「うむ。頼んだぞ。約十日ほどで予のレベルも上昇するだろう、それまでに死の妖精はまだ研究室へのコアからの魔力供給も脆弱ではあるが、初級魔法全般を最優先で開発しておいてくれ。時間が余るようであれば初歩的なマジックアイテムの設計図も頼む」
「は!」
跪いたままの死の妖精の心には初めての王への貢献が出来る喜びと、失敗は許されないという恐怖が混在していた。
この程度で名を名乗るつもりは露ほど思ってもいないが、ダンジョン構築の初手の重要度は死の妖精も理解している。
それがまた死の妖精への重圧となっていた。
「では召還を開始する」
グルンが玉座から立ち上がり、王の固有スキルである【迷宮王】により魔物を呼び出す準備を始める。
「【魔物召還】(リコール)」
グルンは言葉を発っしながら頭の中で【魔物召還】(リコール)の対象クリーチャと数をイメージする。
インターフェースから手動でも可能ではあるが、こちらの方が手短で済む。
初めて使用する魔法ではあるが、何千何万回と行使した事がある感覚をグルンは感じていた。
不思議な感覚。目の前に召還された数だけ魔法陣が浮かび上がるものの、日常の風景とさえグルンは感じていた。
死の妖精の召還時の魔法陣のように強烈な光や魔力の放出は比べるまでも無く弱く、ほぼ皆無ではあるが、召還には成功したようであった。
「ギィギギギッギィ」
「ギギギッギイイイイ」
「ギ、ギギグィギギギギ」
「静まれ」
王の御前での許可を得ずの発言。それは即、死を意味する。
ゴブリンであるので発言というよりは奇声に近いのではあるが、王の傍に立つ死の妖精はすぐにでもゴブリン20匹を消し去れるよう身構える。
「……」
「…」
「……」
王の声を聞いた瞬間、半数のゴブリンが気を失いその場に倒れ、残る半数のゴブリンが不器用ながらも跪く。
「次はないと言いたい所ではあるが、こいつらは不良品のようだ。死の妖精片付けろ」
「は!」
王の言葉がゴブリンの鼓膜へと届いたのと同時に、ゴブリンの目に死の妖精による虐殺が飛び込んでくる。
ゴブリンの緑色の体液が飛散し、床を汚さぬよう死の妖精は素早く、そして正確に、跪く10匹ほどのゴブリンの首を折り曲げていく。
気絶し倒れ伏すゴブリンはその後すぐに全ての首が捻じ曲げられた。
「墓場の敷設も初期の計画に組み込むべきか。その不良品は目障りにならぬようしばらく隅に移動させておけ」
「畏まりました」
死の妖精は一礼し、不良品であるゴブリンの遺体をすぐに王の目の届かぬ所へと運ぶ。
数秒でその作業を終えた死の妖精が一礼して再び王の傍へと控える。
「次は当たりを引きたいものだな、【魔物召還】」
再び20の魔法陣が床に浮かび上がる。
「……」
「……」
「…」
20匹のゴブリンは全てが跪き、恭順の意を表明し沈黙を守っている。
「ゴブリンどもに命令を伝える」
グルンは口頭でゴブリンへ直接指示はせず、玉座に座りインターフェース画面を開き操作を開始した。
死の妖精を召還した時には名を告げ、命令も口頭で伝えたがゴブリンのような低級ランクの魔物にはインターフェースからの一斉通達のみで指示を出す。
王と話す事など彼らにとっては許されない。
王に口を開くことを許されるという事は、それだけ信が篤く、何よりも地位や実力が伴わなければ叶わない。
召還されたゴブリンの20匹は最初に掛けられた王の言葉を最期に、死ぬまで直接王から声を掛けられることはないだろう。
これがダンジョンの絶対の掟であり、強固なヒエラルキーである。
命令は即座にゴブリン全てに通達された。
王の間を球体の中心に配し、360度バランス良く採掘と通路整備、通路内の壁の補強が指示される。
同時に半数のゴブリンには通路から枝分かれするように区画用の採掘、壁の補強、床面の水平舗装などが指示された。
mm単位までをインターフェース画面から調整し、王が数秒で指示を出す。
王はこの採掘を中心とした作業のおおよその所要時間を岩盤や土の固さから予想し、すぐさま作業を開始したゴブリンを目で追いながら口を開いた。
「寝室のみ20m×20mとし寝室以外の全ての区画は5m×5mで魔力泉と寝室用の区画を最優先に作らせるよう指示した、おそらく3時間ほどで完成するだろう。その後は研究室、訓練室、娯楽室、墓場、工房用の区画を作らせる。こちらは更に10時間程度か。区画が完成次第娯楽室と工房以外の施設は【創造】しておく。ゴブリンには全ての作業が終了するまで休ませるな。死の妖精も全ての作業が終了するまでゴブリンの監視をしろ」
「は!早速監視を開始いたしますが、作業効率が低下した場合はどう致しましょう?」
「ふむ、その場合はその場で処分しろ。その都度こちらで代わりを召還する。あぁ、それと墓場の完成後に先程処分した20匹と作業中処分したゴブリンは埋めておけ。スケルトンに何割かはなるだろう」
深々と礼をした死の妖精がほんの少しだけ微笑を顔に浮かばせて、ゴブリンの監視へと向かった。
グルンもその微笑には気づいたが、その変化がかなり小さく、またそれほど気に留めなかったのもあり、すぐに忘れてしまう。
死の妖精が微笑んだのは先程の不良品の処分による高揚であったのだが、彼女の性癖を未だに理解していないグルンにわかる道理は無かった。
グルンはダンジョンが正常に機能しているかを確認する為にコアの情報画面をインターフェースより呼び起こす。
■コア
コア Lv1
魔力残量 96000/100000
状態 正常 100/100
魔力回復量 10000/d
グルンはゴブリン40匹分の魔力量しか減っていない事、ダンジョンとコアが正常に機能している事を確認する。
そして、本日行った施設の敷設、召還した魔物に使用した魔力量、コアの魔力回復量なども計算し、異常が無い事を確認しつつも、召還した魔物に個体差があり不良品が発生する事も考慮して、今後のダンジョン構築についての計画を修正していた。
考えをまとめたグルンは静かに目を瞑り、玉座に体を預ける。
赤い瞳が見えなくなると、再び王の顔には魔物としてではなく、まるで人間の高貴な王族ような面影が表れる。
その面影を見る者は誰一人しておらず、王の間に静寂が流れ続ける。
■グルン Lv1 (next1000/1000)
■残り時間[99(d):23(h):35(m):45(s)]