19 崩壊
フィジャックが現在指揮している追撃部隊はミノタウロス17体、スケルトン3体で構成された第3小隊、第12小隊、第51小隊の計3個小隊。
ミノタウロスは全員、追撃及び森での行動に適した革製の軽装に身を包み、やや小ぶりなハンドアックスと小盾という武装。
スケルトンは各関節に鉄製の防具を装着し、手にはオークの職人が作る合成弓をベースとした魔弓、背には貫通力に特化した魔力付与された鏃を備えた矢を20本といった武装である。
疲労を感じる事がないスケルトン3体にはすぐに先行させ敵の位置を調べさせていた。
この先行するスケルトンはかなりレベルが高く、他のクリーチャーと比べ知能は低いが人間を探せといった程度の命令であれば実行出来た。
そしてスケルトンは自重が軽く森での追跡時、足音が小さく適している。また体臭もほとんどなく風上からの奇襲や追跡も可能である。
追跡開始から七時間が経過した頃、第12小隊所属のスケルトンが五名の人間がキャンプを張る場所を発見する。そこは小さな川が流れ、やや開けた場所であった。
すぐにフィジャックの下へと発見者のスケルトンが報せに戻る。キャンプを張っていた人間がスケルトンの存在に気付いた様子は無かった。
報せを聞いたフィジャックはすぐに残る斥候に出していたスケルトン2体を呼び戻し、キャンプ地から風下となる西側200m地点の鬱蒼とした木々の中に3個小隊全員を潜めさせた。
『今から命令は全て【念話】で行います。まず私とゴブリンとで敵である人間2匹の確認を行ってきます、あなた達はこの場にて私が戻るまで待機していなさい』
『リョウカイシマシタ』
『ああ、ゴブリンのあなたには幻術は行使出来ないでしょうね、私が掛けてあげましょう』
「【影】」
小さく囁いたフィジャックの右手に紫色の魔法陣が浮かびすぐに消える。
その瞬間からゴブリンの体が森の中に完全に溶け込み、木々の影と同一化する。
フィジャックは自身にも【影】を行使しキャンプのある東へと静かに歩き出す。
『あなたには見えないでしょうが、私からはあなたの姿はこの程度の幻術であればはっきりと見えます。人間にあなたの存在が露見する事もないでしょうから、先を歩きなさい』
『ハ! デハ イキマス』
『ほう。あなたは言葉を話せるのですか、素晴らしい。なるほど、シュミットがゴブリンの中に優秀な者が居ると言っていましたが、あなたの事だったのですね』
『ソ ソンナ コト ハ アリマセン オレ ボク ジブン ハ マダマダ デス』
『フフフ、謙遜など普通のゴブリンはしませんよ。益々面白いですね』
『スイマ セン オモシロイ ヨク ワカリマセン』
『まあ……そのうちわかります』
『ガンバリ マス』
『……』
あまり噛み合っては居ない半人のヴァンパイアと死の淵から這い上がってきたゴブリンのリーダーは、小川近くに張られた人間のキャンプから50m程の場所で停止する。
焚き火の近くに腰を下ろす人間が一人。その他の人影は見当たらない。
既に夕陽が落ち、森は暗闇で支配されていた。そんな暗闇も50mほどの距離であればヴァンパイアとゴブリンは視覚の集光力が極めて高く苦にしない。
『あの焚き火の番をしている人間、ゲートに現れた敵ですか?』
『ハイ アレ デス』
『わかりました。もう一人は恐らくテントにでも居るのでしょう』
ゴブリンのリーダーが焚き火の近くに腰を下ろす黒髪の少年を敵である人間だと歯を食いしばりながら、フィジャックに告げる。
『一旦戻ります。あなたはここで待機しておきなさい。人間に動きがあれば木を叩いて合図をしなさい』
『リョウカイ シマシタ』
待機を命令されたゴブリンのリーダーは高鳴る気持ちを押さえつけ、数時間前に自身の体に穴を開け、仲間のゴブリンを殺害した人間を凝視していた。
「シロ、交代だ」
「え? もうっすか? まだ一時間くらいしか経ってないっすよ」
「今日は予定外の行動もあって疲れただろ。もう休め」
テントからバンダナを巻いた黒髪の青年が姿を現し、少年を気遣うように声を掛けた。
「大丈夫っすよ、ガウェインさんが大袈裟に僕が疲れてるだの、調子が悪いって言ってるだけっすよ」
「今までゴブリンなら何百匹と倒して来ただろ? 外した事はあったか?」
「……ないっすね。やっぱりパイクスも僕が不調だって思うんすか?」
焚き火の炎に照らされ、幼さが色濃く残るシロが、パイクスに非難めいた顔を向ける。
「シロの不調や疲れは関係ないな。今、言えるのは厄介だという事。シロが不調だったとしても【風穴】を避けるゴブリンは脅威だ。もしミノタウロスクラスでそんな奴が居たらと思うと尚更な。だからうちのパーティーで魔法を主に使う奴には、少しでも魔力の回復に努めてもらいたいだけだ」
「そっすか……」
「落ち込むなよ、シロ。おまえは嫌になるほど優秀だ」
シロを慰めるパイクスはまるで弟を諭すようにシロの頭をやや乱暴に撫でる。
やや乱雑に慰められたシロはパイクスが言うように、正に優秀であった。
シロは二年程前に王都に現れて以来、数々の魔物の討伐や盗賊、山賊の捕縛、殺害により一気に冒険者としての名声を手に入れた。
しかし出自について隠す事や、一般教養に無知である彼は悪辣な商人や役人に利用されそうになる事もしばしば起きた。
窮地に陥りそうになった所を、現在パーティーを組んでいるパイクスやガウェインらに助けられ、シロは彼らと共にするようになる。
パイクスがリーダーを務めるパーティーは冒険者の中でもかなり有名であり、シロを利用しようとする者もこれ以降近寄らなくなっていた。
『第3小隊は五つのテントを南側から進み包囲。第12小隊は小川の対岸西側で討ち漏らしへの攻撃。第51小隊は私と共に北東方向からの先駆けを行います。人間は出来れば生きたまま捕縛する事が望まれますが、まずは敵を無力化し最後に残った人間を生け捕りにしなさい』
『ギョイ』
『ハ!』
『では各小隊配置に着きなさい。私の重力魔法が先駆けの合図です。それに合わせて第3、第12小隊も臨戦態勢に入るように』
『リョウカイ。スグニムカイマス』
『タダチニ』
フィジャックは人間のキャンプにてゲートに現れた人間を確認し、後方で待機している3個小隊それぞれに指示を出し、追撃の最終段階の準備を進める。
自ら単独での攻撃を当初考えてはいたが、小隊の錬度や強さを計りたいという思いもあり、小隊の連携による包囲殲滅を期する奇襲案を考えた。
指示を受けた小隊長はすぐさま麾下の兵を従えそれぞれの位置へと静かに進み、暗闇に姿を溶け込ませる。
全ての配置に着いた事を各小隊長への【念話】で確認を終えたフィジャックは、静かにキャンプの方へと足を踏みいれる。
暗闇の森の中に青いローブに編み込まれた赤い紋様が不気味に浮かび上がる。ローブから覗く青白い肌の半人のヴァンパイアの瞳の赤に黒い影が混ざっていく。
両手を前に翳し、50mほど先にある人間の張ったキャンプの真上に直径5mほどの大きな魔法陣が突然具現化する。
「【崩壊】」
フィジャックが一瞬で唱えた魔法が発動する。
キャンプの周囲の重力が魔法陣が展開されていた空中に凝縮され、力場を崩壊させていく。
目に見えるようで見えない現象。だがその渦中に居るものであれば感じられた異常な感覚。
「突撃」
「……」
先駆けの合図はフィジャックの異様な魔法により出された。
第51小隊の隊員は、呟くように出されたフィジャックの突撃の合図を聞き、地面を蹴り上げ、大きな体躯を脱兎のごとく弾ませ、キャンプへと飛び込んでいく。
50mほどの距離を足音も気にせず5秒ほどで駆け抜ける。
「て、敵襲……」
「な、これって重力魔法っすね」
不意に起こされた局地的な重力崩壊を齎され、やや混乱した口調でシロとパイクスが口を開く。
すぐに事態の急を感じ、ガウェインがテントから大剣を手に取り駆け出してくる。
少し遅れて金髪の少女が杖を手にし、茶色の髪の女が弓に矢をあてがい出てきた。
「ちっ。北と南から足音がする。来るぞ!」
「シロ! 結界を展開! ガウェインはシロの援護だ! ラーニャは俺の傍を離れるな! セレスティは弓で反撃しろ!」
「了解!」
「わかった!」
リーダーのパイクスが混乱した仲間にすぐに迎撃態勢を取るよう指示する。
しかしその態勢を整えようと各自が動きはじめるのと同時に先駆けである第51小隊の突撃が襲い掛かる。
第51小隊の先頭を駆けるミノタウロスの小隊長は、最も近くにて腰に提げた剣を引き抜こうとするバンダナを巻いた人間に、ハンドアックスを振り降ろす。
ハンドアックスにて袈裟懸けに一刀で斬り伏せられたかと思われた瞬間、魔力の展開による結界で軌道が殺がれハンドアックスが空を斬る。
「こいつらやべーぞ! 軍隊のような動きをしてやがる。叫び声すら上げずに無言で…グッ」
悠長に喋りだしたガウェインに第51小隊の隊員であるミノタウロスがハンドアックスを真横に一閃しながらガウェインの懐に飛び込んでくる。
「みんな時間を稼いでください! 広域範囲魔法で終わらせるっす!」
「シロ! 無茶よ! この前もあれを使って死に掛けたのよ!」
「だいじょ」
金髪の少女に振り向き答えようとしたシロの首に魔力による付与で貫通力を高めた矢が撃ち込まれた。
「ガガッ…ラ…ラーニャ」
シロの首から息の漏れるような異音が鳴り始め、膝をつき目から生気が消えていく。
「シローーー! そ、そんな! ウソ……」
「ラーニャ、私の後ろに回りなさい!」
目の前の黒髪の少年が既に死の淵に居るのが信じられないという表情を浮かべた、金髪の少女が体を震わせる。
戦闘中にそんな姿を出してしまっている少女を庇うように弓を手にした女が少女の肩を掴み、自身の後ろに強引に引きずり込む。
しかしこの行動が弓を手にした女の寿命を縮めた。
矢を手にし、敵を射抜こうと策敵に集中していれば目の前に近づいていたミノタウロスの斬撃を交わすことは可能であったであろう。
しかし少女の肩を掴むため、一瞬構えを解き策敵をする事を止めてしまった。
首をハンドアックスの強大な力で強引に引きちぎられ弓を持つ女はその場に倒れこむ。
「私が手を下す必要はやはり無さそうですね」
僅かに微笑を浮かべフィジャックはキャンプで行われている一方的な麾下の兵の働きに満足気であった。
■グルン Lv9 (next1000/1000)




