表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/35

18 人間

「お、おい……何やってんだ、シロ。こんな雑魚に避けられてどうすんだ」

「あれ? 変っすねー。調子悪いんすかね」


 目の前のゴブリンは左耳と左腕の穴からとめどなく緑色の血を流しながら、人間を睨みつける。

 そのゴブリンに首を傾げながら、黒髪の少年シロは自身の攻撃に不備があったのかだろうかと悩み掌を見つめる。

 大剣を担いだガウェインはシロの顔を覗き込むように腰を曲げて半笑いで詰め寄る。


「クククッ。ありえねーだろ、ゴブリンだぜ? まあ俺が始末してやるから休んどけ」

「悪いっすよー、こいつは僕がや……っていないっすね」

「あ」


 悠長に話している二人の隙を突いて手負いのゴブリンはダンジョンに静かに逃げ込んでいた。

 穴の開いた左耳と左腕は機械で開けたような綺麗な円であり、血が止まる気配が一切ない。大量の血液を失いつつも手負いのゴブリンは懸命にダンジョンの奥へと進む。



 手負いであるゴブリンは、ゲート付近で歩哨をしていたゴブリンのリーダーであった。

 人間の破滅的な攻撃から紙一重で命を拾い上げ、命令されている敵の出現の報告を血を流しすぎて重くなりつつある体を懸命に動かす。

 ダンジョン内へ200m程進んだ所へ到着し、通路上を徘徊していたゴブリンをやっとの思いで見つけた。


「テキ ゲート ニ イル スグ シラセロ……」

「ギー!」


 急を知らされたゴブリンはすぐにダンジョン内の通路を走り、外円部の区画へと向かう。

 外円部の区画には小隊長のミノタウロスが待機しており、すぐに小隊長から防衛部隊が待機している区画に居るゼルダへと敵がゲート付近に居る事が知らされた。

 その間に通路で敵の出現を知らせたゴブリンのリーダーは気を失い倒れこんでいた。そこへ徘徊していた他のゴブリンにより運良く発見され、ゴブリンの寝室である区画へと搬送され、使用が許されている限りのマジックアイテムでの治療を施されていた。



『陛下、敵がゲート付近に出現した模様で御座います。あと数時間で厳戒態勢の解除となりますが、どう致しましょうか』

『厳戒態勢は予が命じるまで継続せよ』

『御意』


『ゼルダ、知らせに来たのは地上で歩哨をしていたゴブリンか?』

『詳しくはわかりませんが、おそらくは。敵はダンジョン内には報告の時点では侵入していない模様ですので』

『そうか』


 ゼルダがいつも通りの砕けた口調ではなく硬い口調でグルンに報を告げる。

 地上にゲートが誕生して以来、厳戒態勢で待ち構えていたグルンであったが、あと数時間でその命令も終わりを告げようとしていた。

 ビーによる探索ではゲートの場所が森の浅い地域である事が掴めておらず、直進すれば40kmほど森を東へ進めば街道があったのだが、ビーの策敵距離ではカバーしきれず、グルンの目測を誤らせていた。

 そしていつまでも訓練や娯楽を禁止していては、ダンジョンが機能しなくなるというジレンマにより三日間の内に厳戒態勢を解除するというグルンの予定も破綻した。


報せを聞いたグルンはすぐにゼルダとの【念話】を終わらせ、オリビアとフィジャックに【念話】を繋ぐ。


『オリビア、フィジャック。ゲートに敵が現れたようだ、それぞれの指揮する部隊は予が命ずるまで厳戒態勢を取れ』

『御意』

『は!』


『オリビア、知らせに来たのはおそらく地上で歩哨をしていたゴブリンだろうとの事だ。その者は功を成したのだ、もし怪我を負っているのであればシュミットに高位のマジックアイテムを使わせよ』

『畏まりました』


 一通りの指示を終えたグルンはゼルダからの【念話】を受信した時点では訓練室に居たが、指示を出しつつも玉座まで移動し腰を下ろしていた。

 【念話】を終えすぐにインターフェース画面を開き、ダンジョン内を飛行しているビー10体に指示を出し、ゲートまで飛行させる。

 グルンの指示通りにゲートへと向かい始めたのは2体だけであったが、その2体のうち片方のビーの眼をインターフェース画面に投影し敵を監視する準備に取り掛かっていた。



「とりあえずパイクス達と合流するっすか? 僕ダンジョンなんて当たり前っすけど、遺跡に似てるって大先輩の方々から聞いて知ってるくらいっすよ」

「そうだな。さすがにダンジョンなんて爺連中しか潜った事なんてないし、シロが不調のようだし二人じゃ危険だな。プククッ」

「笑わないでほしいっすよー。たまたまっすよ」


 今すぐ逃げたゴブリンを追ってダンジョンへ潜る事は二人の人間の考えには無く、仲間との合流を優先させる事となった。

 彼らは今までに幾度も死線を越えてきた冒険者であり、無知と無謀を何よりも忌避するタイプである。

 やや独善的で自己の力量を過信するきらいがある二人ではあるが、最低限の冒険者としての危機察知能力は有していた。


「じゃあベースまで戻るっす。ダンジョンへ踏み込むかはパイクス達に話してからっすね」

「だな、まあ灯りの準備やらも必要だろうしな。俺達のほとんどが森での行動を考えての軽装だしな」

「あー、そっすね。見た所、中は暗そうっすしね。」


 こうして二人は街道近くに設置された探索ベースへと戻っていく。

 二人が踵を返しゲート付近から姿を消した数秒後に一匹のビーがゲート周辺に羽音を鳴らし飛来していた。

 ビーの眼でゲート周囲をグルンは隈なく検分し、敵と思われる人間二人の後姿を確認していた。このまま人間を追跡させようかとグルンは考えるが、ビーは殺害されたであろう歩哨に出していたゲート付近のゴブリンの遺体を確認した後、ダンジョンへと戻された。



『オリビア、フィジャック、ゼルダ、今すぐ会議室に参集せよ。近衛は中隊長に、防衛部隊はヒルダに、師団はゾンヌに指揮権を預けておけ』

『直ちに』

『は!』


 呼び出された三人はすぐさま指揮を参謀や中隊長に託し、会議室へと参集し王を待つ。

 すぐにグルンも会議室に入室し集められた三者が立とうとするも、右手を上げてすぐに制止する。

 足取り早く会議室の上座にある王の席に座ったグルンはすぐに口を開く。


「挨拶などは無用だ、発言も自由にせよ、良いな。先程、我がダンジョンが初めて敵と接触した。予がビーの眼を通して確認出来たのは人間の2匹のみであったが、武装していた。兵士のように装備の統一性は見られなかった所から推察するに、冒険者か傭兵、或いは山賊などの手合いだろう」

「やはり、人間が……愚かな」


 王の言葉を聞き、フィジャックが顔をしかめていち早く反応する。


「ゲート付近には歩哨に立たせていたゴブリンの死体が2体、50mほど東へ進んだ場所に2体発見した。死体の方角から考えてゲートより東の方角から2匹の人間は来たのだろう。歩哨に出していたゴブリンは、原生種のモノよりもかなり強かったはずであり、通常の人間が相手では後れを取ることは考えられぬ。敵の2匹は少なくとも原生種のオーククラス、あるいはミノタウロスクラス以上と考えられる」

「2匹の人間が東より現れたのであれば、東側にて歩哨をしていた5体のゴブリンも殺されているかと」

「うむ、予もオリビアと同じ考えだ、おそらく亡き者となっているであろう」


 更に殺されている数が多いとする推察を聞いたゼルダ、フィジャックが表情を硬くする。


「身の程を弁えない、それが人間で御座いますわね……」

「フィジャック、地上に囚われていた頃の記憶は我らよりもあろう、奴らへの対応をどう取るべきだと考える、申してみよ」

「はい。残っている記憶は地上での常識や一般教養程度では御座いますが……まず地上の人間の大多数は都市、或いは国家などで統治された集合体を作っております。生息数は我々の数に比べ数千倍、数万倍。ゲート付近に出現した人間がこれら集合体の一員である可能性は高いかと考えられます」


「ふむ、人間の集合体の軍事力についてはどうだ?」

「兵器や魔法についての詳細な記憶はかなり曖昧な部分が多く、はっきりとは申し上げることが出来ませんが、個々の人間の兵士はゴブリンとほぼ同程度かと。しかし中には傑出した技能や魔力を有した者も極稀に居ります」

「なるほどな……その傑出した力を持つ害獣が最大の問題であるな」

「ええ、名前やどれほどの力量を有していたのか等の記憶がほとんど残っておりませんが、危険である事だけは断言出来ます」


 フィジャックは半人のヴァンパイアであり、オリビアやゼルダなど純粋な魔の物に比べ地上での記憶を多く残していた。

 しかし純粋な魔の物であっても、地上の記憶が少しは残っている。地上とは大気中の魔力はやや薄いが自然豊かな場所であれば住みやすい。しかし森や山々に度々現れ襲ってくる醜悪な人間も居るという程度。

 勿論固体によっては、多少の差はありはしたが、概ねこの程度の記憶残滓であった。


「しかし今回ゲート付近で徘徊していた2匹の人間はその例外の傑出した害獣であるかどうかの確証は取れぬ。座してダンジョンで待ち受けるよりも、こちらからその2匹を追撃し捕縛するべきだと予は考える」

「グルン様。幸い2匹の人間の襲来を報告しに戻ったゴブリンはシュミットの治療により既に全快していると報告が御座いました。追撃に同行させればかの2匹の特定に役立つかと」

「では追撃はフィジャックが指揮を執れ。師団から追撃に必要な部隊を選抜しすぐに出立せよ。それと、敵の存在を知らせたゴブリンも同行させ、出来れば人間は生きたまま捕らえよ。」


「御意。愚かなる人間を必ずや捕らえてまいります」

「グルン様、私も同行致しましょうか? フィジャックが人間に後れを取るとは考えられませんが、地上への侵攻はこれが初めてで御座いますし……」


 グルンは首を横に振り、オリビアの提案を否とした。


「人間2匹程度にオリビアまで出撃する必要を予は認めん。フィジャックを追撃に出す事すら、やや過剰な反応と考えているのだ」

「は、はい」

「では各自、持ち場へ戻り指揮をせよ。厳戒態勢の堅持はフィジャックの部隊の帰還を以って解除せよ」


 オリビア、フィジャック、ゼルダの3名はグルンの命に了解の意を示し、会議室から足早に退出する。

 フィジャックはすぐに【念話】によってゾンヌに会議での王からの命を伝え、師団の中でも特に優秀な3個小隊をゲート前に展開するよう指示した後、すぐにシュミットにも【念話】により、敵を目撃しているゴブリンをゲート前に連れてくるよう伝えた。



『陛下、ゲート前に追撃部隊の展開を完了致しました。只今より追撃に出ます』

『人間の集落や街道などを発見した場合は、追撃を中止し即撤退するようにな』

『はい、心得ております』


『良い報せを期待している』

『は!』


 王に召還され覚醒して以来、初めての実戦を前にフィジャックは人間について思いを馳せる。

 人間とは自らの糧を得るために魔物を殺し、牙、翼、内臓、皮膚、生殖器、体毛、眼球などを魔物の遺体から剥ぎ取り、残った遺体を時には食用とする。

 魔物も人間を襲い食す事はあるが、死体を細切れにして利用したり、剥製にして展示すると云った野蛮な行為はしない。


 自身にも半分、人間の血が流れてはいるが、あそこまで凶悪で野蛮で愚かな行為を平然と成す事は出来ない。

 矮小で個としては脆弱な人間。しかし最も恐ろしい存在。油断は決してしてはならない。

 決意を硬めフィジャックは追撃部隊に出撃を命じた。



■グルン Lv8 (next100/1000)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ