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17 敵

 ギルバートという名の男は不幸であった。そして今も不幸である。

 幼少の頃に商人をしていた両親を魔物に襲われ亡くし、縁者も居らず王都のスラムで過ごす事となった。

 幼い身の上でまともな職に就けるはずもなく、窃盗や物乞いをして何とか命を繋ぐ生活を送る。


 そんな不幸な少年ギルバートにはひとつだけ才能があった。

 スラムでの子供同士の理不尽な抗争に巻き込まれた時、少年ギルバートは無我夢中で襲ってくる少年を返り討ちにした。

 その返り討ちにされた少年はスラムの窃盗団のボスであり、その日以来ギルバートがボスの座に治まった。



「マリア、そろそろ本名や出自は隠してくれ。さすがに国境を越えてからは拙い」

「うん。さすがに私もそれは心得ているわよ! 弱そうな相手には正体を隠す事にする!」

「はぁ……」


 ギルバートとマリアはグランバスの王都から馬車に揺られながら西進し、深淵の森を迂回する道を通りシャムドに向かっていた。

 その途上、やや大きめの村や町でマリアが王女である事を隠そうとしない所為で、役人に王族を不当に名乗っていると疑われたり、荒くれ者の冒険者から詐欺師、悪徳商人から小者の貴族がマリアに近寄ってきたりもした。

 そういった厄介事全般を、同行者のギルバードが知り合いの伝手を使ったり、小額の金銭、時には暴力で解決していた。


「王女ならわかってるだろ。シャムドだけは拙い……国力差が無ければいつ戦争になってもおかしくないんだからな」

「ええ、私の言質を取り彼らの主張を正当化するような、悪辣な言葉狩りなんかはやってくるでしょうしね」

「おまえ……王族みたいだな、ってまあ王女なんだけど」

「これでも王宮で遊んでいたわけじゃないんだから、それくらいの常識はわきまえているわよ」


 ギルバートが言うように、国境を越えシャムドに入れば遊びでは済ませられなくなる。今までのように国内の小役人や矮小な貴族の命がいくつか消える程度の遊びではなくなる。

 国境を越えれば、正式な外交使節としてではなく、あくまでも一般人としての隣国の調査であり、身元が割れる事は隣国への心象を著しく悪くする。

 正式な調査団を送り込めればそれに越したことはないが、グランバス王国とシャムドでは正式な調査などお互い受け入れる事はまずない。友好国同士であっても多大な外交努力を必要とする行為であり、グランバス王国とシャムドでは不可能と言っていい。


 二カ国間の歴史は二百年前のグランバス王国による侵攻から関係を悪化させ、六十年前の大陸全土の国々が巻き込まれた「大戦」ではグランバスがシャムドを一時的に併呑していた歴史がある。

 しかし併呑していた期間はわずか十年で終わりを告げ、大戦の敗戦国となったグランバスは領有権を完全にシャムドに返還している。

 大戦末期、劣勢に陥っていたグランバスはシャムドの男性や女性に給与を支払い、兵士や娼婦として最前線へと幾人も送り込み、多くのシャムドの兵士を戦死させた。


 大戦後、グランバスは戦後の復興を現在の王の代になってから成功させ、シャムドに対して正式に大戦での暴挙への謝罪と賠償を行った。

 しかし一度ならず二度攻め込まれ、戦後の復興に成果の上がらないシャムドの恨みは消えることはなく、現在も彼らにとっての正式な謝罪と賠償を求めた暴動が数年に一度起こる。


「それにしても国境を越えるまでに、魔物に一度も出くわさないのはやっぱり変ね」

「ああ、俺もこの目で見るまで半信半疑だったんだがな、深淵の森からも魔物は消えたと見ていいだろうな」

「うーん……でも変なのはそれだけじゃない気がする。深淵の森の中、んー、下? からすごい魔力の匂いがするのよね」


 御者台にギルバートと並んで座り、マリアが綺麗な顎に手を当て、首を傾けながら考え込む。


「強い匂いはすんのか?」

「匂いが遠すぎて、ほんとに微かなのよ。シャムドの前に深淵の森に行ってみない?」

「アホ。ミノタウロスが完全に消えたかどうかはまだ誰にもわからんのに、二人で調査なんてさすがに無謀すぎる。深淵の森の調査なら俺の部下や上位ランクの冒険者をあと二、三人雇わないと無理だ」


「ミノタウロスだけでしょ? 奥地の遺跡にはサキュバスが出るって聞いた事があるし、一度戦ってみたいのよね」

「森に馬車は入れないんだぞ、荷を俺達二人で全て担ぐのは不可能だ。遺跡を目指すとなれば最低でもニ週間は掛かる、水や食料、最低限の荷だけでもある程度の人数で分担して運ばないとな。それに、夜間の歩哨や火の番なんかも二人じゃ辛い」

「ギルバートってこうゆう話になると、マジメで退屈で根暗で陰険で足が臭いよね」


 マリアは作り笑顔でギルバートをこき下ろす。

 ギルバートは言い返そうとするも言葉に詰まり、項垂れるのみ。そんな二人を乗せた場所が西のシャムドへの街道を突き進んでいた。




「ギッギギギー」

「ギ……」


 2体のゴブリンの首が地面に落ちる。

 ゲートから東側300m地点の森にて待機していたゴブリンの班員が白昼に人間によって殺された。

 仲間のゴブリンの悲鳴を聞いてすぐに残る3体のゴブリンは、敵対者の存在を察知しゲート付近に待機しているゴブリンのリーダーに知らせに走り出す。


 3体のゴブリンは短い四肢を懸命に動かし走り続ける。

 1体、また1体とゴブリンには視覚する事さえ出来ない、何らかの斬撃によって殺されていく。

 最後の1体となった班長のゴブリンは走り出してから10秒ほどでその一生を終えた。



「ちっ、ゴブリンの癖に逃げ足だけは早かったな」

「何か妙っすねー。こいつら戦おうともしないで、僕らを見つけたらすぐに同じ方向に走り出しましたよ。普通、ゴブリンが逃げるとしたら、各自が違う方向にバラバラに逃げるんすけどね……」

「ああ? 言われてみりゃそうだな。この辺りに巣でもあんのかもな」


 東側で歩哨をしていたゴブリンの班を10秒程で全滅させた背の高い男が舌打ち交じりに話し出した。

 話し始めた男の肩には大剣が担がれており、そこには緑色のゴブリンの血糊がねっとりと付着している。

 大剣を肩に担いだ偉丈夫と話しているのが、黒髪の小柄な少年。少年は黒い皮の軽鎧に短剣を腰に提げてはいたがその短剣が抜かれる事無く、ゴブリンとの戦闘には一切手を出さなかった。


「そっすねー、それが一番ありそうっすけど、それでも違和感が拭えないんすよね、こいつら」

「そうか? 俺にはどうみてもただのゴブリンにしか見えねーが」

「いや、そういう意味じゃないんすけどね。とりあえずこの辺りを探索してみましょう。ミノタウロスもいるかもしれないっすよ」


 黒髪の少年がゴブリンの違和感に着目して、考えを口に出す。

 頭をばりばりと掻きながら大剣を持った偉丈夫が適当に答える。


「まあ、シロが言うんだから何かあんのかもな」

「とりあえず、こいつらが逃げた方向が怪しいっすね。ベースに待機してるパイクス達には僕から連絡しとくっすね」

「任せた」


 シロと呼ばれた少年の主導で怪しいゴブリンの集団の逃走先を探ることとなった二人は、森を更に進む事となる。その先にはゲートがあり、ゴブリンのリーダーが待ち構えていた。




 ゲート付近で歩哨をするゴブリンのリーダーは班員の魔力補給の為に、野生の動物を狩る日々を送っていた。歩哨をする事が最優先ではあるが、ダンジョンへの報告以外での帰還は許されない為、日々生きる為の糧を得ていた。

 彼にとって初めて大きな群れからの離脱は、やや寂しさを感じさせてはいたが、少ないながらも班員との連帯感も強くなり、大事な仲間という意識が、ゴブリン同士には珍しく芽生えていた。


 目の前に、人間が現れるまでは。


 歩哨する為に木の上に2体のゴブリンの班員が周囲を警戒しているはずであったが、悲鳴を上げる事もなく頭部と心臓に小さな丸い穴を残し絶命する。

 しかし、その2体の落下音によって他の3体の班員とゴブリンのリーダーは寝床にて異変を察知した。

 歩哨の2体がおそらく殺されたのだと、ゴブリンのリーダーは瞬時に判断した。


 野生の肉食獣などを発見した場合は大声を上げる事が約束事であるし、敵対者から逃れられないと判断した場合も大声で緊急事態を仲間に知らせるはずだ。

 敵対者がすぐ近くに音も無く現れ、2体の仲間を殺した。

 歩哨のゴブリンの2体は決して弱いゴブリンではない、この敵対者の存在を絶対にダンジョンに知らせなければ。

 憤り、焦り、恐怖、使命感、ゴブリンのリーダーの内心はそんな思いが混在していた。


「テキ ガ ヒガシカラ キタ。オマエタチ ハ オレ ニ ツイテコイ。オウ ニ シラセル」

「ギ!」

「ギー」


 寝床からすでに立ち上がりゴブリンのリーダーにしっかりと返事をする班員のゴブリンが頷き、すぐに3体のゴブリンはゲートの方へと走り始める。

 木々が邪魔ではあったが走り始めて20秒ほどでゲートの手前10m地点に到着する。


「シロの言った通りだったな、これってダンジョンのゲートか? 森のこんな浅いとこにこんなのあったっけ? 遺跡ならもっと奥地にしかないよな」

「ないっすよ。信じられないっすけど、このゲートは出来たばかりじゃないっすかね」

「おお! ちんけな依頼よりも稼げそうだな!」


 3体のゴブリンの後ろから音も無く現れた人間二人が話し始める。


「ガウェインさん。とりあえず、そこの道案内さん消しますよ」

「おう」


 黒髪の少年が右手をゴブリン達に向けて掲げる。


【風穴】ワッドカッター


 掲げられた少年の掌に緑色の魔法陣が浮かび上がり、魔力が凝縮されて行くのをゴブリンは目を見開き視覚で捉えた。瞬間、魔法陣が消える。

 凄まじい速さで放たれた風属性の不可視の弾丸六発が3体のゴブリンの頭部と心臓へ無慈悲に飛来する。

 ゴブリンは回避行動を行おうとする前に頭部と心臓に小さな穴を残し絶命した。


 2体のゴブリンは穴の開いた体を地面に倒れさせたが、1体だけ魔法陣が消え去る前に咄嗟に体を捻らせて、左耳と左腕に穴を開ける事で助かった。

 そのゴブリンの眼には今や憎悪が宿っていた。



■グルン Lv8 (next100/1000)



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