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13 オイルーン

 悪魔マリアと共にグランバス王国を離れ、周辺国の情勢調査を行う為の旅支度をギルバートは行っていた。

 単独での隣国周遊であれば一日と掛からずに準備は整うが、マリアが同行するとなれば話が変わってくる。

 道中の移動用の馬車、野営用の各種備品、保存食、飲料水及び腐りにくく飲料/消毒/調理用とする酒類、衣料品、医薬品、馬用の飼料となる大麦などギルバート一人であれば不必要な各種物品が増えた。


 ギルバート単騎での旅程であれば馬に跨り、二、三日寝ずに町から町へと突き進む事が可能である。

 小さな村などを無視しての強行軍は伝令部隊時代に数えられなくなる程、経験をしている。

 しかし今回は悪魔とはいえど王族の者、そして一応ご婦人が同行するのであり、ギルバートも一定の配慮をせざるを得なかった。



「じゃあ明日の朝までにここに書いてある物を揃えておいてくれ、荷はそのまま馬車にな」

「あいよ、それにしても随分と多いな。貴族の護衛でもすんのかい?」

「今回は新米の部下が三人ほど同行するだが、途中でへこたれそうなのが居てなぁ」


 ギルバートは行き着けの道具屋の主人にメモを渡して必要な物品を手配していた。


「わははは。騎士団で出世したってのにまだそんな教育係りまでしてんのか、モノ好きだな」

「同行する新米の縁者の爺さんに借りがあってな、無理に押し付けられたってとこだ」

「そりゃ災難だな、まぁ近頃は魔物もめっきり見ないようになったし道中は安全だろうがなぁ」


 まさか王女を連れて行くとは正直には答えるわけにもいかず、嘘にはならない言い方でギルバートは誤魔化した。


「シャムドやラーゼの方も魔物は減ってるのか?」

「西や南から来る商人から聞いた話じゃやはり減ってるらしいな。中でもランクCやBの魔物まで突然消えたとかいう眉唾な噂まであったな」

「ほう……」


「ランクCやBって言えばこの周辺で考えるとサキュバスやヴァンパイアじゃないか、そりゃ眉唾だな。あのクラスじゃ存在を確認した時点で消される方は人間だろ」

「そりゃそうなんだけど、中には人間と共生していたヴァンパイアが居たって噂があってな、そいつも消えたとさ」

「はははは、そりゃもっと眉唾だな。ま、話としては面白かったよ。じゃあな」




 この話を耳にしたギルバードは早々に店の主人と別れ、私邸へと帰る道のりで考え込む。

 人間と共生していたヴァンパイアの話まで流れていたとは、その噂の元手はおそらく「あの」半人のヴァンパイアだ。

 軍や冒険者ギルドからの情報はやはり正しかった。商人は軍人や冒険者よりも魔物の生息地域や数、発生事例に対する感度が高く正確だろう。


 その商人までもが魔物の減少を口にしているとなれば、魔物は間違いなく減っている。

 しかし何故、魔物が減っているのかが不明のままであり、商人達にとってはその原因が商売の種になるかもしれないが、果たして商人がどこまで興味を持っているかも不明。

 周辺国の調査には軍や冒険者以外で商人からの情報も糸口になるかもしれない。


 他国の軍にはある程度知られている自分では逆に警戒され情報は聞き出しにくいが、そこはあの悪魔を利用する手もある。

 少々の事では死ぬような玉ではないし、死んでくれた方が有難いとも思う。

 あれが死んでしまうと、自分の立場が非常に危うくなる可能性も高いが。


 あの悪魔は王国民には絶大な人気がある。そんな悪魔が死んだとなれば自分はこの国の土を踏めないだろう。


「はぁ、命だけではなく故郷すらも失うかもしれないんだな…ははは」


 ギルバートは乾いた笑いを一人上げながら私邸の扉を開け、中に入る。

 玄関など猫の額ほどの広さしかなく、すぐにリビングにある椅子に体を預けて天井を見上げる。


「酒でも飲んで全てを忘れられればな……。で、だ。何故ここにまたいるんだ、マリア」

「ギルバートが準備をするのを怠けてはいないかと心配でな、わはは」

「はぁ……」


 リビングに仁王立ちして胸を張るマリアには視線を向けずに、天井を向いたままギルバートは盛大に溜息をついた。

 そんなギルバートを満足げな表情でマリアが頷きながら見据えていた。




 地上の人々は世界の異変に気付きだしていた。

 魔物の激減。誰かに駆逐された痕跡がほとんどなく、魔物を討伐した冒険者であれば魔物の牙や皮など武具やマジックアイテムの材料にする為に持ち帰るのが通常であるのに、その魔物の材料自体が大陸全土で不足している程であった。

 最初の兆候は二ヶ月程前。しかしここ一ヶ月ほどはその兆候が加速度的に、目に見えてはっきりとしてきている。国家やギルド、あるいは大貴族など権力者が動いているのではないかと、人々は推測しはじめる。

 次第に疑心暗鬼に陥り、膨れ上がった人々の疑心は国家間の関係をもここ五十年の平穏が嘘であったかのように、険悪なものに変化させていた。




 その原因を作り出している者の一人であり、主にグランバス周辺の魔物の減少の根源であるグルンは玉座に背を預けインターフェース画面に指を滑らせ操作していた。

 操作する指は滑らかに動いてはいるが、グルンの表情は珍しく険しい。普段、表情をほとんど変化させない彼であるが、今は眉間に皺を作り心中を表に出していた。

 原因は先程貴重な鉱石であるオイルーンの鉱脈を地中深くにて発見したは良いが、鉱脈周辺に地下水の水源が流れており坑道としていた通路の大部分が浸水した後、支えていた土の部分が脆くなり坑道が崩落する大事故が起きた。その事故の処理及び坑道の修復作業を行う為にグルンはインターフェースから情報を逐一読み取りつつ、水源付近に強引に【創造】クリエイトで施設を作り出す事によって水流の遮断を行っていた。


『シュミット、坑道、鉱脈付近の水源はこちらで塞いだ。オイルーンの採掘はオークのみにさせ、ゴブリンには掘り出された土や鉱石の運搬をさせよ。埋まったままの死傷者の死体は発見次第、墓場へ運搬せよ。助かる見込みのある者にはポーションで治療させよ』

『承知致しました』


 グルンはやや表情を険しくはしてはいても、配下に対しての【念話】による指示にはその色は出さなかった。シュミットもこの坑道の崩落によるゴブリンやオークに死傷者が少なからず出ていた為、王による叱責や厳罰を覚悟はしていたが、ただ指示を出されるだけであり困惑していた。

 困惑したのは一瞬の事であり、今は少しでも生存者を探し出す事と、命懸けで切り開いてきたオイルーン鉱脈の採掘に集中すべきであるとシュミットもすぐに切り替えて、作業員のオークやゴブリンに指示を次々と出していく。

 約三時間の作業で坑道を埋め尽くしていた土砂を撤去し、新たに坑道の支柱、壁面を作りなおしていく作業が終了する。シュミットは種族がオークである為、【念話】をグルンに発信する事が不可能ではあったが作業過程をグルンがインターフェース上で確認していた為、報告の必要は無く、そのままオイルーン鉱脈の採掘へと取り掛かっていた。


 オイルーン鉱脈の採掘には一定以上のレベルのオークであっても鉱石自体の硬度が高く時間が掛かるが、それよりも問題である魔力の無効化というオイルーンの特性が作業の遅延に拍車を掛ける。

 ダンジョン内の全ての魔物に共通する魔力を源泉とした強固な肉体も、オイルーン鉱石の特性の前に扱いに苦労していた。採掘に時間を掛け掘り出した後も、精錬、加工といった作業過程においてもこの魔力の無効化の特性が問題となる。

 グルンもこの問題を理解していたが、シュミットであれば精錬、加工もやり遂げると期待している。


『オイルーンは試作用に必要な分量のみ採掘し、坑道を一事封鎖した後、工房にてオイルーンの精錬を開始せよ。おそらくオリビアや予であってもその鉱石の精錬は不可能だろう、問題解決に関してゼルダ、ヒルダへの協力も予の方から指示しておく。以上だ』

『御意。此度の失態…陛下の貴重な配下を幾人も、そ、その』

『良い。予の見積もりが甘かったのだ。功を以って報いよ』


 グルンからの指示を受け、シュミットは今度こそ失態への厳罰を自ら切り出して受け入れるつもりであったが、寛容な王の言葉によって救われた。

 何としても精錬を成功させねばとシュミットは固く決意する。


『ゼルダ、オイルーンの採掘に目処が付いた。シュミットに精錬、加工を任せるがおそらく魔力無効化の特性で躓くであろう。全ての研究をオイルーンの精錬方法と加工、武具への利用に切り替えよ』

『畏まりました。しかしオイルーンですか……かなりの日数が掛かると思いますわよ?』

『地上と繋がるまでにというのが理想ではあるが、日数は掛けても良い。あの特性の鉱石は戦術の鍵となる、我々魔の物にとっては弱点ではあるがこちらの手にあるのであれば有効に使わねばな』


 【念話】によりゼルダへオイルーンの研究開発を指示する王は、その鉱石の利点についても話していた。


『ですが、あれは所持しているだけでも魔力が吸い取られ、すぐに魔力不足に陥るモノですわよね?私達のようなランクCのサキュバスであっても10分程度で魔力が全て無くなりますわよ。そ、その陛下であっても1時間もせずに……』

『うむ。それは承知している。だからこそ武器になるのだ、わからぬかゼルダ?我々の最大の敵は人間ではないのだぞ』

『うーうー……あ!なるほど、そうですわね。陛下のお考えが理解出来ました。やはり陛下は私の理想とする鬼畜王で御座います!』

『……予は鬼畜王ではないがな』


 ゼルダにはグルンの考える最大の敵がすぐにはわからなかったようであるが、少し考えれば理解出来た。グルンの言う最大の敵の正体を魔の物であれば嫌でも意識する。現状は対人間を意識していた余り、失念していたのだった。



 グルンは思う。ヒルダに話すべきだったと。

 玉座に体を預けるグルンは王の間の天井に顔を上げ、盛大に溜息をついた。

 研究室では鬼畜王のグルンを妄信し、熱心に研究に取り込むサキュバスの喚起が響き渡っていた。


■グルン Lv5 (next100/1000)

■残り時間[33(d):23(h):41(m):57(s)]

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