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12 地上

 煌びやかな日光が、美しく重厚な城内の王の間に差し込む。

 王の間は壁面の大半がガラスで覆われおり、光の間という別名がつくほどに洗練されている。

 その荘厳な光景は王族の気高き品位の象徴として臣下には畏敬の念を抱かせていた。


 玉座の前にて白い甲冑に身を包み、茶色の短髪に強固な意志の宿る緑色の瞳を持った青年の騎士が跪いている。

 王に対し畏敬を抱く忠篤き騎士の男が光の間にて玉座の前に跪き王に口を開く。


「報告致します。王都、グザッツ、フィナレ、ザレス港の各冒険者ギルドに問い合わせたところここ二ヶ月間の間に都市周辺のゴブリン、オークの数が激減しております。また深淵の森にてミノタウロスの数の減少が王国軍の報告書に記載されており、これも二ヶ月前から減少傾向にあるとの事でした」

「やはり噂は誠であったか。ギルバートの申していた通りであったな」

「はい。魔物の減少は本来であれば喜ばしい事では御座いますが、些か減少の速度が速すぎます。ゴブリンやオークは自然災害や生態系の変化によって過去にもこの程度の減少は御座いましたが、深淵の森でのミノタウロスの減少は何者かの手によって起こされた事かと……」


 跪く臣下の騎士の男は神妙な面持ちで魔物の減少の報告を玉座に座る老齢の王に告げる。

 老齢の王はこの男に対して全幅の信頼を寄せているだけに、この報告にも偽りはないと判断していた。

 そして王の判断は正しく、実際に王都周辺及び王国全土において魔物の数の減少が日を追う事に加速していた。


 ゴブリンやオーク、ミノタウロス以外にもサキュバスやヴァンパイアといった指定ランクC以上の魔物までもが突如姿を消してはいたのだが、そこまでの調査は王国軍や冒険者ギルドでは進められてはいなかった。

 中には死の妖精バンシーといった災害クラスの認定がされている魔物までもが姿を消してはいたのだが、やはりこちらも王国に住まう人間の誰一人として知らぬままであった。


「西のシャムド、あるいは南のラーゼ公国に何か不穏な動き…これは憶測でしかないのう。隣国とはここ五十年戦乱は起こっておらぬ。ギルバート、誰が動いておるのか見当はつかぬか?」

「シャムド、ラーゼ公国とは深淵の森を取り囲むように我らグランバス王国も含め三カ国の国境が接しております。私の考えではやはりかの国のどちらかによって何らかの動きがあるのではないかと……。しかしミノタウロスを駆逐した所で我ら王国にとっての不利益となるとは考えられませぬが」

「うむ。駆逐であればのう…。生け捕りにし錬金術師によって魔物を操り使役しておる可能性もあるかもしれん」


「そ、それは! 最大の禁忌では! かの国々が国家間を超え大陸全ての人間族にとっての最大の禁忌を破るでしょうか」

「先年、ラーゼ公国の大公が錬金術師を集めているという噂を耳にした事を思い出してな。それも噂であって定かではないがの……」

「そのような噂が…ではやはり」


 ギルバートと、老齢の王から名を呼ばれた騎士は王の言う錬金術師の噂を初めて聞いた。

 現在光の間には王とギルバートの二人だけであり、王族と臣下が二人きりで密室で話すなど通常では考えられぬ行為であり、それだけ王とギルバートは蜜月の関係であったのだ。

 そんな王からの禁忌の噂の暴露はギルバートを少なからず動揺させていた。


「まだ確証は何もない故な、次は隣国の情勢を中心に調べてくれんか。それと隣国の冒険者ギルドのマスターにはワシの方から協力するよう書簡を出しておく。頼んだぞ、ギルバート」

「御意」

「おお、言い忘れる所であった。ギルバート、マリアも同行させてくれんか」


「……」

「…」


 最後に放った王の言葉に光の間に静寂が落ちる。

 マリアとは老齢の王の娘であり、グランバス王国第3王女の事である。

 幼少の頃から秀でた魔力を有し、光の王女という愛称で呼ばれ、国王の臣下、王国民の期待を一身に背負って育った。


 しかし彼女自身の性格が次第に王に近しい臣下には知れ渡り、誰もが距離を取るようになる。

 マリアの行動原理が強者との戦いにあり、王国の将軍や騎士、有力な冒険者との手合わせを毎日のように所望するには飽き足らず、王宮を抜け出しては単身で魔物との戦いを求め旅をするというものであった。


 そんな彼女の家出や無理な注文に付き合わされて来たのは、元王女付きの近衛隊長でもあるギルバートであった。

 彼はマリアが王宮を抜け出す度に、捜索隊の指揮をしマリアを連れ戻す為に人生の大半を浪費していた。

 そんなマリアも年齢が15を超えた辺りでやや落ち着きを見せ始め、王宮を抜け出す事もなくなり、勉学や作法などを他の王女のように大人しく学ぶ日々を送り出した。


 マリアにどういった心境の変化があったのかは不明であるが、老齢の王にきつく戒められたのではと臣下達は噂している。

 この噂は事実とは大きく異なってはいるのだが、事実を知る者はマリアと王しか居ない。


「陛下。私は長年この王国の為、そして陛下に絶対の忠誠を以って仕えてきました。しかし本日限りで私は全ての権限を放棄し、一市民として在野に下ろうと思います。寛大なる陛下にお許し頂ければ幸いで御座います」

「ギルバート、逃げるでない。マリアがギルバートに同行すると言い出したのだ、誰にも止められぬ。お主が一番わかっておろう…」


 老齢の王は頭に手をやり苦渋の表情を浮かべる。

 在野に下らせて欲しいと懇願するギルバートはそんな王の表情を見て諦めるしかなかった。

 あの悪魔マリアからは逃れられないのだと……


「陛下、私が亡き者となった場合、私の財産は全て王国の親を亡くした貧しい子供達の為に使って頂ける様お願い致します」

「うむ。既に手配済みだ」

「……」


ギルバートは老齢の王を睨みつける。

明らかに上位者への不敬ではあるが、王もギルバートの視線を受け止め苦笑いを浮かべるだけであった。


「行って参ります。陛下、どうかお元気で…」

「……」


 ギルバートは荘厳な光の間を王に礼をして辞去する。

 その背中にはいつもの騎士の覇気はまったくなく、王には小さく見えた。


「ギルバートよ…許せ…」


 片腕とも云える大切な臣下を死地に送り込む王は心で泣いていた。




 光の間を後にしたギルバートは自身に充てがわれている王城内の兵舎ではなく王都内にある小さな一軒家である私邸に向かい、旅の支度をはじめていた。

 旅の支度というよりも、近辺整理を思わせるように長らく使用していなかった武具や道具類、自身には既に不用である魔法書や安価なマジックアイテムなどを騎士団の部下などに配っていた。

 全ての作業を執り行ったギルバートの部屋にはベットに乗せられている旅用の道具類、長剣と短剣が一振りづつ、壁際に立掛けられた白い甲冑一式のみであった。


 ギルバートは白い甲冑の前に行き、右手で甲冑に触れながら思いに耽る。


 この甲冑に腕を通す事ももう無いんだろうな。

 騎士になった頃はこの甲冑の重さが疎ましく思ったりもしたが、戦場ではその重さが何よりも頼りに思えたものだ。

 数多くの部下を魔物との戦いで失いはしたが、数多くの国民の命を助けられたのもこの甲冑と共に見てきた。

 出来ることなら最期の時はこの甲冑を身に着けておきたかったが、最期の旅は長き道のりになるだろう、馬への負担や森での行動を考えるとそれも叶わないな。


「今まであ」

「やはりここにおったか! ギルバート!」

「今までありがとうな」


 甲冑への感謝を口にするギルバートの部屋へ洗練された衣服を身に纏った、やや小柄な少女が長い亜麻色の髪を少し揺らしながら訪問した。

 その少女に遮られてしまった感謝の言葉をギルバートはもう一度言い直す。


「無視するでない、ギルバート」

「……」

「宜しい。私の広域範囲魔法で目を覚まさせてくれよう!」


「マリア様、ご機嫌麗しゅう御座います。このような場所へわざわざ玉体をお運び頂いた理由をお聞きしても宜しいでしょうか?」

「以前のように普通に話しなさいギルバート」

「御戯れを、王女殿下」


 少女に脅迫されて渋々といった体でギルバートはその場に跪き臣下の礼で答える。

 その少女の名はマリアと云い、先程王より同行せよと勅命を受けたあの悪魔マリアである。

 恭しく対応する事がギルバートにとってのせめてもの反抗でもあった。


 マリアはこの王国の王女であり、王族以外の者と対等に会話する事を幼き頃より許されなかった。

 マリアが対等に他者と付き合おうとしても、その相手が萎縮し、または恐怖し、そのような望みが叶う事はなかった。

 しかし近衛隊長として任官してきたギルバートだけが、幼きマリアの我侭や暴走を王女や地位に関係なく罵詈雑言を並べ立てて叱ってくれた。


 そんな近衛隊長がマリアにとって王族以外では唯一対等と思える者となった。

 マリアの周りの侍従や近衛の隊員はギルバートの不敬な態度に最初は快く思わなかったが、次第にその不埒な言動にも周りが慣れてしまい、マリアの最も信篤き忠臣としてギルバートは王族や貴族からも目されるようになる。

 ギルバートにとってはこれが不幸の始まりであった。


「ギルバート、私が少しは大人しくなったとでも思ったのかしら…フフフ」


 少女には似つかわしくない抑揚の無い言葉がマリアから発せられると、ギルバートが跪く床に魔法陣が浮かび上がる。


【鉄拳制裁】アイアンナックル

「この悪魔め!!!」


 マリアが唱えた【鉄拳制裁】アイアンナックルにより魔法陣とギルバートの頭上に巨大な鉄の拳が突如具現化し落下する。

 ギルバートも危機を察知しすぐに回避しようと横っ飛びで難を逃れるも、床は巨大な鉄の拳を支えることが出来ず貫かれ、剥き出しとなった地面は拳の重さによって陥没していた。

 その様子を見て楽しそうに両手を打ち鳴らし拍手しているマリアをギルバートは不幸の色をした瞳で睨みつけていた。


「よろしくね。ギルバート」

「ああ…よろしく、マリア」


 天使のような笑顔でギルバートに微笑むマリア。

 その微笑が悪魔の微笑みだと確信するギルバート。

 この二人がそう遠くない未来、グランバス王国の命運を司る事となるとはこの時は誰も知らない。



■グルン Lv5 (next400/1000)

■残り時間[37(d):06(h):15(m):20(s)]

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