11 オーク
『グルン様、訓練中の所申し訳御座いません』
『何かあったか』
『オークからグルン様にお話したい事があると申し出ておりまして、如何致しましょう』
『ほう、そのオークとはどのような者だ』
『初期にグルン様によって召還された者で御座います。レベルも他のオークに比べ高く、オークのまとめ役として私やゼルダと直接話す機会も多い者です』
『ふむ、訓練が終わり次第会おう』
『畏まりました』
師団の小隊に至るまでの軍の再編が一通り終了し、演習や訓練が新たな小隊ごとに行われていた。
グルンも時間的に余裕が出来た為、訓練によって自身の強化をする日々を送っていた所、オリビアから【念話】にて報せが届く。
内容は一体のオークが王への謁見を申し出たというものであった。
グルンは訓練を終え玉座にて体を休める。
しばらく魔力の回復に時間を割き、オリビアに【念話】でオークの代表者を王の間へ呼ぶようにと伝える。
既に待機していたのか、呼び出してから十秒も立たぬうちにオリビアがまず玉座の前に現れる。
「グルン様、既にオークが王の間の前にて待機しております」
「うむ、入らせよ」
「は!」
オリビアが王の間と通路を挟む重厚な扉に手をやり押し開く。
この扉は魔力が込められた文字が刻み込まれた特殊な扉であり、インターフェースから開閉を操作する事によって招かれざる客から王の間への侵入を遮断するというものである。
今はグルンの操作によって開かれてはいるが、緊急時には非常に強固な防衛設備となる。
そしてこの特殊な扉の前で緊張した面持ちで直立不動で待機していたオークこそが、この扉の製作者でもあった。
彼は初期の頃にグルンによって召還されたオークの中でも異彩を放つ存在である。
元々の知能が高く、肉体の頑強さも他のオークと比べてもかなり高かった。
他のオークが指示をされなければ行動出来ない頃から、彼は何をすべきかを自身で考え行動していた。
王や上位種の指示通りに作業をこなしつつも、時間的な余裕がある時には製作物の改良、改善をし、また訓練なども毎日少しの時間しか取れない日であってもやり通していた。
魔力増幅装置での訓練は仲間のオークのほとんどが嫌い、オリビアやゼルダといった上位種の指示や監視が無ければさぼりがちであったが、彼だけは自発的に激痛を伴う訓練を行っていた。
そういった努力もあって工房では彼が生み出すアイテムや武具はとりわけ質が高かった。
そこにいち早く目を付けたオリビアによって、特殊な罠や試作品の製作などを任されるようになり、ゼルダやヒルダからの信も篤くなっていった。
そして彼も彼女ら上位者の期待を裏切らぬ形で常に答え続けていたのである。
「グルン様がお会いになられます」
「は!」
「不穏な動きが少しでもあれば、排除します。くれぐれも無礼な行いはしないように」
そう忠告されたオークは恐怖で喉を鳴らす。
冷たい眼差しをオークに向けてそう告げた死の妖精は扉を開け放ち、オークの入来を待ちながら刺すような殺気を放ち続ける。
工房や研究室で直接指示を受ける時に冷たい表情であっても、我々のような下位の魔物に対して蔑むような言動は一切なく、対等とまでは言えなくとも適切に接してくれていた。
そんな死の妖精が、王への謁見を前にしてオークの心へ打った楔は強烈であった。
浅黒い肌にねっとりとした汗をかき、両手両足の震えが治まらず、王の間へ踏み入れた足に満足に力が入らない。
浮き足立ちながらも精神をすり減らしつつ、一歩一歩玉座のある方へと歩を進める。
扉が閉まる音が王の間に小さく響き渡り、オリビアはのろのろと歩を進めるオークを無視し、玉座へ近づき王に一礼したのち、玉座の傍にて待機する。
その行動がオークに更なる焦りを生じさせたのだが、どの道この哀れにも浮き足立つオークはこれ以上緊張する事はなかった。
ようやく力の入らぬ足で玉座へと近づき跪き頭を下げたオークに、王から声が発せられる。
「オリビアよ、殺気を消さぬか。おまえの部下でもあるのであろう」
「は! 失礼致しました…」
「良い、予を気遣っての事。だがこれではオークが碌に話すことも叶わぬであろう。予に何か言いたい事があるそうだが、申してみよ」
「この度の謁見をお許し頂き誠に有難う御座います。本日陛下へ申し上げたい儀とは、陛下及び上位種の方々の武具についてで御座います」
「ほう、しかしあれは開発を進めても、おまえ達オークには手に負える代物ではないと予は考えているのだが?」
「はい。現段階での製作は確かに叶わぬ事で御座いますが、武具となる鉱石の採掘、精錬は現段階から着手すべきかと考えます。仕上げの段階での魔力の付与やパーツ同士の干渉を抑えるなどの加工はまだまだ未熟である我々では叶わぬのですが…」
オークが王へ丁寧に説明するも、そのオークの顔には悔しさが滲み出ている。
先程まで震えるほどに体を強張らせてはいたが、今は職人としての側面が勝っていた。
「なるほど。ゴブリン共には区画の拡張が一段落した事で訓練だけをさせている者も数多く居たな、良かろう武具に使用出来そうな鉱石の採掘を手の空いているゴブリンにさせよ。それと各種鉱石の精錬も許可する、開発した武具に用途が無くとも、違う形で利用出来るであろう。そこまで考えておるのであろう?」
「は!仰るとおりで御座います、陛下」
「ははは、オークにしておくには勿体無いな。その知に報いて名を下賜する。シュミットと名乗るが良い」
名を下賜されたオークは一瞬何を言われたのかを理解出来ず、王を無言で見つめる。
下位種であるオークと王が直接話すことですら恐れ多く、通常では考えられない。
そして名を与えられる事は、全ての下級の魔物にとってあり得ない自体である。
そんな非常識な出来事にオークは思考を停止してしまい、王への返礼を忘れる。
「無礼ですよ。恐れ多くもグルン様に名を下賜されたのですよ」
「オリビア、良い良い。こやつは何故か憎めぬ、許してやれ」
「は! し、しかし……」
あまり納得はしていないオリビアがまだ黙ったままのオークを睨みつける。
王の手前殺気を放つ訳にはいかないが、心中穏やかではいられなかった。
「へ、そ、その、私などに勿体無き事で御座います」
ようやく停止していたオークが思考を稼動させて答える。
「名が気に入らぬか?」
「い、い、いえ、そのような事は決して! あ、ありがたく頂戴致します! 頂戴した名に恥じぬよう功を以って陛下へ報いさせて頂とう御座います!」
跪いていた足を崩し、両手両膝を床につけ平伏し、慌ててグルンへと礼をする。
「うむ、期待しておるぞシュミット」
「は! オークの誇りに懸けまして必ずや!」
こうして王とオークとの謁見が終わり、シュミットと名付けられたオークが王の間を辞し、グルンとオリビアが王の間に残った。
「あのオーク、否シュミットはやはり特別なのか?他のオークもあれほどの知性を有しているのか?」
「かの者がやはり特別かと。知能だけではなく魔力も他のオークと比べ高く、既にレベルも3であったかと」
「ほう、突然変異とまでは言わぬが才に恵まれているのだな。才だけはないのであろうが……。次回から会議など上位種の参集にはシュミットも呼ぶようにな」
「畏まりました」
オリビアもシュミットに対して、王に不敬を働かぬ限りは能力が高く認めている部分もあり好意的でもあった。
王からの思いもよらぬ厚遇には少し驚きはしたが、王が是とするのもオリビアは理解している。
現状のグルンの支配するダンジョンには知能が高い上位種が圧倒的に不足している。
そんな中で下位種であっても知能が高い者が現れるということは全ての魔物にとって有益であり、然るべき地位や権限を与えぬ事は不利益しか生まない。
厳然としたヒエラルキーはあるものの、そこには実力主義が階級ごとにあるべきである。
しかし、オリビアはふと思う。
王や自身は集団の中での種として唯一の者であり、実力や能力を他者と競う事も比べられる事も無い。
それは自身が特別な存在である事で優越感に浸るという愚者であれば、喜ばしい事ではあるが、集団の中に同じ種が存在しないという哀しさを誰とも共有出来ず、そして対等な者すら存在しないという事は孤独であり重圧を伴うものなのかもしれない。
自身は絶対的な上位者である王を拠り所とする事が出来るが、王はそれすらも許されない。
王も自身が考えるように孤独や重圧を感じ、苦しんでいるのだろうか。
オリビアは玉座に体を預け、思考している王の横顔を眺めながらそんな思いを抱いていた。
「オリビア、強くなれ。そして予とまた手合わせをせよ」
「……次は簡単には負けません」
「楽しみだ」
王にオリビアの考えが伝わったのかはわからない。
しかし、王もオークが同種の中で切磋琢磨し競争している姿を思い浮かべていたのかもしれない。
王にとってもオリビアだけが唯一対等に近い存在であり、彼女には少しでも近き存在であり続けて欲しいという願いが「強くなれ」と王に言わせたのかもしれない。
珍しく微笑みを浮かべた二人の短い会話にはそんな思いが交差していたのかもしれない。
「下がって良いぞ」
「…もうしばらくここに居ります」
「そうか」
グルンは玉座に体を預け小さく笑って答え、眠りにつく。
玉座の傍でオリビアが見守るグルンの寝顔には充足感が見て取れた。
薄暗い王の間をコアの妖しい光と鼓動だけが支配していた。
■グルン Lv5 (next600/1000)
■残り時間[39(d):13(h):44(m):12(s)]




