06 嫌な徒名をつける趣味
「全く……入りたかったオカルト研究部に入るの我慢してまで、オカルト趣味隠してたのに、ハジキンのせいで台無しだよ」
純一は愚痴りながら、体育館のドアを潜り抜ける。朝のホームルームが終わったので、生徒達は始業式の為に、教室から体育館に移動中なのだ。
「何言ってんのよ、むしろ感謝するべきだろ。自分を偽る不毛な生活を終わらせてやった、この俺様に」
並んで歩く竜巻は、しれっとした表情で言い切りながら、体育館の中に足を踏み入れる。多数の生徒達で賑わう、体育館の中に。
「あ! ハジキンだー!」
生徒達の中から、頭が飛び出している長身の少女……音音が、体育館に入って来た竜巻を発見するなり、バスケ部仕込みのフットワークを生かし、生徒達の間をすり抜け、竜巻の元に駆け寄って来る。
登校時、西門前で同じ様に駆け寄って来られた際、音音に抱きつかれたせいで、クラスメート達に妙な誤解を受けてしまった事を思い出し、抱き付かれるのを阻止する為に、回避しようと左右を見るが、生徒達が多数いて、左右には逃げられない。
それなら背後だと、竜巻は後退りするが、今度は佐里などの後から来たクラスメート達に、ぶつかってしまう。結局、竜巻は逃げそびれ、嬉しそうに駆け寄って来た音音に、勢い良く抱き付かれる。
すると当然、朝の西門前の様に、周囲にいる生徒達が、騒然となる。西門の際は登校中の三十人程の生徒達しか、現場に居合わせなかったのだが、今度は始業式の為、既に体育館に入っていた数百人程の生徒達が、目撃者となった。
朝の西門の時を上回る声が、津波の様に生徒達に広がって行く。恋愛絡みの噂話が大好きな少女達は、興奮気味の嬌声を、音音のファンらしき男子生徒達や、一部の女生徒達からは、ショックなのだろう、悲鳴に似たトーンの声が上がる。
「土生さん、男出来たんだー」
「こんなとこで抱き合うなんて、だいたーん!」
騒然とする生徒達が上げる声は、竜巻の耳にも届く。
(ああああ、また何か誤解されちまってる!)
竜巻は心の中で、嘆く。竜巻は幼い頃から、音音に懐かれていた為、良く抱き付かれていたのだ。だが、それは竜巻の中では、飼い猫に纏わり付かれる主人感覚であった為、特に異性として意識する様な事は無かったのである。
だが、今の音音は竜巻から見ても、背が高過ぎるとはいえ、かなり魅力的な少女として育っていた。そんな音音に胸を押し付けられる様に抱き付かれると、流石に竜巻も思春期の少年なので、恥ずかしいのだ……昔とは違って。
「ハジキン、クラス何組になったのだ?」
抱き付いたまま、音音は竜巻に問いかける。
「三組……って、離せよニャーコ! また妙な誤解を受けるから!」
竜巻は強引に音音を振り解こうとするが、音音は力が強く、簡単には振り解けない。
「妙な誤解って?」
「俺がニャーコと付き合ってるとか、そんな感じの噂だよ。さっき校門の前で抱き付かれたの見て、そういう誤解した連中がいたんで、自己紹介の時、少し面倒な事になったんだ」
「そこ! 何騒いでるのッ!」
凛とした声が、体育館に響き渡る。すると、騒然としていた生徒達が、一瞬で静かになってしまう。その声の主が誰なのか、皆には分かったのだ。
声の主は、人望は有るものの、厳しさで知られる風紀委員長の神流。生徒達を掻き分け、騒ぎの中心に駆けつけた神流は、音音に抱き付かれてる竜巻を目にして、頭を抱え込む。
「やっぱり……お前達か! ニャーコ、幾ら久し振りの再会が嬉しいからって、人前で男に抱き付く様な、はしたない真似は止めなさい!」
鋭い口調で、神流は音音を叱責する。
「もう小学生じゃないんだから、ニャーコでも学内の風紀を乱す様な真似したら、容赦はしないよ!」
そう言いながら、神流はポケットから小物を取り出す。小物は折り畳み式の三十センチ定規。神流は定規を剣道の竹刀であるかの様に、握る。
「あ、ごめんなのだッ!」
音音は慌てて、竜巻から離れる。定規……というか棒状の物を手にした神流を怒らせたら、後が怖い事を、音音は幼い頃より思い知っているのである。
「お前、まだ定規とか持ち歩いてるのかよ」
竜巻は音音から開放された事には安堵しつつも、呆れ気味の口調で神流に語りかける。
「最近は持ち歩いてはいない。得物が必要な相手もいないしな、普段は鞄の中に入れっぱなしだ」
「だったら、何故?」
「お前やニャーコがトラブル起こした場合だと、素手では辛いからな。またお前達が何か騒ぎを起こしたら困ると思って、わざわざ鞄から出して携帯して来たんだが、正解だったようだ」
大抵の生徒が起こす揉め事は、言葉で解決可能だし、いわゆる不良やらチンピラが起こす暴力的なトラブルも、剣道以外に古武術も嗜んでいる神流は、素手で解決が可能である。だが、人並み外れた身体能力を持つが故に、授業以外では武術の経験が無いにも関わらず、相当に強い音音や、銃器(本物ではなく、オモチャであっても同様)類を手にしている際、戦闘能力が桁外れに上がる竜巻が起こすトラブルは、素手での対処が難しいと考え、神流は定規を携帯したのだ。
神流が知る竜巻は、基本的には小学生時代まで。だが、今の竜巻は余り小学生時代と、変わっていない様に、神流は感じた。故に、玩具の拳銃などを竜巻が隠し持ち、戦闘力が異常に上がっている場合を、神流は一応想定していたのである。
定規を畳んでポケットにしまう神流の背後で、仙流は竜巻を睨みつけながら、顔に似合わない苦々しげな表情で、呟く。
「――本当に戻って来やがったんだ、ハジキン」
その呟きが聞こえた訳では無いのだが、竜巻は神流の背後にいる仙流の存在に、気付く。
「あれ? 後ろにいるの、ひょっとしてヒキコンか?」
「だ、誰がヒキコンだッ! 私は仙流!」
ヒキコンと呼ばれた仙流は、尾を踏まれた子犬の様に語気を荒げ、竜巻に食って掛かる。
「ヒキコンって、何? 風紀委員長の妹の徒名というのは、何となく分かるんだけど」
騒ぎの中心から、少しだけずれた所にいた純一に、傍らにいた佐里が問いかける。
「ヒキコモリのシスコンを略した、風紀委員長の妹……仙流の徒名。あいつ小学生の頃、身体が弱くて余り外で遊ばなかったし、お姉ちゃん大好きなシスコンだったから、ハジキンがヒキコンって徒名を付けたんだ」
「微妙に嫌な徒名を、つけまくってたのね、ハジキン……ていうか常時君」
「マジメガは一つ年上だけど、クラスで一緒になった奴とか、殆どハジキンが微妙に嫌な徒名つけてたな、そういえば。しかも、その徒名が定着するんだわ、どういう訳だか」
佐里は楽しげに、くすくすと笑いつつ、純一に尋ねる。
「あれ? そう言えば……常時君のハジキンっていう徒名も、変わってるよね。あれは、どういう意味なの?」
「拳銃の事、ハジキって言うでしょ。あいつ、オモチャであっても拳銃持つと、色んな意味で無敵の王様状態になるから、ハジキのキング……略してハジキンって徒名になったんだ」
「色んな意味で無敵って?」
「殆ど百発百中ってくらいに、撃てば的に当てられるから、戦争ごっこみたいな撃ち合いとかすれば、誰にも負けないし、ガン=カタ紛いのオモチャの拳銃使った、オリジナル格闘術とか使うから、喧嘩とかもマジメガ……風紀委員長並に強かったんだ」
ガン=カタの意味が分からない佐里に、純一が簡単にガン=カタについて解説している頃、竜巻は仙流に話しかけていた。
「姉貴の後ろをついて回ってるみたいだから、シスコンなのは相変わらずなんだろうが、顔色は昔より良いみたいだな。引き篭もりからは卒業出来たのか?」
「元々、引き篭もってなんかいねーよ! 小学生の頃は身体が弱かったんで、親に外で遊んだら駄目だって言われてたから、インドア派になってただけで! 中学以降は身体も治ったから、インドア派も卒業して、姉さんと一緒に剣道やってるわッ!」
「そうか、元気になって良かったな、ヒキコン」
「だから、私は引き篭もりじゃないんだから、ヒキコンゆーなっ!」
「これまでのヒキコンは、ヒキコモリのシスコンの略だったけど、これからはヒキコモラナイシスコンを略した、ヒキコンって事でヨロシク」
「ヨロシクじゃないッ! ハジキン、てめーは……痛ッ!」
仙流が頭を押え、悲鳴を上げる。神流に頭を、叩かれた為である。
「ハジキンのペースに乗せられて、喚き散らすんじゃない、馬鹿者」
「ご……御免なさい、姉さん……じゃなくて碇屋先輩」
神流に怒られ、仙流はしゅんとなるが、目は怒られた原因であるところの竜巻を、憎々しげに睨み付ける。
「相変わらず、ヒキコンには嫌われてるみたいだな、俺」
「嫌いだ、大っ嫌いだ! お前なんか、北の海でゾウアザラシに潰されて、死んでしまえ!」
「随分とマニアックな死に方を、望むんだな」
面と向かって嫌いだと言われても、特に気にする様子も無く、竜巻は涼しい顔で続ける。
「まぁ、同じ北の海で死ぬなら、日本を侵略して来たロシアの特殊部隊との銃撃戦の中で、ジョン・ウーの映画のワンシーンの様に、死にたいもんだが。背景に鳩とか舞わせてさ」
ジョン・ウーとは、華麗な銃撃戦の演出力に定評がある監督で、鳩を飛ばせるシーンを好んで使う事でも、有名である。
「幾らジョン・ウーでも、北の海なら鳩じゃなくて、カモメとか北の海に似合う海鳥を、飛ばすんじゃないの?」
純一の言葉に、竜巻は首を横に振る。
「いやいや、ジョン・ウーなら北の海でも鳩を飛ばすね。それどころか、スターウォーズみたいなスペースオペラを撮ったとしても、宇宙空間に鳩を飛ばすよ、奴なら!」
「宇宙空間を、鳩が飛ぶ訳無いだろ」
下らない雑談を始めた竜巻と純一を目にして、音音や神流……仙流などが、純一が昔の様に、竜巻と共にいる事に気付く。
「そういえば、三組って……ノロイチがいたクラスなのだ。何か久し振りだな、ノロイチの顔見るの」
「まぁ、クラス違うし……接点無いしから、話す機会とか無かったし」
久し振りに、音音と純一は会話を交わす。やや、ぎこちない感じで。
「接点なんざ、無ければ作ればいいだろうに。余計な気を使い過ぎなんだよ、ノロイチは」
しれっと言い切る竜巻に、純一が言い返す。
「俺が普通なんだよ、平気で誰でも接点とか作ろうとするハジキンが、気を遣わな過ぎるだけの話で」
純一の意見に、竜巻の幼馴染達は、皆が同意するかの様に頷く。竜巻に対する感情や認識を通じ、皆の間に懐かしい……昔の様な空気が流れる。
だが、その心地良く懐かしい空気は、スピーカーから流れる声により、打ち払われる。
「始業式が始まります! 生徒の皆さんは、整列して下さい!」
放送委員会に所属する、女子生徒の澄んだ声を聞き、神流は自分の風紀委員長としての役割を思い出す。
「雑談してないで、さっさとクラス単位で整列しなさい! ニャーコは一組でしょうが!」
神流の命令に従い、音音は竜巻と純一に手を振りつつ、自分のクラスの行列に戻る。神流と仙流は風紀委員として、行列が乱れている生徒達の元に、指導する為に向かう。
少し前まで騒然としていたのが嘘の様に、竜巻や純一の周りは静かになる。そして程なく、二学期の始業式が始まる。