50 夕焼け空と銀玉鉄砲
(――あれかな?)
顕業市の上空に入った竜巻は、ニュースサイトで銀行強盗の犯人が乗っていると報道されたのと、同じ車種……青いランドクルーザーを見付けた。襲われた銀行の場所と、逃げ去ったと報道された方角、追跡中らしきパトカーなどの位置などから計算し、銀行強盗犯の車が走っていそうな場所を予測した上で探し始めたので、割と簡単に銀行強盗犯の車を、竜巻は探し出せたのだ。
鳶の様に風に乗っていた、竜巻の飛び方が、獲物に襲い掛かる隼の様に、変化する。ジオラマの様に見える顕業市の街並に、竜巻は急降下して行く。
そして、あっという間に幹線道路を疾走する、青いランドクルーザーの近くまで降下する。郊外である為、車通りの少ない幹線道路を、サーキットでも走っているかの様な、一発で免停を確実に食らうだろうスピードで走る、青いランドクルーザーと併走するかの様に、竜巻は低空飛行を始める。
竜巻は車内を、覗き込む。すると、後部座席には札束が溢れ出ている多数のバッグが積まれ、助手席にはショットガンを抱えた、黒い目出し帽で顔を隠した男が座っている。
(あのショットガン……本物だな。こいつ等が銀行強盗犯で、間違い無い!)
ガンマニアである竜巻は、一目で男が持つショットガンが、偽物では無いと見抜く。
(車は他に殆ど通ってないし、辺りに人気も無い! 動くなら、今だ!)
竜巻は即座に行動を起こす。左手に持つ拳銃を、ガンスピンさせるという形で。
「拡声器モード!」
左手の拳銃が、スピーカー型の拡声器モードに変化する。
「えー、犯人に告ぐ! 犯人に告ぐ! 無駄な抵抗を止めて、車を停車させなさい! さもなくば……」
警告の言葉の途中で、車の窓が開き、助手席の男がショットガンの銃口を向けて来たので、竜巻は警告の言葉を止め、即座に対処に入る。まさに電光石火の速さで、右手の拳銃を助手席の男に向けると、引き金を引く。
響く銃声は一つだけ……ショットガンより早く放たれた、右手の拳銃が火を噴き、助手席の男の肩を撃ったのだ。ちなみに、睡眠弾モードにしてあったので、助手席の男は眠るだけで、死んだり身体に傷を負ったりはしない。
慌てたのは、いきなり仲間を眠らされてしまった、運転している方の犯人。しかし、運転しながらでは反撃は難しい。
竜巻は即座に左手の拳銃で、ガンスピンを始める。
「接着弾モード!」
強力過ぎる接着剤入りの弾丸を撃ち出す接着弾モードに、竜巻は左手の拳銃を変えたのだ。竜巻は青いランドクルーザーの周囲を、ハイスピードで飛び回りながら、左手の拳銃で全てのタイヤを狙い撃ちする。
銃声やマズルファイアと共に放たれた四発の接着弾は、一発ずつ全てのタイヤに着弾し、接着剤塗れにする。接着剤が付着したタイヤは、アスファルトと瞬時にくっ付いてしまう。
すると、青いランドクルーザーは、女性の悲鳴に似た音を響かせながら、急ブレーキを踏んだかの様に、急停車してしまう。車を前に進ませる全てのタイヤが、路面に貼り付いてしまったのだから、そうなるのも当然である。
急停止した車のドアが開き、札束の詰まったバッグとショットガンを手にした黒装束の男が、飛び出して来る。助手席の男と同様、黒い目出し帽を、犯人である男は被っていた。
仲間を置き去りにして、運転していた男は車から逃げ出す。男は慌てふためき、歩道に向かって、全力疾走する。
だが、グライダーの様に滑空して来た竜巻が、男の進行方向に先回りして、路上に降り立つ。十メートル程の間合いを取り、竜巻は男の前に立ち塞がる。
「な、何者だ、テメェはぁ?」
狼狽しながら立ち止まった男は、竜巻に問いかける。
「俺か? 俺の名はガンブラット! この辺りを守ってる、電光石火の男さ!」
芝居染みた口調で名乗りを上げる竜巻は、不敵な笑みを浮かべている。ドミノマスク越しであっても、分かりそうな程に。
男は竜巻に、ショットガンの銃口を向け、脅しをかける。
「撃ち殺されたくなかったら、そこを退きやがれッ!」
「下手な考えは起こすなよ。俺とガンファイトで勝負して、地上に立っていられる奴なんざ、この世にはいないんだぜ!」
「ふざけるんじゃねえ! このガキがッ!」
見た目で、何となくではあるが、少年だと判別は出来たのだろう。竜巻をガキと呼びながら、男はショットガンの引き金にかけた指に、力を入れる。
夕焼け空に響き渡る、二発の銃声。だが、弾丸を身に受けて、アスファルトの上に崩れ落ちるのは、一人だけ。
夕陽に染まるアスファルトに、身体を横たえる羽目になったのは、ショットガンを手にした目出し帽の男。引き金にかかった指は、接着剤で固められ、動かなくなっている。
その男を見下ろしているのは、二挺拳銃を構えている竜巻。二発の銃声は、どちらも竜巻の拳銃のものだった。左手の拳銃が放った接着弾が、男の手を接着剤で固め、ショットガンを撃てなくして、右手の拳銃が放った睡眠弾が腹部を撃ち、男を眠らせたのである。
「――だから言っただろ、下手な考えは起こすなって!」
そう言い放つと、竜巻は両手の拳銃で、ガンスピンを始める。
「解除!」
すると、両手の拳銃は、通常モードに戻る。竜巻は拳銃をホルスターに戻すと、倒れている男を抱え上げ、青いランドクルーザーまで運んで行く。
携帯していたロープで、寝息を立てている二人の銀行強盗犯を、竜巻が手際良く縛り終えた頃合に、遠くからパトカーのサイレン音が響いて来る。漸く警察が、追い付いて来たのだ。
「じゃ、後は警察に任せて、退散するか……」
そう呟くと、竜巻は宙に舞い、急上昇し始める。あっという間に高度二百メートル程辺りまで上昇すると、そこで少しの間滞空し、追い掛けて来た十台のパトカーが、青いランドクルーザーを取り囲んだのを確認してから、竜巻は飛び去って行く。
夕焼け空を飛ぶ竜巻の姿は、まるで巣に帰ろうとしている、烏の様であった。
夕陽に照らされ、茜色の空と同じ色合いに染められた磐座公園に、竜巻が舞い下りて来る。市街地から離れた公園であるせいか、人気は無い。
誰もいないのを一応は確認した上で、竜巻は木々の陰に隠れ、変身を解除する。ガンブラットとしてのダークスーツ姿だった竜巻が、金色に輝くヴリルの粒子を撒き散らしながら、カーゴパンツに迷彩柄のTシャツという、高校生の竜巻としての普段着の姿に戻る。
ポケットから取り出した携帯電話で、ニュースサイトをチェックし、顕業市で起こった銀行強盗事件が、無事に解決した旨のニュースを確認し、竜巻は満足げな笑みを浮かべる。ガンブラットの名など、ニュースには出て来ないが、それで竜巻は構わないのだ。
ニュースサイトを見たついでに、時間をチェックしてから、竜巻は携帯電話を仕舞う。
「――午後五時半。サバゲーに使えそうな場所探すのは、明日にするか……」
見晴らしの良い場所まで歩きながら、竜巻は呟く。時間は既に黄昏時、見晴台の様になっている磐座公園の端で、夕陽の景色を眺めようと思ったのだ。
鮮やかな茜色に染まる夕焼けが、夕陽に染まる顕幽市の街並の上に、広がっている。歴史に名を残した画家が描いた風景画の様に、感受性に訴えかける力がある風景。
そんな、夕焼け空と街並を見れば、竜巻には思い出さざるを得ない人がいる。夕焼け空の下で、この街の人々を守る為に戦った二週間前、去ってしまった幼い頃からの想い人である。
(或魔も今頃、何処かで夕焼け空を、眺めているのかも……)
夕焼け空の彼方にいる筈の或魔を、竜巻は思い浮かべる。そして、或魔の事を思い浮かべると、どうしても思い出してしまう、接吻と……その後の涙。
何故、あの時に或魔は泣いていたのか? その本当の理由は、或魔に問い質さない限り、竜巻には分かり様が無い。
だが、色々と考えてた上で、竜巻は自分なりの答えを出していた。
(あの時、本音では俺をを連れて行きたかったんだけど、何か理由があって、そう出来なかったんだ。それが悲しくて泣いてたんだよ、きっと……)
その答えを、心の中で呟いてみる。その答えが正しいかどうか、また考えてみようと思い、あの時の事を……接吻と涙の記憶を、心の中に甦らせる。
(或魔も、思い出してくれてるのかな? 俺や……あのキスの事)
竜巻は自問する。だが、幾ら考えても、答えが分かる訳が無い。その答えを知るのは、この世で或魔、ただ一人なのだから。
会わなければ、何も分からない。そして、分からない事をそのままにして、諦めて生き続ける程、竜巻は諦めが良い性格では無い。
「――会わなきゃ、どうにもならないよな、やっぱり」
夕焼け空を眺めながら、竜巻は呟く。そして、大きく息を吸い込んでから、大声で叫ぶ。
「同じ空の下にいる! それに、人間を越えた力を持つ者達の世界に、関わっている!」
ポケットから財布を取り出し、その財布から引き抜いた、白いままのヴリルカードを夕陽に掲げ、竜巻は続ける。
「俺と或魔の世界は、繋がってるんだ! そうだろう、或魔?」
無論、返事など来る筈も無い。それでも、竜巻は構わないのだ。何時か絶対、また或魔と会えると信じ続ける勇気を、自分に与える為の、叫びなのだから。
叫び終えた竜巻は、空を見上げる。夕焼け空に白く浮かび上がる、満ちている月が、竜巻の目に映る。
「――何時か絶対、また会えるさ」
芝居染みた口調で呟きながら、竜巻はヴリルカードを財布に入れて、財布をポケットに仕舞い込む。そして、代わりに取り出したのは、弾の入っていない変身用の、コルト・ガバメントを模した、銀玉鉄砲。
「今度会った時は、逃がさないぜ、絶対に!」
軽くガンスピンを決めてから、口で銃声を真似つつ、竜巻は引き金を引く。同じ夕焼け空の下にいる筈の、初恋の相手である魔女に、想いを馳せながら……。
(おわり)




