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48 赤い糸

 天津甕高校の体育館に、元気良い生徒達の声と、パーカッションの様な音が響く。放課後の練習に励む、バスケットボール部の生徒達の声と、生徒達が踏み鳴らす床の音である。

 女子部が利用しているコートで、一際目立つ長身の少女が、エースである音音。白いTシャツに紺色のハーフパンツという体操着姿で、コートの中を駆け回り、華麗にシュートを決めている。

 バスケットボール部は、天津甕高校では人気が高い部なので、体育館のキャットウォークには、男女問わず多くの生徒達が、練習を見物しに来ている。その中でも、最も注目を集めているのが、音音である。

 顧問の教師が吹くホイッスルの音が、鳴り響く。すると、音音達のグループと、待機していた他のグループが入れ替わる。女子バスケットボール部は、幾つかのチームに分れ、実戦形式の練習をしているのだ。

 つまり、音音の所属するグループがコートで練習する時間が、終わったのである。これから十五分程、音音が所属するグループは、コート外で身体を休める事になる。

 コートの外に出た音音は、汗に濡れたTシャツの裾を引っ張り匂いを嗅ぎ、顔を顰める。

「――まぁ、これだけ汗かけば……当然なのだ」

 汗を大量にかいたのを意識した音音は、急に喉の渇きを覚える。汗として大量に水分を体外に出してしまったままでは、身体には良くない。

「水……いや、結構カロリーも消費したから、牛乳にするかな」

 空き時間が十五分もあれば、校舎の一階にある購買部まで、余裕で牛乳を買いに行ける。音音は更衣室を兼ねた部室に行き、ロッカーの中にある財布から小銭を取り出すと、体育館を後にして購買部に向かった。


 品揃えが良過ぎる為、殆どコンビニ同然の存在と化している購買部で、音音は一リットル入りの紙パックの牛乳を買うと、購買部の前の廊下で牛乳を飲み始めた。紙パックに直に口を付け、ごくごくと豪快に牛乳を飲み、音音は喉の渇きを潤す。

「女の子なんだから、牛乳パックからの直飲みは止めなさいって」

 呆れた様な口調で、声をかけてきたのは、仙流を引き連れた、制服姿の神流である。

「――しかも、一リットル入り……育ち過ぎな位に育つ訳だわ」

「カンナちゃんにセンナちゃん! 今日は剣道部じゃなくて、風紀委員の方?」

 音音の問いに、神流と仙流は頷く。

「秋は行事が多いから、風紀委員会の方が忙しいのよ」

 神流の言葉に、仙流は相槌を打つ。

「ニャーコはスポーツの秋を、堪能しまくってるみたいね。羨ましいな」

 窓から流れ込んで来る風に乾かされているとはいえ、まだ音音のTシャツには汗の跡が明確に残っている。音音が激しい運動を終えた後なのは、誰の目にも明らかな状態なのだ。

 スポーツの秋を堪能しているのは、音音だけでは無い。校舎の中である廊下でも、校庭や体育館などで練習に励む、生徒達の声が聞こえて来る。

「今週、まだ剣道部の練習に出れてないし……私も堪能したいよ、スポーツの秋」

 そう愚痴りながら、神流は校庭に向いている窓から、外を眺める。声をかけ合いながら、練習に励んでいるサッカー部員達の姿が、神流の目に映る。

「サッカー部の連中も頑張ってるな、羨ましい」

「――サッカー部と言えば、サッカー部でフォワードやってるウチのクラスの男子が、ニャーコに振られたらしいって噂、女子連中がしてたよ」

 サッカー部という言葉から、仙流は仕入れたばかりの噂話を、披露する。

「サッカー部? ああ、あの人か」

 飲み終えた牛乳パックを折り畳みながら、音音は余り興味が無さそうに、話を続ける。

「昨日、バスケ部の練習が終わったら、サッカー部のユニフォーム着てる人に、いきなり付き合って下さいとか言われたんだけど、知らない人だし興味も無いから、断ったのだ」

「――また振ったんだ。これで、高校に入ってからだけで、何人目?」

 神流に問われた音音は、指を折って数え始める。

「えーっと、男が十八人で女が六人……かな」

「そういえば、あんたの人気は男女問わずだったんだっけ」

 音音が女からまで、交際を求められている事実に呆れながらも、神流は話を続ける。

「そうやって中学の頃から、ずーっと振りまくってるけど、ニャーコって誰かと付き合いたいとか、思わないの?」

「好きな相手となら、付き合いたいと思うのだ」

「――でも、あんたが好きな人って、あんたの方を、振り向こうとするのかね? ずっと他の女の方ばかり、向いてる奴なんだし」

 少しだけ、音音は躊躇ってから、答えを返す。

「多分、大丈夫なのだ。その女の人には、ちゃんと振られたみたいだから」

 手にしていた、折り畳んだ牛乳パックを、音音は五メートル程離れたカゴ型のゴミ箱に、バスケットボールのロングシュートのを思わせるフォームで、投げ入れる。

「投げ捨て禁止!」

 神流に叱られた音音は、気まずそうに頭を掻きながら、話を続ける。

「それに、昔……ノロイチに恋占いして貰った時に、言われたのだ。ニャーコの赤い糸は、ハジキンと繋がってるって。ノロイチの占いは当るから、信じて良いと思うのだ」

 音音の話を聞いて、神流は驚き、顔を強張らせる。

「――いや、あの……凄く言い難いんだけどさ」

 気まずさと恥ずかしさが入り混じった様な表情で、神流は秘密を打ち明ける。

「実は私も中一の頃、ノロイチに恋占いして貰った事があるんだけど、同じ事言われたんだ。私の赤い糸は、ハジキンと繋がってるって」

 そんな恋占いをした過去の自分についての話を、親友とはいえ打ち明けるのが恥ずかしかったのだろう。神流は頬を赤らめている。

 音音は、そんな神流と、顔を見合わせ、戸惑いの表情を浮かべる。

「それって、どういう事なのかな?」

 音音に問われた神流にも、その答えは分かる筈も無い。

「ノロイチに訊いてみないと、分からないよ」

「だったら、訊きに行くのだッ!」

 即座に、音音は行動を起こす。まだ校舎に残っている筈の純一に、真実を問い質す為に。

「ちょっと、何処行くのよ?」

「B棟の四階にある、オカルト研究部の部室!」

「そういえば、ノロイチってオカルト研究部に入ったんだった」

 呟きながら、神流も音音の後を追い始める。

「待ちなさい、ニャーコ! あと、廊下走るのは禁止!」

 神流に窘められ、走るのを止めて歩き出した音音は、神流と共に廊下を歩き去って行く。

「ちょっと姉さん……じゃなくて碇屋先輩! 買い物はどうするんですか?」

 購買部で、風紀委員会の仕事に使う文房具を購入するという、本来の目的を忘れ、音音と共にオカルト研究部の部室に向かい始めた神流に、仙流が慌てて問いかける。

「あんたに任せる!」

 シンプルな答えを返し、神流は右に曲がる。階段を上る為に。

「そんなー!」

 用事を押し付けられ、一人残されてしまった仙流は、情けない声で嘆く。


「梶浦君、これ見てよ! 二週間前に出現した、巨人の映像が出たんだ!」

 普通の教室を部室として利用している、雑然としたオカルト研究部の部室で、備品であるネットに接続されたノートパソコンのモニターを指差しながら、部長である細身の少年が騒いでいる。少年が指差すモニターに表示されているのは、顕幽市の森で、巨人が戦っている映像。

「こんな感じでしたっけ? 腕に刃物みたいなの、付いてた気がするんだけど?」

 近くにいた長い髪の少女……佐里が、映像を見て首を傾げつつ、隣にいる純一に問いかける。

「――付いてたよ、腕に刃物が。あと……脚には棘も生えてたし」

 二週間前に戦った、ギガ・アレギオンの姿を思い出しながら、純一は佐里に答える。純一は、実はオカルト好きでオカルト研究部の部員だった佐里に誘われ、十日程前にオカルト研究部に入部していたのだ。

「その映像、良く出来てるけど偽物ですよ。あの手の魔術道具や魔術機械……魔術武器なんかは、普通の機械では録画とか出来ない様に、魔術師が魔術で細工してますから、映像が出回る訳が無いんです」

 純一が語る通り、春永が武器として用いた全ての物には、魔術的な細工が施してあり、放課後ヴィジランテスの面々と同様、機械による映像は一切残されていない。故に、二週間前に春永と放課後ヴィジランテスが起こした事件の全ては、今回も集団ヒステリーという形で片付けられ、まともな報道機関などには相手にされず、新たなる都市伝説と化しようとしていた。

「部長より詳しいね、ノロイチ君」

「ネットで、そんな噂が流れてるの、見ただけだよ」

 佐里に褒められた純一が、少し照れ臭そうに嘘を吐いた直後、ドアが勢い良く開く。

「ノロイチ! 話があるのだ!」

 ずかずかと入って来たのは、音音と神流。二人は驚いている純一の元に歩み寄ると、過去の占いについて、問い質す。

「――ああ、あの占いの事か。それなら、どっちも本当だよ」

 眼鏡をかけ直しながら、純一は二人の問いに答える。

「どっちも本当って、どういう事なの?」

 意味が分からないとばかりに、神流が詳しい説明を、純一に求める。

「マジメガにとってもニャーコにとっても、ハジキンが運命の相手だって事だよ。たまにいるんだ、運命の相手が一人じゃない奴って」

「つまり、ハジキンには運命の相手が二人いるから、ニャーコはカンナちゃんと二人で、ハジキンを共有する……という事なのだな?」

 音音の問いに、純一は首を振る。

「いや、二人じゃないから、ハジキンが赤い糸で繋がってる相手。メモリマに占い頼まれた時も、ハジキンが運命の相手だって出たし」

 目を丸くして、驚きの表情を浮かべる神流と音音に、純一は説明を続ける。

「え? じゃあ……メモリマも入れて、三人?」

 神流の問いに、純一は気まずそうに答えを返す。

「いや……七人。ハジキンは運命の相手が、七人いるんだよ。あいつ或魔さん追い駆けなければ、ギャルゲーで言う所の、ハーレムエンド迎える運命の奴なんだよな」

 運命の相手が七人いたり、ハーレムエンドを迎える運命にあるという、竜巻の恋愛に関する運命についての話を聞き、恋愛に関しては潔癖である神流は、激怒する。運命の相手が沢山いる竜巻が、自分にとっての運命の相手だという現実が、神流には許せなかったのだ。

「――ノロイチ……運命の赤い糸って、日本刀で斬れるか? 斬れるなら斬りたいんだが、ハジキンと私の間を繋ぐ、赤い糸」

「物じゃないんだから、斬れる訳無いだろ!」

 即答する純一に、今度は音音が問いかける。

「そう言えば、ハジキンは何処行ったのだ? 放課後……部活始まる前にクラスに行ったけど、もういなかったんだけど」

「磐座山の方に行ってる。サバゲー同好会が使えそうな場所、探しに行くとかで」

 竜巻は、サバイバルゲーム同好会を、学校の許可を取って立ち上げたばかりなのだ。まだ、会員は竜巻一人しかいないのだが。



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