47 忘れられないだろう、星空
真紅の巨大な魔術式が、風森の中の草原で輝いている。草原に描かれた魔術式の中に、沈没する船の様に、ダマシヤが沈み込んで行く。
その上空に辿り着いていた竜巻は、消え行くダマシヤを見下ろしつつ、心の中で呟く。
(やっぱり、今夜中に出て行くつもりだったんだな)
魔術式の傍には、呪文を唱えている或魔。或魔はダマシヤの建物を、自身が大型の倉庫として利用している特殊な空間に、送り込んだのだ。
ダマシヤの建物自体は、或魔がダマシヤを建てるのに丁度良い場所を探し出し、そこに召還魔術で建物ごと召還するという形で、建てられる。つまり、顕幽市での役目を終えたダマシヤの建物を、或魔は召還魔術を使い、還した訳である。
完全にダマシヤが魔術式の中に消え去ると、或魔は呪文を切り替え、今度は別の呪文を唱え始める。倉庫としての空間から、別の何かを召還する為の呪文を。
すると、魔術式の中からカブトムシを思わせる、レトロなフォルムの黒い乗用車が浮き上がって来る。或魔は移動手段としてのカブト号を、召還したのだ。
カブト号は、単なる車では無い。飛行能力や潜水能力まで持っている、高性能な魔術機械の車。車が乗り入れられない、木々に囲まれている森の中の草原からは、普通の車では出て行けないので、飛行能力のあるカブト号を召還したのである。
既に、森の修復は終わっている。ダマシヤも引き払い済み。移動手段としてのカブト号も準備を終えている。後はカブト号に乗り込み、顕幽市を後にするだけでいい。
盗まれる心配の無い空間に保管してあるので、キーは運転席の鍵穴に、挿したままになっている。或魔はカブト号のドアに手をかけたまま、車内を覗き込む。無人の車内を眺め、深く溜息を吐く。
「――また、一人か」
寂しげな或魔の呟きに、応える者が現れる。
「溜息吐く程に一人が寂しいなら、一緒に来てくれって、俺に強請れよ」
或魔は驚きの表情を浮かべ、声が聞こえて来た夜空を見上げる。
「俺だったら、何処へでも一緒に、行ってやるんだからさ」
そう言いながら、蝙蝠を思わせる様な黒装束の少年……ガンブラットとしての姿の竜巻が、夜空から舞い下りて来る。竜巻は或魔の眼前に降り立つと、金色の光を撒き散らしながら変身を解除して、竜巻としての姿に戻る。
「ハジキン!」
一瞬だけ、嬉しそうな表情を見せるが、或魔は即座に表情を引き締め、竜巻に問いかける。
「何で、戻って来たんだ?」
「或魔が今夜中に、此処を引き払うのが分かったから、付いて行こうと思ってね」
しれっとした口調で、竜巻は続ける。
「前から……小学生の頃から言っていただろ、俺は或魔の弟子になって、ずっと一緒にいたいって。忘れたのか?」
忘れる事など出来ない程度に、竜巻は或魔に、そういうアピールを続けていた。だから当然の様に、或魔も覚えていた。
「何で、あたしが今夜中に発つ事が分かったんだ? ニャーコが喋ったのか?」
自分が皆に吐いた嘘が、音音に嗅ぎ分けられるだろう事は、或魔も想定していた。だが、その嘘を音音が暴き立てる事は無いだろうと、或魔は考えていた。
小学生の頃から、音音が竜巻に恋愛感情を抱いているのは、或魔の目には明確だった……いや、或魔以外の人間の目にも、その恋愛感情は明確だったというべきだろう。素直過ぎる程の音音は、自分の感情を隠すのが下手なのだ。
小学六年生の竜巻が、顕幽市を去る事になった或魔に付いて行くと言い出した時、明確に大反対し、色々と竜巻の意図を挫こうとしていたのを、或魔は覚えていた。自分が好きな男の子が、他の女……しかも大人の女を好きになり、その女を追って自分の前から去ろうというのだから、音音がそうなるのも当然と言えるだろう。
高校生になって再会し、二日しか過ぎていないのだが、音音の素直過ぎる性格も、竜巻に対する恋愛感情も、少しも変わっていない様に、或魔には感じ取れた。そして、竜巻の或魔に対する態度も、相変わらず……。
つまり、今回も竜巻が、去り行く或魔に付いて行こうとする可能性を、恐れているだろう音音なら、或魔が黙って去るのを善しとして、自分の嘘を暴き立てはしないだろうと、或魔は考えたのだ。故に、音音にばれるのを承知で、或魔は嘘を吐いたのである。
右手の人差し指を伸ばして左右に揺らし、竜巻は否定の意志を示す。
「あいつは誤魔化すのが下手で、表情や態度に色んな物が出ちまうのよ。だから、或魔が喋った時の、あいつの反応見てれば、気付くさ」
「そういえば、そういう娘だったね」
困ったもんだと言わんばかりに、或魔は苦笑する。
「ま、お蔭で俺は、二度も同じ手に引っかからずに済んだんだけどさ。小学生の時は逃げられたけど、今度は絶対、一緒に行くからな」
「――駄目だ。弟子入りの話なら、断っただろうが」
迷惑そうな口調で、或魔は竜巻を拒絶する。
「あたしはただの魔術師じゃない、罰を受けてる身なんだ。そんなあたしの弟子になり、行動を共にすれば、あたしが身に受けた呪いを、お前も身に受ける事になる! ヴリルカードの使い手になるのとは、訳が違うんだぞ!」
語気を強め、或魔は竜巻を窘める。或魔が身に受けた、ネバーランドという呪いが与える孤独は、或魔が犯した罪に対する罰。
その孤独という名の罰を邪魔する者……或魔と共に生きようとする者は、その罰を邪魔する罪を犯す存在だと認識され、或魔同様にネバーランドの呪いを、罰として身に受けてしまうのである。
「家族や友達との今の生活を捨てなきゃいけない上に、新しく人と出会える機会なんて、殆ど無い。偶然にダマシヤに気付いた子供と、短い時間だけを共に過ごす以外に、人に関われる機会自体が無い様な、孤独な生活を続けなきゃ駄目なんだ!」
「分かってるよ、そんな事」
「分かってない! 分かる筈がないよ、お前には! 家族にも恵まれていて、誰とでも仲良くなれる、寂しさなんて縁が無いお前に、分かる筈が無いじゃないか!」
そう言い放った後、少し感情的に成り過ぎたと思ったのか、或魔は声のトーンを落す。或魔の口調と表情は、自嘲気味となる。
「――それこそ、お前がバカにした、一人で花火して遊ぶ様な、寂しい生活なんだよ。お前は寂しさに慣れていないのに、そんな生活に耐えられる訳が無い」
「そりゃ、一人で花火して遊ぶのは、寂しいだろうけど……」
真っ直ぐに、竜巻は或魔の瞳を見詰めながら、言葉を続ける。
「俺と一緒にいれば、二人になる。二人で花火して遊ぶのは、寂しくない」
或魔の胸を、竜巻の言葉が打つ。心の中に、熱い何かが込み上げて来るのを、或魔は感じる。
「惚れた女に、寂しい思いさせるくらいなら、俺は何を捨てる羽目になろうが、一緒にいてやるさ」
「――大人をからかうな、子供の癖に」
込み上げて来る感情に揺るがされながら、言葉を搾り出す或魔に、竜巻は言い返す。
「本気の子供をはぐらかすな、大人の癖に」
普段は軽口ばかり叩いている竜巻が投げかける、真剣な言葉。はぐらかしも誤魔化しも許さないという、強い意志に満ちた表情と態度。
はぐらかしの言葉は、口にするだけ無駄なのだと、或魔は悟る。
「惚れたとか言ってるけど、仮に一緒に生きたとしても、あたしはお前に恋人みたいな真似は、してやれないんだよ。何年経とうが、大人の関係になんてなれないんだ!」
この場合の恋人みたいな真似というのが、性的な関係を持つ事を意味しているのは、明確な言葉にせずとも、竜巻には伝わる。大人の関係になれば……性的な経験を持てば、竜巻は或魔を知覚出来なくなるのだから、共に生きるのは事実上不可能になる。
ネバーランドの呪いを身に受ける者と共に生き続けたいなら、大人になってはいけないのだ。子供染みた関係のまま、過ごし続けなければならないのである。
「してあげられるのは、キスくらいなものだっていうのに……」
「一緒にいられるなら、それでいい。キスして貰えるなら、御の字だ」
ストレート過ぎる言葉と、覚悟を決めている瞳が、或魔の心を揺さぶる。
「余り、困らせるな。そんな瞳で……そんな風に言われたら、甘えたくなるじゃないか。お前みたいな子供の、好意なんかに」
これまでより、格段に弱々しい、拒絶の言葉。
「――だったら、甘えなよ。好きなだけ甘えりゃいいんだ」
「バカか、お前は。女なんて他に幾らでもいるだろうに、何であたしみたいな、ろくでもない女なんかに……」
「何の得にもならないのに、命がけで悪と戦う正義のヒーローなんて気取る奴は、今の世の中、バカかろくでなしに決まってるじゃん。要するに、俺もろくでなしな訳よ」
自嘲気味の、少しだけおどけた口調で、竜巻は続ける。
「ろくでもない女の或魔と、ろくでなしの俺……似合いの二人だと思わないか?」
そう問いかけられた或魔の表情が弛み、頬が染まる。隠し切れない嬉しさが、表情に表れてしまう。
「そうだな、案外……お似合いなのかもね。あたしとハジキンは」
竜巻の目を見詰め返しつつ、そう呟きながら、或魔は竜巻に手を伸ばす。そして、肩に手をかけると、躊躇いがちな……不慣れさを感じさせる動きで抱き寄せる。
柔らかな感触と、仄かな化粧品の香り。服の布地越しではあるが伝わって来る、体温と高まる鼓動。自分から口説いておきながら、いきなり抱き締められ、女としての或魔の存在を強く感じた事に、竜巻は少しだけ狼狽しつつ、時めいてしまう。
その狼狽と時めきが、竜巻の油断となる。
「――でも、ハジキン……お前には、あたしより似合う女がいる筈さ」
耳元で囁いた直後、或魔は竜巻を強く抱き締めつつ、右手の人差し指を舐める。そして、素早く竜巻の背中に魔術式を書き込むと、早口で呪文を唱える。
油断していた上、身体を強く抱き締められ、身動き出来ない状態だった為、竜巻は抵抗する暇も無く、或魔の魔術を身に受けてしまう。或魔が発動させた魔術は、発動時に白と赤の光を魔術式が発する、医療魔術と呼ばれる種類に属する、相手を眠らせる睡眠魔術。
ムカシノジブンに憑依されてしまった仙流や和美を、安定的に眠ったままの状態にしておく為に、或魔が使った魔術である。その睡眠魔術を発動させ、或魔は竜巻を眠らせようとしているのだ。
「そんな……或魔、何で?」
睡眠魔術の効果により、急激に薄れ行く意識と、全身から抜けて行く力。必死で魔術の効果に抗いながら、竜巻は或魔に問いかける。
だが、或魔は問いには答えない。言葉で答える代わりに、力が抜けて立てなくなった竜巻の身体を抱き締めると、慣れぬ動きで唇を寄せ、キスをする。
意識を失いつつある竜巻にも、理解は出来る。この深くて甘い、仄かに駄菓子の味がする唇の感触が、或魔との別れの接吻なのだと。
(今回も俺、置いて行かれるんだな……)
眠りに落ちた自分を置いて、或魔が何処かへ去るのは確実。以前と同様、今回も或魔に拒絶されてしまった事に、竜巻は胸が切なくなる。
想いを寄せる相手に拒絶されて、傷付かぬ程に、竜巻は無神経では無い。目頭が熱くなり、溢れ出た涙が頬を伝う。
そんな竜巻の顔を、唇を離した或魔が、覗き込んでいる。寂しげに竜巻を見詰める或魔の目も、竜巻同様に涙をこぼしている。或魔も、泣いているのだ。
(泣かないでよ、或魔。俺は或魔には、笑っていて欲しいんだ……)
何故、或魔が泣いているのか考える余力は、意識を失う寸前の竜巻には、既に無い。だが、或魔が寂しげに泣いている事が、竜巻には無性に悲しかったのだ。
初めて目にした或魔の泣き顔を、心のフィルムに焼き付けながら、竜巻は目を閉じ、眠りの世界へと落ちて行く。その寝顔は、悲しい夢でも見ているかの様に、切なげであった。
草のベッドに、或魔は竜巻を仰向けに寝かせる。そして、寝息を立てている竜巻の首筋に、唾液を付けた指先で、肌を撫でる様に魔術式を書き込むと、呪文を唱える。
白と赤の光を、魔術式が放つ。医療魔術が発動したのだ。
「これで、風邪をひく心配は無いね」
時折吹き抜ける夜風は、冷たい。医療魔術に属する防寒魔術を、或魔は風邪をひかない様に、竜巻の身体に施したのだ。睡眠魔術が切れるのと同時に、停止する様にセットした上で。
睡眠魔術は、十分程度で切れる設定で発動してある。十分程度、夜空の下に放置したくらいでは、音音程では無いにしろ、丈夫過ぎる程の竜巻は、風邪などひいたりしない筈なのだが、或魔は一応、気を遣ったのである。
寝入っている竜巻の傍らに、或魔は座り込んでいる。癖のある竜巻の髪を、優しげに或魔は撫でる。
「嬉しかったよ、好きになってくれた事も、一緒に行くって言ってくれた事も……」
優しげな、それでいて寂しげな目で、竜巻を見詰めながら、或魔は続ける。
「あたしもお前と一緒に行きたいんだ、本音を言えばね」
髪を撫でていた右手が、頬に移る。涙の流れた跡がある、頬に。
「――でも、一緒に暮らし続けたら……本当に魔術業界の人間になるのなら、何時か確実に、お前は知る事になるんだ。あたしがネバーランドの呪いを受けた訳を。あたしが昔犯してしまった、償い様が無い罪を……」
頬を撫でる或魔の表情が、翳る。
「あたしの罪は、お前が撃ち殺そうとした魔術師の罪より、遙かに重いんだ。正義感が強いお前が、あたしの罪を知ったら、殺したい程に嫌うに決まってるんだよ、あたしの事を」
指先が、唇に移る。先程、重ねたばかりである為、仄かに紅が付着している、柔らかな唇を。
「長い間、一人で暮らしてるせいで、一人の寂しさには慣れたから、耐えられる。でも……」
唇から指先を離し、或魔は覗き込む様に、顔を竜巻に近付ける。
「好きだと言ってくれたお前に嫌われるのに、耐えられる自信が、あたしには無い。だから、一緒には行けないんだ……」
そう囁いてから、或魔は竜巻と唇を重ねる。自分の心に、その感触を刻みつける様に。悲しい接吻をする或魔の髪を、寂しい夜風が吹き抜けて乱す。
唇を離して顔を上げ、潤んだ瞳で竜巻の顔を見詰めながら、或魔は囁く。
「前に……この街を去ってから、色々な街を巡ったけど、お前やこの街の事は、良く思い出したもんさ」
竜巻の寝顔を心に焼き付け終えて、或魔は顔を上げる。
「多分、好きだったんだと思う。そうじゃなかったら、思い出さなかっただろうし」
そして、立ち上がる。
「お前も……この街も、あたしに優し過ぎる。優しくされる資格なんか無い、あたしに……」
そう呟きながら、或魔は召還したまま、放置していたカブト号に歩み寄る。そしてドアを開いて、運転席に乗り込む。
挿しっ放しのキーを回して、エンジンをかける。軽やかなエンジン音が、森の中の草っ原に響き渡る。
「さよならハジキン。あたしの事なんて忘れて、さっさと大人になっちまえ! 格好良い大人にな!」
微妙に震えている声で、別れの言葉を言い残すと、或魔はカブト号をスタートさせる。すると、カブト号は後部の外装が開いて、カブトムシの翅の如き形状となる。
翅の下から、金色の光の粒子が、シャワーの様に放射され始めると、VTOL(垂直離着陸機)の様に、カブト号の車体は宙に浮き始める。草原を緑の水面の様に、風圧で波打たせながら、夜空に急上昇して行く。
そして、一気に二百メートル程の高度に到達すると、西の空に向かって、カブト号は飛び去って行く。流れ星の様な、金色の光の尾を曳きながら……。
カブト号が流星の様に飛び去った直後、森の中から勢い良く飛び出して来る人影。何度か転んでしまった為、制服の各所や膝などが泥で汚れている、音音である。
猫の様に夜目が効く音音は、草原を見回し、状況を確認する。既にダマシヤの姿が無い以上、或魔が去った事は確実。
不安感に苛まれながら、草原を駆ける音音の視覚は、竜巻の姿を捉えない。だが、鋭敏な嗅覚が、竜巻の匂いを捉える。だが、それが残された匂いなのか、此処にいる竜巻の匂いなのかは、音音には判別出来ない。
だが、ダマシヤが建っていた辺りに近付いた音音の表情が、ぱあっと明るくなる。夜風に波打つ、伸びた草の陰に隠れ、眠っていた竜巻の姿を、音音は捉えたのだ。
「ハジキン!」
歓喜の声を上げ、音音は竜巻の元に駆け寄る。そして、竜巻の傍らに座り込むと、竜巻が眠っているだけだという事を確認する。
「或魔さんが、眠らせたのだな」
ダマシヤと或魔が消えた後に、眠る竜巻だけが残されている状況は、そうとしか音音には考えられなかったのだ。そして、その推測は正鵠を射ていた。
竜巻が、或魔と共に去らなかった喜びに満たされながら、嬉しげに竜巻の頬を撫で始めた音音の表情が、硬直する。竜巻の唇を染める、仄かな紅の色に気付いたのだ。
音音は顔を竜巻の唇に寄せると、くんくんと鼻を鳴らし、匂いを確認する。或魔の残した唾液と口紅の匂いを、鋭敏な嗅覚が嗅ぎ取ってしまう。
竜巻と或魔が、キスを交わしただろうと察し、音音の瞳に灯る、嫉妬の炎。だが、燃え上がりそうになる嫉妬の炎を抑え込みながら、自分に言い聞かせる様に、音音は呟く。
「ハジキンを連れて行かないでくれたから、許すのだ……我慢するのだ」
直後、音音が駆けて来た方向から響いて来る、神流の怒鳴り声。
「ニャーコ、ハジキンは?」
ダマシヤが見えない時点で、或魔が去っただろう事は、草原に出たばかりの神流にも分かる。だから、竜巻についてだけ、訊いたのだ。
「ここにいるよ! 或魔さんが眠らせて、置いて行ったみたいなのだ!」
音音の返事を聞き、神流だけでなく、少し遅れて来た志摩夫も、安堵の表情を浮かべる。
「或魔さんは行っちゃったけど、竜巻は残ってる! 或魔さんに眠らされてるとさ!」
後から来ている筈の、純一や仙流……そして和美などに、志摩夫が声を上げて知らせる。すると、後から来る者達の安堵の声が、木霊の様に返って来る。
体力や運動能力が劣る三人が、数分遅れで草原に辿り着き、竜巻の元に駆け付けた頃には、既に十分が経とうとしていた。或魔が睡眠魔術を、竜巻に施してから。
故に、目覚める。睡眠魔術が解け、眠りの世界から戻って来た竜巻は、軽く呻きながら瞼を上げる。座り込んでいる音音と神流、そして立ったまま竜巻を見下ろしている、純一や志摩夫、仙流や和美のぼやけた姿が、竜巻の視界に映る。
目覚めの程度が進むにつれて、鮮明になる仲間達の姿。無論、その中に或魔の姿は無い。
「――或魔は?」
「ニャーコが来た時には、もういなかったのだ。次の目的地に、行ったんだと思う」
分かっていた事とはいえ、或魔が去った現実を音音に知らされ、竜巻の表情は曇る。だが、そんな顔を人に見せたくも無い竜巻は、すぐに普段通りの表情に戻ると、元気良く立ち上がる。
「まーた今回も、置いて行かれちまったぜ」
着衣に付いた草や土を手で払いながら、おどけた口調で喋る竜巻。付き合いの浅い人間相手なら、余裕で騙せる芝居。
だが、騙せない。周りにいる者達には、その芝居は通用しない。ただの空元気なのだと、周りの皆は容易に察してしまう。無論、その上で気付かぬ振りをする。
「――いい加減に諦めろって、或魔さんの事は」
呆れ気味の口調で、純一は続ける。
「小学生の頃、お前に頼まれた恋占いで、お前と或魔さんは上手く行かないって結果が出たの、忘れたのかよ」
「そいつは、ほら……正義のヒーローってのは、運命くらい捻じ曲げちまうもんだろ。俺くらいの正義のヒーローになると、恋の運命なんか、小学生時代とは変わってて当たり前な訳よ」
気楽な竜巻の言葉を聞いた純一は、ポケットからタロットカードを取り出す。
「だったら、また占ってみるか?」
「――遠慮しとく。流石に振られた直後の今、恋占いで良い結果が出ると思える程に、俺はポジティブじゃねえからさ」
肩を竦めながら、そう言い放つと、竜巻は歩き始める。先程、音音達が飛び出して来た辺りの、木々に向かって。
「もう夜中だ、帰ろうぜ」
竜巻の言葉に、皆が相槌を打つ。そして、竜巻と共に歩き始める。夜風に揺れる草の上を、七人の子供達が、歩いて行く。
ふと、先頭を行く竜巻が、夜空を見上げる。雲一つ無い、満天の星空を。竜巻につられて、他の者達も見上げる、何処か寂しげな夜空を。
子供達は皆思う、この夜の星空を忘れる事など、無いだろうと。




