46 宴の後
顕幽市民に伝えるべき事を伝え終えた竜巻達は、ダマシヤに向かった。春永の引渡しを終えた或魔と、既にムカシノジブンが消滅した為、元に戻った状態で意識を回復させられた、仙流と和美が待つダマシヤに。
秘密を共有する七人と或魔は、ダマシヤの和室で、ムカシノジブンという危険な超常現象を解決した事と、仙流と和美が助かった事に関して、祝杯を挙げる。無論、或魔以外は未成年者なので、祝杯と言っても酒など出ない。
冷水に溶かした好みの粉末ジュースの祝杯に、つまみは食べ放題の駄菓子。八人で囲むには、少し小さい卓袱台を囲み、懐かしい昔話に花を咲かせる。
一部を除いて、ここ数年の間は会話すらしなかった間柄だとは、信じ難い程に打ち解けた、楽しい宴の席。笑顔と笑い声が溢れた、賑やかで楽しい時間。
昔も、顕幽市やその近辺で起こる、危険な超常現象関連の問題を解決する度、褒美と称して駄菓子を振舞う宴の席を、或魔は用意したものだった。放課後ヴィジランテスのメンバーでは無かった仙流や和美も、小学生時代の活動の後期は、色々と手伝う機会があったので、宴に参加していたのである。
仲間達の顔を眺めながら、竜巻は心の中で呟く。
(こんな時間が、ずーっと続けばいいのに……)
似た様な事は、その場にいた皆が、考えていた。こんな楽しい時間が、ずっと続けばいいなと。終わらないのは無理としても、出来るだけ長く続いて欲しいものだと。
だが、楽しい時間程、過ぎるのは速い。何時の間にか、時計の針は十一時半を指している。小学生の和美を家まで送らなければならない事だし、そろそろ宴はお開きにしなければならないと、皆が思い始める時間が訪れる。
「メモリマの親御さん、心配してるだろうからね」
或魔の言葉に、和美は名残惜しそうに頷く。一応、宴席が始まる前、和美は自分で自宅に連絡を入れていたし、ムカシノジブンに出会った和美を、安全な状態で保護している事は、竜巻が両親に連絡しておいたのだが、それでも危険な目に遭い、一晩とはいえ外泊した娘を、両親が心配しない訳が無い程度の事、その場にいる皆は理解している。
だから、終わる。名残惜しさを皆が感じたまま、勝利の宴席は終わりを告げる。そして、帰り支度を始める子供達に、或魔が告げる。
「ヴリルカード……もう使わないだろうから、レジの所に置いといてくれ」
既に、顕幽市での危険な超常現象は解決された。小学生の頃は数年に渡り、危険な超常現象が顕幽市や近辺で続いたのだが、今回はムカシノジブン以外に、放課後ヴィジランテスやインコグニートが解決する必要が有る、危険な超常現象は無い。
だから、もうヴリルカードを放課後ヴィジランテスのメンバー達が、持ち続ける意味は無い。帰り支度を終えた竜巻達は、或魔から借りたヴリルカードを、少しだけ名残惜しそうにレジの脇に置くと、店の外に出る。
真夜中の森を吹き抜ける夜風は、既に秋の温度。店外に出た竜巻達は、思わず身を震わせる。
「或魔、何時頃……此処を発つんだ?」
見送る為に店の外まで出てきた或魔に、竜巻は問いかける。
「――明日以降になると思う」
淡々とした口調で、そう答えた或魔の近くには、音音がいた。音音は一瞬だけ、戸惑い気味の表情を浮かべる。
そんな音音の表情の変化を、竜巻だけは見逃さない。音音が特異な才により気付いた何かを、竜巻は優れた洞察力で、察してしまう。だが、音音も竜巻も、気付いた何かについて、その場で口にする事は無かった。
或魔が顕幽市を発つ時には見送りに来る旨を伝えた上で、竜巻達は或魔と別れてダマシヤを後にして、暗い森の中に入って行く。
「あ、ヤバイ! 間違えちまったわ!」
森の中を通り抜け、自転車が停めてある、森の外側に着いた竜巻が、声を上げる。
「――何を?」
月明かりだけを頼りに、自転車のチェーン鍵の番号を揃えながら、問いかけるのは純一。
「置いて来たヴリルカード、あれ或魔に借りた奴じゃなくて、他の奴に借りてる方だった。戻って取り替えてくるから、みんな待たないで、先に帰ってな!」
そう言うと、歩いて来たばかりの暗い森の中に、竜巻は戻って行く。
「あ、ハジキン!」
自転車の鍵を開けていた音音が、何かに気付いたかの様に呼び止めるが、竜巻は無視して、森の中に駆け込んで行く。
「どうしたの? ひょっとして、ホオズキの匂いでもしたの?」
不自然な……不安げな様子が気になった神流が、音音に問いかける。
「匂いは、嗅げなかったのだ。ハジキンはニャーコの風上の、離れた所にいたから」
そわそわとした、狼狽気味の態度と口調で、音音は話を続ける。
「ダマシヤを出てから、ここに着くまで……ハジキンは不自然に、ニャーコから離れた風上に居続けたのだ。多分、ニャーコに匂いを嗅がれない様に、気を付けてたんだと思う」
「――考え過ぎじゃない?」
神流の問いに、音音は首を横に振る。
「多分、ハジキンは或魔さんが吐いた嘘に、気付いたのだ。ハジキンは勘が良いから」
「或魔さんが吐いた嘘って、何の事?」
驚きの声を、神流が上げる。
「顕幽市を発つのが、明日以降になるって話が嘘。だから、多分……或魔さんは今日中に、顕幽市を発つつもりなのだ。前と同じで、見送りとか嫌がって」
音音の言葉を聞いて、皆は思い出す。或魔が以前、顕幽市を去った時も、似た様な去り方をした事を。
予め、顕幽市を去る事自体は、皆に伝えていたのだが、実際に顕幽市を後にする日時に関しては言葉を濁したまま、ある日突然、置手紙を一枚だけ残して、去ってしまったのである。
「別れの湿っぽい雰囲気は、嫌いなんだ」
或魔の置手紙には、別れも告げずに去る理由が、そう記してあった。ある意味、とても或魔らしい去り方と置手紙だったと言える。
そして、そんな形で想い人である或魔と別れる羽目になった、当時小学六年生だった竜巻の事を、音音以外の者達も、漸く思い出す。或魔と別れるのを嫌がり、自分を一緒に連れて行け、魔術師としての住み込みの弟子にしろと、或魔にしつこく頼んでいた竜巻が、何度も繰り返していた言葉を。
「ちくしょー! 俺、或魔に付いて行こうと思ってたのに! 逃げられたッ! 今度会った時は、絶対について行ってやる!」
口惜しげに、そんな風な事を言っていた、小学六年生だった頃の竜巻の姿が、皆の頭の中に甦る。そして、もう一つの事実……音音は既に思い出していた事実を、音音以外の者達も思い出す。
竜巻自身も或魔と似た様な理由を口にして、正確な引越しの日を誰にも教えず、見送られる事自体を拒否して、顕幽市を去った事を。竜巻自身も、湿っぽい別れの雰囲気など嫌いなタイプであり、去る場合は何も言わずに、黙って去ってしまうタイプだったのだ。
この段階に至り、音音以外の者達も気付く。別れを告げずに去ろうとしているのが、或魔だけでは無いという事に。
音音が不安げだったのは、他の者達より先に、その事に気付いてしまったが故であった。実は、音音が或魔の嘘に気付きながら、それを誰にも言わずに黙っていたのは、或魔が黙って去ってくれれば、竜巻が或魔に付いて行き、自分の前から去ってしまうリスクが、無くなると考えたからなのである。
「ハジキン、或魔さんに付いて行くつもりなのだ! ハジキンを、止めないと!」
竜巻を止めるべく、追い駆ける決意を固めたのだろう、音音は悲痛な声を上げると、森の中に向かって駆け出す。
「せっかく……やっと会えたのに! また何処かに行っちゃうなんて、嫌なのだッ!」
狼狽しながらも、音音は全力で駆け抜けて行く。至る所で木の根が這っていて、足場が悪い森の中を、竜巻の後を必死で追い駆ける。
他の面々も音音の後を追い、次々と森の中に駆け込んで行く。竜巻が顕幽市を去るのを、止める為に。どうやって竜巻を止めたらいいのか分からないまま、止めなければという感情に、突き動かされて。
だが、音音達が竜巻の意志に気付いた時、既に竜巻は或魔の元に、辿り着く寸前であった。ヴリルカードを持っていた竜巻はガンブラットに変身し、風の様な速さで、或魔の元に飛んで行っていたのである。




