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「後は、あの魔術師……閏間先生と、そのお仲間をどうするかって事だが」

 竜巻は目線を、空から地上に移す。百メートル程離れた、木々の残骸が折れ重なっている辺りに、乱入して来た人影が、春永を降ろしている光景が、竜巻の目に映る。

 二挺拳銃を構えつつ、竜巻は春永と謎の人影がいる辺りを目指し、駆け出す。まるでハリウッドのアクション映画に出て来る特殊部隊のメンバーが、敵のアジトを急襲する場面の様に、竜巻は春永と謎の人影に迫る。

 他の四人も、それぞれの武器を構えながら、竜巻の後を追って駆け出す。そして、春永と人影の周囲に展開しつつ、武器を構えてプレッシャーをかける。

 無論、春永と謎の人影による反撃を、警戒しての行動である。だが、その警戒は必要無かった。エーテル・エンジンと共に右腕を失い、激しく出血している春永は、木々のベッドに横たえられ、既に身動きが出来る状態では無く、戦うだけの力など残されていなかったのだ。

 戦う能力が既に無いのは、春永だけでなく、謎の人影も同じだった。顔が確認出来る距離に近付いている為、既に謎の人影では無くなったのだが。

「あんたは、確か智香とかいう……」

 横たえられた春永の顔を、心配そうに覗き込んでいる女の顔を確認した竜巻は、部屋で春永が口にしていた女の名前を思い出し、驚いて声をかける。

「魔術師だったのか、あんたも?」

 彗星弾に殺される寸前、空を飛んで春永を助けた以上、智香も普通の人間では無い、魔術か魔術に匹敵する、何らかの能力や術の使い手であるのは明らか。竜巻は警戒を解かずに銃口を向け、智香を問い詰める。

「――銃口を向けないでくれ。そんな無粋な物など使わなくても、もう智香は、何も出来ない」

 問いに答えたのは、智香では無く、苦しげに表情を歪めている春永。焼け焦げて炭化している、失った右腕の付け根から、全身に広がる激痛を堪えつつ、竜巻の言葉に応えたのだ。

 だが、そんな春永の言葉を聞いた智香は、寂しげに首を横に振る。

「さよならのキスくらい、出来るよ」

 そんな春永の耳元で囁くと、智香は愛しげに……それでいて寂しげに、春永と唇を重ねる。その姿が、次第に薄くなって行く。

 驚きの表情を浮かべる竜巻達の前で、フェードアウトする映画のラストシーンの様に、智香の姿は薄くなり、透明に近付いて行く。

「春永……愛してる」

 唇を重ねる為に伏せていた顔を上げ、そう囁くと、寂しげな笑顔の残像を残し、智香は消える。

「俺もだよ、智香」

 春永が口にした返事は、届いたのかどうかは、誰も分からない。もう智香は消えてしまったのだから、誰にも確認する事など出来ないのだ。

(智香って女、何で消えたんだ?)

 今、このタイミングで智香が消え得る理由について、竜巻は頭を巡らす。そして気付く、このタイミングで消え得る存在の、正体を。

「――ムカシノジブンだったのか!」

 ムカシノジブンは黄昏の街が消えてしまえば、存在を維持出来ず、程無く消滅してしまう。今は黄昏の街が消えてから、程無くと言える程の時間しか過ぎていない。

 その事に気付いたからこそ、竜巻は智香がムカシノジブンだと、推理したのだ。

「――本当に君は、勘が良いですね、ガンブラット」

 消え去った智香が、ムカシノジブンだという竜巻の言葉を、事実上肯定する発言を春永がした為、放課後ヴィジランテスの面々は、顔を見合わせて驚き合う。

 事実、春永の危機に駆け付けて命を救ったのは、智香という人間にとっての、ムカシノジブンだったのだ。部屋で待っている様に春永に言われたのだが、次々と春永の繰り出す手勢が破られるのを目にして、不安になって駆け付けたのである。

 戦う事は春永に禁じられていた為、智香のムカシノジブンは、戦いはしなかった。だが、春永の命の危機を見過ごせず、思わす飛び出して、助けてしまったのだ。

「ガンブラットではなくて、常時君と呼ぶべきかな?」

「ガンブラットでいい」

「そうですか。でしたら、そう呼ばせて……貰いましょう」

 苦しいのだろう、言葉を振り絞る様な口調で、春永は話を続ける。

「君達が見た智香は、三年前に死んだ僕の恋人、杉沢智香のムカシノジブンです。幼い頃から共に魔術を習い、黒の党のオアンネスでも同僚として働いていた……」

 オアンネスとは、ヘレニズム時代のバビロンの古文書「バビロニア誌」において、人類に文明を授けたと伝えられる、半魚人の名である。古代の魔術について調査する黒の党の部署……古代魔術調査部は、古代の魔術文明を再び人類に齎す事を目的とする為、このオアンネスの名を部署名としたのだ。

「智香を失った僕は、オアンネスとしての任務に没頭する事により、その喪失感と悲しみに満ち溢れた日々から、抜け出そうとしたんです」

 昔を思い出しているのだろう、遠くを見る様な春永の目は、焦点が合っていない。

「そんな僕に、古代魔術文明のアトランティスに関わる、黄昏の街の調査命令が下されました。僕はオアンネスの任務として、黄昏の街を探し出し……」

「黄昏の街から現れた、死んだ恋人のムカシノジブンに、出会ったんだな?」

 竜巻の問いに、春永は頷く。

「自分を捨てた本物の人間に、出会わなかった殆どのムカシノジブン達……エーテル人間達は、黄昏の街と共に彷徨い続ける。そんな彷徨う智香のムカシノジブンと、僕は出会ってしまったんです」

 その時に感じた嬉しさを思い出したのか、春永は微笑んでいる。

「――嬉しかった、本当に。智香と再会出来るだなんて、僕は思ってもいませんでしたから」

「再会って……偽者だろうがよ」

 竜巻の言葉に、春永は首を横に振る。

「偽者じゃありません。捨て去ったとはいえ本物の一部です、ムカシノジブンは」

 春永の言葉は、間違ってはいない。ムカシノジブンは本物の人間では無いが、本物の人間が捨て去った、本物の一部ではあるのだから。

「だから、僕は本物の智香と、もう一度恋に落ちたんですよ。この世界と終わり無き黄昏とが繋がる、黄昏時にしか出会えない、恋人同士になったんです」

 そう言いながら、春永は終わり無き黄昏を見上げる。

「――ですが、黄昏の街は彷徨える存在である為、何処に姿を現すかが、予測出来ません。だから、僕は智香と過ごす時間を得る為に、徹底的に黄昏の街に関する資料を調べ上げ……」

「魔術的特異点でエーテル・エンジンを使えば、黄昏の街を引き寄せられると知り、黒の党からエーテル・エンジンを盗み出したのか」

 戦いの最中、春永が語った話を思い出しながらの竜巻の言葉に、春永は頷く。

「僕は様々な条件から、大規模な魔術的特異点である、この街……顕幽市を、黄昏の街を引き寄せる場として選び、終わり無き黄昏に通じる通路を拡大し、エーテル・エンジンで黄昏の街を引き寄せる事に、成功しました」

 天津甕高校の上空にある、終わり無き黄昏に通じる通路を一瞥し、竜巻は問いかける。

「天津甕高校の教師になったのは、通路が天津甕高校の上に開いたから、天津甕高校に出入りしても、不自然に思われない様にする為か?」

「ええ、魔術を使って経歴を色々と弄り回して、教師としての立場と住処を、天津甕高校で得させて貰いました」

 ちなみに、黒の党に追われている春永が、本名のまま仕事をしていても、それが原因となって、黒の党に発見されるリスクは無い。何故なら、黒の党には春永の本名を知る者が、いないからである。

 魔術師として生きる者は、本名などの真の名を、人に明かしたりはしない。それが所属する組織であれ仲間であれ、真の名を教え合ったりはしないし、教え合った相手は、絶対に相手の真名を他者に明かさず、守り通すものなのだ。 

 無論、恋人であった智香とは、互いに真名である本名を、教え合っていたのだが。

「――幸せでしたよ、智香と過ごせた、この五ヶ月間」

 うっとりとした様に表情を弛め、呟く春永に、竜巻は言葉を吐き捨てる。

「あんたが、そんな腐れた生活楽しんだせいで、罪の無い人間が何人、死んだと思ってる?」

「悪いけど、知らないよ」

 悪びれた表情と口調で、春永は続ける。 

「人を一人殺して抱く感情など、僕にとっては、本で埋め尽くされている書斎に、また本が一冊増えた程度のものでしかないのさ。だから、興味も無いし……知りもしない」

 そんな春永を見下ろしながら、音音はくんくんと鼻を鳴らす。春永の匂いを、確かめる為に。

「ホオズキの匂いがする……。閏間先生、また嘘を吐いてるのだ」

 寂しげな口調で、音音は春永の嘘を曝露する。自分の欲望を果たす為、他者を死に追いやっても、罪の意識を感じないなどと、この期に及んでも虚勢を張り続けようとしていた春永の本心を、音音は晒してしまう。

 春永が虚勢を張っていたのを知った竜巻の心の中に、熱い怒りの感情が、こみ上げて来る。

(下らない虚勢、張りやがって……)

 自分の欲望を満たす為に、多数の人々を犠牲にしたにも関わらず、罪の意識すら認めようとせず、下らない虚勢を張る様な真似をした春永が、竜巻には腹立たしかったのだ。湧き上がる怒りの感情が理性を抑え込み、竜巻の身体を突き動かし始める。

(誰かが仇を討ってやらないと……死んだ連中が浮かばれないだろ)

 逃亡を阻止する為に、一応春永の脚に銃口を向けていた、右手に握る拳銃を動かし、竜巻は春永の頭を狙う。引き金に指をかけているので、既に防御魔術すら使えない春永なら、竜巻は何時でも射殺出来る。

 緊迫する空気……それを打ち破るのは、背後から話しかけてくる声。

「止めときな、戦闘以外で相手を殺せば、相手が悪人でも、背負わなくていい罪悪感ってもんを、背負ってしまうものだから……昔、教えただろ」

 竜巻だけでなく、音音や……純一と志摩夫、そして神流も、声が聞こえて来た方向を向く。そして、五人は黒衣の女の姿を目にする。 

「そいつは、お前が罪の意識を背負ってまで、殺す程の価値がある奴じゃない」

 渇き気味の声で、竜巻は女の名を呟く。

「或魔……」

 背後から話しかけてきた声の主は、或魔だった。戦いによって荒れ放題となった、竜巻達がいる森の奥の荒地に、或魔が姿を現したのだ。

 戦闘が終わったのを察し、或魔は竜巻達の元に駆け付けたのである。

「お前達は子供なんだから、悪党倒して人々を守っただけで、もう充分過ぎるくらいに、役割を果たしてるんだ。そいつを裁いて責任を取らせる役割は、インコグニートの大人連中に任せておけ」

 竜巻達に歩み寄りながら、或魔は諭す様な口調で、話を続ける。

「子供が人殺しの役目まで背負うな。お前達に罪の意識背負わせる為に、あたしはお前達を、正義のヒーローやヒロインにしたんじゃない」

 或魔の言葉と表情が、竜巻に理性を取り戻させる。ここで自分が春永を殺せば、或魔が悲しむだろう事を、竜巻は悟ったのだ。

 想い人が悲しむ様な真似など、竜巻はしたくない。故に、竜巻は怒りを沈め、銃口を春永の頭部から外す。

「――分かったよ、或魔」

 そう呟き、深く溜息を吐いてから、竜巻はガンスピンをしつつ、拳銃を催眠弾モードに変える。その上で、再び春永に銃口を向ける。

「誰と話している?」

 春永が、竜巻に問いかける。

「そっか、あんた大人だから見えないんだ」

 竜巻の言葉を聞いた春永は、考え込む。そして、納得したかの様に頷いてから、呟く。

「インコグニートのティンクが、此処に来ているのか」

「ティンク? 何の事だ?」

 意味の分からない言葉だったので、竜巻は春永に尋ねる。

「ヒーローを気取る子供……ピーターパンを、永遠に世話し続ける宿命にある、子供にしか相手にされない惨めな妖精、ティンカーベルの略称さ」

 春永の言葉を聞き、或魔は目線を落す。寂しげな雰囲気を、漂わせながら。

「インコグニートが、重罪を犯した魔術師に下す刑罰の中には、子供にしか存在を知覚出来なくなる、ネバーランドという呪いをかけられ、孤独に苛まれる人生を送りつつ、インコグニートに協力させられるという刑罰があるんです。その刑罰を受けた者が、ティンカーベル……ティンクと呼ばれてるんですよ」

 ティンカーベルという呼び名や、ネバーランドという呪いの名は知らないが、或魔が子供にしか知覚出来ない呪いをかけられた理由が、魔術師として許されざる思い罪を犯した事なのだと、或魔自身から小学生時代に聞いて、竜巻達は知っていた。その重い罪というのが、どんな罪なのかについては、子供が知るには早過ぎると、決して或魔は話さなかったのだが。

 自分が咎人である事を、或魔は隠してはいない。だが、その話題を他人から突然持ち出されて……自分の過去の罪を意識せざるを得ない状況で、平然としていられる程に、或魔は気丈な女では無い。

「放課後ヴィジランテスにとってのティンカーベル、君は一体、どの様な罪を犯したんですかね?」

 春永には、或魔の言葉は聞こえない。答えが返ってきたとしても、聞こえやしないのに、或魔に尋ねる春永の狙いは、或魔に過去の罪を意識させ、傷付ける事。

 自分が責められる対象となった場合、別の誰かを攻撃する事により、人は話を誤魔化そうとしたり、自分の精神的な安定を保とうとする場合がある。今の春永は、まさにそんな状態。

 そんな春永の問いのせいで、或魔は自分の過去の罪を、強く意識してしまう。罪の意識に責め苛まれ、或魔の表情が、寂しげに翳る。

「殺しだとしたら、一体、何人程殺したんですか?」

「黙れ」

 怒りを抑えながら、竜巻は押し殺した様な声で、春永の言葉を制止する。

「それとも、殺しより酷い事ですか? 例えば……」

 制止の言葉を聞かず、或魔を傷付ける問いを続けようとした春永に、竜巻の怒りが爆発する。

「黙れよ!」

 怒鳴り付けながら、竜巻は引き金を引く。銃声と共に銃口から噴出する、マズルファイア。銃弾は春永の腹部を直撃し、銃声は限り無く夜に近い空に、木霊する。

 苦しげな呻き声を上げ、身体を一度だけ海老反らせてから、春永は目を閉じ、気を失う。睡眠弾を身に受け、春永は意識を失ったのだ。

 これで、ムカシノジブンを顕幽市で多発させていた悪党を、竜巻達は完全に倒し終えたのだが、六人の間に流れる空気は、何処か重々しい。そんな気まずい空気を変える為に、竜巻は肩を竦め、軽口を叩く。

「――悪党連中ってのは、どうしてこう……下らない事ばかり喋りたがるんだろうな?」

 答えなど求めていない、場の空気を変える為の問いかけ。そんな竜巻を助けるかの様に、夜の匂いがする仄かに冷たい風が、辺りを吹き抜け、重たい空気を吹き飛ばしてしまう。

 そして、辺りが一気に暗くなる。先程まで、空で金色の光を放ち、顕幽市を照らしていた光が、消えたのである。

「夜に……なったのだ」

 空を見上げ、普段通りに星々が煌めく夜空を見上げながら、音音が呟く。黄昏時が終わり、終わり無き黄昏に通じる通路が閉じたので、流星弾が黄昏の街を破壊したエネルギーの残滓が放つ光が、こちらの世界に届かなくなった。

 まだ西の地平線辺りに、夕焼け空の残滓は残っているが、太陽自体は完全に沈み切っている。音音が言った通り、顕幽市に夜が訪れたのである。

「これで、もうムカシノジブンの犠牲者が出る事は、永遠に無くなった」

 夜空を見上げている竜巻達に、優しげな口調で、或魔が語りかける。

「お前達は、失われたかも知れない沢山の人々の命を、救ったんだ。良くやったな」

 或魔に褒められ、竜巻達は少しだけ気恥ずかしそうに、顔を見合わせる。漸く、自分達が正義を為したという実感を、竜巻達は覚えられたのだ。

 星々が煌めく夜空の下、放課後ヴィジランテスの戦いは、終わった。心地良い夜風に吹かれながら、竜巻達は勝利の感慨に耽る。

 嬉しさと充実感、そして仄かな苦さが混ざりあった、複雑な勝利の感慨に……。



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