42 エーテル・エンジン
「――んじゃ、あれをぶっ壊しに行くかぁ!」
そう言いながら、竜巻は空を見上げる。黄昏時の終わりが近付いているのだろう、既に半分が夜に支配されている空に在る、黄昏の街を。夜に空が覆い尽くされて黄昏時が終わり、通路が閉じてしまうまで、時間は余りは残されていない。
「そうは行きませんよ、放課後ヴィジランテスの皆さん」
突然、空に響いたのは、春永の声。一気に張り詰める、空気。森とその上空を吹き抜ける、夜風の匂いがする強い風。
その風が運んで来たかの様に、何時の間にか竜巻達が見上げる空に、姿を現している春永。服装などの見た目は、優しげに見える歳若き教師。とても常軌を逸したレベルの強力な魔術を駆使する魔術師には見えないのだが、空を飛んでいる時点で、まともな人間では無い事は、初めて春永を目にする志摩夫にも分かる。
春永の背中には、青と白の光を放つ、飛行魔術の魔術式が輝いている。
「ムーンチャイルド二百体に、破城銀槍ネコニス・ブストリス、そしてギガ・アレギオン六体
という、国家軍隊相手ですら、互角に戦えるだろう戦力までも投入したというのに……」
見下ろしている春永は、竜巻に目線を送りながら、話を続ける。
「リーダーであるガンブラットのヴリルを、消耗し尽くす事に成功しただけで、一人も倒せないとは……。正直、君達の戦闘能力には驚かされました」
困った様な表情を浮かべ、春永は肩を竦めてみせる。
「お陰で、せっかく黒の党のセフィロトと戦う為に揃えていた、僕の大事な戦力が、台無しですよ」
「黒の党のセフィロト相手だと?」
竜巻が驚きの声を上げる。中学時代も引越し先で、ヴリルカードの使い手として魔術業界に関わり続けていた竜巻は、いわゆるオカルト的な知識こそ、オカルトマニアである純一には劣るものの、他の四人に比べて、魔術業界の事情に詳しい。故に、黒の党やセフィロトの存在を、竜巻は知っていた。
黒の党とは、魔術主義(魔術という人間を越えた力を持つ者達が、人類を指導すべき立場に立つべきだと主張する、政治的イデオロギー)を掲げる、欧州最大の魔術結社。セフィロトとは、黒の党に存在する、実戦部隊の名称である。
最高レベルの魔術書の一つに数えられるカバラの書には、生命の樹と呼ばれる存在について、解説がなされている。その生命の樹を構成する、重要な十の要素がセフィラであり、セフィラの複数形が、セフィロトなのだ。
故に、黒の党のセフィロトもセフィラと呼ばれる、十個の部隊により構成されている。その戦力は絶大であり、セフィラ一隊ですら、一国の国家軍隊を相手に出来ると評されている。
「――何言ってんのよ、これだけの戦力で、セフィロト相手に戦える訳無いだろうが! セフィロトどころか、セフィラ一つに五分で殲滅されるレベルの戦力じゃないか!」
竜巻の言葉に、間違いは無い。それ程に、セフィロトやセフィラの戦力は、高いのである。
「確かに、これだけの戦力じゃ足りないでしょうね」
含みを持たせた春永の口ぶりが、竜巻には気に障る。
「その言い方、他に戦力があると言っている様に聞こえるぜ。やはり、他に戦力となる仲間の魔術師が、いるようだな」
「――いませんよ、戦力になる、仲間の魔術師なんて。戦う魔術師は僕だけです」
「嘘を吐け! 黄昏の街を顕幽市に係留した上、隠蔽魔術で完全に覆い隠し、顕幽市中に稼動してる魔術式を配置し……」
語気を強め、竜巻は春永に食って掛かり続ける。
「おまけに、二百体のムーンチャイルドの群を従え、城を崩せるレベルの魔術武器……破城銀槍ネコニス・ブストリスを発動させ、ギガ・アレギオンを六体も出現させて、一人で戦える様な魔術師が、存在する訳が無いだろ! そんな膨大な魔力を、人間が持ち得る訳が無い!」
竜巻が、敵の魔術師には仲間がいて、一人では無いだろうと想定していた理由が、これである。敵が用いている魔術に使われている筈の魔力の総量が、敵が一人だと考えるには、膨大過ぎるのだ。
「その通りです。それ程の魔力、本来なら一人の人間が持ち得る訳が有りません。ですが……」
春永はポケットに手を突っ込み、レギオン・ドールに膨大な魔力を注ぎ込んだ、ソフトボール大の魔術道具を取り出し、竜巻達に見せる。
「この魔術業界の至宝……エーテル・エンジンが有れば、それが可能になるのです! あらゆる空間に薄くではあるが存在する、無限のエネルギー源であるエーテルを、周囲の空間から掻き集め、魔力に変換する魔術道具である、エーテル・エンジンが!」
「エーテル・エンジン、知ってるか?」
竜巻の問いに、純一は首を横に振る。
「でも、空間にあるエーテルを掻き集め、魔力に変換する魔術道具か。確かに、そんな無茶な魔術道具が実在するなら、あれだけ膨大な魔力を必要とする魔術を、使いまくっていた事にも、納得は行くな」
そう呟いた純一に、竜巻は相槌を打つ。
「君達がエーテル・エンジンを知らないのも、無理は有りません。これは黒の党が古来より秘匿し続けて来た物なので、黒の党以外だと、知る者自体が少ないのですから」
春永の言葉に、竜巻は疑問を持つ。
「その言い方……あんたが黒の党の人間だと言っている様にも、受け取れるが?」
「ええ、僕は以前、黒の党の古代魔術調査部……オアンネスに、所属していましたから」
「何故、黒の党に所属していた魔術師が、黒の党が秘蔵していた至宝のエーテル・エンジンとやらを使い、セフィロト相手に戦おうっていうんだよ?」
「僕は戦いたくは無いんですけど、エーテル・エンジンを黒の党から盗み出した僕を、黒の党が許す訳が無いでしょう。だから、いずれ黒の党が差し向けて来るだろうセフィロトとの戦いの準備を、進めていただけの話です」
「――何故、エーテル・エンジンを盗んだんだ?」
当然と言える疑問を、竜巻は春永にぶつける。
「必要だったからですよ、黄昏の街を一箇所に係留しておく為に」
高価な玩具を友達に見せびらかす子供の様に、春永はエーテル・エンジンを竜巻達に見せる。
「黄昏の街に存在する、エーテル人間の製造装置に使われている主要な部品は、元々はエーテル・エンジンと同じ、アトランティスの遺産」
「アトランティス! 高度な魔術文明を誇っていたと言い伝えられている、あの失われたアトランティス大陸の遺産だって!」
オカルトマニアの血が騒いだのだろう、純一が思わず、はしゃぎ気味の声を上げる。
「喜んでる場合じゃ無いだろ!」
目を煌めかせていた純一は、神流に窘められ、冷静さを取り戻す。
「しかも、動力源であり制御装置でもあるエーテル・エンジンは、言わば遺産群の中でコアとでも言うべき代物。故に、黄昏の街は近くにエーテル・エンジンが在ると、呼び寄せられる性質があるんです」
「つまり、黄昏の街が顕幽市と重なる辺りの、終わり無き黄昏に居続けている原因は、エーテル・エンジンを持つあんたが、顕幽市にいたからか! 傍迷惑な話だな!」
吐き捨てる様な口調で、竜巻は続ける。
「そんな危険な物を持ち続けたいなら、人が居ない場所に一人でいやがれ! あんたが顕幽市に来たせいで、どれだけの人間が、ムカシノジブンの犠牲になったと思っている?」
「顕幽市でなければ、駄目なんですよ。空間が他の場所より不安定であり、異世界との距離が近い、魔術的特異点である顕幽市でなければ」
超常現象などが発生し易い、魔術的特異点と呼ばれるエリアは、異世界との距離が近く、接触し易いという性質がある。つまり、魔術的特異点である顕幽市は、終わり無き黄昏の様な異世界との距離が、近いのである。
「終わり無き黄昏は、異世界である終わり無き黄昏に存在する。幾らエーテル・エンジンとはいえ、異世界に存在する黄昏の街を、呼び寄せる程の力は無い。だが……」
「終わり無き黄昏との距離が近い、魔術的特異点である顕幽市からなら、エーテル・エンジンで黄昏の街を引き寄せられる……という訳か」
竜巻の言葉に、春永は頷く。
「黄昏の街は、街全体にかけられた魔術のせいで、こちら側の世界には戻って来れない。だから、このエーテル・エンジンに引き寄せられたまま、あそこで止まっているのさ」
そう言うと、春永は黄昏の街を見上げる。夜の侵食が進んでいる空に在りながら、相変わらず黄昏色に染まっている、黄昏の街を。
(色々と聞きたい話はあるが、長々と話している場合じゃないな)
空が夜に完全に侵食されてしまえば、黄昏時は終わり、終わり無き黄昏への通路は閉じる。つまり、黄昏の街を今日破壊するのは、不可能になる。
もし、仙流以外の人間が、今日……ムカシノジブンに出会っていて、適切な処置を誰かが行っていなければ、その人間は確実に自殺してしまう事になる。それに、この場で春永を倒し損ない、エーテル・エンジンを持つ春永の逃亡を許せば、正体が露呈した顕幽市での活動は不可能になったとしても、他の魔術的特異点を探し出し、そこで顕幽市で行ったのと同じ事をする可能性が高い。
今日、黄昏時が終わる前に黄昏の街を破壊し損なえば、ムカシノジブンの犠牲者が増える可能性が、高まるのだ。正義のヒーローたる竜巻にとって、黄昏の街の破壊は、先延ばしには出来ない問題なのである。
「――話の途中で悪いが、時間が無い。罪無き人々の命を守る為に、黄昏の街は破壊させて貰う! 俺達……放課後ヴィジランテスがな!」
そう言い切った竜巻を、春永は嘲笑する。
「俺達? 無理ですよ、ガンブラット……いや、常時君! 変身を解いてから一時間が過ぎないと、ヴリルカードはヴリルの扉を開けないのだから、あと一時間程……ガンブラットに変身出来ない君に、黄昏の街を破壊するのは無理な筈!」
勝ち誇った様な口調で、春永は続ける。
「最高戦力にして、司令塔であるガンブラットを欠いた放課後ヴィジランテスが、エーテル・エンジンを持つ僕に、勝てる訳が無いじゃないですか!」
「僕の大事な戦力が、台無しですよ……とか言ってたろうが。幾ら膨大な魔力の供給源である、エーテル・エンジン持っていようが、魔力を供給して戦う魔術武器が、もう残ってないんじゃないのか?」
煽る様な口調で、竜巻は言い返し続ける。
「あんたは自分では戦わず、使い魔や魔術武器を駆使して戦っていた。正直に言えよ、あんた攻撃魔術が得意じゃないんだろ?」
春永……というより、春永が繰り出して来た使い魔や魔術武器との戦いを通じ、そういう感想を竜巻は覚えたのだ。攻撃魔術に通じ、自ら戦う戦士タイプの魔術師ではないと、竜巻は春永を分析していたのである。
「――本当に君は、勘が良い。ですが、君は一つ重要な事を、見落としています。まだ一つだけ……最高にして最強の魔術武器が、僕に残されている事を!」
そう言い放つと、春永は手にしたエーテル・エンジンを、自分の右腕に押し付ける。すると、オレンジ色のコアから無数のケーブルが伸び、春永の右腕に巻き付き始める。
ケーブルは右腕から全身へと広がり続け、春永の全身を包み込んでしまう。全身を覆うケーブルが、黄昏色の閃光を放ったかと思うと、春永を包むケーブルは、白い鎧へと姿を変える。
西洋風のファンタジー映画に出て来る、槍騎兵に似た感じではあるが、その白い鎧の各所には、魔術式に似ている、得体の知れない紋様が多数、刻み込まれている。エーテル・エンジンのコアである球体は、胸の中央でオレンジ色の光を放っている。
槍騎兵の様ではあるが、槍は持っていない。槍の様に見えるのは、右手自体が槍に似た長い円錐状の、巨大な武器と化しているのだ。
背中には四枚の翼が生えているが、飛行の為の翼では無い。この翼こそがエーテルを周囲の空間から掻き集める、パーツなのである。
エーテルは通常、酸素や二酸化炭素などの大気中の分子同様、小さ過ぎて目には見えないのだが、この翼は既に膨大な量のエーテルを掻き集め、現在は春永の右腕と融合している状態のエーテル・エンジン本体に、送り込んでいるのだ。
「このエーテル・エンジンには、様々なシステムがデフォルトで組み込まれていましてね、魔術師がエーテル・エンジンを装着すると、そのシステムを発動させる事が出来るんですよ」
「つまり、エーテル・エンジン自体が、最強の魔術武器だったって事か?」
白き鎧を身に纏った春永を見上げながら、竜巻は問いかける。
「その通り! 組み込まれているシステムの一つが、かって世界を制していたと言い伝えられている、アトランティス軍の主力兵器、人型戦車アグニ・ラータ!」
「アグニ・ラータだって!」
純一が春永を見上げながら、興奮気味に声を上げる。
「アトランティスで使われていたと伝えられる、空飛ぶ戦車アグニ・ラータって、飛行機型だって説が主流だったけど、鎧というか……パワードスーツみたいな感じだったのかッ!」
オカルト系の雑誌や書籍などを読み、アグニ・ラータのに関する知識を持っていた純一は、オカルトマニアの血が騒いだのだろう、はしゃぎ気味である。
「だから、喜んでる場合じゃ無いだろうが!」
再び、純一は神流に窘められ、慌てて自分を落ち着かせ、表情を引き締める。
「一撃で山を崩し、湖を干上がらせ、海を割ると言い伝えられている、このアグニ・ラータの主砲……魔砲アグネヤストラなら、君達を一撃で確実に葬り去る事が出来ます!」
そう言いながら、春永は右手を掲げる。槍の様な円錐状の右腕自体が、アグニ・ラータの主砲である、魔砲アグネヤストラなのだ。
「エーテル・エンジンを持つ者以外には使えない筈の、アグニ・ラータを使えば、黒の党に僕の所在を把握されますから、出来ればセフィロト相手の戦い以外では、使いたく無かったんですけどね」
部屋にいる際、他の魔術武器と共にエーテル・エンジンを召還した際、エーテル・エンジンを武器として使う事だけは、今回は避けたいと春永が呟いていたのは、エーテル・エンジンを武器として使い、アグニ・ラータを出現させれば、黒の党に所在を確実に掴まれると、考えていたからだった。黒の党が春永の所在を掴めば、エーテル・エンジンを取り戻し、裏切り者である春永を処刑する為に、黒の党がセフィロトを即座に差し向けて来る。
幾ら戦いに備えているとはいえ、可能な限り黒の党との戦いを、春永は避けたかったので、エーテル・エンジンをセフィロト相手以外の戦いでは、使いたく無かったのである。
「アグネヤストラって言えば、アトランティス人の末裔達が開発したって言われてる、魔術武器じゃないか! あれ、アグニ・ラータの主砲だったの……痛ッ!」
アグネヤストラという言葉を聞いて、またオカルトマニアの血が騒ぎ始めた純一を、神流は言葉では無く、刀の柄をハンマーの様に使い、頭を殴って制止したのである。
「せめて、君達が五人……変身した状態で揃っていれば、かっての放課後ヴィジランテスの合体技……五芒流星撃とやらで、対抗出来たかも知れませんけどね」
既に自分の勝利を確信しているのだろう、春永の態度は余裕有り気である。
「あの真祖に匹敵すると恐れられた吸血王……七色すら、仕留めた技だそうですから。一度くらい、見てみたかった気もしますよ、五芒流星撃」
三年半前、顕幽市を根城として暴れ回った、かっての放課後ヴィジランテスにとって、最大にして最強の敵が、吸血王七色。全ての吸血鬼の頂点に立つ、真祖と呼ばれる吸血鬼に匹敵するとまで言われた七色を、様々な者達の力を借りた上でとはいえ、放課後ヴィジランテスが五芒流星撃で倒したのは、事実なのである。
「成る程、現代を遙かに越える魔術文明を実現していたと伝えられる、アトランティス由来の武器が、あんたの切り札って訳か。確かに、伝説の武器を切り札として持っていた事に関しては、俺は見落としていたよ」
竜巻は春永を見上げながら、続ける。伝説として伝えられる武器を手にしている春永を見ても、怯む様子など微塵も無く、不敵な笑みを浮かべながら。
「だが、あんたも一つ重要な事を、見落としてるんだよ!」
ポケットから財布を取り出し、竜巻は財布の中から、黒いカードを引き抜く。そして財布を仕舞いながら、黒いヴリルカードを、宙に放り投げる。
「ヴリルカードを二枚持ってる敵が、存在し得る可能性って奴をな!」
ポケットに入っていた銀玉鉄砲を、早撃ちを披露するかの様に引き抜くと、舞い降りてきて巨大化を終えたカードに、竜巻は銃口を突き付ける。
「開け! ヴリルの扉!」
叫びながら、竜巻が引き金を引く。すると、開いたヴリルの扉から、大量の金色の光……ヴリルが、シャワーの様に竜巻の身に放射され、竜巻をダークスーツ姿のガンブラットに変える。
「電光石火のガンブラット、またまた参上!」
名乗りを上げた竜巻は、スーツの内側から二挺の拳銃を引き抜くと、華麗なガンスピンを決めた上で、ファイティングポーズを取る。




