41 俺もまぜろよ!
変身してない状態では、飛んで逃げるのも無理。だからと言って、変身する為に必要な、短い時間すら、既に自分には残されていないのだ。生き残る為に何かが出来る段階では、既に無くなっていたのである。
自分を焼き尽くす為に放たれようとしている、魔力を源泉とした超高熱の炎が溢れ出る、鋼鉄の巨人の口を、竜巻は見上げる。起死回生の策を練り続けてはいるものの、竜巻の頭脳は理解している、既に自分には死を待つしか無いのだと。
死への恐怖と敗北に対する悔しさ、正義を為せなかった失望や、救えなかった和美や仙流に対する罪悪感などが、頭の中を駆け巡る。絶望としか表現しようがないのが、今の竜巻の状況。
そして、今まさに灼熱の炎を吐き出そうと、鋼鉄の巨人が身構えた刹那、叫び声が響く。竜巻にとっては、聞き覚えがある声が。
「おいおい、面白そうな事やってんじゃねーか!」
声の聞こえた方向……ギガ・アレギオンの真上に、竜巻は目を遣る。すると、青いライダースーツに青いドミノマスク、黄色いマフラーという出で立ちの少年が、急降下して来ている姿が、竜巻の目に映る。
少年が着ている青いライダースーツは、金色に輝くコインに、各所が飾られている。
(――あれは、バクチカ?)
竜巻は心の中で、驚きの声を上げる。姿を現したのはヴリルカードの力で変身した、志摩夫だったのだ。
「俺もまぜろよ!」
上空から急降下して来た、青いライダースーツ姿の志摩夫は、そう叫びながら、まさに炎の蛇を放とうとしていたギガ・アレギオンの頭の天辺を、右拳で勢い良く殴る。右拳とギガ・アレギオンの頭部から、金色に輝くヴリルの粒子が、大量に噴出する。
ヴリルの大量噴出を伴う攻撃技……つまり、志摩夫はヴリルバーストを放ったのだ。志摩夫のヴリルバーストの効果なのだろう、炎の蛇を発射する寸前の状態のまま、身体を硬直させたギガ・アレギオンの頭の上に、円盤状の巨大な何かが出現する。
直径二十メートル程の、金色に光り輝く円盤は、下からは何だか分からない。だが、上から見れば、それが何だかは一目で分かる。赤と黒のマスに塗り分けられた円盤が、上に載っている、カジノなどにあるルーレットが、その円盤の正体である。
無論、巨大なサイズからして、ただのルーレットでは無いのは明らか。このルーレットは、志摩夫のヴリルバーストが作り出した物なのだ。
ルーレットの十メートル程上には、直径一メートル弱の金色に輝くボールが、浮いている。
「必殺! 旋盤賭博拳!」
空に浮いたまま、志摩夫はヴリルバーストの名を叫ぶ。旋盤……と言っても、工作機械の旋盤では無く、ルーレットの回転する円盤状の部分を、志摩夫は旋盤という言葉で表現しているのだ。旋盤で行う賭博……つまりルーレットを作り出す、拳で放つ技なので、志摩夫は自分のヴリルバーストに、旋盤賭博拳という名を付けたのである。
「赤か黒か! 好きな方を選べ……って、喋れないか! だったら、俺が選ぶぜ!」
ルーレットを眺めつつ、五秒程考えてから、志摩夫は答えを出す。
「俺の運命の色は、黒! それではルーレット、スタートッ!」
志摩夫がスタートを宣言すると、ルーレットの回転する皿の様な部分……ホイールが、勢い良く回転を始め、宙に浮いていた金色のボールが、ホイールに落ちる。ルーレットが開始されたのだ。
勢い良く回転していたホイールは、次第に回転のスピードを落し、金色のボールは赤と黒に塗り分けられたポケット(ボールが落ちる場所)の上を転がり続け、一つのポケットに収まる。ボールが収まったのは、黒のポケット……志摩夫の予想通りである。
「黒! 俺の勝ちだ!」
志摩夫が勝利を宣言する。直後、ルーレットは強烈な金色の光を放ち始める。光は急速に下方に広がり、ギガ・アレギオンの巨体を包み込む。
巨大な光が、紅茶に溶かした角砂糖の様に、粉々に崩れ始め、金色に輝く光の粒子群となる。光の粒子群は、高度七十メートル辺りで滞空していた志摩夫の元に集まり、ライダースーツを飾る金色のボタンの中に、吸い込まれて行く。
この光の粒子は、ヴリル。ルーレットを構成していたヴリルと共に、ギガ・アレギオンを構成していた魔力が、ルーレットにより変換されてヴリルとなり、志摩夫の元に戻って来たのだ。
旋盤賭博拳は、ルーレットの勝負に勝てば、ヴリルを消費するどころか、敵が持つ魔力などのエネルギーを、全てヴリルに変換した上で奪い尽くせる。ただし、負けるとヴリルを大量に消費するだけで、相手に何もダメージを与えられないという、極めてギャンブル性の高い、ヴリルバーストなのである。
ギガ・アレギオンは、全ての魔力を志摩夫に奪い尽くされ、消滅してしまったのだ。
「勧善懲悪のハイローラー、スリル求めて只今到着……っと!」
ヴリルの吸収を終えた志摩夫は、竜巻に向かって降下しつつ、正義のヒーローとしての名を、一応名乗る。ハイローラーとは、高い金を賭けてギャンブルを楽しむギャンブラーを意味する言葉。博打好きの志摩夫が、自分で自分に付けたヒーローとしての名である。
「おいおい、お前……大人になったって言ってたじゃねーかよ!」
立ち上がりながら、竜巻は降下して来る志摩夫に、大声で語りかける。
「――なのに、そんな格好で現れたって事は、まさか童貞再生手術でも受けたのか?」
「そんな妙な手術、誰が受けるか!」
少し気恥ずかしそうに目線を逸らしつつ、竜巻の近くに降り立った志摩夫は、話を続ける。
「単に見栄張ってただけなんだから、深く突っ込むな」
「下らねー見栄張るんじゃねえよ! お前が大人になったって言ってたから、お前がいないのを前提に戦術立てて、俺達はヴリルをケチりまくった、危ない戦い方してたんだぜ!」
「そいつは悪かったな」
「罰として、お前の徒名……これからは見栄張り童貞、略してミエドテな!」
しれっとした顔で、竜巻は志摩夫に、嫌な徒名を付ける。
「助けに来た人間にまで、嫌な徒名付けるなよ!」
志摩夫は語気を強めて抗議するが、竜巻は受け付けず、苦戦中である他の三人に、大声で語りかける。
「お前ら、こんな見栄張り童貞……略してミエドテなんかに、遅れとってるんじゃねーぞ! そんな連中相手に、何時までモタモタやってんのよ!」
人並み外れた竜巻の大声は、派手な大技である旋盤賭博拳の発動のせいで、志摩夫の参戦に気付いた他の三人に、ちゃんと届いた。
「確かに、下らない見栄など張るミエドテなんかに、負けてられないのだッ!」
ヴリルバーストを確実に叩き込むチャンスを、これまで得られなかった音音が、不敵な笑みを浮かべながら、言い放つ。
「考えてみれば、確実なチャンスなんて、バスケでも戦いでも、有り得ない! リスクを取らずに、勝利なんて掴めないのだ!」
森を満たす木々の上を駆け回りながら、音音は叫ぶ。そして、意を決した様に、木々の下に潜る。ギガ・アレギオンの視界から、姿を隠す様に。
そして疾風の様に森の中を駆け回りながら、音音は叫ぶ。
「猫々アウトブレイクッ!」
直後、音音の全身が金色に輝くヴリルの光を、放ち始める。小刻みに進行方向を変えながら、猛スピードで疾走する音音は、残像を残しているかの様に、姿がぶれ始める。
だが、それは残像では無い。実際に猫姫に変身している音音と同じ姿の物が、音音の周囲に出現し始めたのだ。音音は自分の分身を、作り出したのである。
音音のヴリルバーストである、猫々アウトブレイクが発動した状態で、猛スピードで小刻みに進行方向を変えるなどして、残像が残る様な動き方をすると、残像では無く実体のある分身が出現する。この分身は全て、音音の思うがままに動き、音音と同等の能力を持つ。
つまり、作り出された分身が、本物の音音同様の動き方をすると、本物同様に分身を作り出せるのだ。本物の音音だけでなく、作り出された分身までもが分身を次々と作り出す為、猫々アウトブレイクを発動後……一分もすれば、森の中には数百匹の猫……ではなく、数百体の猫姫の分身が、出現する事になる。
アウトブレイクは、大発生や暴動を意味する言葉。猫々アウトブレイクとは、自分の分身を大量発生させ、暴動の如き勢いで、敵に襲いかかる攻撃技なのだ。
ただし、猫々アウトブレイクは、攻撃を行ったり空を飛んだりしたら、分身の発生が止まってしまう欠点がある。つまり、敵を殲滅出来るだけの数の分身を、大量に発生させる為には、ただひたすら地上を逃げ回らなければならないのだ。
空も飛べずに攻撃をかわし続けるには、ギガ・アレギオンは強過ぎる相手。それ故、巨大なギガ・アレギオンを倒せるだけの分身を揃えるとなると、音音には相当なリスクがあるので、猫々アウトブレイクの発動を、躊躇っていたのである。
木々を薙ぎ払う強烈なローキック、土砂を吹き飛ばしながら、地面に大穴を穿つ爆撃の如き鋼鉄のパンチ、木々と地面を焼き尽くし、焦土と化す炎の蛇……。襲い来る様々な攻撃を回避しつつ、必死で森の中を駆け回り、作り出した分身の半分程を、そういった攻撃に消滅させられながらも、音音は三百体を越える分身を作り出す事に成功する。
「ニャー!」
音音は猫の様な声を上げ、分身達に攻撃の合図を出す。猫々アウトブレイク発動中は、人間の言葉が喋れないのだ。その代わりに、猫の言葉が使える様になるのだが。
三百体を越える分身達は、音音同様の声を上げて宙に舞い、音音が担当するギガ・アレギオンに向かって殺到する。音音も分身達も、全てヴリルの金色の光を身に纏っている。
ヴリルの光を身に纏う際、音音や分身達の手の爪は、神流が安土斬りを放った際の血塗桜同様、斬れない物が事実上存在しない。リーチが短いとはいえ、斬れぬ物が存在しないレベルの斬撃能力を持つ、三百体以上の猫姫の群に襲い掛かられたら、強固な防御力を誇るギガ・アレギオンといえど、ひとたまりも無い。
魚屋が目を離した隙に、野良猫の群に食い尽くされた魚の様に、ギガ・アレギオンの全身は音音と分身達に切り刻まれ、ボロボロになってしまう。外装は当然、機械に埋め尽くされているかの様な身体の内部まで、ヴリルに強化された爪によって、ズタズタに切り裂かれてしまったギガ・アレギオンは、爆破解体されるビルディングの様に、脆くも崩れ去ってしまう。
音音がギガ・アレギオンを倒したのと同じ頃、神流もヴリルバーストを発動し、ギガ・アレギオンに対する最後の攻撃を開始していた。全身が眩いばかりの金色の光……ヴリルの光に包まれた神流が、ギガ・アレギオンの巨体に向かって、ミサイルの様に突撃して行く。
金色のミサイルと化した神流は、ギガ・アレギオンの背後から左胸に衝突。先端に真っ直ぐ伸ばした日本刀の先端は、呆気無くギガ・アレギオンの身体を貫く。
だが、神流の前進は止まらない。轟音を茜空に響き渡らせながら、そのまま鋼鉄の胸部に巨大な穴を穿ち、ギガ・アレギオンの中を、神流は通り抜けてしまう。通り抜けた跡は、直径十メートル程の、巨大な穴となっている。
重要部分である胸部に、巨大な穴を穿たれてしまえば、ギガ・アレギオンは無事では済まない。背後から胸を、大口径の銃で吹っ飛ばされた人間の様に、前のめりに森に倒れ込んだかと思うと、全身が崩れ落ちて、金色に輝く光の粒子群となり、消滅してしまう。
ギガ・アレギオンを仕留めた神流の身体から、金色の光が消える。ヴリルを消耗し尽くしてしまったのだ。
「破城剣、大坂突きぃ!」
竜巻や志摩夫、そして既に猫々アウトブレイクの発動時間が終わり、分身が消え失せた状態の音音がいる方向に向かって、飛行進路を変えながら、神流は叫ぶ。
「見たか、貴様等! あの豊臣秀吉の建てた大坂城を、本丸から二の丸三の丸に至るまで、一突きで崩して破壊したと言い伝えられる、碇屋天剣流剣術の奥義……破城剣大坂突きを!」
「――だから、そりゃお前の先祖が吐いてる、嘘だっつーの!」
地上に舞い下りて来る神流に、竜巻は突っ込みを入れる。
「大坂城は、確か大坂冬の陣と夏の陣の……」
竜巻に続いて、喋り始めた志摩夫の言葉を、神流は自分の言葉で強引に制止する。
「見栄張り童貞略してミエドテなんぞに、私に駄目出しする資格は無いわッ!」
「ミエドテとか言うなー!」
泣き言染みた口調で、志摩夫は皆に訴える。
「俺はバイト途中で放り出してまで、お前らのピンチに駆け付けてやったんだから、少しは感謝しやがれよ、お前ら! 叱られるだけで済めばいいけど、下手すりゃクビになるんだぞ!」
「しょーがねぇな、じゃあ昔通りのバクチカでいいよ」
悪戯っぽい笑顔を浮かべつつ、竜巻は続ける。
「ま、助けてくれて有難うな! 来てくれて嬉しかったぜ!」
竜巻の感謝の言葉を聞き、音音と神流が竜巻の言葉に相槌を打ったのを見て、志摩夫は漸く、表情を綻ばせる。昔の仲間からの感謝が、素直に嬉しかったのだ。
「これで、後はノロイチだけか」
既に空の半分程が夜に侵食されつつある空で、まだギガ・アレギオン相手に苦戦中の純一を見上げつつ、竜巻は続ける。
「バクチカ、あいつに手を貸してやってくれ。お前が一番、ヴリルの残量多いから」
ギガ・アレギオンの魔力をヴリルとして吸い上げている為、ヴリルが通常の初期値である百パーセントを、十パーセント程越えているので、竜巻は志摩夫に頼んだのだ。
「しゃーねーな、あいつ攻撃苦手だし、手伝ってやるか」
志摩夫は快諾し、ふわりと宙に舞うと、三百メートルほど離れた空で戦っている純一の元に向かって、青き弾丸の様にすっ飛んで行く。そして、黄色いマフラーを外し、振り回し始める。
マフラーはヴリルの光を放ちながら、黄色いヌンチャクへと変化する。ヴリルに余裕が有る志摩夫は、十パーセントだけヴリルを消耗するヴリルアタック、幸せの黄色いヌンチャクを発動したのだ。
ヴリルアタックは、ヴリルバーストより遙かに威力は劣るが、通常の攻撃よりは威力が高い為、ギガ・アレギオン相手でもダメージを与える事が可能。ヌンチャクを手にした志摩夫は、ワイヤーアクションを多用して派手なアクションを見せる、香港映画のアクションスターの様に、ギガ・アレギオンの周りを跳ね回りながら、ヒット&アウェイを続け、巧みに囮としての役割を果たし、ギガ・アレギオンの注意を自分に向ける。
その隙を、純一は見逃さない。ヴリルバーストを発動すべく、タロットカード全てをケースから引き抜き、自分の正面に放り投げる。大アルカナと呼ばれる十六枚のカードは、人間と同程度のサイズに巨大化した上で、ギガ・アレギオン側に様々な絵柄が描かれた面を向け、縦四列横四列の形で整列する。
「アルカナ・ファランクス!」
純一が技の名を叫ぶと、整列したタロットカードが金色に輝き始める。そして、光に包まれながら、カードは人型に変化する。それぞれのカードに描かれた絵柄を擬人化したかの様な十六人の兵士に、カードは変化したのである。
魔術師や死神、悪魔に隠者などの、比較的ビジュアルで分かり易い兵士もいれば、戦車や節制……吊るされた男など、見た目では何のカードが擬人化したのか、分かり辛い兵士もいる。だが、十六人の兵士達は、それぞれが盾と槍を手にしている点については、共通していた。
兵士達は密集して、陣形を組む。タロットカードの大アルカナと呼ばれるカードが擬人化し、古代ギリシャで用いられていた、ファランクスと呼ばれる陣形と似た、密集陣形を取る攻撃技である為、純一のヴリルバーストは、アルカナ・ファランクスと命名されているのだ。
カードの巨大化と整列……そして擬人化を終えて密集陣形を組むまで、トータルで一分程、純一は身動きが出来なくなる。それ故、陣形を組んだ後は、攻防一体の優れた技なのだが(槍での攻撃だけでなく、盾での防御も可能)、陣形を組むまで持って行く事が難しいのである。
志摩夫が囮になってくれたお陰で、陣形を組む時間を得られた純一は、兵士達に命ずる。
「ギガ・アレギオンに向けて、投擲!」
すると、兵士達は一斉に、金色に輝き始めた槍を、槍投げ選手以上に見事なフォームで投擲する。金色のミサイルの様に飛んで行ったミサイルは、ギガ・アレギオンの背中や頭部、腕や脚などに次々と突き刺さり、爆発する。
多数の対艦ミサイルを食らった巡洋艦の様に、爆炎に飲み込まれたギガ・アレギオンは、金属の破片を撒き散らしつつ、崩れ落ちる。海に沈むかの様に、木々の海の中に沈んで行く。
漸く、ギガ・アレギオンを倒し終えた純一は、役目を終えて元に戻ったタロットカードを回収すると、竜巻達がいる場所……東の森の中の、戦闘によって木々が消滅し、直径百メートル程のクレーター状の大穴が空いている場所に向かって、飛んで行く。志摩夫と共に純一が、竜巻達の元に降り立つ。
「放課後ヴィジランテス、やっと五人全員揃ったな!」
竜巻の言葉に、皆が相槌を打つ。嬉しそうではあるが、何処か気恥ずかしさもあるのだろう、笑みには照れの色合いが、混ざっている。
だが、仲間が揃った事を喜んでいる暇など、五人には無い。まだ黄昏の街の破壊という、最終目的を果たしていない上、最後の敵である春永を倒した訳でも無いのだから。




