04 再会
「矢鱈に風紀委員の腕章付けた連中がうろついてるけど、天津甕って服装や持ち物のチェックとか、厳しいのかねぇ?」
天津甕高校の西門に向かう道を歩きながら、竜巻は呟く。西門に向かう登校中の生徒達に混ざり、腕章付きの生徒達が警備員の様に、何人も立っているのが、竜巻は気になったのだ。
(バッグの中調べられたらヤバイな、銀玉鉄砲とか、持ち込み不可かもしれないし)
腕章付きの生徒達の様子を眺めながら、心の中で呟いた直後、竜巻の前方にいる生徒達が、ざわめき始める。ざわめきは、次第に自分に向かって近づいて来る。
「何だ?」
異変を竜巻が感じ取った直後、敵チームの選手を見事にドリブルでかわすバスケットボール選手の様な、見事なフットワークで生徒達の間を擦り抜け、一人の少女が猛スピードで駆け寄って来る。少女というには、多少大柄過ぎはしたのだが。
「やっぱり……いた!」
近づいて来た少女……音音は、嬉しそうに大声を上げながら、ジャンプして体当たりしてくるプロレスラーの様に、竜巻に跳びかかって来る。嬉しげな声や表情から、攻撃の意志がある訳でないのは明らかなのだが、大柄な身体が跳び込んで来る光景には、相応の威圧感があった為、竜巻は思わず飛び退いてしまう。
何とか一度は飛び退いたものの、バスケットボールで鍛えている音音の動きは素早く、即座に飛び退いた竜巻に向かって再度ジャンプし、竜巻に抱き付く。
「――ハジキン、久し振りなのだ!」
音音は竜巻を抱き締めたまま、男女の立場が入れ替わった、ペアのフィギュアスケート選手の様に、くるくると回る。
(昔の俺の徒名を知ってるって事は、昔の友達なんだろうが、こんなでかい女の友達なんて、俺いない筈なんだけど?)
振り回されながら、竜巻は考え込む。そして、「――なのだ」という語尾と、音音の猫の様な髪型を目にした竜巻の頭に、一人の少女の記憶が蘇る。
猫の様な印象の、自分より少しだけ背が高かった、音音という同い年の幼馴染の記憶が。
「え? ひょっとして……お前、ニャーコか?」
竜巻に徒名で呼ばれた音音は、笑顔で大きく頷く。
「驚いたよ、カンナちゃんと話してたら、いきなり懐かしい……ハジキンの匂いが、風に乗って流れてきたんだもん!」
「匂いでって……相変わらず鼻がいいのな、お前。いや、そんな事はどうでもいいから、とりあえず回転するの止めてくれ、目が回る!」
「あ、ごめんなのだ」
音音は回転を、停止する。だが、幼馴染との再会が嬉しいのだろう、衆人環視の中でも、抱き締めた竜巻を離す気は無い様で、抱き締めたままである。
そして、抱き締められている竜巻の顔は、身長差の関係で、豊かな音音の胸の谷間に載る形になってしまっている。子供の頃から、良く抱き付いてきた相手である音音とはいえ、こういう形で抱き締められると、流石に思春期の竜巻としては、色々と複雑な感情が、心の中に芽生えてしまう自分を止められない。
「――それにしても、でかくなったな、ニャーコ」
「うん。中学に入ってバスケ始めてから、すごく背が伸びたのだ」
「背が伸びただけでなく、大きくなったじゃないのさ、色んなところが……」
頬を赤らめながら、竜巻は呟く。無論、竜巻が言う色んなところとは、見事に盛り上がった胸の事である。
そんな竜巻と音音の周りに、生徒達の輪が出来ていた。朝っぱらから、ラブシーン紛いの抱擁を見せている二人の姿を目にして、登校して来た生徒達は、少し前から騒ぎ始めていたのである。
「ねー、あの子バスケ部の一年だよね。だいたーん、こんな人目につく場所で、男と抱き合うなんて!」
「土生さんじゃん、あれ」
「ひょっとして、土生さんの彼氏?」
「げー、男いたんだ土生さん。マジでショックかも!」
見物している生徒達から、様々な声が上がる。恋愛絡みの噂話が大好きな女生徒達からは、興味津々の黄色い声が上がり、男子生徒達の間からは、失望の声が上がる。
野生的な魅力と天然キャラとしての魅力が合わさった音音は、背が欠点と言える程に高過ぎるとはいえ、顔の造作は整っている、外見には恵まれ過ぎな程の少女なので、男子生徒達の間で、かなり人気がある。それ故、男子生徒達の間からは、失望の声が上がったのだ。
「ちょっと、そこの二人! 通学中だというのに公衆の面前で、破廉恥な真似は止めなさい!」
見物中の生徒達を除雪車の様に掻き分けながら、姿を現した神流が、竜巻と音音を叱責する。西門の方が妙に騒がしい事に気付いた神流は、何かトラブルでも起こったのだろうかと不安に思い、急いで西門に駆けつけたのだ。
「――って、ニャーコじゃない! 何を恥ずかしい真似してるのよ? まさか、本物の猫みたいに、いきなり発情期が来たとか、アホな事言い出すんじゃないでしょうね!」
抱き合っている……というより、女の側が抱き付いてるだけなのだが、その抱き付いている方が音音だと気付き、神流は驚きの声を上げる。
「あ、カンナちゃん! ほら、ハジキンが戻って来たのだッ!」
はしゃいだ口調の音音は、竜巻を神流の方に突き出す。
「ハジキンって……」
目の前に突き出された竜巻を、足元から身体、顔という順序で、神流は睨み付ける。目の前にいる自分より背が低い少年が、本当にハジキンと呼ばれていた幼馴染、常時竜巻であるのかどうか、確認する為に。
「カンナって名前に、その眼鏡……お前、マジメガかぁ!」
ニャーコに続いて、幼馴染の女の子に再会した竜巻は、嬉しそうに語りかけながら、バンバンと荒っぽく、そして馴れ馴れしく、神流の肩を叩く。
「肩に着けてるの、風紀委員の腕章だろ? お前、風紀委員とかやってるのか……相変わらず真面目だな。流石はマジメガだけな事はある! 変わってなくて安心したぜ!」
「――その気楽な言動、間違い無くハジキンね……って言うか、マジメガなんて小学生時代の恥ずかしい徒名で呼ぶの、止めろ!」
恥ずかしさと怒りが入り混じった感じの声で、怒鳴りつけながら、神流は竜巻の手を払い除ける。
「え? じゃあ今のお前、もう真面目じゃないのか? 真面目な眼鏡じゃなくて、不真面目な眼鏡……フマジメガになったのか?」
おどけ気味の口調と態度で、竜巻は神流に問いかける。マジメガという小学生時代の神流の徒名は、クラス委員を毎年の様に務める程、真面目で人望があった神流が、眼鏡をかけていた事から、マジメなメガネを略して、竜巻が付けたものだった。
「不真面目にもフマジメガにもなっとらんわッ! それに……その他人に思い付きで適当な徒名付ける癖、高校生にもなったのに、まだ治ってないのか!」
「癖ってのは、簡単に治らないから癖って言うのさ。たかが何年かで治るようなもんは、そりゃ癖なんて言わねえって」
竜巻は右手の人差し指の先端を、銃口に見立てて音音に向けつつ、続ける。
「ニャーコの猫耳みたいな癖毛だって、治ってないだろ? あれと同じさ」
そう言いながら、竜巻は右手で拳銃を撃った様なジェスチャーをする。すると、音音はわざとらしく、胸を撃たれた振りをして、竜巻に倒れこむ様にしなだれかかる。
子供の銃撃戦ごっこ紛いの真似をする、竜巻と音音を見て、神流は疲れた様に溜息を吐く。
「小学生みたいな真似、してんじゃないよ……全く。――とにかく、人前で抱き合ったりして、風紀を乱す様な真似は止めなさい! ハジキンだけでなく、ニャーコもね!」
「マジメガとニャーコが通ってるって事は、ひょっとしたらバクチカやノロイチも、天津甕に通ってるのか?」
神流の注意に応えず、竜巻はマイペースで、神流と音音に問いかける。
「一昨日、こっちに戻って来てから、お前らやあいつらと連絡取ろうと思ったんだけど、前に俺らが住んでた団地が無くなってたんで、連絡先が分からなかったんだ」
「歪台団地、ハジキンが引っ越した翌年に無くなったから、みんな引っ越しちゃったのだ。一応、みんな顕幽市内にだけど」
音音の言う歪台団地とは、かって顕幽市の西側にある緩やかな台地……歪台にあった、灰色の古びた団地だ。三年前に老朽化を理由として、解体されたのである。
竜巻や音音……神流は、バクチカやノロイチという徒名だった二人の少年と、同じ歪台団地の五号棟の住人であった事から、友人グループを形成していたのだ。仙流は当時、身体が弱かった事から、グループと遊ぶ事は多かったものの、体力を使う外での遊びなどには、参加しない場合が多かった為、準メンバー的な扱いであった。
「バクチカは天津甕じゃなくて、顕幽高校に通ってる。ノロイチは天津甕だけど、中学に入ってからは家も遠くなったし、クラスも一緒になった事が無かったりで……二人共、最近は没交渉なのだ」
「――そうなんだ、寂しいもんだねぇ」
かって仲が良かった友人達が、そうではなくなってると知り、竜巻は寂しげに呟く。
「昔とは違うのよ、変わってないのは、あんただけ」
努めて素っ気無く言い放つと、これで話は終わりだと言わんばかりに、神流は声を上げる。
「そろそろチャイムが鳴るわよ! さっさと教室に行きなさい! 新学期の初日から、遅刻したいの?」
三人を取り囲んでいた野次馬の生徒達は、神流に叱責されると、蜘蛛の子を散らす様に囲いを解き、西門から高校の敷地内に雪崩れ込み始める。
「相変わらず厳しいなー、マジメガは。そういう意味じゃ、お前も余り変わって無いじゃん」
「――あんたも急ぎなさい、転入初日から遅刻するつもり?」
竜巻の言葉に取り合わず、そう命じると、神流は踵を返し、自分も早歩きで西門を通り抜けて行く。
「つれないなぁ、久し振りの再会だってのに、連絡先も教えないで、すぐに行っちまうなんて」
肩を竦めながら、竜巻は愚痴る。
「ニャーコはつれなくないよ、うちの学校……ケータイ持込禁止だから、今は持ってないけど、後で番号交換するのだ」
「げ! ケータイ持込禁止だったの? やべぇ、持って来ちまった!」
「カンナちゃんに見付からなくて、良かったね。見付かってたら、没収されてたよ」
「結構厳しいな、天津甕」
「まぁ、文武両道が売りの進学校だから、普通の高校よりは厳しいかも。武道の授業とか生徒全員、必修だったりするし」
「武道か……ガン=カタとかあるかな?」
「ガン=カタって、それハリウッド映画に出て来る架空の武道だから、ある訳無いのだ」
「ま、そりゃそうだけど」
二人は顔を見合わせて、楽しげに笑う。ガン=カタとは、「リベリオン」という映画に出て来る、銃器を格闘技と組み合わせた、架空の戦闘技術である。胡散臭く……けれんみのある架空の武術であり、様々なフィクション作品において、引用されている。
「ガン=カタとか言い出す辺り、ハジキンは相変わらず、ガンマニアなんだね」
「俺か? 俺は生まれながらのガンマニアだぜ、ガンマニアで無くなる訳が無いじゃん。七月まで通ってた高校でも、サバイバルゲーム研究会にいて、遊びまくってたくらいさ」
「そうなんだ、天津甕にはサバイバルゲーム研究会無いんだよね、残念ながら」
「無ければ作ればいいだけの話だろ。前の高校でも、サバイバルゲーム研究会設立したの、俺だし」
「――そういうパワフルさというか、自分でやりたいようにやっちゃう辺りも、ハジキンは全然変わって無いね。変わってなくて、ニャーコは嬉しいのだ」
音音の表情は、嬉しさで弛みっ放しである。会話を楽しみつつ、校舎に向かって並んで歩く二人は、既に小学生時代の親しさを、取り戻していた。
そんな二人の姿を、校舎の辺りで振り返り、神流は眺めていた。人には気付かれぬ様に、掌で目元を隠しながら、羨望の眼差しで……。