38 破城銀槍対破城剣
襲いかかって来るムーンチャイルドの軍勢を返り討ちにし続けながら、竜巻達が後退を続ける上空を見上げつつ、春永は地表スレスレを低空飛行している。竜巻達はムーンチャイルド達を引き寄せ易い様に、故意にスピードを落として空を蛇行しているので、飛行速度でいえば竜巻達に劣る春永であっても、竜巻達の動きは追える。
「既に半分程倒されたか。どうやら僕は、彼等を侮り過ぎていた様だ」
呟きながら、春永は竜巻達の進行方向を先読みし、天津甕高校に隣接する森……東の森の中に降り立ち、木々の中に身を潜める。そして、両手の指先を使い、やや湿った土に覆われた地面に、指先で召還魔術の魔術式を書き込み始める。
そして、春永が呪文を唱えると、黄色く光る魔術式の上に、閃光と共に銀色の槍が出現する。先程、智香が部屋を訪れる前に、召還魔術で召還した、古めかしい銀色の槍である。
刃で手を切らぬ様に気を付けながら、春永は槍の柄を握り、柄の下杷(柄の下の部分)を地面に刺す。春永は切っ先を上にする形で、槍を地面に立てたのだ。切っ先同様に銀色の金属で出来ている柄の至る所に、黒い魔術式が彫り込まれている剣を。
空を見上げる。高度二百メートル程の空を、純一が後ろ向きに飛んで来るのが見える。程無く、他の二人も上空に姿を現すだろう。
そのタイミングを狙い、春永は猛スピードで後退し、槍から距離を取りつつ、呪文を唱える。今度は槍に刻まれている黒い魔術式が、黒い光を放ち始める。攻撃魔術が発動したのだ。
「破城銀槍ネコニス・ブストリス! 敵を貫き、尽く滅せよッ!」
呪文の締めとして、春永が叫ぶ。すると、銀色の槍……破城銀槍ネコニス・ブストリスが、爆発的な勢いで巨大化を始める。
物理法則を無視し、周囲の木々を破砕する程の勢いで、質量と体積を増加させ続ける破城銀槍ネコニス・ブストリスは、中世の魔術師が作り出した、城を陥落させる為の武器である。発動させると、瞬時に城を越える程のサイズと質量に巨大化し、城を押し潰してしまうだけでなく、巨大化を終えると、槍の切っ先から無数の棘が生え、空を舞う魔術師や魔物までも殲滅してしまう、城と城の上空を、同時に制圧する事が可能な、恐るべき魔術武器なのだ。
当然、巨大化に巻き込まれない様に、使用する魔術師は、事前に退避しなければならない。故に、春永は後退しながら、呪文を唱えたのである。
木々を薙ぎ倒し、大気を震わせ、破城銀槍ネコニス・ブストリスは巨大化し、一瞬で聳え立つビルの如きサイズとなる。高さは既に、二百メートルを越えている。
「ノロイチ!」
迫り来る破城銀槍ネコニス・ブストリスの存在に、いち早く気付いた竜巻は、純一に警告を発する。辺りに人気は無いので、ヒーローとしての名では無く、徒名で呼びかけて。
具体的な指示など受けずとも、純一は即座に塔のカードで塔の一部を召還し、迫り来る銀槍を防ごうとする。だが、呼び出された十メートル四方の煉瓦の壁は、戦車砲ですら防ぎ切れる程の強度を誇るにも関わらず、一瞬で銀槍に破砕されてしまう。
純一は立て続けに塔の壁を召還するが、全て一瞬で破壊される。塔のカードによる防御では、破城銀槍ネコニス・ブストリスの攻撃を防げないのは、明らかだった。
「逃げろ!」
防げないなら、逃げるしかない。当然と言える竜巻の指示に従い、純一は下方から迫る破城銀槍ネコニス・ブストリスの切っ先を回避する為、全速力で竜巻達がいる方に向かって飛ぶ。
純一は何とか、破城銀槍ネコニス・ブストリスの巨大化による攻撃の回避に、成功した。だが、その事は破城銀槍ネコニス・ブストリスによる攻撃を、回避し切った事を示してはいない。
終わり無き黄昏に届きそうな程の高さに達し、巨大化の勢いが止まった、巨大な高層ビルの如き威容を誇る破城銀槍ネコニス・ブストリスを目にして、竜巻は察する。巨大な銀槍による攻撃が、まだ終わっていないだろう事を。
(これだけ巨大な物を出現させて、狙いがノロイチだけというのは不自然だな)
破城銀槍ネコニス・ブストリスの巨大化による攻撃範囲にいたのは、純一だけ。これ程に巨大過ぎる武器を出現させながら、狙いが一人だけの筈は無いと、竜巻は考えたのだ。
「止まるな! あのでかいのから、離れろ!」
竜巻は純一と音音に警告を発しつつ、自身も大急ぎで逃げ出す。背筋を蛇に舐められる様な、嫌な予感に襲われながら。
「気付いたらしいけど、手遅れだよ」
全速力で破城銀槍ネコニス・ブストリスから逃げ始めた竜巻達を、破壊し尽くされた森の端から見上げながら、春永は勝ち誇った様な笑みを浮かべながら、呟く。竜巻達が、既に逃げ切れない事を、春永は確信していたのだ。
直後、銀槍の巨大な切っ先が、閃光を放つ。閃光の中から、無数の銀色に輝く槍の如き棘が出現し、爆発的な勢いで伸び始める。
(かわし切れない!)
迫り来る無数の棘は、速いだけでなく数が多過ぎて、回避が不可能だと竜巻は悟る。竜巻に回避出来ないなら、音音と純一にも回避は不可能だし、速過ぎるが故に、通じるか分からない塔の召還による防御で、攻撃を防ぐのも不可能。
(やられる!)
まさに手詰まりな状況、竜巻は打開策を捻り出そうとするが、流石に時間が無さ過ぎる。このまま、自分達はやられてしまうしかない……と、竜巻ですら考えざるを得ない事態。
無数の棘が竜巻達を串刺しにする直前、棘が突如、停止する。そして、棘全体に亀裂が走り、棘が粉々に砕け散り始める。棘が全て、壊れ始めたのだ。
壊れ始めたのは、棘だけではない。破城銀槍ネコニス・ブストリスの巨大な切っ先自体が、既に真っ二つに斬り裂かれていたのだ。
稲妻に真っ二つにされる大木の様に、切っ先から柄にかけて、銀色の巨大な槍が、斬り裂かれて行く。稲光の如き金色の光を放つ何かに、破城銀槍ネコニス・ブストリスが、まさに一刀両断にされているとしか思えない状況。
真っ二つに斬り裂かれた破城銀槍ネコニス・ブストリスの残骸は、銀槍を両断した何かから放たれた、金色に輝く粒子群に侵食され、銀色に輝く粉々の粒子と化してしまう。金粉や銀粉の如き光の粒子群は、夕暮れの空に溶け込むと、風に流され何処かへと完全に消え去る。
周囲にいた三十体程のムーンチャイルド達も巻き込まれ、銀槍の残骸と共に消滅する。
「な、何だ? 何が起こってるんだ?」
確信していた勝利が、突然の理解不能な異変により、消し飛んでしまった衝撃に狼狽しつつ、春永は何が起こったのか、空を見上げて見極めようとする。だが、何が起こったのか、まだ春永には分からない。
だが、竜巻達には何が起こったのか、分かっていた。金色の光はヴリルの光。ヴリルカードで変身した誰かが、大技……もしくは必殺技などと、竜巻達が呼んでいる種類の、ヴリルの力を大量に費やす技を使ったのだと、竜巻達には分かったのだ。
ヴリルを大量に消費する技は、二つに分類される。一撃で十パーセント以下のヴリルを消費するヴリルアタックと、一撃で四十パーセント前後を消費する、ヴリルバーストに。
そして、巨大なビルの如き存在を、真っ二つに一刀両断する様な必殺技は、ヴリルバーストクラスの技である。そして、そんなヴリルバーストの使い手であり、自分達を助けに現れる人間は、竜巻達にとって一人しか存在しない。
「カンナちゃんなのだッ!」
音音は思わず、助けに現れただろう人物の名を、嬉しげに呼ぶ。
「破城剣、安土斬りぃ!」
先程まで破城銀槍ネコニス・ブストリスが立っていた、荒れ放題の状態になっている森の中に姿を現した少女が、勝ち誇った様に技の名を叫ぶ。音音が名を呼んだ通り、姿を現したのは神流。ただし、ヴリルカードで変身した姿での出現である。
真紅の着流し姿で、赤い宗十郎頭巾を被って顔を隠している、時代劇に出て来る鞍馬天狗が返り血を全身に浴び、血塗れになったかの様な格好の神流は、正義のヒロインとしての名を名乗りつつ、時代劇の主役の様に見栄を切る。
「斬奸剣客、紅頭巾見参!」
斬奸とは悪人を斬るという意味で、剣客は時代劇や時代小説などに出て来る、剣の達人的な意味合いの言葉。要するに、悪人を斬る剣の達人といった意味合いで、紅頭巾は言葉通り、真紅の頭巾を被っているが故の名である。
剣道や剣術を得意とし、時代劇マニアである神流の趣味が反映された、名とスタイルである。
「あ、赤ずきんちゃんだ!」
神流の元に降下しながら、竜巻は神流に声をかける。
「オオカミの腹に石を詰めて殺す、イソップ童話のキャラの名前と間違えるな! 私は赤ずきんちゃんじゃない! 紅頭巾だ、くーれーなーいーずーきーん!」
竜巻の言葉を、神流は強い言葉で訂正する。神流が変身して名乗る際、竜巻が赤ずきんちゃん呼ばわりして、神流をからかうのは、昔からのお約束のやり取りなのである。
「――せっかく私が、お前達のピンチに駆け付け、あの織田信長の建てた安土城を、一刀両断にして破壊したと言い伝えられる、碇屋天剣流剣術の奥義……破城剣安土斬りで、あの馬鹿でかい槍を破壊し、助けてやったというのに、相変わらず赤ずきんちゃん呼ばわりするとはな」
城を破壊する剣術……破城剣というのは、神流の一族が代々受け継ぐ、碇屋天剣流の奥義の一つなのだ。神流が変身時に破城剣を放つと、必殺技であるヴリルバーストとなる。
「いや、安土城は一刀両断されたんじゃなくて、原因不明の火事で焼失したんだから。安土城を斬って破壊したなんてのは、お前の先祖が吐いてる嘘だって!」
神流の前に降り立った竜巻が、呆れた様に突っ込みを入れる。
「嘘なものか! うちの道場には、その際に斬った安土城の天守閣の欠片が……」
先祖が安土城を斬った件に関する話を、続けようとした神流を、伸ばした人差し指をメトロノームの様に左右に振るジェスチャーで、竜巻は制止する。
「そんな話してる場合じゃない! 助けてくれたのは有り難いが、ヴリルカード見せろ」
竜巻は神流が懐から出した、白くなっているヴリルカードをチェックする。カードの中央には、五十二パーセントというヴリルの残量が記されている。
「一気に半分近くのヴリルを使っちまったのか。まぁ、あれだけの魔術武器を破壊する為なら、仕方が無いわな」
「何? 必殺技使ったら駄目なの?」
不思議そうな顔の神流に問われた竜巻は、その理由を神流に説明する。
「――そうなんだ、確かに五人揃わないと、五芒流星撃は使えないもんね。ヴリルを残しておかないと、黄昏の街が破壊出来ないんだ」
「とりあえず、閏間先生だけを全力で倒し、黄昏の街を後で片付けるという選択も、無い訳じゃないんだが、敵が本当に閏間先生だけなのかどうかが、少し疑問なんだ」
「閏間先生? 今回の敵って、閏間先生なの?」
知らなかった神流は、驚きの声を上げる。
「そうだ。ただ、顕幽市中に仕掛けられた大量の魔術に、あの巨大な黄昏の街を、顕幽市の近くに留めておくだけの魔術、さらに多数の使い魔……ムーンチャイルドに、ばかでかい銀色の槍……。一人の魔術師だけで事を起こしてるにしては、魔力を使い過ぎだと思うんだ」
「つまり、閏間先生を全力で片付けた場合、ヴリルを使い果たした私達に、閏間先生のお仲間が襲い掛かって来て、やられる可能性がある……と言いたい訳ね?」
神流の問いに、竜巻は頷く。
「成る程ね、だったら……もう一つの私の必殺技、破城剣大坂突きを久し振りに披露するのは、あの街を破壊する時まで、お預けね」
紅頭巾としての主力武器である、柄も刀身も全てが真紅である日本刀……血塗桜の切っ先で、上空に浮いている様に見える、黄昏の街を指し示しながら、神流は続ける。
「あの豊臣秀吉の建てた大坂城を、本丸から二の丸三の丸に至るまで、一突きで崩して破壊したと言い伝えられる、碇屋天剣流剣術の奥義……破城剣大坂突きで、あんな街など一撃で破壊し尽くしてくれる!」
「いや、大坂城は大坂冬の陣の後の講和条件で、二の丸と三の丸が壊され、大坂夏の陣で本丸が崩されてるから、一突きで崩したと言う時点で、お前の家に伝わる話は、お前の先祖が吐いてる嘘だって!」
「嘘なものか! うちの道場には、徳川家康が認めた『大坂城破壊証明書』が……」
先祖が大坂城を斬った件に関する話を続けようとした神流を、右手の人差し指を左右に振るジェスチャーで、竜巻は制止する。
「――その話してたお前の先祖の匂いを、あいつに嗅がせたら、きっとホオズキの匂いがしたんだろうさ」
竜巻が神流に色々と説明してる時間を稼ぐ為、純一と共にムーンチャイルド達と戦っていた音音を見上げながら、竜巻は呟く。
「そろそろ俺達も戦線に戻るぞ! お前は俺と音音が魔術式を潰し終えたムーンチャイルド連中に、止めをさしてくれ!」
「分かった! あと……ハジキン!」
空に舞おうとした竜巻を、神流が呼び止める。少しだけ気まずそうに、微妙に目線を逸らしながら。
「何だ?」
「あの……絶交は、解消って事にしてくれ。色々と酷い事を言ってしまった件については、私が悪かった……謝るから」
神流は深々と、頭を下げる。武道を嗜む人間らしい、綺麗な礼である。
「――? まぁ、別に俺は構わないけど、お前に色々と文句言われるのは、昔から慣れっこだから、気にもしてないし」
「そうか、そう言って貰えると、私としては有り難い」
顔を上げた神流は、安堵の表情を浮かべている。無論、頭巾で顔が隠されているので、表情は分かり難いのだが。
「今度、仙流と一緒に、改めて謝りに行く……とは言っても、ムカシノジブンをどうにかしないと、仙流は謝りには行けないんだがな」
仙流の状況を思い出した、神流の表情が翳る。
「あいつに、何かあったのか?」
「ムカシノジブンに出会ってしまった。とりあえず気絶させた上でダマシヤに連れて行き、或魔さんの処置を受けたから、心配は無いと思うんだが……」
その際、天津甕高校上空で、戦いが始まった事に気付いた神流は、処置を終えて手が空いた或魔からヴリルカードを借り、紅頭巾に変身して、竜巻達の元に飛んで来たのである。
「そうか……だったら、さっさと黄昏の街を破壊して、ヒキコンを助けてやらないとな!」
竜巻の言葉に、神流は頷く。
「行くぜ!」
宙に舞った竜巻は、音音達が戦っている上空に向かい、急上昇して行く。ほぼ同時に宙に舞った神流を、後ろに従えながら。




