37 ムーンチャイルド戦
背後から飛来した炎の蛇の群れが、竜巻達を掠めて、着衣を焦がす。直撃を受ければ、変身状態の竜巻達ですら、相応のダメージを受けただろう、炎撃魔術の攻撃である。
(炎の蛇! 閏間先生の攻撃か? それにしては、数が多過ぎるが……)
戦艦による対空砲火並みに、派手に乱射されて来る炎の蛇は、とても一人の魔術師が放った物とは竜巻には思えなかった。竜巻は飛びながら背後を振り返り、状況を確認する。
「何だ、ありゃ? 閏間先生の、使い魔か?」
迫り来る二百体程の、黄色い着衣に身を包む少年少女の群を目にして、竜巻は驚きの声を上げる。迫り来る炎の蛇を、器用に回避しながら。
同様に背後を振り返りつつ、手にしているタロットカードの束から、純一はカードを一枚引き抜く。引き抜かれたのは、月が描かれたカード。
「月に関係がある、人型の使い魔ねぇ」
オカルトに詳しい純一は、知識の中から該当する情報を、選び出そうとする。
「オデコと手の甲に、満月マーク入りの魔術式が、書いてあるのだ!」
嗅覚だけでなく、視覚もずば抜けている音音が、襲い来る春永の使い魔達の外見を確認し、声を上げる。
「満月マーク入りの魔術式を持つ、月に属する人型の使い魔といえば……」
その条件に該当する存在を、純一は選び出し終える。
「あれはムーンチャイルドだ!」
「ムーンチャイルドって、何だよ?」
竜巻に問われた純一は、手短に解説する。
「アレイスター・クロウリーの系譜に属する、魔術師や錬金術師連中が作り出して使役する、人造人間兵器。ちなみに、複数形はムーンチルドレンとは言わない。何故なら……」
「人造人間兵器って、ホムンクルスやゴーレムみたいなもんか?」
余り戦闘に関係無さそうな薀蓄を喋り始めたので、竜巻は純一の話を遮り、問いかける。ちなみに、魔術師が作り出す巨人兵器であるゴーレムや、錬金術師が作り出すホムンクルスと、竜巻達は戦闘経験があった。
「どちらかと言えば、ホムンクルスの強化版みたいなもんだ。元々は素材である人間の赤子に、月の精霊を呼び込んで作り出してたらしいけど、今は進んだバイオテクノロジーと組み合わせて、人間の細胞を培養した肉片からでも、作り出せるらしい」
「作り方なんて、どうでもいいのだ! 倒し方や弱点は?」
音音が急かす様に、言葉を続ける。
「ホムンクルスって、確か物凄く再生能力が高くて、倒すの大変な筈だよ! その強化版なんだから、倒すのホムンクルスより大変な気がするのだ!」
迫り来るムーンチャイルドの群の前衛に、竜巻が二挺拳銃を向け、射撃を開始する。強力な魔物ですら一撃で屠るヴリルの弾丸が、一体のムーンチャイルドを直撃する。
左胸と額という、撃ち抜けば大抵の魔物は死ぬだろう部分を撃ち抜かれたムーンチャイルドは、金色に輝く体液と肉片を撒き散らせながら、撃ち落された鳥の様に墜落し始める。
だが、驚くべき事に、墜落し始めたムーンチャイルドは、程無く体勢を立て直し、飛行を再開し始める。撃ち抜かれた額と左胸の弾痕も、既に塞がっていた。
「ホムンクルス同様、身体に記された魔術式が弱点なんだけど、魔術式が一つしかないホムンクルスと違って、三つあるムーンチャイルドの場合は、その三つを殆ど同時に潰さないと、再生能力を封じれず、倒せないらしい!」
「殆ど同時にって?」
「一つや二つの魔術式を潰しても、残された魔術式が数秒で、潰された魔術式を再生するシステムになってるんで、殆ど同時に全ての魔術式を潰さないと、倒せないって事さ!」
自分が撃ち抜いたムーンチャイルドの復活を、既に目の当たりにしている竜巻にとって、純一の解説は信じるに足るものだった。竜巻は即座に、ムーンチャイルドと、どう戦うべきか考え始める。
(全身を吹っ飛ばすレベルの強力な攻撃……大技を使えば、三つの魔術式を同時に狙って攻撃しないでも、一度に三つの魔術式を潰せるが……)
襲い来る百を越える炎の蛇を、見事な回避運動で避けながら、竜巻は炎の蛇を放って来る、多数のムーンチャイルド達に目をやる。
(多分、二百体はいるな。一撃でムーンチャイルドを仕留められるレベルの大技を、一人で六十回以上使うのは、消耗が激し過ぎるな)
現在、放課後ヴィジランテスは三人。二百体のムーンチャイルドを三人で分担すれば、六十体から七十体を、一人が担当しなければならない。一度の戦闘で、それだけ強力な攻撃業を使えば、竜巻達はムーンチャイルド達を相手にするだけで、消耗し切ってしまう。
黄昏の街に対する攻撃に入る前に、消耗し切ってしまえば、竜巻達は目的を果たせない。黄昏の街を破壊し、ムカシノジブンの発生源を潰すという目的を。
(だからと言って、逃げようにもムーンチャイルド連中の動きは速い。こいつらの追撃を受けながら、黄昏の街を攻撃するのも難しい)
ムーンチャイルド達との戦闘は不可避だと、竜巻は結論付けた上で、ベストと思われる戦術を構築し終える。その間、時間的には十秒もかかっていない。
「小技で各個撃破するのは面倒な相手だし、そもそも各個撃破するには数が多過ぎる! ここは三人で連携して、相手の数を小技で削ってくぞ!」
竜巻の言葉に、音音と純一は頷く。小技とは、殆どヴリルを消耗しない、基本的な攻撃技の事である。
「前衛はニャーコ、中衛が俺、ノロイチが後衛のフォーメーションを取る!」
変身時、竜巻達は正義のヒーローやヒロインとしての名で呼び合う事にしている。シークレット・アイデンティティが露呈するのを、避ける為に。
だが、辺りに人がいなかったり、既に正体を知られている者しかいない場合、呼び易い徒名の方で、竜巻達は呼び合う場合が多い。
「後衛はムーンチャイルドの群から逃げつつ、中衛と前衛が攻撃を受けそうな場合、防御してくれ! 逃げるのと防御に徹し、攻撃はしなくていい!」
竜巻の指示に、純一は頷く。
「俺と前衛は襲い掛かって来る連中を、二人がかりで確実に仕留め続ける! 前衛が一つでも魔術式を潰したら、そのタイミングを見計らい、俺が残りの魔術式を潰す!」
「そしたら、魔術式を全部潰されて、再生能力を失ったムーンチャイルドを、ニャーコかハジキンが潰せばいいんだね?」
「そういう事だ! あと、ヴリルの消耗が激しい、ヴリルアタックやヴリルバーストみたいな大技は使うなよ! ヴリルの消耗を抑える為に、ヴリルが殆ど減らない小技だけで、わざわざ連中を仕留めるフォーメーション組んだんだから!」
上空にある黄昏の街を、竜巻は指差す。
「五人揃ってれば、五芒流星撃で破壊出来るが、今の俺達は三人しかいない以上、あれは使えない。俺達三人だけで、黄昏の街を潰さないと駄目なんだから、ヴリルを消耗する大技は、黄昏の街を破壊する時まで、温存しておけ!」
竜巻の指示に、音音と純一は頷く。ちなみに、変身直後のヴリルの量を百パーセントとして、どの程度のヴリルが残っているかは、ヴリルカードに数値として表示される。
大破壊力を誇る、ヴリルアタックやヴリルバーストなどの大技は、ヴリルを大量に消費してしまう。故に、後で黄昏の街を破壊する事を計算に入れれば、敵との戦いではヴリルを消耗してはいけないと、竜巻は判断したのである。
五芒流星撃という、変身した五人のヒーローとヒロインが発動する合体技の場合、破壊力は個人個人が使う大技を遙かに上回るにも関わらず、五人のヴリルの残量が二パーセント以上であれば、問題無く発動出来る。ただし、全員のヴリルの残量は一パーセントまで減少するので、それ以上の戦闘続行は、かなり困難になるのだが。
「散!」
散……つまり散開し、自分のポジションを取れという竜巻の号令と共に、三人はそれぞれが担当する位置に移動を開始する。純一は黄昏の街がある上空へのコースを逸れ、西の空に向かって逃げる様に飛び始める。
その後を微妙に速度を落としながら竜巻が追い、竜巻より更に速度を落としながら、音音が後に続く。三人は高度三百メートル程の高さで、それぞれ百メートル程の間合いを取り、西から東に一列に並び、フォーメーションを完成する。
すると、竜巻と音音も速度を純一に合わせる。余り速いとは言えない純一の飛行速度に合わせれば、竜巻達は当然、ムーンチャイルドの群に追いつかれる。だが、それは竜巻の狙い通りであった。
ムーンチャイルドの前衛は、音音に追いついた為、回避され続けていた遠距離攻撃魔術としての炎の蛇を停止し、接近戦用の攻撃方法に切り替える。手の甲にある魔術式から、三日月型の黄色い刀を、ムーンチャイルド達は出現させ、両手に持つ。
「何だ、ありゃ? 三日月みたいな刀だな、青龍偃月刀かよ?」
三日月の様な刃を持つ刀を見て、竜巻は驚きの声を上げる。青龍偃月刀とは、三国志に出て来る関羽などが使う、三日月の如き刃を持つ刀、中国武術の刀である。
「いや、黄色い時点で、青龍ってイメージじゃねえよな、あれ」
すぐに竜巻は、思い直す。ちなみに、竜巻は知る由も無いのだが、ムーンチャイルド達が操る三日月形の刀は、クレッセントソードという。
三体のムーンチャイルドがクレッセントソードを振り上げ、音音に襲いかかる。連携の取れた切れ目の無い動きで、ムーンチャイルド達は音音に斬撃を加える。
だが、素早い動きで音音は斬撃をかわし、両手の甲から伸ばした、短刀の如き十本の爪で、クレッセントソードの攻撃を受け止め、弾き返す。更に、左手の爪で弾いたクレッセントソードを手にした、ムーンチャイルドの右手の甲を、右手の爪で撫でる様に切り裂く。
右手の甲に記された魔術式を切り刻まれ、悲鳴を上げるムーンチャイルドを、竜巻は見逃さない。即座に構えた二挺拳銃で、ムーンチャイルドの額と左手の甲を狙うと、引き金を引く。
響く銃声に、噴出すマズルファイア。軽いリコイルを感じながら、竜巻が放った二発のヴリルの銃弾は、大気を切り裂きながら、右手の甲の魔術式が修復される前のムーンチャイルドに襲い掛かり、額と左手の甲を撃ち抜き、魔術式を破壊する。
絶叫するムーンチャイルドに、音音は身体を回転させながら、両手の爪で更なる斬撃を加え続ける。楽しげに踊っているかの如き、見る者の目を惹き付ける、音音の流麗な体術である。
シュレッダーに挿し込まれた書類の様に、切り刻まれたムーンチャイルドの身体は、再生せずに粉々に分解してしまい、黄色に輝く光の粒子群となって、大気に溶けて風に流され、消滅する。三つの魔術式を同時に失った為、再生能力を無くしたムーンチャイルドは、身体を一定以上損壊されると、消滅してしまうのだ。
次々と襲い来るムーンチャイルド達の攻撃を受け流しつつ、音音が一体につき一つの魔術式を破壊すると、竜巻が残る二つの魔術式を銃撃で破壊して再生能力を奪い、竜巻か音音のどちらか……主に音音が、ムーンチャイルドに止めを刺す。そんな風に、二人は見事なコンビネーションで、続け様に三十体程のムーンチャイルドを消滅させてしまう。
無論、コンビネーションに組み込まれているのは、竜巻と音音だけでは無い。攻撃に専念するが故に、防御が疎かになりがちな二人が、ムーンチャイルドによる攻撃を受けそうになると、純一が即座に塔のカードを使って塔の一部を呼び出し、二人を防御するのだ。
竜巻と音音がムーンチャイルドを食い止めているので、純一自体には攻撃は及ばない。後衛である純一が後退しつつ、顕幽市上空を飛び回り、その後を追う竜巻と音音に、ムーンチャイルド達が襲い掛かっては、返り討ちに遭うという構図が続く。
「これで、半分は倒したか」
小技といえる、余り負担の高く無い攻撃技しか使っていないとはいえ、人造の魔物にして、強力な使い魔であるムーンチャイルドを、短時間で百体程倒せば、相応に竜巻達は消耗する。やや疲れた感じの口調で、竜巻は続ける。
「だが、このペースで倒せれば、この黄色い連中を片付け終えた上で、黄昏の街を破壊し尽くすだけの余力は残る筈!」
数に劣るとはいえ、放課後ヴィジランテス側が主導権を握り、優勢に戦いを進めているかに見える状況。しかし、それはあくまでムーンチャイルドの軍勢と、放課後ヴィジランテスの三人との戦いにおいてのみ。
放課後ヴィジランテスの敵は、ムーンチャイルドだけでは無かった。敵の首魁たる春永自身も、戦いの場に赴いていたのだ。




