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35 手詰まり

 本来ならくすんだ白い壁に覆われた、三階建ての古いマンション風に見える、天津甕高校敷地内の外れにある教師用の寮は、夕日を浴びてオレンジクリームの様な色に見える。古くて設備が整っていない為、ただ同然の安値で借りられるにも関わらず、現在は春永だけが借りている状態である。

 空から舞い降りて、寮の前に現れた竜巻は、即座に寮のドアを開けて、中に入る。階段を駆け上がり、三階にある春永の部屋に向かう。降りて来る際、三階の西側の部屋の窓が、カーテンで覆われていた為、その部屋が春永の部屋だと、竜巻には分かったのだ。

 竜巻はホルスターから拳銃を抜くと、ガンスピンをしながら、拳銃に命ずる。

「万能鍵モードッ!」

 すると、ガンスピンを止めた竜巻の拳銃の銃口からは、鍵が飛び出していた。拳銃があらゆる鍵を解錠出来る、万能鍵モードに変化したのである。

 竜巻は銃口から飛び出す鍵を、ドアの鍵穴に突っ込み、引き金を引く。すると、鍵はガチャリというはまりの良い音を立てながら、あっさりと解除されてしまう。

 再びガンスピンをしながら、解除の命令を下し、拳銃を普通の状態に戻しつつ、竜巻は左手でドアを開ける。犯罪組織のアジトに踏み込む刑事の様に、拳銃を構えながら、竜巻は勢い良く、部屋の中に踏み込む。

「警察じゃないが、正義のヒーローだッ! 部屋の中を検めさせて貰うッ!」

 刑事ドラマに出て来る刑事風の言葉を口にしながら、部屋に入った竜巻の目に、ソファーに座って寛いでいる春永と、白いブラウスに黒のパンツという出で立ちの、二十歳前後に見える魅力的な女性の姿が映る。

「一般人の住居に乱入なんて真似は、正義のヒーローがする様な真似じゃないんじゃないか?」

 まるで竜巻……ガンブラットが乱入して来るのを予測していたかの様に、落ち着いた態度の春永が、竜巻に問いかける。

「魔術使って悪巧みする様な悪党……ヴィラン風情が、一般人とか言うなっての!」

 言い返しながら、竜巻は部屋の中を見回す。変身状態の竜巻は、スパイメガネ無しでも魔術式を見分けられるのだが、雑然とした室内に、何処にも魔術式は見当たらない。

 一メートル以上のサイズがある、青く光る封印の魔術式が隠しておけそうな場所は、六畳のワンルームマンション的な作りである室内には、余り無い。

「魔術? 何の事です?」

 しれっとした口調で、春永は竜巻に問いかける。

「惚けるなよ、魔術師! あんたは監視の魔術式で、遠距離から俺が磐座公園に降りたのを見た。そこに、人並み外れて背が高い女の子がいるから、それが土生音音かも知れないと思い、呼び出してカマをかけてみたんだろ?」

「魔術式なんて、知りませんよ。そんな物、何処にあるんです?」

 確かに春永の言う通り、部屋の中には魔術式は無い。だが、不自然な存在が、竜巻の目に留まる。

「この白いスクリーン、監視魔術の魔術式が送って来る映像を、投影するのに使っただろ?」

 部屋の壁にかけられた、白いスクリーンを指差しながら、竜巻は春永に問いかける。以前、或魔が監視魔術を使っていた際、映像を見易くする為に、同様のスクリーンを使っていたのを、竜巻は思い出したのだ。

「それは、プロジェクター用の奴で……」

 春永が答えるが、竜巻はスクリーンの正面辺りを調べながら、右手の人差し指を左右に振り、春永の答えを否定するジェスチャーを見せる。

「プロジェクターなんて、何処にも無いだろ。あるのは壁だけ……しかも、何か擦った様な跡が残ってるな、ここだけ埃がついてないし」

 壁に触れて状態を確かめてから、竜巻は春永に問う。

「これ、映像投影用の魔術式を、擦って消した跡じゃないのか? ここに俺が来るのは、監視魔術による監視で、分かっていた筈。焦って急いで擦って消したばかりだから、まだ埃が付いてないんだ、ここだけは」

「――さっき彼女が遊びに来る直前まで、部屋を掃除してた時、そこを拭いたんですよ。汚れてたんでね。魔術式って……一体何の話なんです?」

「あくまで惚け続けるつもりかよ、往生際が悪いな」

 取調室で容疑者を取り調べる、刑事の様な口調の竜巻。

「でも、終わり無き黄昏に通じる通路を、隠蔽する為の魔術式は、まだ消して無いだろ? あれを消せば、黄昏の街が見える様になるからさ」

 竜巻は故意に、自分の得た知識や推理を、春永に晒す。その上で反応を見て、春永が黒か白か、判別しようとしているのだ。

(俺が部屋に踏み込んだ際は、落ち着き過ぎていたくらいだけど、色々とネタをぶつけた際は、ちゃんと目線が上に泳いでる。あれは、どう答えるか……反応するか、考えている人間が見せる反応だ)

 細かい春永の反応を、きっちりと竜巻は読み取っていた。

(この反応、黒で間違い無い!)

 春永が黒幕の魔術師だという自分の推理の確信を、竜巻は強める。そして、何処かにある筈の、青く光る大きな魔術式を、竜巻は探し続ける。

 途中、玄関のドアを開けて、タロッティアに変身している純一と、猫姫に変身している音音の二人が、部屋に入って来たので、竜巻は二人と共に、部屋全体を徹底的に調べ尽くそうとする。本を退け棚を退け、押入れやクローゼットの中を調べ、風呂場やトイレ……天井裏など、春永が借りている部分を全て、調べ終えてしまう。

 だが、見付からない。青く光る大きな隠蔽の魔術式が、何処にも見付からないのだ。

(奴が見せた反応は、確実に黒な筈! それなのに、何で何処にも魔術式が無いんだ?)

 目当ての魔術式が見付からない為、竜巻は焦り始めている。ドミノマスクに隠されているので、表情は読み取り難いのだが、焦る感情は空気として、部屋中に伝わる。

「どうやら、貴方が探している、終わり無き黄昏に通じる通路を隠蔽する魔術式とやらが、見付からない様ですね。そりゃそうですよ、そんな物は最初から、この部屋には無いんですから」

 竜巻は音音に、春永の言葉が事実かどうか調べる様に、目配せする。この部屋に目当てとする魔術式が無いという、春永の言葉が事実かどうか、知る為に。

 音音は春永に近付いて匂いを嗅ぐと、竜巻に歩み寄り、躊躇いがちに耳打ちする。

「――本当だよ、今の言葉は……嘘じゃないのだ」

(つまり、部屋の中に隠蔽魔術の魔術式は無い! でも、それは閏間先生が黒だという、俺の読みが外れてるって事なのか? それとも、単に魔術式が別の場所にあるだけなのか?)

 頭に浮かんだ疑問を解決する為に、竜巻は春永に問いかける。

「どうやら部屋の中には魔術式は無いようだが。あんた先程、魔術式なんて知らないって言ってたけど、本当に知らないのか?」

「だから言った通りですよ、僕は魔術式なんて知りません」

 今度は目配せなどせずとも、音音は自分がすべき事を、自分から為す。再び春永に近寄ると、鼻を鳴らして匂いをかぐ。すると、音音の表情が変わる……驚きの表情に。

 すぐに竜巻の所に戻り、音音は竜巻に耳打ちする。

「今のは嘘、ホオズキの匂いがしたよ」

(つまり、こいつは魔術式を知っていて、その事を俺達に隠してるんだ。やっぱり、こいつが黒幕の魔術師だろうって俺の読みは、当ってると考えていいな!)

 竜巻は自分の推理に、確信を持つ。

「猫姫は匂いで、相手が嘘を吐いているかどうか、完全に嗅ぎ分ける能力を持ってる。だから、あんたが魔術式を知ってるって事は、今のやり取りで、もう俺達には分かってるんだ!」

 驚いたのだろう、春永は両目を見開き、音音を見詰める。

「ホントだよ。閏間先生が嘘吐いてるの、もう分かってるのだ」

「それを、どうやって他人に証明するんです? 猫姫さんが嘘を匂いで嗅ぎ分けると主張しても、そんな話を信じてくれるのは、放課後ヴィジランテスのお仲間だけじゃないんですか?」

 語気を強めて、春永は続ける。

「お仲間の間だけしか通用しない根拠で、他人を魔術を使って悪巧みする魔術師扱いしたら、只の人権侵害ですよ! 私を魔術師だと決め付けたいなら、証拠を出して下さい! 君達が探してる魔術式とやらを、私に突き付けた上でね!」

 春永の勢いに、竜巻は気圧される。確かに、音音が匂いで嘘を嗅ぎ分けるという事は、竜巻達の間では共通認識として信じられている。だが、その音音の能力自体には、現時点では裏付けが無い。

 小学生時代の仲間内で、信じられていた能力であり、実際に外れた事など皆無といえる、嘘判定能力ではある。だが、現時点では、その能力の存在を裏付ける、科学的な理屈や根拠は存在しない。科学的実験を行い、仲間以外を説得出来る様な、音音の能力の裏付けを、竜巻は提示出来ないのである。

「勘違いすんなよ、魔術師! 俺の目的は、お前を裁判所で裁く事じゃない! 一刻も早く、ムカシノジブンの脅威を、この街から取り除く事だ!」

 竜巻は手にしている拳銃の銃口を、春永に向ける。既に通常モードに戻っている、攻撃能力のある拳銃の銃口を。

「俺が欲しいのは、他人を説得する為の証拠じゃなくて、俺が判断する為の根拠! 猫姫の能力は、俺が判断し行動を起こすのには、十分過ぎる根拠なんだよ!」

 音音は竜巻の言葉を聞いて、表情を弛める。竜巻が自分を信頼しているが故の言葉が、音音は嬉しかったのだ。

「――終わり無き黄昏に通じる通路を、隠蔽してる魔術式は、何処にある?」

 脅し文句を、竜巻は口にする。

「正義のヒーローが銃を突き付け、脅し文句ですか。随分と酷いヒーローもいたもんですね」

 ソファーに座ったまま、春永は肩を竦めて、呆れてみせる。

「罪の無い人の命を救う為だったら、俺は幾らでも酷い奴になってやるぜ。特に、悪党相手にはな!」

 空気が、張り詰める。部屋にいる者達の緊張は、最高潮にまで高まっている。古いエアコンは賑やかな音を立てつつ、部屋を程好い温度に保っているのだが、部屋にいる者達の肌には、汗が滲み出ている。

「さっさと吐けよ、死にたいのか?」

 ここで突如、春永が笑い出す。聞く者に耳障りな、嘲り笑いである。

「何が可笑しい?」

 不機嫌そうに問いかける竜巻に、春永は笑いを抑えてから、答え始める。

「君は僕が、君が知りたい情報を知っていると考えている。そんな僕を撃ち殺せば、君は知りたい情報を、僕から得られなくなるじゃないですか!」

 楽しげな、勝ち誇っているかの様な口調で、春永は続ける。

「そんな僕を、君が殺せる訳が無い……少なくとも、その魔術式とやらが何処にあるか、知るまでは……そうでしょう?」

 春永を睨み付けている竜巻は、言い返せない。春永の認識は、正しいからである。 

(脅しも通じないとなると……どうしたもんかねぇ?)

 手詰まりである事を、竜巻は意識する。この難局を打開する方法を、竜巻は考え付かない。閉塞した空間である室内の、閉塞的で張り詰めた空気に、思考の枠が狭められてしまっているかの様に、竜巻は良い手を思い付かない。

 そんな嫌な空気が、いきなり吹き飛ばされる。突如、窓が開いて涼しげな黄昏時の風が、夕日と共に部屋の中に流れ込んで来たのだ。

 黒いカーテンを踊る様にはためかせた風が、竜巻達の肌を洗い、室内の空気をかき混ぜる。張り詰めていた室内の空気が攪拌された為、緊張の糸が弛む。

 突如、窓を開けて空気を入れ替えたのは、純一。沈み行く太陽が見える西の窓を、純一が開け放ったのだ、黒いカーテンと共に。

「いや、何か空気淀んでるから、入れ替えた方が良いと思ってね」

 純一の言葉に、竜巻は納得する。

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