31 魔術式の解除法
自転車を天津甕高校の近くにある、大型書店の駐輪場に停めた後、竜巻と純一は駆け足で天津甕高校の正門に向かい、待っていた音音と合流する。時間は午後四時半。
まだ、日が傾くには早過ぎる時間とはいえ、残された時間は限られている。三人は隠蔽の魔術式を探す為、校舎に向かって歩き出す。
天津甕高校に来る途中で購入して来た、一リットル入りのミネラルウォーターのペットボトルを、スパイセットと共に、傍らを歩く音音に手渡した瞬間、竜巻は何者かの視線を感じる。
(何か冷たい……嫌な感じの視線だな)
嫌な視線を感じる方向……校舎への出入り口があるB棟の真上、二階の職員室前にある通路の窓を、竜巻は見上げる。視線の正体を確かめる為に。
すると、そこには細身の男がいた。嫌な感じなど微塵も感じさせない、感じの良い優男である。その男は、竜巻達の方を見下ろしていた、微笑みを浮かべながら。
「――あれ、誰だ?」
見た目の印象と、視線から受けた感じの乖離が気になった竜巻は、窓から自分達を見下ろしている男が誰なのか、音音に問いかける。
「あれは、閏間先生なのだ」
「さっき、ニャーコが呼び出された先生か」
竜巻の言葉に、音音が頷く。
「ニャーコは、何か嫌いなのだ、閏間先生」
珍しく、人の事を嫌いだと言い出した音音の言葉が気になり、竜巻は理由を問う。
「何で?」
「さっき呼び出された時、嘘ばかり吐かれたのだ。カンナちゃんの嘘みたいに、理由が何となく分かる、可愛い嘘じゃなくて、訳の分からない嘘を……。だから、信用出来ないんで嫌い」
「あの先生、どんな嘘吐いたんだ?」
先程、呼び出された理由が、落し物の体育館履きの袋を、音音に手渡す為だったという話をした上で、音音は嘘の内容を話し始める。
「ニャーコの体育館履きの袋を、生徒が体育館で拾ったというのも嘘だったし、磐座公園の近くを、昨日の夕方に通りかかって、ニャーコ達の姿を見たって話も嘘なのだ」
「見られたって、まさかガンブラットの変身解いた俺や、そんな俺と一緒にいたお前らの姿を、あの先生が見てたのか?」
音音の言葉を聞いて、竜巻は衝撃を受ける。
「ヤバイだろ、それ!」
「大丈夫、その話は嘘なのだ。ちゃんとホオズキの匂いがしてたから、間違い無いよ」
自信有り気に、音音は断言する。
「確かに、ニャーコの嘘を嗅ぎ分ける能力は、魔術だろうが誤魔化しが効かないレベルだから、ニャーコが嘘だというのなら、嘘なんだろうが……」
春永を見上げつつ、竜巻は立ち止まって考え込む、そんな嘘を春永が吐いた理由について。
「何やってるんだよ! 時間無いんだから、早く探し始めないと!」
先を行く純一に急かされ、竜巻の思考は打ち切られる。悠長に考え込んでいる暇など、今の自分には無い事を思い出し、竜巻は頭を切り替えて、下駄箱がある出入り口に向かい歩き出す。
あと少し考え続ければ、竜巻は答えを導き出せた可能性が高かった。だが、黄昏時が迫っていた為、隠蔽魔術の魔術式探しを急ぐべきだという考えが、優先されてしまったのだ。
そんな竜巻とは対照的に、疑問についての答えを見出した者がいた。他でもない、竜巻達が出入り口から校舎に入る様子を見下ろしていた、春永本人である。
「成る程、あの仲の良さ気な感じを見ると……あの二人が磐座公園に、土生さんと一緒にいた二人である可能性が高そうですね」
知りたかった答えを見出した喜びに、表情を弛めながら、春永は続ける。
「三人の会話の中心にいたのは、一年三組の韮沢君では無い方の生徒……確か二学期からの転入生。生徒達の間で色々と噂になってる、常時竜巻君でしたか」
竜巻の名と顔は、音音や神流と起こした騒ぎのせいで、既に天津甕高校中で知られている。
「ガンブラットが現れたのは、彼が転入して来てから……分かり易いですねぇ」
眼下の竜巻を見下ろしつつ、独り言を口にした春永は、普段とは違う表情を見せる。見る者の背筋を震わせる様な、冷たい……嫌な笑みを。
今なら、勘の鋭い竜巻でなくとも、冷たい嫌な感じを、視線から感じ取れそうな、春永の表情である。
「何をするつもりかは知りませんが、とりあえず顕幽市のローカルヒーロー達の、お手並み拝見と行きましょうか」
そう呟くと、春永は歩き出す。教師用の寮に向かう為に、校舎の出入り口に向かって。
スパイメガネのフレームにはまっている、度無しのプラスチックレンズには、微妙に黒い色が混ざっている。それ故、玩具のメガネというより、玩具のサングラスに見えてしまう。
仕方が無い事とはいえ、子供向け玩具のサングラスをかけ、校舎内を徘徊する三人の姿が、傍目には奇異に見えるのは当り前。竜巻達は少し恥ずかしそうに、主に文化部の生徒達が行き交う校舎内を、手分けして徘徊しながら、隠蔽魔術の魔術式を探す。
(風紀委員会の連中には、見付からないようにしないとな)
玩具のサングラスをかけて校内を徘徊する姿を、学校に無関係な物の持込を、厳しく取り締まっている風紀委員に見られたら、困った状況となる。竜巻は風紀委員の腕章をつけた生徒に出くわさないように祈りながら、担当する校舎の三階を、探し続ける。
三階全てと四階のA棟、そしてA棟の階段全てが、竜巻の担当だった。
(――それにしても、あちこちに仕掛けられてやがるな、魔術式)
壁に窓……床に天井など、校舎の至る所に、魔術式は記されていた。種類は主に三つ。スパイメガネ越しには赤く光って見える、監視カメラ的な機能を果たす、監視魔術の魔術式に、オレンジ色に光って見える、防犯センサー的な機能を果たす、警報魔術の魔術式、そして竜巻達が探している、青く光って見える、隠蔽魔術の魔術式の三種である。
何れもスパイメガネをかけていない人々は、見る事すら出来ない、円形の魔法陣に似た魔術式だ。スパイメガネを通しては、仄かに光って見える為、割と目立って見える。
魔術式は上に何かを多い被せて隠したりすると、魔術の効果が発動しなくなるリスクが、極端に高まるので、魔術式自体が何かに覆い被されている可能性は低い。そういう意味では、魔術式は見える者にとっては、見つけ易いといえる。
(あれは、隠蔽魔術の魔術式!)
音楽室の前の廊下に記された、青く輝く魔術式を発見した竜巻は、そのサイズを確かめる。一メートル以下のサイズの魔術式なら、無視して構わないのだ。
見付け出した魔術式には、それだけのサイズがあった為、竜巻は早速、魔術式を無効化する作業に入る。変身時なら攻撃によって、魔術式が記された物や場所ごと破壊し、魔術式を無効化するのだが、変身していない現在の竜巻達に、魔術式の破壊は不可能。
故に、魔術式は破壊ではなく、解除するしかない。高度な魔術を操る魔術師なら、魔術式の解除を独力で行えるし、魔術式を記した本人なら、それこそ手や布で魔術式を擦って消すだけでも、魔術式を解除出きるのだが、竜巻達は魔術を使えない。
そこで、解除の為に使用するのが、スパイセットに含まれるスパイメモである。本来なら水に溶けるメモ用紙を綴じた、玩具のメモ帳なのだが、ダマシヤのスパイメモには、或魔が魔術によって、加工を施してある。
スパイメモのメモ用紙には、スパイメガネ越しには白く光って見える魔術式が、或魔により記されている。白の魔術式は、大抵の魔術式を解除する、特殊な魔術式であり、解除の魔術式が記されたスパイメモのメモ用紙を、水に濡らして他の魔術式に貼り付けると、メモ用紙が溶けるのと同時に、魔術式が解除される。
魔術式が解除されると、魔術式によって発動していた魔術が停止する。つまり、隠蔽魔術の魔術式が解除されると、隠蔽魔術が停止して、魔術によって発生していた魔術的結界が、消滅するのだ。
竜巻はスパイメモで魔術式を解除する為に、買って来たペットボトル入りのミネラルウォーターで、メモ用紙を濡らすと、慣れた手付きで青い魔術式の上に貼り付ける。すると、数秒でメモ用紙は紅茶に溶ける角砂糖の様に、ボロボロに溶け切ってしまう……青く光っていた魔術式を、跡形も無く消去しながら。
(解除完了……と)
竜巻は心の中で呟きながら、辺りを見回す。黄昏色の光となって現れるかもしれない、終わり無き黄昏への通路の痕跡が出現したかどうか、確かめる為に。
すると、天井辺りを稲妻の様なスパークが、飛び交い始める。隠蔽魔術が解除された際に発生する、現象である。スパークはすぐに消え去るが、何も姿を現さない。
つまり、この場に仕掛けられていた結界には、何も隠されてはいなかったのだ。魔術師が仕掛けた、ダミーの魔術式だったのである。
(これも外れか)
軽く落胆しつつも、竜巻は即座に気持ちを切り替え、他の隠蔽魔術の魔術式探しの為、廊下を歩き始める。青い魔術式を見逃さない様に、周囲を観察しながら……。
だが、竜巻が担当するエリアからは、終わり無き黄昏への通路の痕跡は、見付からなかった。見付からないのは、純一や音音が担当したエリアでも同じだった為、結局は校舎の中には、通路の痕跡は見付からなかったのである。
家に戻って携帯電話を取って来た、竜巻や純一と違い、音音は今現在、携帯電話を持ち歩いていない。故に、スパイセットに含まれているトランシーバー(本来は玩具なのだが、或魔の魔術により、本物のトランシーバーとして使用出来る)で連絡を取り合いながら、三人は校庭やプール……体育館などの、校舎以外の天津甕高校の敷地内の分担を決め、急いで隠蔽魔術の魔術式を、探し始める。
ちなみに、魔術的結界を作り出す本命の隠蔽魔術の魔術式には、預言者潰し的な効果がある魔術が併用されているらしく、純一の占いでは見つけ出す事が出来なかった。故に、純一も視覚頼りで、魔術式探しを行っている。
時間は午後五時、終わり無き黄昏に通じる通路が開き、黄昏の街が姿を現すまで、あと三十分しか残されていない。竜巻達は学校の敷地内を駆け巡り、青く輝く魔術式を探し続ける。
焦燥感に、心を煽られながら……。




