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29 カンナちゃん……何でそんなに、ハジキンの事を嫌がるの? 

 国道の脇にある歩道を、制服姿の竜巻が駆るMTBが疾走する。十字路に差し掛かる手前で信号の色が変わり、車の流れが止まる。

 竜巻もペダルを漕ぐのを止め、軽くブレーキをかける。ネズミの悲鳴に似た音を響かせ、竜巻のMTBが停止する。

 隣に青いオフロード用のバイクが滑り込み、横断歩道の前で停車する。バイクを運転しているのは、シールド越しでも顔が確認し易い、青いヘルメットを被っている、志摩夫だった。

「バクチカじゃねーか! 何処行くんだ?」

 いきなり竜巻に声をかけられた志摩夫は、少し驚きながらも、言葉を返して来る。

「バイトだよ、顕現市にあるショッピングセンターふじよしのイベントで、今日は子供に風船配るんだ」

 答えてから、志摩夫は思い出す。不良扱いされてる自分とは、関わらない方がいいと、自分で竜巻に警告した事を。もう一度志摩夫は、その警告を竜巻にすべく、口を開く。

「昨日も言ったけど、あんま俺に関わらない方が……」

「あ、そうそう。ダマシヤ見付かったぜ」

 志摩夫の言葉を最後まで聞かず、竜巻はダマシヤを見付けた報告をする。

「――だろうな、昨日の騒ぎ見りゃ分かるって」

「これからダマシヤに、スパイセット取りに行くんだ。ムカシノジブンって超常現象を解決する為に、必要なんでな」

「ダマシヤ、今度は顕現市に店開いたのか?」

 二人が話しているのは、顕幽市と顕現市を通り抜ける国道の、既に顕現市に入っている辺り。しかも、二人が向かっている方向は顕現市の中心なので、現在地と竜巻が向かってる方向を考慮すれば、志摩夫がダマシヤの場所が顕現市だと考えるのは、当然といえる。

「いや、風森の中の……」

 竜巻は簡単に、ダマシヤの位置や、何故わざわざ一度顕幽市を出て顕現市に来てから、再び顕幽市の外れにあるダマシヤに向かう理由などを、説明する。顕幽市では無いので、魔術式による監視は無いだろうし、辺りに人はいないので、人に聞かれる心配をせずに。

「成る程、顕幽市中に仕掛けられてる、監視用の魔術式を回避し、ダマシヤの場所を敵に気付かれない様にする為、顕幽市を出て遠回りしてるのか」

「ま、お前には関係の無い話だけどさ。大人になっちまったお前には」

「そ、そうだな。もう俺には関係無い話だ。まぁ、頑張ってムカシノジブンを何とかしてくれ」

 多少、ぎこちない口調で言い残すと、信号が青に変わったので、志摩夫はバイクをスタートさせ、走り去って行く。排気ガスを撒き散らしながら、バイクは走り去る。

 竜巻もペダルを漕ぎ、MTBをスタートさせる。ある程度、顕現市の中を徘徊してから、ダマシヤに向かう為に。


「ニャーコじゃない! 何やってるのよ、こんな所で?」

 煉瓦造りの校門の門柱に寄りかかり、退屈そうにしていた音音に、神流が声をかける。仙流を伴って、神流が現れたのだ。

 神流達は、敷地内の外れにある、剣道部や柔道部など、武道系の部活が練習場とする武道場に向かう途中、正門の近くを通りかかったのである。

「ハジキンやノロイチと、待ち合わせしてるのだ!」

「あの二人……って事は、ムカシノジブン絡み?」

 他の生徒達に聞かれない様に、近付いて小声で問いかけてきた神流に、音音は頷く。

「ムカシノジブンの発生源が、天津甕高校の敷地内にあるみたいなんで、これから発生源を隠蔽してる魔術式を探すのだ」

「――発生源が、私達の学校に?」

 神流は思わず、驚きの声を上げてしまう。

「ハジキン達は今、ダマシヤにスパイメガネを取りに行ってるの」

 音音は神流の耳元に唇を寄せ、ダマシヤの場所や、ムカシノジブンが現れる黄昏時を迎える前に、発生源に通じる通路を探し出そうという、竜巻の目論見について囁いてから、誘いの言葉を口にする。

「カンナちゃんも、一緒に魔術式探さない?」

 ムカシノジブンという危険な問題を解決したいと、神流の正義感は強く望むのだが、竜巻と一緒に行動したく無いという感情も強い。両者が葛藤した結果、勝ったのは感情の方だった。

「私は……やらないわよ。そんな、ハジキンと一緒にだなんて」

「カンナちゃん……何でそんなに、ハジキンの事を嫌がるの? 昔から喧嘩ばかりしてたけど、仲は良かったのに」

「――やっていい事と悪い事の区別が付かない奴は、嫌いなのよ。人の事を傷付けておきながら、平気でそれ忘れてる無神経なとことかも、大嫌い」

 嫌悪感を表すかの様に、言葉を吐き捨てる神流の背後で、仙流が気まずそうに神流から目線を逸らした。無論、誰も気付きはしない。

 音音は鼻を鳴らし、神流の匂いを確かめる。

「ホオズキの匂いがする……カンナちゃんがハジキンを嫌ってるというのは、嘘なのだ」

 少しだけ、神流の目線が泳いだのは、動揺したからだろう。

「ハジキンは確かに口が悪い所はあるし、酷いイタズラとかも、結構してたよ。好き勝手に人に徒名付けたり、学校中の給食に正露丸混ぜて、小学校中をパニックに陥れたり……」

「正露丸テロか……あったわね、そんな事も」

 かって顕幽西小学校をパニックに陥れた、学校中の給食に正露丸を混入するという、竜巻が起こした悪戯を思い出し、神流は疲れた様に肩を落とす。

「でも、悪い事をした時は、ちゃんと謝ってたのだ。徒名だって、呼ばれてる本人が本気で嫌がってたら、また別の徒名を付け直してたし」

 音音の言う通りであるのは、神流も覚えがあった。

「それに、ハジキンはカンナちゃんと同じくらい、正義感が強かったの、カンナちゃんも覚えてる筈なのだ! 苛められてた子をカンナちゃんと一緒に守ってあげてたの、ハジキンなんだから」

 それも、事実だった。いわゆる弱い者苛めも陰湿な仲間外れも、かっての顕幽西小学校は無縁だったのだが、その主な原因は、苛めを見て見ぬ振りなどしないで、積極的に止めていた、神流と竜巻がいたからだったのだ。

「命の危険があるのに、顕幽市の人々の命が危険に晒されるのは放っておけないって、正義のヒーローとして活動し始めたのも、ハジキンが最初なのだ。カンナちゃんより先に、正義の為に戦う覚悟を決めたの、ハジキンなんだよ!」

 音音の言葉を聞いて、神流は思い出す。かって顕幽市が危険な超常現象に襲われた際、偶然にもダマシヤを見付け出した竜巻達のグループが、或魔に正義のヒーロー&ヒロインとなり、人々を守る為に戦って欲しいと頼まれた時の事を。

 神流も音音も……そして純一も志摩夫も、その頼みを断ったのだ。正義のヒーローやヒロインに対し、子供らしい憧れの感情はあったのだが、インコグニートの掟として、その戦いが命の危険を伴う事を、ちゃんと或魔が説明した為、四人は躊躇い……一度は断っていた。

 それにも関わらず、竜巻は一人で或魔の頼みを聞き入れ、正義のヒーローとして戦い始め、死にそうになりながらも、その超常現象を起こした錬金術師を、倒したのである。無論、一目惚れしたらしい或魔に、良い所を見せたかったせいもあるのだろうが、犠牲者が出続けた状況を放置せず、正義の為に一番最初に戦い始めたのは、竜巻だった。

 竜巻が勇気を見せて正義の為の行動を起こしたからこそ、神流達も後に続く気になったのだ。竜巻に勇気を貰う形で。

「そんな正義感のあるハジキンが、人が本当に傷付くような真似なんて、する筈が無いよ。何かの間違いで、そんな真似をしたとしても、ちゃんと謝るだろうし、忘れる訳も無いのだ」

 熱心に、音音は訴え続ける。

「そんなのカンナちゃんだって、ホントは分かってる筈なのだ!」

「――でも、現実にあいつは私に酷い真似して、謝りもしないどころか、忘れてるのよ! 幾らニャーコが弁護しても、それが事実なの!」

「きっと何か、勘違いか行き違いがあるだけで、ちゃんと話せば……」

「あいつと話す事なんて、何も無い! じゃあ、私達は練習があるから!」

 これ以上、竜巻に関する話はお断りだとばかりに、神流は会話を強引に打ち切る。そして、踵を返すと、気まずそうな表情を浮かべていた仙流を従え、勢い良く歩き去って行く。

「カンナちゃん……」

 去り行く神流を見送る、音音の目は寂しげである。



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