28 灯台下暗しって奴
強い日差しのせいで、影が濃い昼休みの屋上。幾つかの生徒達のグループが、弁当を食べている。その中の一つ……フェンス近くで集っているのが、竜巻達である。
竜巻が密かに校内に持ち込んだ、小型のノートパソコンを、純一と音音も覗き込んでいる。モニターに映し出されているのは、「放課後ヴィジランテス暫定復活記念サイト(仮)」に寄せられた、三百件を越えるムカシノジブン関連の情報を、整理したものである。
サイトに集まった情報から、冷やかしや誤情報、何らかの工作だと思われる情報など、二百六十件を除いて、竜巻は四十件程に、情報を絞り込んでいたのだ……授業中に。そして、その絞り込まれた情報から、目撃された場所を、顕幽市の地図に、記して行く。
すると、一つの明確な事実が姿を現し始めたのだ。データをまとめた竜巻には当然、純一と音音の目にも明らかな、事実が。
赤く記されたムカシノジブンの目撃地点は、地図の上で赤い扇を描いていた。ある地点を中心として、一定の距離の範囲内に、扇状にムカシノジブンの目撃情報は広がっていたのだ。
「これって、ムカシノジブンが黄昏時しか、この世界では活動出来ないせいで、出現した地点から一定の範囲に、行動範囲が収まってしまうから、ムカシノジブンの目撃地点が、こんな風になるんだと思うのよ、俺は」
地図を指差しつつ、竜巻は自分の考えを述べ続ける。
「円形にならず扇状になるのは、顕幽市には人が余り立ち入らない場所……例えば森とかが多いから。人が余りいない場所では、当然ムカシノジブンの目撃証言は出難いんで、そういう場所を円形から除くと、扇状になるって感じで」
竜巻と同じ意見なのだろう、純一と音音は相槌を打つ。
「つまり、ムカシノジブンが顕幽市に出て来る通路があるのは、この扇の根元辺りである可能性が、高いと思うんだ」
再び、竜巻の言葉に二人は相槌を打つ。
「でも、その根元ってさ……」
目線を地図から周囲に……天津甕高校の校舎や校庭などに移しつつ、純一は言葉を続ける。
「うちの高校……天津甕高校じゃないのか?」
純一の問いに、竜巻と音音が頷く。純一の言う通り、赤い扇状の図形の根元……ムカシノジブンが出現したと思われる場所には、広い敷地の天津甕学園があるのだ。
「黄昏の街が、ここにあるって事なのだ」
「正確には、黄昏の街がある、終わり無き黄昏への通路があるんだ。灯台下暗しって奴だよな、こりゃ」
音音と竜巻も、驚きの言葉を漏らす。探し求める黄昏の街への通路が、どうやら自分達が通う高校にあるらしいと知ったのだから、驚くのは当然といえる。
「とりあえず、大雑把な場所が分かっただけでも、昨夜みたいな騒ぎ起こした意味があったってもんだ。後は、学校の何処かにある筈の、通路を隠す結界を作り出している、隠蔽魔術の魔術式を消し去り、通路を探し出して……」
竜巻の話を、純一が受け継ぐ。
「攻撃を行い、黄昏の街を破壊すればいいんだ」
「じゃあ、これからニャーコ達は、どうすればいいのだ?」
音音に問われた竜巻は、少しの間考えを巡らせてから、口を開く。
「変身すれば、魔術式自体は見えるが、それじゃ目立ち過ぎる。とりあえず学校が終わったら、ダマシヤに行って、或魔にスパイセット借りて来て、それで探そう」
竜巻の言うスパイセットとは、昔から探偵セットやスパイセットという名で、駄菓子屋で売られている、安っぽい玩具セットの事である。水に溶けるスパイメモや、髭がプリントされたスパイシールやスパイメガネなどの変装グッズ、モールス信号の解読書付き下敷きや、書いた文字が消えるスパイペンなど、子供心をくすぐる玩具などが、セットには含まれている。
本来は普通の玩具なのだが、ダマシヤで或魔が売るスパイセットには、少し変わった機能がある。例えばスパイメガネは、かけるだけで魔術式が、見える様になってしまうのだ。
通常、魔術式は魔術に類する超常的な力を持つ人間以外には、見えない。故に、ヴリルカードによって変身した状態なら、竜巻達は魔術式を見る事自体は可能なのだが、ただの人間としての状態では、見る事すら出来ないのである。
ところが、このスパイメガネをかければ、変身していない状態であっても、竜巻達は魔術式を見る事が出来るのだ。かって放課後ヴィジランテスが顕幽市で活躍していた頃、竜巻達は敵が仕掛けた魔術式を見つける為、スパイメガネを多用していた。
基本、優れものなのだが、普通のスパイセットを或魔が魔術で加工して作り出すアイテムで、元が安いプラスチック製の物だから、壊れ易く長持ちしないという欠点がある。
「放課後、ダマシヤに集合な! 監視用の魔術式相手の偽装の為、一度は顕幽市を出てから、ダマシヤに向かうように!」
竜巻の指示に、音音と純一は頷く。
放課後、純一と教室を出た竜巻は、元気過ぎる音音の声に呼び止められる。
「ハジキーン!」
勢い良く体当たりするかの様に、音音は竜巻に抱き付いてくる。
「途中まで一緒に、帰るのだー!」
「一緒に帰るのは、良いんだけどさ……」
廊下にいるクラスメート達が、自分達に好奇の目線を送りながら、何かを囁き合っているのに気付いている為、竜巻は流石に恥ずかしさを感じ、音音の身体を振り解きつつ、窘める。
「恥ずかしいから、抱き付くのは止めろ、抱き付くのは! 妙な噂にだって、なるんだし!」
「別にニャーコは噂になっても、構わないのだ」
振り解いても、何度もじゃれてくる猫の様に、音音は竜巻に抱き付いて来る。自分より大きく重く、力がある音音を振り解くのは大変なので、三度程繰り返した上で竜巻は諦め、音音の為すがままとなる。
だが、ここで音音が竜巻から離れざるを得ない状況が、訪れる。突如、チャイムが鳴り響き、近くにあるスピーカーから、音音を呼び出す校内放送が始まったのだ。
「一年一組の土生音音さん、閏間先生がお呼びです。至急、職員室まで来て下さい!」
校内放送は二度、同じ内容の話を繰り返し、終わった。
「閏間先生か、何だろ?」
音音は首を傾げながら、竜巻を開放する。
「行かないと駄目なんだろうけど、用事が長引いて遅くなったらどうしよう?」
不安げに問いかける音音に、竜巻は即答する。
「呼び出された用事が終わったら、ニャーコは学校に残ってろ。スパイセットは俺とノロイチが持って来るから」
「りょーかいッ! 言って来るのだ!」
そう言い残すと、音音は疾風の様な速さで廊下を駆けて行き、姿を消してしまう。
「ニャーコ呼び出した、閏間先生って?」
「女子連中には人気がある、科学の先生。まぁ、彼女いるらしいけどね。教師用の寮に、良く遊びに来てるらしいぜ」
「教師用の寮っていうと……ラジオゾンデの?」
竜巻の問いに、純一は頷く。
「あのラジオゾンデ上げたの、閏間先生だよ。敷地内にある教師用の寮、閏間先生しか住んでないから、今は私物化状態らしいんだ」
純一が指差した窓の外を見ると、白い箱をぶら下げた白い気球……ラジオゾンデの模型が、竜巻の目に映る。普通教室があるA棟と、音楽室や科学室、美術室などの特別教室があるC棟は、下駄箱や職員室、生徒会や文化部の部室などがあるB棟を挟んで、アルファベットの「H」の字を書く様に並んでいる。
A棟の窓からはC棟だけでなく、C棟の右斜め奥の空……高度二百メートル辺りに浮いている、白いラジオゾンデも見える。マンション風の建物だという教師用の寮は、その下にあるらしいのだが、校舎に隣接する雑木林のせいで、校舎からは見えない。
「成る程」
日差しを反射させ、煌めいているラジオゾンデを見上げながら、竜巻は呟く。
「放課後なのに、いきなり呼び出して悪かったね、土生君」
放課後、雑然とした職員室の窓際の席で、春永は音音を迎える。
「何の用ですか?」
春永を見下ろしながら、呼び出される覚えが無い音音は、問いかける。
「いや、うちのクラスの生徒から、落し物が届いたんで、渡しておこうと思ってね」
整理整頓がなされている机の下から、ラグビーボール程の大きさがある、くすんだ白い巾着袋を取り出し、竜巻は音音に見せる。袋には、「土生音音」と読める文字が、記されている。
「あ、これニャーコ……じゃなくて私の体育館履きなのだ!」
流石に教師の前で、自分をニャーコと呼ぶのはまずいと考えたのだろう、私と言い直してから、音音は巾着袋を受け取り、中身を確認する。
「でも、何時落としたんだろう? 始業式で履いた後、確か……」
「拾った生徒は、体育館に落ちていたと言っていたよ」
そう春永が言った直後、何かが気になったのだろう、音音は不思議そうに首を傾げる。鼻をくんくんと、鳴らしながら。
「あ、それと……土生君に会ったら訊こうと思っていたんだが」
春永は声のトーンを落とし、小声で音音に問いかける。
「土生君はガンブラット……いや、ガンブラットの正体の人間と、知り合いなのかい?」
音音の表情が、凍り付く。
「そんな……知り合いの訳が無いのだ」
否定しても、嘘を吐くのが苦手な音音は、問いに対する真実の答えが、表情に出てしまう。
「何で、そんな変な事訊くんですか?」
逆に、今度は音音が問う。何故、春永が自分に、そんな問いをしたのかが、気になったのだ。
「ああ、いや……昨日の夕方、磐座公園の近くを通ったんだが、その時ガンブラットが空から降りて来たのを見たんだよ。土生君らしき女の子と、他に一人の少年がいる、磐座公園に」
再び凍り付く、音音の表情。見られてはいけない姿を、見られてしまった焦燥感が、泳ぐ目の動きに現れてしまう。
だが、焦るのと同時に、音音の鋭敏で不思議な嗅覚が、何かを感じ取る。音音はくんくんと鼻を鳴らす。何かを確かめる様に。
確かめてから、音音は誤魔化す為の嘘を口にする。
「それは閏間先生の、見間違いだと思うのだ」
「そうかな、確かに土生君だと思ったんだが。変な事を訊いて、悪かったね」
春永の話は、そこで終わったので、音音は軽く頭を下げてから踵を返し、春永の前から歩き去る。何度も首を傾げながら、早歩きで職員室を後にする。
そんな音音を一瞥しながら、春永は呟く。
「嘘が下手ですねぇ、土生君。表情に本当の答えが、表れ過ぎですよ」
普段学校では見せる事が無い、口元を歪める嫌な笑みを浮かべる春永には、知る由も無い。嘘を吐くのが下手な音音には、他人の吐いた嘘を、匂いで嗅ぎ分ける力がある事を。




