27 俺、マジでマジメガに何したんだっけ?
朝の日差しに照らされた、翌朝の天津甕高校の校門前は、普段より賑やかであった。正門も西門も変わりなく、登校して来る生徒達は皆、同じ話題について、話の花を咲かせていたのだ。
その話題とは、言うまでも無く、昨夜の騒ぎについてである。
「おはよー、姫子! 昨日のアレ、見た?」
正門前で出会ったショートヘアーのクラスメート……片山片山姫子に、柔らかなセミロングの髪の少女が、話しかける。
「放課後ヴィジランテスでしょ? 昨日も見たって言ったじゃない、胡桃胡桃が電話かけてきた時に。何でまた、訊く訳?」
昨夜、竜巻達が起こした騒ぎを目にした、胡桃……鈴木胡桃は、すぐに携帯電話で友人の姫子に連絡を取り、騒ぎについて話したのだ。
「いや、それはそうなんだけど……カメラで撮った映像に、放課後ヴィジランテスの姿が、全然映って無かったから、ひょっとしたら夢だったのかなーとか思って、確認したのよ」
「放課後ヴィジランテスの姿や声って、カメラや録音機材で、記録に残せないんだって」
姫子は放課後ヴィジランテスの都市伝説について、以前から語られている内容を、姫子に話し続ける。
「だから、心理学者とかの偉い人は、『放課後ヴィジランテスは実在しない。正義のヒーローの実在を願う顕幽市の人々が、集団ヒステリーを起こして、存在すると皆で思い込み、幻覚を見てしまっているだけだ』とか言ってるんだ」
多数の人間に同じ感情や思考が伝染する、集団ヒステリーと呼ばれる現象には、妄想や幻覚を伴う場合がある。録画や録音などの形で存在の証拠を残せない、放課後ヴィジランテスの存在を、顕幽市にある有名私立大学……天津甕大学の心理学者などは、集団ヒステリーの一種だと、結論付けているのだ。
「幻覚には見えなかったなー」
「そうだね、確かに事実だと思う。でも、放課後ヴィジランテスが実在するって事は、やっぱり同じ都市伝説であるムカシノジブンも、実在する訳じゃない。ガンブラットが、そう言ってたし……」
姫子の言葉に、胡桃は頷く。
「出来れば夕方は、顕幽市から離れたいんだけど、私……部活あるから無理な上、帰りの時間が思いっきり夕方だよー! どうしよう?」
「胡桃がムカシノジブンに出会ったら、あたしがぶん殴って、気絶させてあげるよ」
「そうして、お願い! 自殺するよりは、殴られた方がマシだよー!」
登校中の生徒達は皆、似た様な話をしながら、校門を通り抜けて行く。
「――凄い騒ぎになってるな。まぁ、当然といえば当然か」
風紀委員の仕事で、今朝も校門辺りで生徒達の服装や、場合によっては持ち物の検査も行っている神流が、呆れ顔で呟く。
(まぁ、昨夜のアレを信じて、警戒する人が増えたら、その方が犠牲者が出る確率が下がるから、その方がいいか)
そう考えた後、神流は気付く。自分と仙流も、今日は剣道部の練習がある為、帰宅時間が夕方になってしまう事に。
「仙流! 今日は剣道部の活動で、私も仙流も帰りは夕方になると思うんだが……」
神流は近くにいた仙流に、小声で語りかける。
「私がムカシノジブンに出会ったら、構わず私を殴って気絶させなさい。私も仙流がムカシノジブンを見たら、同じ事をするから」
仙流は少しだけ驚いた様な表情を浮かべながら、素直に頷いてみせる。
昼食時間でもある昼休み、二年一組の教室は、ざわついている。理由は昨日、天津甕高校に伝説が生まれた原因である竜巻が、伝説を作った本人である神流に会う為に、教室を訪れたからである。
今日は何が起こるのかと、生徒達は無責任に噂し合っているのだ。
「――だから、ちょっと付き合えよ! 話が有るんだからさー!」
竜巻は教室の最後列の机で、弁当箱を開いている神流を誘っている。神流の耳元に唇を寄せ、竜巻は人に聞かれたら困る話を、耳打ちする。
「昔……何があったんだか忘れたけどさ、ムカシノジブンが事実だと分かったんだから、細かい事なんて気にしないで、手ぇ貸せよ」
何の気無しに使った「付き合え」という言葉が、神流の心の傷口に塩を塗り付けている事に気付かず、しつこく誘い続ける竜巻に、それまで竜巻を無視していた神流は、切れる。
「細かい事だと? ふざけるなッ! 私は二度とお前とは関わらないと、決めたんだッ!」
勢い良く立ち上がりながら、神流はポケットから折り畳み式定規を取り出すと、一瞬で定規を伸ばし、定規の先端を日本刀の切っ先の様に、竜巻の喉下に突き付ける。時代劇に出て来る抜刀術の使い手の如き、素早く無駄の無い動きである。
「言葉で断っている間に、私の前から消え失せろ! でないと、次は……」
まさに龍の逆鱗に触れたという表現が、今の竜巻には相応しい。喉下への圧迫感を堪え、冷や汗を浮かべながら、竜巻はとりあえず、この場は退く事にする。
今は玩具の拳銃すら持ち歩いていないので、定規を手にしている神流相手と暴力沙汰になっても、自分に勝ち目が無いと、竜巻は自覚しているからだ。
「分かった分かった! とりあえず、この場は消えるから、危ないもん引っ込めろ」
「この場ではなくて、永遠に消え失せろ、この女の敵が!」
定規を畳み、ポケットに戻しながら、神流は言葉を吐き捨てる。
(俺、マジでマジメガに何したんだっけ?)
女の敵呼ばわりされる様な行為を、人生で行った記憶が無い竜巻は、心の中で自問する。だが、それが何なのかを神流に問いかけても、激怒させるだけだと分かっているので、この場で神流に問いかけはしない。
「ま、昼休みと放課後、ニャーコやノロイチと屋上にいるからさ、気が変わったら来いよ。仲間は多い方がいいからな、歓迎するぜ!」
そう言い残すと、竜巻は踵を返し、早足で教室から出て行く。
「鉄姫、年下の彼氏ふっちゃったんだー」
気楽な声が、クラスメートの中から上がる。
「彼氏じゃない! 単なる小学校時代の幼馴染だッ! しかも、傍迷惑な!」
「ご、御免なさい!」
声を上げた少女は、神流に怒鳴り付けられ、震えた声で謝罪する。
「あ、いや……怒鳴ったのは、やり過ぎだった。すまない」
冗談であっただろう軽口に、怒鳴り声で応じてしまった、余裕が無さ過ぎる自分を省みて、神流は謝罪の言葉を口にしつつ、深く頭を下げる。そして、椅子に座って昼食を再開する。
「どうも昔から、奴が関わる事になると、余裕が無くなる。私も余り、昔から進歩していないんだな……」
自嘲するかの様に呟くと、神流は好物である稲荷寿司を、箸で口に運ぶ。稲荷寿司は普段より、少しだけ苦く感じた。味は同じである筈なのに。




