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26 参加し損なった二人

「顕幽市の外まで、飛び去る様だな。顕幽市内に監視や警戒用の魔術式が仕掛けられている事に、気付かれたか?」

 本だらけの暗い部屋の中で、スクリーンに映し出される映像を、苦虫を噛み潰す様な表情で、眺めている男が呟く。飛び去る竜巻達が、小さく映し出されている映像である。

 先程は顕幽市内に着地した竜巻……ガンブラットが、わざわざ市外に向かって飛び去るのを見て、男は放課後ヴィジランテスの面々が、顕幽市に監視や警戒用の魔術式が仕掛けられているのに気付いたのだと、察したのだ。

「市外から顕幽市に戻って来る人間を、片っ端から調べてみれば、あの三人の正体が分かるかも……」

 数秒の間考えてから、男は自分のアイディアに駄目出しをする。

「いや、出入りする人間の数は多いだろうし、監視に気付いているなら、変装くらいしてくるだろうから、監視魔術の魔術式の映像から、奴等の正体……シークレット・アイデンティティを知るのは難しいか」

 呪文を唱えて、男は映し出される映像を切り替える。猫の様なしなやかな動きで、ビルの間を飛び回り、花火を撒く猫姫……音音の映像に。

 映像は、更にガンブラットと化した竜巻が、磐座公園に下りた際の、小さく映し出された音音の映像に切り替わる。

「この背の高い……土生音音かも知れない少女が、身体のサイズからして、猫姫の正体なのは間違い無さそうだ。これだけ背の高い少女なら、変装していても見抜ける可能性は有る。一応、この背の高い少女狙いで、調べておくか」

 そう決意した男は、音音に狙いを定めて、顕幽市に戻って来る人間を、片っ端から調べた。だが、調べ始めてから翌朝まで、条件に該当する少女は見付からなかった。

 竜巻の指示により、音音は顕現市の百円ショップなどで買い集めた素材を使い、かなり強引な姿に、変装させられていたからである。猫背で髭を生やした、太った中年男の姿に。

 自分がする場合であれ、人に施す場合であれ、竜巻は変装を得意としていたのである。


 剣道と剣術だけでなく、徒手空拳の古武術なども教える、古臭い道場……碇屋天剣流道場いかりやてんけんりゅうどうじょうに隣接する、比較的新しい家。息子の家族が住んでいた団地が、取り壊しになった為、道場の主人が敷地内に新しい家を建て、息子の家族を住まわせているのだ。

 家の二階にあるベランダで、椅子に腰掛けながら、道場の主人の孫である神流は、竜巻達が飛び去った夜空を、眺め続けていた。

「あのバカ共、幾ら何でも派手な真似し過ぎでしょうが! どうせハジキンが言い出した事なんだろうけど、ニャーコも止めなさいってのよ!」

 言葉を吐き捨てる神流の表情は、苦々しげである。

「――それにしても、あいつらが変身してるって事は、ダマシヤが来てるのは確実。つまり、ムカシノジブンが事実なのは、既に疑いようが無いって訳ね」

 神流は腕を組み、真剣な表情で考え込む。

(こうなったら、私も参加するべきかな。ムカシノジブンが事実なら、あの三人だけに任せておく訳にもいかないし。ニャーコにダマシヤの場所、訊いておくか……)

 心の中で呟きながら、部屋に携帯電話を取りに戻ろうと、椅子から立ち上がった神流の前に、仙流が歩み寄って来る。ベランダは隣の部屋の主である仙流と、共用になっているので、仙流も同じベランダで、先程まで竜巻達が起こした騒ぎを、神流と共に眺めていたのだ。

「まさか姉さん、ハジキン達に付き合って、放課後ヴィジランテスに参加する気なの?」

 不満げに問いかける仙流が口にした、「ハジキン」と「付き合って」という言葉から、神流は竜巻関連の嫌な記憶を、また思い出してしまう。不愉快さが心の中に溢れ、神流の心は刺々しく、攻撃的になる。

「何バカな事言ってるのよ! 今更、ハジキンなんかと付き合って、何かしようとする訳が無いでしょ!」

 語気を荒げて言い放つと、神流は仙流を放置し、ベランダの床を軋ませながら、部屋に向かって歩いて行く。部屋に入り、ドアを勢い良く閉める。

「良かった、姉さん……もうハジキンとつるんだりは、しないんだ」

 安堵の表情を浮かべ、仙流は呟く。仙流もかって、和美同様に超常現象関連の事件に巻き込まれた事から、ダマシヤ関連の秘密を共有する仲間となり、主に神流を助けたいが為に、色々と雑用を片付ける協力者となっていたのだ。


「――面白そうな事やってやんの、あいつら」

 風街の住宅街にある、古臭いマンション前の路上で、竜巻達が飛び去った夜空を眺めながら、志摩夫は呟く。手にしてるボロ布は、目の前に停めてある中型バイクを磨く為の物だ。

 夕食前に、自宅であるマンションに戻った志摩夫は夕食後、バイト代を貯めて買った、青いデュアルパーパス(公道も走れるオフロードバイク)の中型バイクを、手入れしていた。その途中、顕幽市の中央辺りで、竜巻達が起こした騒ぎを、目にしたのである。

「あーあ、人間見栄なんざ張るもんじゃ無いわな。見栄なんて張っても、良い事無しだよ」

 愚痴りながらバイクを磨き始めた、汚れたツナギ姿の志摩夫に、マンションの二階の窓際に座って志摩夫を見下ろしていた、蓮っ葉な雰囲気の茶髪の若い女が、声をかける。

「なーにオッサンみたいな愚痴吐いてんのよ! アンタは同窓会帰りの、人生に疲れた窓際族か?」

「意味分かんねー例え方すんなよ、ねーちゃん!」

 缶ビールを直接飲んでいる姉……阿佐田志摩子(しまこ)を見上げながら、志摩夫は呆れ顔で続ける。

「毎日毎日、酒ばっか飲みやがって」

「酒の何処が悪い! 少なくとも博打よりは、酒の方がマシじゃーい!」

「――俺が言うのもなんだが、酒に溺れるのも博打に溺れるのも、どっちも駄目人間のする事だよ。重要なのは、身を持ち崩す程に溺れない事!」

「高校生にもなって、カードゲームやらガチャガチャやら、子供向けの博打で散財してるアホが、詰まらん正論吐くなー! 言う事はオッサン臭いのに、やってる事はガキ同然なんだからな、お前は!」

「仕方無いだろ、大人向けの博打に手を出したら、破滅する自覚があるから、子供向け博打や宝くじ程度で我慢してんのよ、俺は!」

 父親が博打にはまり過ぎ、母親は酒に溺れて、どちらも破滅。離婚した上で借金を残し、両親は共に行方不明。歳の離れた姉である志摩子が、母親代わりとなって、志摩夫と妹の面倒を見ているのが、現在の阿佐田家である。

 二十代中頃にしては稼ぎのある志摩子といえ、弟と妹を私立に通わせる程の財力は無い。故に、勉強が出来なかった訳では無いのだが、志摩夫は偏差値的には低い、県立の顕幽高校に通っているのである。

 中学までは空手部に所属していたのだが、高校に入ってからはバイトとバイクに明け暮れているので、志摩夫は部活動はしていない。バイク仲間関連の揉め事に巻き込まれ、暴走族のメンバーを喧嘩で倒してしまったりもしている為、自分から喧嘩を売るような真似はしていない上、生活態度は真面目な位なのだが、顕幽高校では不良生徒として扱われている。

(バイクや博打もスリル有るけど、正義のヒーローやるのに比べりゃ、どうって事無いのよね)

 スリルがある遊びが好きな志摩夫は、心の中で呟く。正義のヒーローやヒロインとしての活動を再開した、旧友達の姿を目にして、思い出してしまったのだ……昔の事を。

 かって自分が正義のヒーローとして、魔術や錬金術、仙術に霊術など、常識を超えた能力を持つ悪人達と戦っていた頃の、スリル有る退屈と無縁の日々の想い出が、志摩夫の心に甦る。

「あーあ、昔は良かった……」

「だから、オッサン臭い愚痴を漏らすな! 酒が不味くなるわっ!」

 志摩子が再び、志摩夫を叱り付ける。

「――ホント、下らない見栄張っちまったもんだぜ、全く」

 志摩夫は深い溜息を吐くと、バイクの手入れを再開する。



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