24 黒幕の独白
「まだ健在だったとは、驚きだね。顕幽市で都市伝説として語られる正義のヒーロー、電光石火の二挺拳銃……ガンブラットが」
暗い部屋の中、壁に吊るされた白いスクリーンに映し出された、和美を抱えたまま顕幽市の上空を飛んでいる、ガンブラット姿の竜巻を捉えた映像を眺めながら、男は忌々しげに呟く。
「人を一人殺して抱く感情など、私にとっては、本で埋め尽くされている書斎に、また本が一冊増えた程度のものでしかないのさ」
天津甕の生徒である麻友が、ムカシノジブンに出会った時、ある建物の屋上で女と抱き合いながら、そんな事を言っていた男だ。その言葉は例え話であったのだろうが、男の部屋は書斎の様に、無数の怪しげな書籍に埋め尽くされている。
実は、ヴリルカードによって変身した姿は、通常のカメラで撮影するのは不可能。それ故、過去に正義のヒーローとして活躍していた放課後ヴィジランテスの面々の姿は、画像や映像としての記録が公式には残されておらず、結果として、放課後ヴィジランテスの過去の活躍の全ては、事実かどうかが限りなく怪しい、都市伝説として扱われている。
では、何故に男はガンブラットとしての竜巻の記録映像を、見られるのだろうか? それは、彼が見ている映像は、通常の機械的なカメラにより撮影された映像では無く、彼が顕幽市中に仕掛けた、監視魔術の魔術式が撮影した映像だからである。
監視魔術でなら、カメラでは撮影出来ない、ヴリルカードで変身した者の姿を撮影し、記録を残せる。監視カメラの様に働く、魔術式から送信された記録映像を、部屋の壁に記した映像投影用の魔術式から、プロジェクターの様にスクリーンに、男は投影していたのだ。
ちなみに、記録された映像には、音声は無い。監視魔術の魔術式は、文字通り監視する機能しか無い為、録音は出来ないのである。
「以前、調べた際の情報によれば、ガンブラットは吸血王七色を倒したという、伝説の五人組のヒーローチーム、放課後ヴィジランテスのリーダーという話だが」
苦々しげに顔を顰めながら、男は独り言を続ける。
「魔術師では無い……おそらくは、インコグニートからヴリルカードを得た者なのだろう、ガンブラット……だけでなく、放課後ヴィジランテスの連中は」
魔術師は飛行の際、飛行魔術の魔術式が、身体の何処かで光っている。だが、飛行中のガンブラット……竜巻の身体に、魔術式は輝いていない。故に、魔術師以外で変身して空を飛ぶ存在といえば、ヴリルカードの使い手だろうと、男は推測したのである。
「だが、インコグニートからヴリルカードを得られるのは、子供だけの筈」
ごく一部の例外を除き、性的な意味における子供だけしか、インコグニートがヴリルカードを貸さない事を、男は知っていた。ヴリルカード自体は大人でも使えるのだが、大抵のインコグニートのメンバーは、大人になった相手から、ヴリルカードを回収するので、大人の使い手は殆どいないのだ。
正義感の強くない人間に、ヴリルカードが与える強大な力を、持たせてはいけない。子供時代に当たり前の様に持ち得た、子供染みていたとしても、純粋である正義感を、大人になるにつれて、人が失いがちである事を、インコグニートのメンバー達は、経験則として知っているが故にである。
「三年半程前に活動を停止した、五人組のヒーローチームが、そのまま今でも活動している可能性は低い筈。三年半も過ぎれば、子供から大人になる連中もいるだろうからね」
男は考え込む。いきなり復活を遂げた、都市伝説として語られる、正義のヒーローの復活に対し、自分がどうすべきかについて。
「放課後ヴィジランテスが、昔のまま揃っているのか、それとも復活したのかガンブラットだけなのかは分からない。だが、ヴリルカードの使い手が現れたという事は、黒の党に先駆けて、インコグニートが動き始めたのは確実」
考えを頭の中でまとめつつ、男は呟き続ける。
「インコグニートが動き出すのは、予測済みの事態とはいえ、戦い慣れたヴリルカードの使い手が、この先も出て来るとなれば、流石に何らかの対処をした方がいいだろうな」
夕焼け空を飛び去る竜巻の姿を追う様に、映像が次々と切り替わっていく。同じ魔術式では、高速で移動する竜巻の姿を追い切れないので、多数の監視魔術の魔術式が記録した映像を切り替え続け、男は竜巻の姿を追い続けているのだ。
映像の中の竜巻は、自分が何処に向かっているのかを偽装する為、様々な場所を経由した上で、夕日に照らされた磐座公園に降り立つ。だが、磐座公園最寄の魔術式では、竜巻の姿は映像を限度まで拡大しても、明確な姿としては映し出されない。
「人気の無い郊外だから、監視の必要は無いだろうと思って、監視魔術の魔術式を仕掛けておかなかったのだが、失敗だったか」
映像の中、竜巻は既に変身を解き、純一や音音と共にいるのだが、映像が粗い為、顔などを確認するのは不可能。男女と身長、大雑把な服装などを判別するのが、せいぜいである。
「ガンブラット以外の二人、放課後ヴィジランテスのメンバーである可能性が、高そうだな」
ガンブラットが二人の前で変身を解いて、シークレット・アイデンティティである竜巻の姿を見せている事から、純一と音音がガンブラットと同様の秘密を共有する仲間……放課後ヴィジランテスのメンバーではないのかと、男は推測したのだ。
「服装の色合いからすれば、こいつらは社会人ではない。自転車で行動しているみたいだから、大学生というよりは、中高生の少年少女といったとこだろう」
男は映像から読み取れる範囲で、映像に映し出された竜巻達の正体に、迫ろうとする。
「元から公園にいた一人は、身体のラインが女性の様だが、他の二人より相当に身体が大きいな。ガンブラットの身長は、ビルとかとの対比からすれば、普通の範疇の筈」
映し出されている音音を見詰めながら、男は続ける。
「この少女が、かなり大きいと考えるべきだろう。百八十センチくらいありそうだな」
音音の身長に対する男の推測は、ほぼ正解だつた。
「そんなに背が高い、顕幽市に住む中高生のショートヘアーの少女となると、数は一桁まで絞り込めそうだが……」
呟いた男の頭の中に、一人の少女の存在が浮かぶ。その条件を満たす少女に、男は心当たりがあったのだ。
「バスケ部の土生……音音が、条件に当てはまるな」
背の高さだけでなく、見た目の魅力や運動能力の高さから、音音は天津甕高校では知らぬ者がいないのは当然として、顕幽市民の間ですら、割と名が知られた存在となっている。それ程有名な少女なので、男は条件に当てはまる存在として、真っ先に音音を思い浮かべたのだ。
「明日、カマをかけて確かめてみるか……」
そう男が呟いた直後、壁に描かれている魔術式の一つが、非常灯の様に赤く輝き出し、部屋の中にサイレンの如き警報が響く。顕幽市中に仕掛けられた、警戒魔術や監視魔術の魔術式から、警戒すべき何事かが発生した知らせが、男の元に届いたのである。
男は少し慌てながら、呪文を短く唱えて、磐座公園の映像再生を停止する。そして、異変を察して警報を送って来た、警戒魔術の魔術式の近くにある、監視魔術の魔術式の映像に、スクリーンに投影する映像を切り替える。
映し出されたのは、星空を背景として宙に浮いている、三つの人影。ガンブラットに猫姫、タロッティアに変身している、竜巻達である。
映像の出所は、開発が進んでいる顕幽駅東口側にある、ショッピングモールの屋上に仕掛けられている、監視魔術の魔術式。つまり、竜巻達は顕幽市の中心辺りにある、顕幽駅付近の上空にいるのである。高度は大よそ、百メートル程。
映し出される映像の中のガンブラット……竜巻の声が、男にも聞こえて来る。監視用の魔術式は、音声を記録したり中継する機能は無いのだが、部屋の中にいる男に、声が聞こえて来る。
その声は、映像に付いている音声では無かった。夜空から直接、部屋の中ま出響いて来た、竜巻自身の声だったのである。




