21 だったら、破壊してやるよ、黄昏の街を!
「被験者が多数犠牲となった為、エーテル人間を作り出す実験は中止され、悪用されると危険だからと、実験設備ごと破壊する決定を、不死教団の指導者は下したのだが、実験の中心人物だった組織の幹部が、その決定に従わず、部下を率いて反旗を翻したんだ」
或魔は開いていた魔道書を、竜巻達が見易い様に向きを変えた上で、ちゃぶ台の上に置く。
「反乱自体は、簡単に鎮圧されたんだが、反乱を主導した組織の幹部は、実験施設の破壊を防ぐ為、大規模な時空間魔術を発動させ、実験施設を施設がある街ごと、異空間に送り込んだんだよ。例え魔術師であっても、肉体を持つ人間には踏み込めない、『終わり無き黄昏』と呼ばれる異空間に」
竜巻達は、魔道書を覗き込む。開かれたページには、中央に黒い教会の様な建物がある、石造りの家々が立ち並ぶ、中世ヨーロッパ風の街並が描かれている。黄昏の街の絵である。
「終わり無き黄昏っていう異空間に飛ばされた街だから、黄昏の街という訳か」
純一の呟きに、或魔は頷く。
「そして、黄昏の街が飛ばされる際に、何らかのトラブルが発生し、実験施設……この中央にある黒い建物だが、これが作動してしまったんだ。故に、エーテル人間を作り出す実験場が作動したまま、そのまま終わり無き黄昏という異空間を、黄昏の街は彷徨い続ける羽目になったのさ。人間が切り離し……黄昏の街に漂着した魂の欠片から、お前達がムカシノジブンと呼ぶ存在……黄昏人を作り出しながら」
「でも、異空間を彷徨っているなら、俺達の住んでいる世界には、影響が無い筈じゃないか。何でムカシノジブンが、俺達の世界に現れるんだ?」
当然といえる疑問を、竜巻は或魔にぶつける。
「終わり無き黄昏は、あたし達が暮らしてる世界と、一時的に重なり合い、通路が開くんだ。今の時期なら、午後五時半から七時前辺りの、逢魔時……黄昏時と呼ばれる時間帯に」
昨日ミナギヤから飛び降りた少女が、ムカシノジブンに出会った時間帯は、午後六時半の少し手前。或魔の言う通りの時間帯である。
「その重なり合った辺りの、終わり無き黄昏の側に、黄昏の街があった場合、こちら側の世界の通路に近いエリアが、黄昏の街の影響を受けてしまうんだ」
「だから、黄昏時にムカシノジブンが、現れる訳か」
竜巻の呟きに、或魔はこくりと頷く。
「それだけじゃない、通路を中心とした、半径一キロ程の範囲内に、封印したい……心から切り離したい様な心の傷を抱えている人間の、記憶や魂の欠片を、黄昏の街は吸い上げて行くんだ。エーテル人間に変える為に」
「メモリマや他の被害者達は、過去に黄昏の街が近くに現れて、記憶と魂の一部を奪われた事があったんだ。そして……」
竜巻の言葉を、純一が受け継ぐ。
「今、黄昏の街が顕幽市と重なり合う辺りの、終わり無き黄昏に存在している為、黄昏時になるとムカシノジブンが顕幽市に現れて、オリジナルの人間を探し、自殺に追い込んでいるんだ」
「その通りなんだが、今回は少し状況が異常なのさ」
或魔は竜巻と純一の認識を肯定しつつも、足りない部分を解説する。
「本来なら、黄昏の街は終わり無き黄昏の中を彷徨い、移動し続けているので、同じ街の近くに居続ける事は無い。それに、エーテル人間であるムカシノジブンは、オリジナルの人間に憑依しない限り、こちらの世界では黄昏時の間しか、存在し続ける事が出来ない」
オリジナルの人間に憑依した為、黄昏時が過ぎても、この世界に存在し続けているだろうムカシノジブンに憑依された状態で、気を失っている和美を一瞥し、或魔は話を続ける。
「それ故、ムカシノジブンには黄昏の街から、遠くまで離れて行動し続けるだけの時間的な余裕が無いから、黄昏の街が近くに現れない街では、ムカシノジブンの被害が出る事は無い」
黄昏の街に記憶と魂の欠片を吸い上げられ、ムカシノジブンを作り出されたとしても、オリジナルでいる人間がいる場所に、黄昏の街が黄昏時に現れ、黄昏の街から現れたムカシノジブンに探し出されて出会わないと、人間は被害者とならない。黄昏の街が彷徨い続けている状態なら、ムカシノジブンにより犠牲者が出る確率は、問題にならない位に低い筈なのだ。
「それなのに、顕幽市では春先から、ずーっとムカシノジブンの被害が出続けてるのだ」
音音は食べ終えたばかりの、好物であるヨーグル(ヨーグルト風の駄菓子)の容器を、近くにある大きな空き缶の様なゴミ箱に捨てながら、話を続ける。
「――つまり、黄昏の街は春先から、ずーっと顕幽市と重なり合う辺りの、終わり無き黄昏に居続けている可能性が高い。その事を、或魔さんは異常だと言いたいのだな?」
その通りだと言わんばかりに、或魔は頷いてみせる。
「そうなんだ。彷徨っている筈の黄昏の街が彷徨わず、顕幽市と重なり合う辺りの、終わり無き黄昏の中で停止している事が異常事態であり、ムカシノジブンによる被害が、顕幽市で続いている原因となってしまっている……というのが、あたしの推測だ」
「だったら、黄昏の街を彷徨う状態に戻せば、顕幽市も救われ、メモリマもムカシノジブンから救われる訳か」
ようやく、和美や顕幽市の人々を救う方法が見え始めた喜びに、竜巻は興奮気味の口調で、或魔に語りかける。
「いや、彷徨う状態に戻しただけでは、半分しか目的は果たせない。ムカシノジブンの新たなる被害者が、顕幽市で出る事は無くなるが、それではメモリマは救えないから」
「何故だ?」
「既にオリジナルの人間……メモリマに憑依してるムカシノジブンは、黄昏の街が離れて行っても存在し続け、メモリマを自殺に追い込もうとするからね」
「だったら、どうすりゃいいんだ?」
竜巻に問われた或魔は、その答えを教える。
「破壊するんだよ、黄昏の街を。オリジナルの人間に憑依したムカシノジブンであっても、黄昏の街が破壊されてしまえば、この世界で存在を保ち続けられはしないのだからね」
「だったら、破壊してやるよ、黄昏の街を!」
力強く言い切る竜巻に、或魔は深刻な口調で語りかける。
「ヴリルの力で変身すれば、魔術師ですら活動し難い終わり無き黄昏の中でも、破壊活動を行えるだろうが、それでも黄昏の街を破壊するのは、至難の業だぞ。お前達が昔みたいに五人揃っていたら、あの合体技……五芒流星撃で、何とか破壊出来たかも知れないが、三人では……」
「何とかするさ、三人だけでも。難しいからって諦めたら、メモリマや他の人を、助けられないんだから」
「相変わらず前向きな奴だな、お前は。ホント……少しも昔と変わってない」
「みんな、そう言うよ」
そう言うと、竜巻は或魔と顔を見合わせ、楽しげに笑う。
「でも、破壊する以前に、どうやって黄昏の街を探し出せばいいんだ? そもそも、黄昏の街を探し出さないと、破壊しようが無いじゃないか」
「それは……そうだな」
純一の言葉に、竜巻は同意する。
「探す方法なら、ある」
自信有り気という程では無いが、或魔は言い切る。
「おそらく黄昏の街は、魔術を使う何者かによって、顕幽市と重なり合う終わり無き黄昏の空間に、人為的に停められている。そして、大規模な魔術的結界によって、黄昏の街に通じる、この世界と終わり無き黄昏とを結ぶ通路は、隠されている」
(という事は、ノロイチの占いで探し出すのは、無理って事だな)
竜巻は、心の中で残念そうに呟く。魔術的結界に隠された物は、占いや探査用の魔術などでも、見付け出す事は出来ないのだ。
「だから、その何者かを探し出して、黄昏の街が何処にあるか訊きだすか、その者が仕掛けただろう魔術的結界を破れば、黄昏の街は姿を現す筈だ」
「あれ? でも通路が結界に覆われてるなら、ムカシノジブンも顕幽市には、来れないんじゃないの?」
浮かんだ疑問を、竜巻は或魔にぶつけてみる。
「エーテル人間であるムカシノジブンには、魔術的結界など通じない。連中は結界などに遮られず、こちらの世界に来れるのさ」
「成る程。それで……何者かが黄昏の街を人為的に停め、黄昏の街に通じる通路を、魔術的結界で隠してると、或魔が考える根拠は?」
或魔が根拠無しに言い切ったりする人間では無いと、分かってはいるのだが、竜巻は一応、或魔に根拠を尋ねてみる。
「根拠は、顕幽市の至る所に仕掛けられた、大量の魔術式だよ」
魔術の多くは、様々な情報を詰め込んだ神秘の図柄である魔術式と、口で唱える呪文を合わせて、発動させる。発動中の魔術が仕掛けられている場所や空間……物などには、普通の人間には見えないが、魔術師には見える魔術式が残っているものなのだ。
「顕幽市に来た時、すぐに気付いたよ。存在を結界で覆い尽くして隠蔽する、隠蔽魔術の魔術式や、警報魔術や監視魔術など、様々な魔術の魔術式が、顕幽市中に仕掛けられているってね」
既に夜なので、明るい室内から外の景色は良く見えないのだが、或魔は森がある筈の窓の外を指差す。
「こんな、人が全く来なさそうな森の中に、わざわざダマシヤを開店したのも、街中が魔術式だらけだったからさ。警戒や監視目的の魔術式も多かったんで、あたしやダマシヤの存在を、魔術師に先に掴まれると、厄介な目に遭う可能性あるからねぇ」
或魔の言う厄介な目とは、陰謀を企てているだろう魔術師による、攻撃や妨害工作である。自分が攻撃や妨害工作を受ければ、或魔はムカシノジブンを解決しようとする人間の手助けが出来なくなる。それは或魔にとって、避けるべき事態だった。
顕幽市で何かを企てている魔術師が、性的な意味合いで大人であるとは、限らない。処女や童貞を保ち続ける事により、強力な魔力を得る様な魔術流派も有る。ダマシヤを見付けられる魔術師である可能性を、或魔は考慮していたのだ。
「人が来なさ過ぎる、こんなとこに店を開いたせいで、店を開いて二ヶ月程経つのに、誰も店に来やしない。ここに開いてからは、お前らが初めての客だ」
「んー、ニャーコ達は金を払わないから、客かどうかといえば、微妙なのだ」
「ムカシノジブンが出現し続ける街に、多数の魔術式が仕掛けられているなら、魔術式を仕掛けた魔術師が、黄昏の街が留まる異変に関わってる可能性は、確かに高そうだね」
純一の言葉に、竜巻と音音は相槌を打つ。
「その魔術師について、何か情報を持ってるか?」
竜巻に問われた或魔は、首を横に振る。
「あたしに許されているのは、あくまで問題を解決しようとする人間の手助けだからね、ここから先は、この街を救おうとする人間がやる事さ」
或魔が、そういう立場に縛られている存在であるのは、竜巻達も知っている。普通の人間には知りようが無い、超常現象や魔術などに関する知識や、超常現象解決に必要な魔術の道具などを与えてはくれるが、実際に調べて問題解決に当たるのは、基本的に人間の役目なのだ。
「今回の一件、あんた達は解決するつもりで、此処に来たんだね? さっきも、ムカシノジブンって傍迷惑な超常現象の終わらせ方を知る為に、此処に来たと言っていたんだから」
竜巻達は或魔に問い質され、躊躇い無く頷く。
「だったら、今回も貸してあげよう。普通の人間には手を出しようが無い、常識の外にある者達や現象を、相手にする為の力を」
微かに表情を綻ばせながら、或魔は右手の人差し指を舐めると、唾液をインク、人差し指をペンとして、開いた胸元に素早く魔術式を描き出す。更に、普通の人間には意味不明の呪文を、素早く小声で唱える。
そして、或魔が黄色に輝きだした魔術式に触れると、魔術式が描かれた白い肌から、三枚の黒いカードが、ゆっくりと浮き出て来る。まるで、プリペイドカードを吐き出す、自動販売機などの機械の様に。
三枚のカードを左手の指先で摘んで引き出すと、或魔は左掌に収める。黒いカードは、少し前に竜巻が使ったのと同種の、ヴリルカード。
或魔は純一と音音に、それぞれ一枚ずつのヴリルカードを手渡す。そして、テーブルの向こうにいる竜巻に、最後の一枚を手渡そうとして、止める。
「これは……お前には必要無いか」
「いや、必要だって! 何で俺だけ貸してくれないのよ?」
身を乗り出して、竜巻は或魔に抗議する。
「だって、お前はヴリルカード、もう持ってるじゃないか。二枚も必要無いだろ」
「二枚必要だから欲しいんじゃなくて、俺は或魔から借りたカードが使いたいんだよ!」
「――何で? ヴリルカード自体には、大した差なんて無いのに」
「そんなの、どうせ使うなら、惚れた女が持ってた奴を使いたいに、決まってるじゃん!」
臆面も無く言い切った竜巻の言葉を聞いた者達は、三者三様の反応を見せる。或魔は一瞬だけ、照れと嬉しさが入り混じった感じの表情を浮かべるが、瞬時に呆れ顔に切り替え、純一は普通に呆れ顔を見せ、音音は不愉快そうに、頬を膨らませる。
「その方がやる気とか出るんだから、或魔のヴリルカード貸してよ!」
「お前……まだそんな事言ってるのか、魔女相手に惚れただの何だの。子供の癖に、大人をからかうもんじゃないって」
「前は小学生だったし、確かに子供だったけど、もう俺高校生だし」
「高校生だろうが、あたしが見えるって事は、まだ子供なんだろ」
或魔は、からかい気味の口調である。
「或魔だって、そういう意味なら子供なんだから、俺と同じだろ! それに、今の世の中、高校生と大人が付き合ってるのなんて珍しくも無いんだから、子供扱いして茶化すなよ!」
普段の気楽な口調では無く、真摯な口調で竜巻は訴えるが、或魔は取り合わない。
「はいはい、分かった分かった、カードは貸してやるから、この話は終わり。ムカシノジブン解決には、何の関係も無い話だし」
厄介な客を宥める様な口調で、強引に話題を打ち切り、或魔は竜巻にヴリルカードを手渡す。




