20 黄昏人
アンズ飴に梅ジャム、ソースせんべいにヨーグル(ヨーグルトっぽい駄菓子)などのカラフルな駄菓子に、銀玉鉄砲にメンコ、ベーゴマや花火なんかの玩具など、レトロな商品が所狭しと陳列されている、ダマシヤの店内。竜巻達は懐かしげに店内を見回す。
「変わらないな、昔と……」
壁にかけられている銀玉鉄砲に目を遣りながら、竜巻は感慨深げに呟く。
「ここでしか売ってなかったんだ、銀玉鉄砲。普通のオモチャ屋だと、もう置いてないから」
目線が銀玉鉄砲から、その斜め下の棚に並ぶ、色とりどりの花火に移る。花火の棚には、少し隙間がある。
「ひょっとして、さっき一人で遊んでたの、ここにあった奴?」
或魔は竜巻に問いかけられ、少し恥ずかしそうに頷く。一人で花火をしていた姿を見られたのは、流石に気恥ずかしかったのだろう、言い訳の言葉を、或魔は口にする。
「古くなったんでね、処分してただけだ。別に一人寂しく遊んでた訳じゃない」
「ニャーコ!」
竜巻は音音に、声をかける。徒名を呼んだだけだが、それが何を意味するか、ちゃんと音音は察する事が出来た。
音音は鼻をならし、或魔の匂いを嗅ぐ。
「ホオズキの匂いがする。或魔さん、嘘吐いてるのだ」
「――そういえば、あんたそういう特技があったわね」
見栄を張る為の嘘がばれてしまった或魔は、気まずそうに頭を掻く。
「話があるんだから、こんなとこで無駄口叩いてないで、早く上がんなさい!」
或魔は話を誤魔化す様に、話題を切り替えながらレジの隣でサンダルを脱ぐと、部屋に上がる。ダマシヤの店舗スペースの隣にある部屋は、土足では上がれない、畳の敷かれた和室だ。
「お邪魔しまーす」
竜巻達も或魔に続き、靴を脱いで和室に上がる。日に焼けて色褪せた壁紙に覆われた室内には、部屋の雰囲気から浮いている、比較的新しい感じのテレビに、部屋の雰囲気に似合う、緩いデザインの冷蔵庫などがあり、中央にはちゃぶ台が置かれている。
或魔はコップを並べると、冷蔵庫から取り出したガラスの容器を取り出し、コップに冷水を注ぐ。コップの表面はすぐに水滴が浮かび上がる。
ちゃぶ台の上には、駄菓子が適当に盛られている、大皿が置いてある。スプーンや箸、マドラーなどが挿してある、箸立ても。
「好きなのとって、飲みな」
そう言いながら、或魔が上座に座ったので、竜巻は或魔の正面に、純一は右斜め前、和美を近くに寝かせた音音は、或魔の左斜め前に、それぞれ座る。皆、足を崩した座り方である。
竜巻達は大皿から、カードゲームのカード程の大きさの袋を、二袋ずつ取る。カラフルな袋は、いわゆる粉末ジュースの袋。昔同様に出された冷水入りのコップに、竜巻達は好みの粉末ジュースの粉を注ぐ。
コップ一杯の冷水には、一袋では粉が少なく薄くなってしまうので、二袋分の粉を入れるのだ。竜巻達は箸立てからマドラーを取り、カロカロという音を立てながら、コップの中をかき混ぜて、粉を溶かす。
或魔は昔も竜巻達がダマシヤを訪れると、駄菓子や粉末ジュースなどを振舞ったのだ。竜巻達が顕幽市で発生した、人に害を為す様々な超常現象を解決した、褒美としての意味合いで。
皆が軽く粉末ジュースで喉を潤してから、竜巻が話を切り出す。
「それで、どうすればメモリマを救って、ムカシノジブンを解決出来るんだ?」
「その問いに答える前に、まずムカシノジブンとは何なのかを、説明した方がいいだろう。その方が、解決の仕方の説明が、分かり易いだろうからな」
或魔の言葉に、竜巻達は頷く。
「この街で発生している、傍迷惑な超常現象……ムカシノジブンとは、ドッペルゲンガーに分類される超常現象の一種なんだ」
「やっぱり、そうだったのか……」
自分の推測が、ある程度当たっていたのを知り、純一は嬉しげに呟く。
「通常のドッペルゲンガーは、今現在の自分とそっくりな存在が出現するんだが、ムカシノジブンは、現在では無く昔……過去の自分にそっくりな存在が出現する。そして、出現するのは決まって、逢魔時や黄昏時と呼ばれる、夕方から夜にかけての時間帯」
「黄昏時に現れるから、ムカシノジブンの正式な名前は、黄昏人なのだな」
或魔が先程、ムカシノジブンを黄昏人と表現したのを、音音は覚えていた。
「まぁ、他にも理由はあるんだけどね。お前達はムカシノジブンって呼び方に馴染んでるだろうから、ムカシノジブンという表現で、話を進めるけど……このムカシノジブンが、何で過去の自分の姿で現れるか、分かるか?」
無論、分かる筈も無い。三人は黙って、首を横に振る。
「何か酷く心に傷を負う様な経験をした場合、多くの人間は心に傷を負った記憶自体を、心の奥底に封印してしまうものなんだ。そんな記憶を覚えていると、精神活動に悪い影響を及ぼす事があるからね」
そんな風な話を、竜巻達はテレビ番組か何かで、耳にした事があった。
「だけど、中には記憶を封じるだけでは、精神の平静を保てなくて……記憶ごと自分から切り離してしまう人がいるんだよ、魂の一部と一緒にね」
驚きの表情を、竜巻達は浮かべる。
「その切り離された魂と記憶を中心として、霊的物質であるエーテルを掻き集め、作り出されたエーテル人間が、黄昏人……ムカシノジブンなんだ」
エーテルとはギリシャ語で、「空の遙か上空にある層の空気」的な意味合いの言葉だ。古代ギリシャ時代にはアリストテレスが第五元素として存在を主張したり、かっての物理学において、空間を満たしているだろう光を伝える媒体の名として、使用されたりもしていた。だが、或魔の言うエーテルとは、魔術用語におけるエーテルである。
魔術用語におけるエーテルとは、日本語に訳せば霊子というのが相応しい存在だ。人間の本質である霊魂を構成する、霊的な意味での根源的物質であり、世界中に限りなく薄められた状態で存在する。
竜巻達は、以前ダマシヤに出入りしていた頃に、エーテルについては詳しく教えられている。だが、エーテル人間という言葉は、竜巻達には初耳であった。
「過去の自分が切り離した、魂と記憶をコアに作り出されたから、エーテル人間であるムカシノジブンは、過去の自分の姿をしている訳だね」
純一は呟く。こういったオカルティックな内容の話は、純一が一番詳しいし、素直に理解する。オカルトマニアであるだけに。
「一度でもエーテル人間である黄昏人……ムカシノジブンを作り出してしまうと、作り出した人間は、その後も延々と心の傷に関わる記憶と魂の欠片を、切り離し続ける」
或魔は右手でグラスを持ち上げながら、話を続ける。
「そして、切り離された……いや、拒絶されて捨てられた魂と記憶の欠片は、同じ波長を発しながら、本当の魂と違って拒絶しない、ムカシノジブンの魂に引き寄せられ、融合する」
「つまり、一度でもムカシノジブンを作り出すと、延々と心の傷に関わる記憶が、魂の欠片と共に、ムカシノジブンに供給され続ける訳か……ん?」
呟いている途中、ふと竜巻の頭に、一つの疑問が浮かぶ。
「さっき或魔、『作り出された』って言ったよな? その言い方だと、ムカシノジブンは誰かに作り出された風に受け取れるんだが……魔術師や錬金術師とかが、作り出してるのか?」
浮かんだ疑問を、竜巻は或魔にぶつける。
「良い所に気付いたね、お前は相変わらず勘がいい。でも、半分正解で半分間違いだ」
或魔はグラスを傾け、メロンイエローの液体を少し飲んでから、話を続ける。
「ムカシノジブンが自然に発生している訳ではなく、作り出されているという認識については正解だが、作り出したのは魔術師や錬金術師じゃない。黄昏の街さ」
黄昏の街……店に入る前、或魔が口にした言葉である。
「黄昏の街とは、ムカシノジブンと呼ばれるエーテル人間……黄昏人を作り出す、彷徨える街。ムカシノジブンは黄昏の街が作り出し、そこに住んでいるから、黄昏人と呼ばれているんだ」
「街が作り出すって……何故?」
大皿の上から手に取った、都こんぶの箱を開けながら、竜巻は或魔に問う。
「中世のヨーロッパで勢力を誇った、不死教団という魔術結社が、不老不死を実現する実験の一環として、人間のエーテル人間化の実験を行ったんだよ」
或魔はマドラーをコップに突っ込み、先端にメロンイエローの粉末ジュースを付着させると、ジュースをインク、マドラーをペンとして扱い、ちゃぶ台の上に素早く円形の魔術式(魔法陣と似た、魔術を発動させる為の魔法回路として描く図柄)を描き出す。描き終わった魔術式は、自然と黄色に色を変える。
続いて、或魔は早口で呪文を唱え、魔術を発動させる。すると、黄色い光を放ち始めた魔術式の中から、浮上する潜水艦の様に、得体の知れない文字や文様で表紙が飾られた、黒い革張りの古臭い本が、浮き上がって来る。
特定の場所から特定の物を、引き寄せたり戻したりする為の魔術……召還魔術を発動させ、或魔は召還したのだ。この古臭い本を。
ちなみに、魔術式や魔術式が放つ光は、魔術が使えない状態の人間には見えない為、竜巻達には本が卓袱台から、生えて来る様に見えてしまう。
「老いと死を免れ得ぬ、人間本来の肉体から魂を解き放ち、幾らでも再生が可能なエーテルの身体に、魂を融合させる事により、不老不死の人間……エーテル人間とする実験を」
「魔道書……グリモアだ!」
出現した本を目にして、純一が瞳を輝かせる。オカルト趣味の純一からすれば、或魔が所有する魔道書、いわゆるグリモアの類は、見れるだけでも嬉しいお宝なのだ。
「だが、その実験は失敗に終わった。人間の魂の一部を切り離して作り出した、魂の欠片をコアとして、周囲の空間から掻き集めたエーテルで身体を作り出し、エーテル人間を作り出す事には成功したんだが、その後が良くない」
或魔は魔術で出現させた魔道書を手に取り、ページをめくり始める。
「作り出されたエーテル人間が、元となったオリジナルの人間を探し出し始めたんだ。そして、両者が出会うと、オリジナルの人間が尽く自殺するというトラブルが、立て続けに……」
「ムカシノジブン……そのまんまだな、そりゃ」
竜巻の呟きに、音音が頷く。
「原因は、人間から魂の一部を切り離す装置が、比較的切り離しやすい部分を、切り離す様に設計されていた事だ。人間自身が、自分から切り離したがっている魂の部分とは、ネガティブな記憶や思考に汚染されている部分だったのさ」
目当てのページを探し当てたのだろう、ページをめくる或魔の手が止まる。
「ネガティブな記憶や思考に汚染された、魂の欠片をコアとして、作り出されたエーテル人間は、ネガティブな記憶や思考の塊。そして、自分を否定し切り離す対象とした、オリジナルである人間に、激しい恨みを抱く存在となった」
「つまり、エーテル人間……ムカシノジブンは、元となったオリジナルの人間に復讐する為、自殺に追い込むって訳か」
話を聞きながら、都こんぶの箱を弄びつつ、竜巻は話を続ける。
「でも、どうやってムカシノジブンはオリジナルの人間を、自殺に追い込むんだ?」
「自分に蓄積された、ネガティブな記憶や感覚……思考などを、一気にオリジナルの人間に送り込むんだ。一時的に、オリジナルの人間に融合する事によってね」
「記憶を送り込む? それだけで自殺に追い込めるのか?」
竜巻の問いに、或魔はゆっくりと頷く。
「裏切った記憶、裏切られた記憶、憎んだ記憶、憎まれた記憶、恨んだ記憶、恨まれた記憶、妬んだ記憶、妬まれた記憶……。罪を犯した記憶と罪悪感、拒絶された疎外感、傷付けられた記憶に傷付けた記憶など、人生で経験した思い出すのも嫌な記憶が、一気に頭の中に流れ込んで来るんだ」
「それは、普通の人間なら……耐え切れないのだ」
そんな目に自分が遭った場合を想像しているのだろう、音音の表情は、怯み気味である。
「そう、耐え切れずに心がボロボロにされ、パニック状態に陥るんだ。そんな状態のオリジナルの人間の中で、ムカシノジブンは囁くんだよ」
怪談話の落ちを話す落語家の様に、或魔は声のトーンを落とす。
「――苦しみから逃れるには、死ねばいいんだとね」
ぞくりと寒気を感じ、竜巻達は身を震わせる。過去の心の傷を一気に突き付けられ、混乱した状況で、そう心の中から囁かれたら、その誘いに乗らないでいる自信が、皆無かったのだ。
自分達もムカシノジブンに会えば、自殺という形の死に追い込まれるだろうと、竜巻達も思ったのである。




