02 常時竜巻
「――んじゃ、行って来るわ」
玄関の壁にかけてある鏡で、ラフに整えてある、癖毛気味のショートヘアーの状態を確認しつつ、少年は続ける。
「今日は始業式だけだろうから、昼には帰ると思うよ」
「待ちなさい、タツ!」
強い口調で声を上げつつ、キッチンからエプロン姿の女性が駆けて来る。若々しいが、既に四十を超えている、タツと呼んだ息子……常時竜巻と良く似た顔立ちの、目鼻立ちのはっきりした女性である。
女性……竜巻の母親は、竜巻が玄関に置いてある、紺色のスポーツバッグの取っ手を掴むと、荒っぽい手付きでファスナーを開き、中を確認する。
「やっぱり!」
母親は呆れ半分、怒り半分といった感じの、複雑な表情を浮かべつつ、バッグの中から黒光りする自動小銃を取り出す。無論、本物ではない。遊戯銃……いわゆるトイガンである。
「転校早々、またエアガン学校に持ち込んで、起こさないでいい騒動を起こすつもりか、お前はッ?」
怒鳴りつけながら、母親は竜巻を手にしたトイガンで殴りつける。
「いや、それエアガンじゃなくて、正式にはエアソフトガンだから! 東京ハルイ製の、MP7ってPDW(個人防御火器。短機関銃の一種)をモデルにした奴!」
そう言い返しながら、竜巻はトイガンによる打撃を、玄関先に置いてあった傘で受け止める。ちなみに、同じ圧縮されたガスで弾丸を撃つ銃でも、エアガンは本物の武器であり、エアソフトガンは樹脂製のBB弾を撃つ、遊戯銃である。
「どっちでもいい! とにかく、こんなオモチャを学校に持って行くのは禁止! 禁止だからね!」
母親はエアソフトガンをエプロンのポケットにしまうと、スポーツバッグを竜巻に放り投げて渡す。
「そうやって、何でも禁止にして育てると、子供は自分からは何もしようとしない、指示待ち人間に育っちゃう……ぐぁ!」
スポーツバッグを受け取りつつ、言い返していた竜巻の声が、苦しげな呻き声に変わる。話の途中で、母親が竜巻の腹部を蹴り飛ばしたのだ。
「男がグダグダと文句垂れるのは、みっともないから禁止! さっさと学校に行けッ!」
怒鳴りつけると、母親は玄関のドアを乱暴に閉める。
「朝っぱらから、MP7取り上げられるわ、母親に家の外に蹴り出されるわ、何つーか、今日も朝からドラマチックだねぇ」
蹴られた腹を摩りながら、この程度の事は、どうって事は無いといった感じの口調で呟きつつ、竜巻は立ち上がる。そして、スポーツバッグの内側にある、隠しポケットを手で探り、小さなプラスチック製の拳銃を取り出す。
無論、本物では無い。コルト・ガバメントを模した、スプリングで弾丸を飛ばすレトロな遊戯銃、銀玉鉄砲である。
本来は石膏や粘土製の弾丸を、銀色に塗った弾丸……銀玉を撃つ玩具なのだが、既に銀玉が生産されていない為、ほぼ同サイズのBB弾を、竜巻は銀玉鉄砲の弾丸としていた。
「ま、今日はこいつだけで、我慢するか……」
竜巻は手にした銀玉鉄砲の、引き金と用心鉄(引き金をカバーする部品。トリガーガード)が作る輪の中に、右手の人差し指を差し込むと、銀玉鉄砲をクルクルと回転させる。ガンプレイと呼ばれる、拳銃を使った魅せるテクニックにおける基本技、ガンスピンである。
十回程拳銃を回転させると、竜巻はガンスピンを止めて銀玉鉄砲のグリップを握り、銃口を青空に浮かぶ雲の一つに向ける。
「バキューン!」
口で銃声を真似ながら、銀玉鉄砲を撃つ振りをすると、竜巻は満足げな笑みを浮かべ、銀玉鉄砲をスポーツバッグの隠しポケットにしまう。そして、軽い足取りで家の前を後にして、歩き始める。
二学期初日の今日から通う事になっている、顕幽市の私立高校、天津甕高校に向かって、竜巻は元気良く歩いて行く。まだ夏が残った街並みを、小学生の男の子の様に元気良く……。