13 ハジキンとバクチカ
「――成る程、どちらかといえばハルイチの自業自得な気がすっけど、それでも後輩痛めつけられて、黙って引き下がる訳にはいかんのよ」
ホットドッグを飲み下した一真は、口元のマスタードを、軽食コーナーから持ってきた紙ナプキンで拭い、紙ナプキンを右手でポケットにしまう。そして、ポケットから出した一真の右手には、二本のナイフが握られていた。迫り出し式の、ポケットナイフである。
マジシャンやジャグラーの様な手馴れた手付きで、一真は一本のナイフを左手に渡し、両手でナイフを構える。
「オモチャとはいえ、それなりに威力がある飛び道具持ってるんだ。ナイフ使ったくらいで、卑怯とか言うなよな、迷彩のガキ!」
相手が自分と同い年とは知らない一真は、年下だろうと思い込んでいる竜巻に、凄んでみせる。構えは切りかかるというより、ナイフ投げの構えである。
「さっさとハルイチから銃をどけな! 続きの相手は、俺っちがしてやるからよぉ! でないと、てめえの身体の何処かに、こいつがぶっ刺さる事になるぜ!」
(ナイフ投げか……手捌きは中々だし、自信あるみたいだな)
構えと言葉から、一真の意図を察した竜巻は、少しだけ焦る。ガンナーズ・ハイ状態であっても、普通の肉体の時は、ナイフが刺されば相応の被害を受ける。一真との戦いは、竜巻にとっても、相応のリスクがあるのだ。
だが、ガンナーズ・ハイである今、リスクが有ろうが怯みはしない。自分が正しいと思っている戦いから、怯えて退く様な人生を、竜巻は送っては来ていない。少なくとも、銃器と共にある場合は。
「上等だよ! ホットドッグにマスタードかけ過ぎの金髪野郎……略してマスカキ! お前の徒名は、今日からマスカキだッ!」
そう言いながら、春一に向けていたジェットファイアの銃口を、竜巻は一真に向ける。一真に向けて二挺拳銃を構える竜巻に、隙は無い。
ダイナマイトで爆破解体されたビルの様に、その場に崩れ落ちた、顔面蒼白の春一に、仲間達が駆け寄り、助け起こす。
「マスカキって……それホットドッグもマスタードも金髪も、完全に何処かに行っちゃって、ただの下ネタの言葉になってるじゃねえか! 俺っちに勝手に、下品な徒名なんか付けるんじゃねぇ!」
語気を荒げ、いきり立つ一真。両者の間には、まさに一触即発という表現が相応しい、緊張感が張り詰める。
緊張感は二人の間だけでなく、成り行きを目にしていた連中全てに伝染する。店内全体の空気が、限界まで引き締まる。
そんな空気を、一人の少年が放った言葉が、打ち破る。
「――待った待った、二人共。金がかかってる博打でもないのに、熱くなり過ぎじゃないのさ」
声の主は、軽食コーナーより遠い二階のメダルゲームコーナーから来た為、一真より遅れた志摩夫である。志摩夫は竜巻と一真の間に入り、まず一真に話しかける。
「カズマ、ここは収めてくれ。こいつ、俺の昔のダチなんだ」
「シマオのダチ? こいつが?」
ダチという言葉から、竜巻が自分の同級生である志摩夫と、同い年であるという情報を読み取った一真は、意外そうな顔で志摩夫に問いかける。
「ああ、小学校の頃までのな。顔が似てるなとは思ったんだが、拳銃のオモチャ使ってガン=カタ紛いやり方で喧嘩する、人にふざけた徒名つける趣味がある奴という時点で、昔のダチだと確信出来た」
「ま、お前のダチなら仕方が無いか……」
先程、ギャンブルで身を持ち崩す……という話を、父親が実際にそうなってしまったせいで、両親が離婚してしまった志摩夫にしてしまった事に、一真は多少の罪悪感を覚えていた。それ故、この場は志摩夫の言う通り、これで収めようと決意し、ナイフをポケットにしまう。
「ハジキンも、この場は収めてくれや」
志摩夫は続いて、竜巻の方を向き、語りかける。
(俺の事を知っていて、名前がシマオっていうと、こいつは……)
竜巻は志摩夫の顔を、確認するかの様に睨み付ける。整った顔立ちだが目付きが鋭い、志摩夫の顔を。そんな竜巻の頭に、小学校時代の親友の顔が甦る。目の前にいる志摩夫を、幼くした感じの男の子の顔が。
「お前……バクチカか! 久し振りだな!」
驚きの声を、竜巻は上げる。何故なら、リーゼントに着崩した制服姿という、かなり不良っぽい格好をしている志摩夫の姿が、意外だったからだ。
幼い頃より空手を習っていた志摩夫は、博打好きではあったが、正義感の強い真面目な男の子だった。そんな志摩夫が不良っぽい格好をしてるのが、竜巻には意外過ぎたのである。
「随分とまぁ、見た目が変わったじゃねえか。まるでヤンキーマンガに出て来る、五話目くらいに主役にボコられる、敵のヤンキーみたいに見えるぞ」
竜巻はジェットファイアの安全装置をロックした上で、ガンスピンを披露してから、ポケットにしまう。志摩夫の顔を立てて、この場は収める事にしたのだ。
「そりゃ、小学生の頃と比べたら、変わってて当たり前さ。もう高校生なんだからな」
昔の自分を知っていて、尚且つ暫く会っていなかった相手に、今の自分の姿を見られるのは、少し照れ臭いのだろう。志摩夫は苦笑いを浮かべ、頭を掻く。
「変わってて当たり前って事は、もう博打は止めたのか? 昔は貰ったばかりの小遣いを、駄菓子屋の籤引きやガチャガチャみたいな子供向け博打で、あっという間に使い果たして、良く泣いてたもんだけど」
「いや、泣いてないから! 確かにお前にバクチバカ……略してバクチカなんて徒名をつけられ、それが学校中に広まる程度に、博打的なモノは好きだったけど、小遣い使い果たして泣いたりはしてないから、俺!」
後輩達の手前、小学生時分の話とはいえ、志摩夫は見栄を張り、竜巻の話を否定する。
「――で、もう博打は止めたのか?」
質問を繰り返す竜巻に、志摩夫は首を横に振る。
「そいつは、相変わらず。トレーディングカードやら宝くじやら、色々と手を出しては、金すりまくってるよ。まぁ、小遣いじゃなくて、バイトで稼いだ金だけどな」
志摩夫は鞄の中から、先程買ったばかりのトレーディングカードを取り出し、竜巻に見せつつ自嘲する。
「――お前は、変わらな過ぎというくらいに変わって無いな。オモチャの拳銃持ち歩くのも、人に悪趣味な徒名付けるのも」
トレーディングカードを鞄にしまいつつ、志摩夫は竜巻に語りかける。
「みんなそう言うぜ。ノロイチもニャーコも、マジメガもな」
「もう、あいつらに会ったのか?」
「ああ、今日から同じ高校の生徒になったんでな」
「そっか、ハジキン……こっち戻って来て、天津甕に通ってるのか」
一瞬だけ志摩夫は、寂しげな表情を浮かべる。旧友達の中で一人だけ、仲間外れになってしまったかの様な気が、したせいである。
「お前、あいつらと没交渉なんだって?」
志摩夫は、気まずそうに目線を逸らし、頷く。
「まぁ、暴走族って訳じゃないけど、ダチとバイクチーム組んでるから、顕幽高校でも不良扱いされてるんでね、俺は。真面目な進学校通ってるあいつらとじゃ、色々合わないし……迷惑かけちまうだけだろ」
(成る程、表のバイクはバクチカ達のか)
ゲームセンターの表にバイクが停めてあったのを、竜巻は思い出す。
「意外と、余計な事気にして生きてるんだな、お前。そんな細かい事気にしてると、早死にするぞ」
「お前が気にしなさ過ぎるんだ。お前も天津甕みたいな良い高校通ってるなら、俺なんかと関わらない方がいいぜ、色々と妙な勘違いされるから」
気を回す志摩夫の警告など無視し、竜巻は自分がしたい話を続ける。
「あ、そういえば今……ノロイチやニャーコと、探してるんだよ」
そう言いながら、竜巻はズカズカと志摩夫に近付くと、少し背伸びをして、耳元に唇を寄せる。秘密を共有していない人間に、聞かれては困る話をする為に。
「ダマシヤをさ」
はっとした……と表現するのが相応しい表情を、志摩夫は浮かべる。それは懐かしい、想い出の言葉であったのだ。
「何で今更、ダマシヤを?」
志摩夫も囁き声で、竜巻に聞き返す。他の連中に話が聞こえないだろう、人のいない店の壁側に向かって、竜巻と歩きながら。
「ムカシノジブンって都市伝説、知ってるだろ?」
竜巻の問いに、志摩夫は頷く。
「ウチの高校……顕幽高校でも、一人死んでるからな」
「ムカシノジブンの話が事実なら、この街で人に危険を及ぼす超常現象が、発生してる事になる。つまり、この街にダマシヤが来ているなら……」
「ムカシノジブンの話は、事実だって訳か」
「そういう訳さ。だから、この街にダマシヤが来ていないなら、ムカシノジブンは単なる都市伝説……噂でしか無いので、何もする必要は無い」
志摩夫は、竜巻の言葉に頷く。
「でも、ダマシヤが来ている場合は……誰かが正義のヒーローになって、ムカシノジブンっていう危険な超常現象を、解決しなきゃならないんだ。違うか?」
「――まさかハジキン、また危ない橋渡って超常現象解決して、ヒーローになる気か?」
「その通り。どうだ、お前もまたヒーローにならないか?」
平然とした口調で、そう問いかける竜巻に、志摩夫は懐かしさを感じながらも、素直な返事が出来ない。色々と分別がつく歳になってしまった志摩夫は、昔の様に非常識……非現実の世界に足を踏み入れ、正義を貫こうと出来る素直さを、失っていたのだ。
「おいおい、俺達もう高校生……大人だぜ。幾らなんでも、今更正義のヒーローごっこは無理だろ、常識的に考えて」
まさに常識的な答えを、志摩夫は竜巻に返す。目線を合わせられない後ろめたさを、少しだけ意識しながら。
「大人だから無理って……そうか、そういう事か」
ショックを受けた様に肩を落としながら、竜巻は呟く。
「お前……童貞捨てて大人になったから、もうダマシヤ見れないんだ。それじゃ仕方無いな」
竜巻は大人になって、無理になったという志摩夫の言葉を、そう解釈してしまったのだ。
「え?」
驚きの声を、つい志摩夫は漏らしてしまう。そういう意味合いで、志摩夫は大人だの無理だのと、言ったつもりは無かったからだ。
「不良は早熟で、そっち方面は早いというから、その格好の時点で気付くべきだった。そうか、もうダマシヤが見れないなら、お前には探せないし、ヒーローにも戻れないんだな」
志摩夫の肩を、ぽんと叩きながら、竜巻は続ける。
「残念だが仕方無い、俺達だけでやるよ」
そう言いながら、竜巻はドアに向かって歩き始める。そして、出入り口であるドアの近くにある、売店のカウンターに並ぶトレーディングカードゲームに気付くと、進路を変えて売店に向かう。
竜巻は志摩夫が先程見せたのと、同じ種類のトレーディングカードゲームのパックを一つ買うと、トランプを投げるマジシャンを思わせる見事な手付きで、パックを志摩夫に投げて寄越す。
「邪魔した詫びだ! ノロイチの占いじゃ、今日の俺の博打運は最高だそうだから、レアカード間違い無しだぜ!」
ドアに向かって歩きながら、竜巻は屈託の無い笑顔で続ける。
「ムカシノジブン関連のゴタゴタが片付いたら、遊ぼうや! お前……ここにいるんだろ?」
「ああ、そりゃ……ここがバイクチームのホームみたいなもんだからな……って、さっき言っただろ! 俺なんかに関わらない方が良いって!」
「おいおい、そんな下らない話……俺が聞く耳持つとでも思ってるのか?」
「――思わない」
肩をすくめ、志摩夫は呆れてみせる。
「分かってるじゃん。じゃあバクチカ、またな!」
別れの挨拶を口にすると、勢い良くドアを開け、竜巻は店内を後にする。
「変わらないな、あいつは……本当に」
困った様な……それでいて嬉しげな笑みを浮かべつつ、志摩夫は竜巻に貰ったトレーディングカードゲームのパックを、開封する。カードを取り出して確認すると、中に一枚だけ、煌びやかに飾られたカードが含まれていた。
「げ、こいつはレア中のレアカードの、絶望パンダ将軍!」
竜巻の言葉通りに、パックの中にレアカードが含まれていた事に、志摩夫は上擦った様な、驚きの声を上げる。
「――流石はノロイチの占いだ、半端ねぇな」
嬉しげに目を細めつつ、志摩夫は呟く。嬉しさの理由は、レアカードが手に入った事だけではない。そのカードを自分に齎したのが、かって親友であった竜巻と、今日の竜巻の博打運を占った純一であった事が、志摩夫にはとても懐かしく、嬉しかったのである。




