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12 橘一真

「髪……染めたのか、小学生の癖に。あんま似合って無い気がするけど、その色」

 艶の有る栗色の髪を見ながら、竜巻は率直な感想を漏らす。

「美容師になったばかりの姉貴に、練習台にされただけだよ。あたしは黒が好きなのに」

 姉によって無理矢理に染められた髪を弄りながら、和美は続ける。

「何時、こっちに戻って来たの?」

「一昨日。二学期開始に合わせて、引っ越してきたから」

 和美と会話を交わしながら、竜巻は和美が小学生の子供だという事を、思い出す。とても小学生には、見えないのだが。

 竜巻は和美の耳元に唇を寄せ、囁く。

「お前はダマシヤ、覚えてるよな?」

 顔が接近したので照れたのだろう、頬を仄かに染めながら、和美は頷く。

「この街にダマシヤが来てるかも知れないなと思って、探してるんだ。お前最近、ダマシヤ見てないか?」

「――見てないけど、何で?」

「ムカシノジブンって噂、知ってるだろ?」

「知ってる、うちの学校でも噂になってる。五年生の子のお兄さんが、ムカシノジブン見て自殺したって噂が、流れてるんだ」

 そう竜巻の耳元で囁いた後、和美は気付く。竜巻がダマシヤを探す理由を。

「そっか、ムカシノジブンの噂が本当なら、人に害を為す超常現象問題を解決しようとする人を助ける為に、ダマシヤが街に来ているだろうから、ハジキンはダマシヤ探してるんだね?」

 和美の問いに、竜巻は頷く。

「あたしは見てないし、ダマシヤみたいな変な駄菓子屋を、誰かが見たって噂も聞かないよ」

「そうか……」

 残念そうに呟きながら、つい竜巻の目線は、たわわに実った和美の胸に移動する。成熟してる大人の胸にしか見えない、和美の胸に。

(――まさか、こいつダマシヤがもう見えない、大人なんじゃないか?)

 ふと、そんな疑念が竜巻の頭に浮かぶ。

(いや、幾ら大人っぽいと言ったって、まだ小学生だし……でも、この身体は既に……)

 頭の中のもやもやとした疑念を掃う為、気まずい思いをしながらも、竜巻は問いかける。

「一応、念の為に聞いておくけど、お前……処女か?」

 竜巻に耳元で、そう囁かれ、仄かにしか染まっていなかった和美の顔が、真っ赤になる。驚き、上擦った様な大声で、和美は竜巻に返答する。

「しょ……処女に決まってるだろ! あたし、まだ小六なんだから! 何でいきなり、そんな変な事聞くの? い……いわゆる、セ……セクハラって奴?」

「いや、ダマシヤって……そういう経験ある人には、見えないんだ」

 大声を上げられ慌てた竜巻は、和美を抱き寄せる様に耳元に唇を寄せ、早口で囁き続ける。

「お前……何か俺より大人に見えるくらいに育ってたから、ひょっとしたら経験あって、ダマシヤ見えなくなってるんじゃないかと思って、確認しただけだ」

「そ、そうなんだ。知らなかった」

 いやらしい意味で訊かれたのでは無いと知り、和美は安堵の表情を浮かべる。赤くなっていた頬は、仄かな色合いに戻り、声のトーンも上擦ってはいない。

 だが、安堵した和美とは違い、興奮したままの者もいた。和美の反応と言葉から、セクハラ紛いの言葉を、竜巻が抱きつく様に身を寄せながら、和美に囁いていたのだと考え、憤慨した茶髪の少年である。

 惚れている相手が、親しげに他の男と身を寄せ合い、囁き合うだけでも腹立たしいのに、その囁きの際、セクハラ紛いの言葉まで、かけていたのだとしたら、男として怒るのは当然。茶髪の少年は怒りに任せて竜巻に迫り、殴りかかろうと拳を振り上げる。

 和美が悲鳴を上げる中、振り下ろされる右拳を、竜巻は後ろに飛び退いてかわす。続けて、少年は何度も殴りかかるが、竜巻は余裕で拳を避け続ける。

「おいおい、いきなり何しやがるんだよ、このロリコンのチンピラ……略してロリチラ!」

 竜巻が茶髪の少年に、思い付きの徒名を付けると、周りから笑い声が上がる。少年の友人や後輩……仲間達も、思わず笑い声を上げてしまう。

「誰がロリチラだ! ふざけた徒名を、思い付きで人に勝手につけるんじゃねえッ!」

 茶髪の少年は、近くにいる仲間や他の客達にも、怒鳴り散らす。

「お前らも、笑ってるんじゃねえよ! ぶっ飛ばされてえのかよ!」

 キレ気味の口調で怒鳴られ、笑っていた仲間や客達は、静かになる。その程度には、一応は身体も大きく、不良染みたファッションの少年の威嚇には、迫力があった。

 眉間やこめかみに、メロンの表面の様に血管が浮き出ている程度に、茶髪の少年は激怒し、興奮している。キレた少年の危なさを、仲間は皆知っている。

 その危なさを、竜巻もすぐに理解する。少年がポケットに手を突っ込み、黒いマジックペンの様な形の物を取り出したのだ。

 取り出したのがマジックペンなら、変ではあっても危なくは無いのだが、それは迫り出し式の特殊警棒。警官なども使う、立派な打撃用の武器である。

 茶髪の少年は特殊警棒のボタンを押す。すると、特殊警棒はラジオのアンテナの様に伸び、長さが四十センチ程の、金属製の打撃武器となる。

 少年が喧嘩などでキレた場合、この特殊警棒を持ち出して相手に殴りかかる事を、仲間達は知っているのだ。だからこそ、威嚇されて黙り込んだのである。

「顔とか誰だか分からなくなるくらいに、グチャグチャにしてやるよ、この糞野郎!」

 目を血走らせながら、茶髪の少年は特殊警棒で、竜巻に殴りかかる。ひゅん……と空気を切る音を発しながら、堅い金属の棒が竜巻に迫る。

 特殊警棒の分、攻撃のリーチが伸びた為、攻撃の回避は難しくなるし、素手より金属製の特殊警棒の方が、打撃の威力は高い。竜巻は先程とは違い、余裕では無く焦り気味に、攻撃を回避する。

 流石に、金属製の棒による打撃は、図太い性格の竜巻でも、恐ろしいのだ。

(流石に、武器持ってる相手に素手は辛いな)

 竜巻は即座にポケットに両手を突っ込み、二挺のジェットファイアのソフトガンを取り出す。金属製のグリップの感触が、竜巻には心地良い。

 それが玩具であれ、銃器の類の物を手にすると、竜巻はスイッチが入ってしまう。焦りも恐れも消え去り、勇気と気合が間欠泉の様に心の中に噴出し、身体にはエネルギーが満ち溢れて来る。

 ガンナーズ・ハイ……銃器を手にすると、自分が無敵になった様な高揚感を、竜巻は得るのだ。しかも、単に高揚感だけでは収まらず、玩具とはいえ銃器を手にした竜巻の戦闘能力は、桁外れに上がる。

 茶髪の少年が目の前の草を鎌で刈り取る様に振るった特殊警棒に、竜巻は左脇腹を狙われる。今度はかわさすに、竜巻は左手で握るジェットファイアのグリップの底だけで、特殊警棒の先端を受け止める。

 鐘の音に似た、金属同士の衝突音。腕をバネにして衝撃を殺しつつ、竜巻は右ストレートを放つ様な動きで、右手のジェットファイアの銃口で、茶髪の少年の右肩を突く。

 銃口がめり込み、少年の口から苦しげな呻き声が漏れる。苦痛と衝撃が、茶髪の少年を怯ませ、動きに一瞬の隙を作る。

 見逃さない。ガンナーズ・ハイ状態の竜巻は、その隙を見逃さない。瞬時に身体を時計と反対回りに回転させつつ左腕を振るい、左手のジェットファイアの銃身で、茶髪の少年の右頬をぶんなぐる。

 茶髪の少年は悲鳴を上げつつ、近くにあるビデオゲーム用の椅子の上に倒れ込む。かなりのダメージを受けたが、気を失った訳でも、戦意を消失した訳でも無い。まだ疲労はしていない、一ラウンドでダウンさせられたボクサーの様に、よろめきながらも少年は立ち上がり、ファイティングポーズを取ろうとする。

 だが、勝負は既に着いていた。構えた茶髪の少年の眼前には、二挺のジェットファイアの銃口が、突き付けられていたのだ。

 立ち上がるタイミングを読んで、竜巻は茶髪の少年の懐に踏み込み、両目にジェットファイアの銃口を突き付けたのである。

「お、オモチャの銃だろ? そんなんで、脅しかける気かよ?」

 虚勢を張りつつ問いかける、茶髪の少年の声は、微妙に震えている。

「効かねぇぞ、そんな脅しはよぉ!」

「こいつは確かにオモチャだよ、BB弾っていう樹脂製の弾丸を撃ちだす、エアソフトガンだからな。でも、こいつ使って戦争ごっことかするサバイバルゲームでは、ゴーグル装着するのが決まりなんだ。何でか分かるか?」

 答えるのを待たず、竜巻は話を続ける。

「BB弾が目に当たったら、失明する危険性があるからだ。オモチャでも、その程度の威力は有るんだよ。そんなエアソフトガンを、この距離で撃ったら、どうなると思う?」

 どうなるかは、誰の目にも明らかである。虚勢を張っていた茶髪の少年の表情に、焦りの色合いが浮かび、脂汗が噴出し始める。

 目が泳ぎ、身体が小刻みに震えている。茶髪の少年が怯えているのも、立場が相当に危ういのも、誰の目にも明らかであった。

「先に手を出したの、お前じゃん? こういう場合、相当な事やっても、俺は正当防衛になるんだよな。しかも、お前……武器まで持ち出したし」

 睨み付けながら、竜巻は脅し文句を口にする。もっとも、あくまで脅す為の言葉であり、本気で撃つ気など、竜巻には無いのだが。

「ハルイチがヤベエよ! 誰か、タチバナさんかアサさん呼んでくれ!」

「タチバナさん! アサさん! ハルイチが変な奴にやられて、ヤバイんです!」

 ハルイチと呼ばれた茶髪の少年……薬師寺春一(やくしじはるいち)の危機を悟った仲間達が、店の奥に向けて、大声で助けを求める。先程、メダルゲームコーナーに向かったリーゼントの少年と、軽食コーナーに向かった金髪の少年に、助けを求めたのだ。

 助けを求める声に応じ、先に駆け付けたのは、金髪の方だった。少年は髪の毛と似た色合いのマスタードを、パンの茶色が見えなくなるくらいにかけた、黄色い棒の如き食べかけのホットドッグを手にしている。

「何だよ、喧嘩か?」

 金髪の少年……橘一真(たちばなかずま)は、助けを求めてきた中学時代の後輩達に問いかけると、急いでホットドッグを口の中に放り込む。餌を頬の中に溜め込んだリスの様に、頬を膨らませながら、一真は後輩達の返答を聞く。

 後輩達は手短に、この場で起こった事を一真に説明する。

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