妖怪交渉人。
この世には妖怪と呼ばれるものが必ず存在する。
それは、目に見えていないだけで確実に存在する。
妖怪・怪異・奇異。
妖しく怪しい、怪しい異なり、奇異な存在。
それが彼等、妖怪と呼ばれるもの達なのだ。
そしてそれを見ることができるのは僕のような特異な人間である。
第六感で見ることが出来るなんて言う人もいるが、間違っている。
見ることのできる人間は、生まれ落ちたときから視えるものなのだ。
そして、視ることのできる人達の一部の役割というのは、彼等と人間の橋渡しである。時折彼等は人間に危害を加えるが、一部を除けば妖怪だってなんの意味もなく人間に危害を加えたりなどしない。
しかし、普通の人間に彼等は見えない。とすれば必然的に無意識のうちに危害や嫌がらせのような事をしてしまうのだ。
だからこそ僕たちのような者がいる。不可解な事件が起これば解決のための依頼を受けたり、町内を歩いたりして異状を見つければそれも解決する。
だが決して僕は力での解決は望まないのだ。言うなればネゴシエーター(交渉人)である。双方が納得できる条件を出したりして、それを調節したりして相互の関係を丸く収めるのだ。
…………さて、前置きが長くなってしまった。
しかし察してほしい。仕方なかったのだ。人間予想外の出来事があればまったく関係のないことを冷静に考えてしまうものである。
まあ、一つ言わせてもらうとすれば。
なんだかんだ言っても妖怪はやっぱり、危険なのだった。
夏の太陽が容赦なく陽射しを浴びせ掛ける日のことだ、僕が住まわせてもらっている周防家に町長からの以来が届いた。
その依頼と言うのが、町で最近人が急に植物人間状態になるという奇病が発生しているので、原因を探って解決してほしい、ということだった。
犯行現場(?)がすべて水辺だったことと、その症状から、恐らく『河童』だろうということになり、周防家当主、九重さんに、
「お前逝け。間違えた。行け」
と言われたので、かれこれ二時間ほど町内の水辺を散歩して、ようやく河童に遭遇した。
緑色の肌、黄色の嘴、水かき、頭の皿。どれをとっても河童だった。
「かーっぱっぱっぱ。ここでゴホッ、会ってしまったのが運の尽ゴホッ、相撲で勝たなきゃ帰れなゴホゴホッ!」
「……………」
ものすごい病弱な河童がきたあああああ!
なにこれ?ほんとにこの河童が犯人(?)なのか?違くね?おかしくね?
しかもよく見たらこの河童ガリガリだよ。なんかもう、貧民の方々か何かみたいになってるよ。
「えっと……大丈夫ですか」
「ゴホッ、かーっぱっぱ、なんのことだ?」
明らかなやせ我慢だった。ていうかその笑い方うざいよ。かなり頭にくるよ。
「俺の身体なぞどうでもゴホッ、いい。とにかく相撲だ」
「はぁ……」
その身体じゃ無理だろ、と言いかけたが、実は河童というのは意外に恐ろしい存在なのだ。
河童は相撲に強いが、滅茶苦茶負けず嫌いなのだ。
河童が勝てば、水中に引きずり込まれて血を吸い取られてしまうし、こちらが勝てば河童は人間の尻から尻子玉という人間の魂のようなものを抜き取ってしまうのだ。初めてこの話を聞いたときはあまりの理不尽さに涙を流さずにはいられなかったものである。
ていうか、尻子玉を抜かれると人間は植物人間状態になってしまうので、そうなるとこの河童は一度も相撲で勝っていないことになる。血が抜かれた変死体のニュースなんて聞いてないし。
ではこの理不尽の塊ともいえる河童をどうするか?
答えはひとつである。
「わかった。よし。相撲をしよう」
「かーっぱっぱっぱ。負けたらお前さん、ゴホッ、命は無いぞ?」
「いいよ、別に。早く始めようか」
僕がそう言うと河童は力強く―――ではなく、弱弱しく四股を踏んだ。どすん、どすんという音でなく、ぽふっ、ぽふっとでも聞こえそうな四股である。オノマトペおかしいよ。
僕も真似して軽く四股を踏む。こういうのは、相手に合わせることが大切なのだ。
「おお、そういえばゴホッ、お前さんの名前を聞いてなかったな?」
「最上綾香だよ」
「む?アヤカ?人間のゴホッ、世界のことは知らんが、それはゴホッ、女性の名ではないのかな」
「ほっといてくれ」
それに、この名前は九重さんがつけてくれたものだし。そんなに気に入ってないわけじゃない。
「まあ、死に行く者の名をゴホッ聞いてもいたしかたなったな」
「………………」
なんでそんなRPGのボスみたいなセリフ言ってるの?
「ゴホッ、なにゆえもがき、生きるのか。ほろびこそ……」
「ストップ。それ以上はマズい。ていうかそれ何人がわかるネタなんだよ」
古すぎる。
「では、そろそろゴホッ、はじめようか」
「ああ」
「では……はっけよーい、のこったあ!」
河童はそう言うと僕のほうに思いっきり突進をかましてきた、ように見えた。実際はまさしくぽふっという音がしただけだったのだが。
うーん。
そりゃこんな力じゃ勝てないよな。
「うおおおおおお!」
余談だけれど、スポーツとかで大声を出すのって、普通に身体にとっていい作用を起こすらしいね。アドレナリンが分泌されてどうたらこうたら。
ちなみに今も僕は河童に押されている状態である。でも、大人が子供を相手にしてる感じで何かほのぼのする。
嘘です。
さて、この状態であれば勝つのはそれこそ赤子の手をひねるようなものだけれども、それでは事態は何も解決しない。
と、いうわけで。
~一時間経過~
「大丈夫ですか」
「ゴホッ……ひ、卑怯なり……」
現在季節、夏である。
言うまでも無く河童というものは、頭の皿、もしくはその水が弱点だ。
皿が割れれば死ぬし、水が乾けば力が無くなる。というわけで僕は河童の皿の水をなくす作戦に出たのだった。
「最近尻子玉を抜いてるの、あなたですよね?」
「ま、まままゴホッ、まさか」
知らん振りをする河童。まあ、尻子玉を抜くということは相撲で負けたことを意味するのだから、仕方ないだろう。
「尻子玉を返してくれれば、いつでも相撲のできる環境を用意しますけど」
「返させていただきます」
相撲のできる環境を作るだけで取り返せる数人分の魂。なんか安いように感じるのは気のせいだろうか。
なんにしろ、交渉成立である。
「ところでゴホッ、み、水……」
「はい。蚯蚓」
「ゴホッ、それ前の俺のセリフが無いとほとんどの人が読めねえよ……」
至極もっともなツッコミであった。
~翌日~
「えー。というわけで町長さんに施設を作らせて、今では人を襲うなんてこともせず普通に暮らしてます」
「ふーん」
九重さんは椅子にふんぞり返って、何の興味も無さげにそう言った。いや、実際無いのだろうけど。
「そーいえばさー、結局のところその河童が大荒れしてた理由ってなんだったのよ?」
「どうやら、近くにできた銭湯が、適当に汚水を垂れ流してたみたいです。ストレスがたまって身体も弱り、道行く人を襲っていた、と言ってました。あ、もちろん銭湯には注意しときましたよ」
「当然だね。まあ、それなりにうまく事が運んだわけだ。ご苦労さん」
九重さんには労わる、という概念は存在していないのだろうか、ぞんざいに言う。
「それにしても、河童なんて存在、『消してしまえばよかったのに』ね?君はどうしてそうしないんだろうね?」
「…………わかってるでしょう、九重さん」
くっくっく、と九重さんは笑った。その笑いは、人の心の奥底のドス黒い部分を全てあらわしたかのような笑いであった。
「ま、なんにしても解決できたなら万事OKさ。基本結果オーライこそ最強なり」
「……失礼します」
僕はそう言って、部屋を後にした。
……大丈夫、間違ってない。
僕は、僕の信じた道を行けばいい、誰かに導かれて、誰かに言われて変えるような道は進まない。
ひとつ深呼吸をして、自分にそう言い聞かせる。
~後日談~
「なあ、綾香」
「なんですか九重さん」
「尻子玉を抜かれるときの感覚ってどんなのなんだろう」
「……………」
「いや、ちょっと興味があるんだよ、実は開放感とかがあるんじゃ―――」
「さっきまでのシリアスが台無しだあ!」