7話
町の数が減りました
ギルド本部のギルドマスターの席に彼女、霧島 葵はいた。
彼女は初日にギルド【エデン】を設立し、今では300を超える巨大ギルドの長、そしてこの町の代表を勤めるギルドマスターである。
「あれから三日かぁ。」
葵がこの世界に来てからまだ三日。その短い期間で総人数300を超えるギルドを作り得たのは偏えに葵のカリスマによるものだろう。
彼女は誰もが認め、誰もが羨むような美人であり、頭の回転も早い。それらはギルドの勧誘時に大きな利点として働いた。だが、彼女がギルドマスターである理由はそれだけではない。
「葵様、会議のお時間です。」
「さっさと行こうぜ、姐さん。」
「もうそんな時間かぁ。」
彼女には優秀な部下がいる。
秘書の格好をした凛とした雰囲気の女性、名前を島崎 鈴華。彼女は元の世界でも葵の秘書兼お目付役をしていた。
それで分かるとは思うが葵はとある財閥グループの令嬢である。財閥の令嬢とその秘書、この二人が並ぶところは絵になり、誰が見ても違和感は感じないだろう。
だが、更にその隣にいる男は違和感の塊だった。彼の見た目を一言でいうなら不良という言葉が一番適切だと思う。事実、彼はとある不良グループのトップに君臨していた。そんな彼は名前を柏木 祐介といい、葵に忠誠を誓う者だ。今回のギルド創設時も、彼は不良と呼ばれるような荒くれ者を彼の手下とともにまとめあげ、ギルドに勧誘したという実績を持つ。
祐介も葵とは元の世界からの仲であり、幼なじみとも言える間柄だ。
「じゃぁ、行きましょうか。」
今から彼女が向かうのは三つの町のギルドマスターによる初めての会議。
【妖精の里】、【竜の国】、【水の都】と町にはそれぞれに名前がある。葵の所属するのは【妖精の里】という緑に囲まれた町。
そして今からそれぞれの町のギルドマスターが集まり、情報を共有することになる。
「では、揃ったところで会議を始めようか。」
会議室となっているのはギルドマスターしか通れない特別な部屋。
ここは三つの町のギルド本部と繋がっており、結構な距離のある三つの町を行き来せずともこうして集まることができる便利な部屋だ。だが、この部屋にはいくつかのルールがある。まず、自分の町以外の町には渡れない。そして、互いを傷つけたり、物を渡したりなどの干渉もできない。つまりこの部屋で交わすことのできるものは言葉のみということなのだ。
こうして第1回ギルドマスター総会は始まった。
「私は【水の都】のギルドマスターを務める神田 正樹と言います。どうぞよろしく。」
正樹は柔らかい笑みを浮かべる好青年だった。年は17〜18だろうか。誰からも好かれそうな顔立ちをしており、実際、彼はその容姿と紳士な態度が皆に好印象を与え、こうしてギルドマスターにまでなった男だ。
しかし、葵が彼に対して抱いた第一印象は"嘘臭い"というもの。彼、正樹が浮かべる笑みは彼女、葵が浮かべる偽りの笑みと非常によく似ていた。
「私は【竜の国】のギルドマスター、飯田 重信だ。」
重信を一言で言い表すなら"小物臭い"だろうか。肥えてまるまる太ったその体は苦労というものを知らないのだろう。彼はとある玩具メーカーの会社の社長であり、【竜の国】には彼の息のかかった人間が多くいた為、彼は苦もなくそして当然のようにギルドマスターの地位についた。
重信は葵が一番嫌いな大人の姿であり、顔にこそ出さないが彼女の中で嫌悪感が膨らんでいた。ジロジロと不躾にこちらを眺めるその目も彼女の重信に対する嫌悪感に拍車をかけている。
「【妖精の里】のギルドマスターを務める霧島
葵です。」
その後、しばらくは当たり障りのない情報交換が続いた。当然だ、まだこちらに来て三日しか経ってないのだから、互いに持つ情報もたかがしれている。今回の会議は情報交換というよりはギルドマスターの顔合わせという意味合いの方が強い。とりあえず、共通認識として、
・この世界はゲームの世界だ。
・NPはクエストをクリアする毎に増えていき、それに伴い施設も増えていく。
・町の周辺のエリアのどこかにボスモンスターと呼ばれるモンスターがいて、それを倒すことにより、町は大幅に発展する。
・モンスターは大きく分けて3種類、普通の"モンスター"と、"モンスター"よりも遥かに強く、一種につき一体しか存在しない《ユニークモンスター》、それと【ボスモンスター】である。
ということが主に上げられる。これらは各町のNPから得られる情報でそこに各町間での齟齬はない。
その後も既に知っている知識の確認が続き、第1回ギルドマスター総会は無難に終わるかのように思われた。しかし、最後に放たれた【水の都】のギルドマスター、正樹の一言で事態は一変する。
「私のギルド、【ポセイドン】が今日、ユニークモンスター《オルトロス》と遭遇しました。こちらは5パーティーでもって迎撃に当たりましたが、全滅、その後の《オルトロス》の消息は不明です。」
1パーティーというのは基本、4〜7人構成のグループのことを指す。つまり最低二十人の人数が《オルトロス》の前に散っていったということだ。ユニークモンスターとはそれ程までに格が違う。
「その《オルトロス》とやらの情報は?」
「二つの頭を持つ犬、かの有名な地獄の番犬ケルベロスの親戚のようなものですね。
すいません、私が分かるのは容姿までです。」
嘘だ。直感的に葵は悟る。正樹はおそらく《オルトロス》に関する情報を所有している。ただ、それは彼の部下が命を張って手に入れたものだ。タダで他人に渡すようなことはしないだろう。
寧ろ、《オルトロス》というユニークモンスターの存在を教えてくれたことだけでも感謝すべきだ。
「っち、役立たずめ。これだから子供は信用ならん。」
葵は重信の言葉にキレそうになったが理性を総動員してその過激派思考を鎮圧する。ここで怒ってもデメリットしかない。
「面目ないです。」
正樹は重信の言葉を受け流す。顔色一つ変えないところはさすが上に立つものといった感じだ。
「まぁいい。そもそも子供に期待などしてはおらん。
君達のような子供が一つの集団を纏め上げるなど不可能だからな。それを求めるのも酷というものだろう。」
葵はもう呆れて怒りすら湧いてこない。ただこんな奴に統治される【竜の国】の人間には深く同情した。
「では、これにて解散ということで。」
もう意見はでないというところで第1回ギルドマスター総会は幕を閉じた。
「イライラする!!
祐介、殴られなさい。」
「いやっすよ!!」
ギルド本部に帰ってから葵の部下であり、良き友でもある鈴華と祐介に今日の会議の内容、及びその愚痴を聞かせていた。
「はぁ、近いうちに【竜の国】は落ちるわね。」
「そこまで酷いのですか?」
鈴華が苦笑しながら、葵に訊く。
「あれは養豚場に行くべきよ。」
その後も報告:愚痴、1:4の内容を二人は聞かされ続けた。
「《オルトロス》、ですか。」
報告が《オルトロス》のところまでいったところで葵の雰囲気ががらりと変わり、真剣なものとなる。それにあわせて二人の背筋も自然とのび、彼女達の話は愚痴から真面目な話し合いへと変わっていく。
「俺の部下と下っ端どもに周辺の見回りをさせるか。」
「そうね。あと、鈴華は他のギルドにも《オルトロス》の情報を流して頂戴。」
「かしこまりました。」
「まったく、厄介なことが多いわね………はぁ。」
葵の溜め息が、ギルド本部に響いた。
【妖精の里】
プレイヤー数…9875人
NP数…………4872人
総合戦闘力……F
経済力…………F
発展度…………F
【水の都】
プレイヤー数…9541人
NP数…………5412人
総合戦闘力……F
経済力…………F
発展度…………F
【竜の国】
プレイヤー数…9212人
NP数…………3874人
総合戦闘力……F
経済力…………F
発展度…………F