世界の果て 前編
そのゲームセンターは、ばか高い土地に立っているくせに、信じられないくらいの広い敷地面積を誇っている。
そこは大都会に突如、出現したかのような異空間だ。
我こそは、と思うもの達の力試しの場所でもある。
三つの煉瓦風の大きな建物があり、コンクリートでできているボードの遊び場とバスケのコートがある、通称コンクリートガーデンと呼ばれる中庭がある。
三つの内の一つは入口入ってすぐの高級ゲームセンター。
一般の人も出入り自由な、クレーンゲームやコインゲームそんな見慣れたものであふれている建物だ。
そしてバスケコートがある方のコンクリートガーデンをとおりぬけて、残りの建物が二つある。
二つ目の建物は、ここのゲームセンターの会員専用の建物で、ドリンクバーやフードコーナーも設置されている贅沢なつくりになっている。
もちろんここにも数々のゲーム機械が設置されているが、一つ一つにかかる料金は侮れないものがある。
会員は紹介制を取り年会費も、この土地に合わせたかのようにバカ高い。
最後の建物は更に奥まっており、その入り口には専用の黒服ならぬ派手な赤いおとぎ話の中のような燕尾服をきた従業員が派手な飾りを身に着けてドアの左右に控えており、その周囲にもどこのコスプレ大会だ、というような従業員があふれている。
この最後の建物はしゃれた鉄格子に囲まれていて、その鋭い先端の脇にはそれぞれ空想上の可愛い生物が飾られており、その鉄格子の厳重なセキュリテイーをくぐってからではないと、最後の建物には近づけないので、その入り口に立つ、あのおとぎ話のような赤服がいる意味はほとんどないんじゃないかと私は常々思っている。
この三つ目のただ漆黒に見える建物が、国内外に有名なVIP会員専用の建物で通称「狂いうさぎ」と呼ばれる建物で、ここの会員権は億とも噂され、その選定基準はすでに都市伝説となっていて、そこの会員以外知る者はいない。
二つ目の会員専用の赤色の建物、赤色なのに「黒カケス」と呼ばれるそこからは、「狂いうさぎ」の建物はうっすら目に入るくらいで、通称「カケス」と呼ばれる会員たちは、さすがに無駄な詮索をしない賢さをわきまえているので、そちらをわざわざ見るような真似はしない。
ただ、いつか自分もまた、そこの会員証である山高帽をかぶったウサギのバッチを身に着ける日を夢見ているだけだ。
ここのゲームセンターは、有名な外国にあるカジノさえ凌駕する大金が日々動いているというのは周知の事実だ。
ゲームセンターの入口には、ガスの炎が燃え続けるタイマツを持つ三メートルを超える大きい悪魔像が左右に幾つも立ち、その足元には地獄の番犬ケルベロスが控えている。
台座も入れれば、その威容さは半端がない。
私の記憶にある限り、陽がくれると同時に看板代わりに燃え上がるタイマツも、この像も、ここのゲームセンター同様何一つ変わらずある。
定期テストが、やっと終わり私は二週間ぶりにここに足を踏み入れた。
私の名はサナ。
親しいものは「サナ」と呼び、顔見知りのものは苗字の方の「大原さん」と呼ぶ。
ピッチピチの高校二年生で、へっぽこ私立に通っている。
週末のせいか、まだ宵の口だというのに、既に一般用の駐車場は満杯で、空き待ちの車が列を作って並んでいる。
まあ、いつでもここはいっぱいでスムーズに空いているのを平日でさえ見たことがないけど。
私を乗せた車はそこを通り過ぎ、会員専用の駐車場に向かう。
約束の時間を大分すぎたから、ちょいと面倒かもしれない。
ヘソを曲げると、人間変わるんだよ、待ち合わせをしている奴は、私より年上のくせに。
急いで部屋に飛び込んだ私は、そのままの体勢で声を出す暇もなく、待ち伏せしていただろう奴につかまり、えんえんと愚痴を聞かされた。
抱きしめられた体勢はそのまま、部屋の片隅で、そのまま座り込んだ奴の膝の上で。
ブツブツと怨嗟のこもる眼差しで文句を言い続ける奴は、現在ここの責任者を務める男で、名前は高須涼、もうじき35になる美丈夫で身長も180を優にこえ体重も100キロ近くあるが無駄な筋肉など一つもない、とても物騒な男で、表にも裏にも名前が知られている。
「氷帝」やら「氷鬼」やらの別名がある通り、こいつは必要とあれば、赤ん坊でも、それも自分の赤ん坊でさえも簡単に殺すというのを実証した男だ。
生まれてくる時に、いろいろ人間としての大切なものを、お母さんのお腹の中に置き忘れてきた代表のような奴だ。
それが、まあ、ぶつくさとぶつくさと、この広い支配人室で、それも片隅で、大きい図体で私を抱え込み、女の腐ったかのように文句を言い続けている。
仕方ないじゃん、私だって大事な定期テストで、おこづかいアップがかかっているんだ。
今回は本当に真面目に頑張った。
うちの高校は成績別クラスで、万年最下位クラスにのんびりいる私だが、我が保護者が一つでも上のクラスに上がれば、久しぶりに、おこづかいをアップしてくれると約束してくれたんだ。
これを頑張らなくて、いつ頑張るんだ自分。
そのため、日課のようにここに通っていたのをやめていた。
ちゃんと初めから、「二週間は来ないよ。」と宣言していたにも関わらず、こうして愚痴を言い続ける涼に、初めは「しゃーないか。」と優しく思っていた私も、そろそろ限界、面倒になってきた。
おもむろに、今だ私を抱きしめたまま文句を言うその顔を下から見上げ、何を勘違いしたか、デレデレになるその無駄にいい顔に向かって、思い切りデコピンをくらわして、その膝から立ち上がるついでに、蹴りもくれてやった。
いい気味だ、騒ぐ涼を放って、久しぶりにスロットでも遊ぼうと下におりたら、私の会いたくないNo.1の地位をこのところ不動のものにしている沢渡兄弟の姿が見えた。
危ない!セーフ。
週末で、なおかつ、ここの会員に連れられてきたと思われる華やかな人達が大勢紛れ込んでいるおかげで、私の姿は見られていない。
沢渡兄弟というのは、日本最大といわれる暴力団、聖竜会の後継者だ。
兄の真吾は20代の後半で、ひょろっと背が高く、見た目はバリバリのエリートサラリーマンにしか見えない。
そして弟の大吾の方は私より幾つか年上の、短髪で、若いくせに誰が見てもその筋にしか見えない危ない奴だ。
一人一人でも厄介きわまりないのに、二人揃うと、もう災害レベルと言ってよい。
過去のあれやこれを思いだし、くわばらくわばらと退散する私には、それでも危ないとわかっていても、蛾を引き寄せる炎のように、男も女も少しでも近づこうと、その目に写りたいと、破滅と背中合わせをものともせず、群がっていくのが理解できない。
私には考えつかない事だけど、まあ、自由主義の世の中だもの、個人の自由って奴でいいよね。
私は歩く災厄兄弟がいるここで遊ぶのをあきらめて、他に移動する事にした。
しかし「カケス」にいるなんて珍しい、たいていあの兄弟は、「狂いうさぎ」に出没するのに。
何はともあれ勝手に都合よく解釈して、そっとそぉっと従業員用の出入口を使わせてもらって、私は綺麗に退散した。
向かうは、もう一つの建物だ。
せっかくのテストあけ、遊ばないでどうすんの、って感じ。
一般客向けの「眠りねずみ」と呼ばれる建物へゴー。
私もここに入るのは、・・・さすが初めてだ。
お財布を確認して、いざいかん新天地へ。
ようし、ここならクレーンゲームで遊ぼう。
私は、よくもこれほどと思うほど「眠りねずみ」で楽しむ人達の合間をぬって、これ、基本でしょ、っていうクレーンゲームに挑戦していた。
ここって比較的人口密度低いし、私ってば賢くない?って感じで楽しんでいた。
そしてしばらくして、私の隣りに立つ人影に気がついた。
横を見ると、私と同年代くらいの可愛い子が、私の手元を覗いていた。
私が見ると、「わたしミホっていうの、一緒に遊ばない?」と声をかけてくる。
じっとミホちゃんを見つめ、私は即オッケーした。
私のカンが大丈夫だ、と告げる、結構このカン当たるんだ。
「私サナ、よろしく。」
短いけれど挨拶って大事だもんね。
そうして二人で、あちこちを冷やかしながら「眠りねずみ」の中を思う存分楽しんだ。
時おり、視線が私たちを追いかけてくるのを感じる。
結構ひんぱんに視線を感じるが、ただの視線のみで、誰も近づくことはない。
最初はナンパかな?と思ったけれど、やがて違うと気がついた。
そんな感じじゃない。
私はここに入るのは初めてだから、視線の追いかける先にいるのは、ミホちゃんみたい。
私が気がついたのを、確かにミホちゃんは知っているのに、全然それには触れてこない。
オッケー、オッケー。
私も別に気にしないし、誰しも面倒事の一つや二つ、いやもっとだ、私の場合、ある。
だからそれからも二人でフラフラと遊んだ。
ミホちゃんは個人でやるゲームには手を出すが、他の人間と一緒にやるようなゲームには決して手を出さなかった。
オッケー、オッケー、そこも私と気が合うよね。
私は定期テストあけというのもあって、機嫌よくミホと遊びまわった。
バイブにしてある携帯がひっきりなしに鳴るけれど、ね。
すでにここで遊びはじめて二時間くらいたった時、「眠りねずみ」の雰囲気が急激に変わっていった。
何事かとみると、数十人のヤンチャ達が入り口の方から入ってきていた。
おそろの皮ジャンに腕にはおそろのマークをつけて。
子供か!と思わず笑いそうになって、まずい、と思い下を向いて笑いをかみ殺し、通り過ぎるのを待つ。
どうせ奥の方のビリヤードやらダーツがある方に向かうんだろう。
そう思って下を向きながらいる私を、ミホは怖がっていると勘違いしたらしく、
「大丈夫だよ、サナ。あの人達は、ここを支配するチームの人達で悪い人じゃないから。」
そう言って私の笑いをかみ殺したために、震えそうになった肩を抱き寄せてくれた。
間違ってるけど、でもマジいい子だあ!
私は心からにっこり笑って、「ありがとうミホちゃん、大丈夫だよ。」と、私からはじめて抱きついた。
結構、私ってこういう風に抱きつくなんてしないから、私を知る人が見たら・・・、まぁ、確実に防犯カメラで見ているだろうあいつは驚いているに違いない。
そんな私達の前に、あの集団にいても、ぬきんでて目立っていた男がゆったりとした足取りで私達の方にやってきた。
金色に染めた髪をおおざっぱに流している男は、ミホちゃんの前までくると、
「珍しいな、ミホがつるむなんて。」
そう言って私の方に視線を向けた。
えっ、知り合い?
ミホちゃんに目をやると、困ったように悲しむように私を見る。
そんなミホちゃんを見て、金髪男は、
「ちょうどいい、奥いこうぜ。」
そう言って返事も聞かずに私達をさっさとうながした。
何となくミホちゃんを放っておけなくて、しぶしぶだけどついていく。
奥の方は本当に、ゲームセンターというより、この集団一色のたまり場みたいになっていた。
椅子に二人で腰かけると、金髪男がミホちゃんに話しかけた。
「知ってんのか?」って。
ミホちゃんが首を横に振ると、じゃ俺が話すわ、そう言って私を見る。
きつく試すように見る金髪男の視線は気に入らないけど、せっかくできそうな同年輩の友達の為、我慢した。
「我慢」・・・私の人生にこの言葉が現れるなんて、本当に今日は何ていう日なんだろう。
ちょっと日頃から忙しすぎる我が保護者に、この姿を見せてやりたいもんだ。
泣いて喜ぶに違いない。
私は話しを聞かせてくれるという男の口が開くのを待った。