8 ニグスベールの奇跡の真実
八 ニグスベールの奇跡の真実
ライマ共和国近くの山中。森の中に、一軒のボロ屋が建っている。
その大きいボロ屋の周りには、石や鉱石が積み上げられ、近くには畑らしきものも存在する。屋根付近の空気坑からは、煙が立ち上ぼり、中に誰かが暮らしていると解った。
しかし、町から離れたこんな山の中に、誰かが住んでいるとは、霧の漂うこのご時世では考えられないことだ。
そのボロ屋を目指して、一人の青年が街からやってくる。
年は十代後半。気弱な面持ちはあるが、彼には一つの野望があった。
青年はボロ屋の扉の前で立ち止まると、扉に向かって大声をあげた。
「じいさん! じいさん!」
「なんじゃ、またペルか、やかましいな!」
古ぼけた建物の中から、老人の声が聞こえる。しかし、現在は作業に没頭しているのだろう。ボロ屋から出てきてくれない。
ペルは扉を開けて、挨拶もせずにボロ屋に足を踏み入れた。
むわっと熱風が一気に押し寄せてくる。中の温度は五十度。建物はボロボロで風通しの良いはずなのに、真夏日より暑い。
ペルは直ぐに上着を脱いだ。
ボロ屋の中には、七十歳を超える老人が一人。しかし、老人と言えど、並みの剣士以上の筋肉で、上半身裸のまま、人間の頭ほどの大きさの鉱石を、いくつも炉に投げ入れている真っ最中だった。
アルドネル・エマ。
それは老人の名前でもあり、知る人ぞ知る、世界最高級品と名高い、剣のブランド名でもあった。
「ペル、何しに来た」
アルドネルは大粒の汗をかき、今度は炉で溶かせた鉄を、砂で表面を固めた四角い入れ物に流し込む。
ペルは荷物を置くと、大きく分厚い手袋をつかみ、四角い入れ物をどかせ、新しい箱を置いた。
「おふくろが、いつもタダで教えて貰っているから、パンを焼いたから持って行けって、うるさいから持ってきたんだよ」
ペルは箱を置き、もう出てきた額の汗を拭きながら大声で答えた。
本当はまだ教えてもらってないのにと、ペルは眉間に皺を寄せる。
アルドネルは鼻息を荒くしたまま言い返した。
「教えてなんぞおらん。お前が勝手に来とるだけだ」
「そうだよ、俺はじいさんの技術を盗むまで、ここに来るからな!」
ペルの返答に、アルドネルは「はんっ」と鼻で笑った。
アルドネルは、決して剣を打つ技術をぺルに教えない。それは、ぺルを嫌っているからで無く、腕が劣っているからでも無かった。
職人は技術は教わるのでなく、盗むものと考えているからだ。だから、アルドネルは、教えはしないが決してペルを追い返したりしなかった。
腕は未々だが根性は有ると、アルドネルはペルをそう思っていた。
「ところでじいさん、今回は誰に打つんだい?」
ペルは額の汗を手袋で擦りながら、アルドネルに問い掛ける。アルドネルの打つ剣は、誰もが認め、欲しがる素晴らしい品だ。
自ら配合した硬質の鉄を使い、細工もゴツイ老人が手掛けたとは、想像も出来ないほど繊細で華やかだ。それでいて切れ味を持続させる。
ぺルが知る限り、これ以上の素晴らしい鍛冶屋はいないだろう。
しかし、それとは裏腹に、いくら金を積まれようが、王族の依頼だろうが断り、自分の気の向いた相手にしか打たない、頭の固い、職人気質の鍛冶屋だ。知る人ぞ知るの由縁はそこにあった。ぺルはここだけは見習ないでおこうと決めていた。
だから、アルドネルが剣を打つ準備をしていると言うことは、それに価する人物の依頼だろう。
ペルは三年間、アルドネルに付き合い、じいさんの好みは解っていた。
実力が有り、努力家の剣士。
それも、自分の剣を飾ること無く使う、敵と前線で戦う人物だ。
「まっ、じいさんの趣味だから、凄い剣士なんだろうがな」
「………ティーライ王国の騎士団長だ」
アルドネルは少し曇った顔で答えた。ペルは相変わらずのアルドネルの凄さに、口笛を吹く。
「スゲーな、騎士団長様かよ。クッソー、いつか俺もそんな凄い人に打つ鍛冶屋に成ってやる!」
ペルはここまで悔しがり、フッと言葉を止めた。
確かに、ティーライ王国の騎士団長は、噂にも聞く凄い人だ。ただの一騎士だった者が、剣だけを頼りに騎士団長まで上りつめる、まるで成り上がりの物語の様な人物だ。もちろん、剣の腕もかなりだろう。
しかし昔はどうであれ、騎士団長と言えば管理職で、戦闘には指揮者として赴くだけで、前線のような戦闘は皆無だ。それは、アルドネルの趣味からは大きく外れる。
「………本当に打つのか?」
アルドネルは再び曇った顔のまま頷いた。
その様子からして、あまり乗る気ではないらしい。理由はペルが思った通りだ。
「わしの打った剣で、王に祝福を受けた、愛刀を折られたらしい」
アルドネルの解答にペルは悩む。アルドネルはそんな理由では剣を打たない。
酷いときなど、ボロ屋の前で霧に乗っ取られた物と対決させ、刃筋が通っていないと言う理由で断る事すらある。
一体、何が有ったのか?
不思議がっているペルに対して、アルドネルは溜め息を混じりに話し出した。
「――――二年前のあの夜を覚えているか?」
もちろんだとペルは頷く。
二年前、アルドネルはある人物に剣を打つよう依頼された。
当然の様に断るアルドネルに対し、依頼してきた人物は、他では断られ打つ人物が居ないので、どうしても剣を打ってほしいと説明した。
その時、ペルは腹が立ったものだ。
まずはアルドネルに断られてから、他に行くのが普通だ。順番が間違っている。
ペルはそんな失礼な依頼人に対し、アルドネルに断られろと思っていたが、打って欲しい剣の内容を聞き、アルドネルの瞳に火が入った。
他には打てない剣。
今まで色々な困難を聞いてきたが、これ程の困難を言って来る人物は少ないだろう。アルドネルはその依頼を承諾した。
長さ一メートル四十センチ、太さ三十センチの大剣。片刃のバスターソード。
正確にはバスターソードより一回り大きい。
ペルの思いとは裏腹に、アルドネルはその話を聞き、やる気になったのである。
男が帰ったすぐに直ぐに、アルドネルは準備に入った。しかし、それほどの大剣だ、アルドネルも打った事は無い。だから先ずは、依頼より一回り小さい、試作品の片刃のハーフバスターソードを打った。
試作品と言えど本番さらながで、手を抜くことをしない。
しばらくして出来た、刃を付けていない、片刃のハーフバスターソードの出来は上々で、次の本番のバスターソードへと移った。しかし、一ヶ月掛り、やっと片刃のバスターソードは出来上がったが、アルドネルは納得出来なかった。
思った以上に重量があり、依頼人の男が振れるとは、到底思わなかったからだ。
飾る剣は打ちたくない。
そんな思いからだろう。アルドネルはハーフバスターソードの方にも、刃を入れた。
依頼人に渡すとき、バスターソードを振ってもらい、振り抜けないなら、ハーフバスターソードを渡し、バスターソードは持ち帰るつもりだった。
そんな事をしていたので予定が狂い、納品日の当日は、陽がとうに暮れていた。
急いで出来上がった二つの剣を荷台に乗せ、アルドネルとペルの二人は男の元に運ぶ。
そこであの現場と出くわした。
森の近くの開けた場所だ。
ザッと見ても、六十体もの霧に乗っ取られた野犬。
霧も未だ漂い、霧から逃れた野犬は、走り逃げ惑っているが、霧に乗っ取られるのも時間の問題だろう。
対峙しているのは一人の少年。
いや、一人ではない。左肩にいまだ幼い少女を担いでいる。
少年が手にしているのは、真ん中から折れた、刃こぼれの酷いロングソード一本。
数が数だ。少年は囲まれているし、可哀想だがここから助けることは出来ない。霧も漂っている事だし、長く無いだろう。
しかし、何とか成らないものかと、アルドネルは考える。見たところペルより若い、このまま見捨てるにしても心苦しい。
そこで、アルドネルは、頼まれたバスターソード以外に、ハーフバスターソードを持っていることを思い出した。
アルドネルは荷台から、ハーフバスターソードを掴み上げると、少年に向かって投げた。剣は回転しながら、上手い具合に少年の右側の地面に突き刺さる。
少年はこちらに気付き、礼を言うように頷いた。アルドネルも合わせて頷く。
ハーフバスターソードの大きさなら、上手く行けば、霧に乗っ取られた野犬を蹴散らせて、逃げ伸びられるかも知れない。
少年は折れたロングソードを、霧に乗っ取られた野犬に突き刺し、傍らの、片刃のハーフバスターソードを手に取る。
ここからは、アルドネルは思い出してもワクワクする。
少年は片手で、ハーフバスターソードを正眼に構えようとするが、その重さから上手く行かず、上まで振り上げて、右肩に担いだ。
そして、飛び出して来る、霧に乗っ取られた野犬相手に、肩で剣を押し上げ、勢いのついた剣を降り下ろす。
野犬は真っ二つに両断され、木陰まで跳ね飛んでいった。
まさか一刀で倒すとは思っていなかったアルドネルは、大きく目を見開いた。
少年は霧に乗っ取られた野犬を、次々に切り裂いていき、跳ね飛ばしいき、最後に虫の息になった一匹に突き刺す。
十分程の痛快な時間だった。
アルドネルは驚きのあまり、こちらも危ないのにも関わらず観いっていた。ペルにしても口を半開きにして観いっている。
そして、正気に戻ったのは、少年が霧に乗っ取られた野犬を、全て倒した直ぐだった。
アルドネルとペルは急に青ざめる。
誰もが怯える、あの数の霧に乗っ取られた物を、十分やそこらで全て、一匹も残らず倒してしまったのだ。
周りの霧も、残りの野犬も、逃げて行ったのか全て居なく、後に残ったのは、霧に乗っ取られた野犬の死骸だけが六十体以上。
少年は、フラフラしながらこちらに近付いて来ると、アルドネルの目の前で倒れ込んだ。少年にしても限界だったのだろう。アルドネルとペルは慌て、二人を荷台に運び、アルドネルのボロ屋に連れて行って寝かせた。
結局、依頼人にバスターソードを届けたのは次の日で、ハーフバスターソードは渡さなかった。
アルドネルは、依頼人がバスターソードを振れるか振れないかは、どっちでも良くなった。振れないなら、好きな所に飾っておけとも思った。
あの、片刃のハーフバスターソードは、その少年にこそ相応しく思い、是非とも少年に握って欲しかった。
バスターソードを届け終えると、アルドネルは急いでボロ屋に戻った。しかし、すでに遅かったのか、意識を取り戻した少年は、片刃のハーフバスターソードと共に消えていた。
残念に思ったが、残された少女をペルと共に、ライマ共和国まで連れていき、自衛団体に保護してもらったのだ。
少女は学者の娘で直ぐに父親が駆け付け、安心して泣きながら、何度もアルドネル達に頭を下げていた。アルドネルは自衛団体に、一応少年の事を尋ねてはみたが、けっきょく少年のことは全く解らず、心配していたのだ。
それが昨日、やっと解った。
アルドネルも、ティーライ王国の騎士団長の凄さは耳にしている。少年はその騎士団長の、剣を折るぐらいに成長していたのだ。そして、手にはアルドネルが望んだ通に、アルドネルが打った、片刃のハーフバスターソードが握られていたらしい。
そのティーライ王国の騎士団長は言っていた。
「あいつの手には、あなたの名前の記された剣が握られていた」
アルドネルは、久し振りに喜んだ。そして嬉しさの余り、思わずティーライ王国の騎士団長に、替わりの剣を打ってやると、自ら申し出した位だ。さらに、騎士団長から詳しい話を聞けば、少年は霧を止めるため、王国ファスマに向かっているらしい。
アルドネルは思う。
わしの剣を握った騎士が、霧を止めにいく。これが興奮せずにいられない。
最後にアルドネルは聞いた。
「あの、少年の名は?」
ティーライ王国の騎士団長は、何処か遠い目で答えた。
「所属国の無い、リオ・ステンバーグ姫の騎士、キョウ・ニグスベール」
アルドネルは、ステンバーグと言うファミリーネームを微かに覚えていた。
たしか少年が、あの肩に担いでいた少女の、父親が名乗った名前だ。
しかし学者と思ったが、何処かの国の王族だったのだろうか。それに、少年のファミリーネームは、目の前にいる。
「ニグスベール………」
「あぁ、俺の息子だ」
ここまで話したアルドネルは、ペルの反応を見ていた。共に喜んでくれると思ったが、ペルは悔しそうに唇を噛んでいる。
自分より年下の人間が、風に聞くティーライ王国の騎士団長に打ち勝ち、しかも、世界を困らせている、霧を止めに行っている。ペルはいずれ、アルドネルの様な鍛冶屋を目指しているが、未だに剣を打たして貰えていない。
負けた気がしたのだろう。不機嫌に口をふさぎ、頬を膨らませている。
それが解ったアルドネルは、重い溜め息を吐いた。
「ペル、ティーライ王国の、天下の騎士団長の剣だ。失敗は許されない!」
「わっ、解ってるよ! 俺が手を出したら駄目なんだろ」
「違う。お前が今まで一人で練習したように、真剣に打てよ!」
「えっ?」
ペルは何度も、溶けた鉄と、アルドネルの顔を見合わせた。
「わしが最後まで見守ってやる。やってみろ!」
「あぁ、お願いします!」
ペルはアルドネルの言っている意味が解り、急いで準備を整えに走る。
アルドネルは思った。
いつまで老人の時代ではない。新しい世代が、次の時代を作っていく。
――――そう、霧を止めに行っている奴もいる。
「全く、あのバスターソードを打たせた依頼人の男と、同じ事を言うとは、リオ・ステンバーグ姫の騎士、キョウ・ニグスベールか」
アルドネルはその名を胸に刻んだ。
レナ姫は悩んでいた。
リオの風船の案を聞いて思い付いた通りに、丸形の風船で作成図を書き出したのだが、これだとスピードが出ず、風に煽られてしまう。仕方無く、長細くしたのだが、計算上、荷物を乗せるなら巨大に成りすぎ、鉄が重すぎて上手くいかない。
まずは軽い素材から探さなくてはならないし、これだと、レナ姫が考えている予算を軽くオーバーしてしまう。しかし、形は細長いのが理想的だ。
安全面で考えても、鉄で骨組みは外せないし、重くなればそれだけ浮力が必要となり、ガスを多く必要とする。
グルグルと考えが同じところを回り、結局行き着くところは同じだ。
予算を見直して、もう一度、素材からだ。
レナ姫は書きなぐった紙を丸めて、「よし」と腕捲りをした。その時、扉がノックされ、返事を待たずしてカインが入ってくる。
「レナ姫………」
レナ姫は面倒臭そうにカインを見た。
気分が乗って来たところで、カインと言えども、邪魔をされたく無かった。しかし、カインの表情を見て、レナ姫の顔は少し厳しくなる。
「カイン、どうしたのじゃ?」
カインは青い顔をしていた。
「キョウに、いえ、リオ姫様にサツが飛ばされていました!」
「サツ? なんじゃそれは?」
レナ姫は意味が解らず眉を寄せる。
カインはそこで気付いた。レナ姫は法国オスティマの暗部を知らない。サツと言う名が持っている意味を知らないのだ。
「確実性の高い暗殺者です! これは――――デルマン皇太子です!」
カインはその時のレナ姫の顔を、生涯忘れることは無いだろう。
今まで、しっかりしていても、子供の表情は隠せず、ここぞと言う時は弱かった。
しかし、そこはレナ姫の持ち味で、逆に皆から愛されている部分だ。しかし、この時は子供でありながら、レナ姫は瞳の中に炎を宿したような、王族の顔をしていた。
あれほど大切にしていた友人の危機に、レナ姫は涙せず、一言も不安を口にせず、無言で部屋から出ていく。
カインは慌ててレナ姫の後ろを追った。
レナ姫が向かった先は、王族の会議室。
本日は法王を含め、王族の皇太子全員が集まり、これからのいく先を決める。要はもうすぐローランド第一皇太子が、法王と成るための下準備である。
レナ姫は第七皇太子だが、現在のライディア法王が勝手に決めただけで、皆は端から相手にして居ない。それに、レナ姫の皇太子番号をこれ以上は上げるつもりは無いので、話し合いには呼ばれなかったし、レナ姫自体も、法王に仕事を回されてからは、皇太子と言う名に、特にはこだわっていなかった。
しかし、今から向かうのは別件である。
カインはレナ姫の、あの顔を見たときから覚悟決めた。あの時のキョウみたいにだ。
最悪、一人で法国の兵士全員と戦う意気込み。それでも、カインも流石に腹の虫が治まらない。
レナ姫は、扉の前の護衛兵に挨拶もせず、扉にノックもせず、勢い良く扉を開けた。
バーンっ! と、大きな音を立て、扉は開かれる。
中では談笑していた王族の者達が、驚き、口を閉じ、突然入ってきたレナ姫を見た。扉の前の護衛兵は、あわてて止めようとするが、正確にはレナ姫も皇太子なので、この部屋に入る権利はあり、止めて良いものか混乱していた。
レナ姫はツカツカと音を立てて一番の末の席、長机の丁度、法王の真っ正面にやってくる。
突然のことで誰もが息を飲み込み、レナ姫を見続けた。レナ姫はゆっくりと王族の顔を見渡し、誰かを探している。
そこで混乱が取れたのか、第四皇太子が口を開いた。デルマンと同じ考えの持ち主だ。
「おい、レナ! 今は大切な話をしておる。関係無い者は………」
「法国聴者限定権限の解除!」
レナ姫は第四皇太子に目も向けず、一言で黙らせた。
法国には聞かれたく無い話や、政治的内容を、限定に出来る権限がある。法国聴者限定権限だ。しかし、それを解除出来るのが、レナ姫の持つ権限、法国聴者限定権限の解除だ。要するに、レナ姫の聞きたい話は、特別機密に関する制限が掛かって居ない話なら、何時でも聞くことが出来し、絶対に答えなくては成らない。
どうやらレナ姫は怒っていると解り、レナ姫の態度を見かねた法王は口を開く。
「どうしたのじゃ、レナよ。少し落ち着いて話してみよ」
この時は未だ法王も誤解していた。レナ姫の怒りは、ただの怒りではなかった。
レナ姫はバーンっと、左手でテーブルを叩く。レナ姫は左利きだ。そして、口を開いたレナ姫は、ここに居る、全ての王族を睨み付けた。
「霧を止めるのは、そんなに悪いことか?」
今まで聞いたことの無い、レナ姫の腹の底からの言葉に誰もが目を見開いた。
「答えよ!」
レナ姫の言葉に法王ですら黙り込む。
確かに現在は霧により、国政が上手く行っている節がある。しかし、それは暗黙の了解で、国民ですら霧を嫌っては居るが、どこかでは認めている。だが、ここまでハッキリと言われても、口には出せない。
霧を望んで居ると言えば、それは全世界の、全人類の敵だ。
レナ姫は息を吸い込み、もう一度同じ言葉を、一人に絞り込み述べた。
「法国聴者限定権限の解除を持って尋ねる。ローランド第一皇太子、霧を止めるのは、そんなに悪いことか? 答えよ!」
現段階で、ローランドは第一皇太子と言えど、レナ姫と同じ皇太子だ。しかし、第一皇太子が付いているローランドに尋ねると言うことは、次の法王と対決する意味をもっている。
レナ姫はそんなことには関係無く、ローランドを選んだ。
射貫く様に、レナ姫はローランドを睨み付ける。ローランドは冷静にレナを見ていた。
この子は頭の良い子だ、何も理由なしにこんな大事は起こさない。何か意味があるのだな。
ローランドはそこまで考えた。そして、子供だと言って簡単にあしらう事はせず、どちらも皇太子としての言葉を発した。
「現段階では余り歓迎はしない。法国は霧により国益をえたのは、レナ第七姫も解っているだろ。しかし、我々はいずれ来る、霧の無い時代に向け進まなくてはいけないのも又事実である。よって、悪いとは言えない」
ローランドの答えに、レナ姫は睨んだまま頷いた。
「では、法王にもお尋ね申す。霧を止めるのは、そんなに悪いことか?」
レナ姫は、次は法王にすら噛みつく。
法王はレナ姫の顔を見て、困った顔をした。
「レナ、少し冷静に成りなさい。そんな解りきった事、ここで訪ねて何になる。後でどんな事でも聞いて上げるから………」
レナ姫の前で祖父に戻った法王に、レナ姫は首を横に振り、再び問い掛けた。
「再度、お尋ね申す! 霧を止めるのは、そんなに悪いことか? 答えよ!」
法王に対しては、法国聴者限定権限の解除は効力を持たない。だから、この問い掛は、言わばお願いだ。それでもレナ姫は命令口調で法王に尋ねた。
法王はレナ姫が何をしたいのか解らないが、表情から読み取るに、意味が有るのだろう。法王はため息交じりに答えた。
「私の意見も、ローランド第一皇太子と同じだ。………これにより質問に返したとするが良いか?」
レナ姫は頷く。ひと時も厳しい表情を壊さない。
レナ姫に寛大な法王やローランドに対しても、まだ睨んでいる。
「法王及びに、ローランド第一皇太子が言っておる。だからそれは、法国の意見として見るが、法国聴者限定権限の解除を持って尋ねる。残りの者も異存は無いな?」
レナ姫の意見ではなく、法王とローランドの意見だ。異存は有っても口には出来ない。
周りの王族は渋々頷いた。
「霧を止めるのは悪い事で無いのは了承した。では、最後に、王族の皆に、法国聴者限定権限の解除を持って尋ねる。我が一番の友人のリオ姫が、霧を止めるため、王国ファスマに向かっておる。悪いことをしていないのに、サツを仕向けた者は誰じゃ?」
レナ姫は誰かを知りながらその言葉を発していた。
そこでやっとレナ姫の言いたい事が解り、王族の達がざわめき出した。
霧を止めに王国ファスマまで行っている者がいるのも驚きだが、その者に対し法国の暗殺者が飛んでいることにも驚きである。
「まさか、サツをか? レナ、答えろ、それは誠か?」
ローランドは慌ててレナ姫に問い掛ける。レナ姫はローランドに目もくれず、しぶとく言った。
「再度、王族の皆に、法国聴者限定権限の解除を持って尋ねる。我が一番の友人リオ姫に、サツを仕向けた者は誰じゃ?」
レナ姫は一歩も譲らない。
あんなに、他の皇太子の前では緊張していたレナ姫は、今は他の皇太子は怖く無かった。それ所か、ローランド第一皇太子であろうが、法王であろうが、大好きな祖父で有ろうが、関係が無かった。
レナ姫の一番の友達が、命を投げ出してまで霧を止めようとしている。それを邪魔する者は、例え身内でも許せなかった。
ざわめきばかりで一向に答えない王族に対して、レナ姫は言葉を変えた。
「らちがあかん、質問を変える。王族の皆に、法国聴者限定権限の解除を持って尋ねる。我が友人のリオ姫に向かって、サツを仕向けた者はデルマン第三皇太子か? 口に出すのが憚れるなら、知っておる者は沈黙を持って答えよ!」
再び、驚きざわめきが大きくなる。ローランドや法王も驚き目を見開く。
第三皇太子が法国の暗殺者を、他国の者に飛ばしたとなると、それだけで大きな問題だ。しかも、法王もローランドも知らないと成ると、国としてまずい。それが、レナ姫の言った通り何処かの姫なら、なおさら国際問題で、法王が知らなかっただけでは済まされない。
王族達は事の大きさを理解して、さらにざわめき出す。そのザワメキの中、数人が沈黙を守った。
先ほどレナ姫が、この部屋で探していたが、肝心のデルマンは本日は居ない。
解ったとレナ姫は頷いた。
「沈黙を答えとして、我が質問は終了する。では、法王に御願い申す。カイン率いる、我が護衛兵を、今この時より、我が兵にする事を御願い申す!」
レナ姫の発言に誰もが驚き黙り込んだ。
レナ姫は自分に兵隊を持たすように、法王に頼んだのだ。それ聞いた皆が、レナ姫の言っている意味が解った。
レナ姫は兵力を持って、デルマンと対峙するつもりであることを、皆の前で宣言したのだ。
法王は目を見開き、大声を上げた。
「ならん! レナ・オステアニア第七姫! お主の申し出は聞けぬ! よいか、これは国際………」
法王が話しているにも関わらず、レナ姫は頷き言葉を続けた。
「解り申した。では、カイン! 法国聴者限定権限の解除の、付属の権限を持って命ずる、――――サツの首を我が前に。及びに、デルマン第三皇太子を見付け次第、我が前に膝まつかせよ!」
法国聴者限定権限の解除の、付属の権限は人によって違う。ローランドなら何千何万の兵を動かせるが、レナ姫は中隊クラスの兵士を、自分の意思だけにより命令できる権限だ。
レナ姫は王族の人々に、はっきりと目の前で宣言した。
「はっ!」
カインは頭を下げると、部屋をでて行こうとする。誰もがカインを止められなかった。レナ姫は自分の持っている権限を使っているので間違ってはいない。
「レナ、待て! 慌てるな! お主の気持ちは解る。だが、これは国際問題に発展する恐れがある。お主は動くな!」
法王は厄介な事になり、苦虫を噛み潰したように、渋い顔をした。
デルマンは少し困った所は有ったが、ここまで事を大きくするとは思いもよらなかった。
法王の考えが解ったのか、ローランドは隣で、法王に頭を下げた。
「法王、この件は私に預けて頂きます様、御願い申す!」
ローランドの提案に、法王は頷く。
納得出来ないレナ姫は、ローランドを睨んだが、ローランドは動じない。この時、皆はローランドも人の親だと考えた。デルマンはローランドの息子で、その息子を庇ったのだと。しかし、ローランドの考えは全く反対だった。
「レナ、お主の友には絶対手出しさせん。我が名に誓い宣言しよう。だから、今は命令を引いてくれ、頼む!」
しばらくは黙って、ローランドを睨み付けていたレナ姫だが、瞳を一切反らさず、首だけを少しカインに向けた。
「カイン、すまぬ、前言撤回する」
カインは戻ってくると、再び頭を下げた。
「よいか、これは法国の威厳に関わる! 直ぐにサツを呼び戻し、デルマン第三皇太子を我が前に連れて参れ! もし、万が一が起こった場合は、デルマン第三皇太子の首を持ち、他国に詫びを入れる事に成る! 急げ! 躊躇しておる時間はない、直ぐに総司令を寄越せ!」
ローランドの話の内容に、周りの王族の者達、護衛兵、伝令兵が一斉に動き出す。
ローランドは自分も立ち上がり、レナ姫の前まで進むと、レナ姫に対しての深々と頭を下げた。
「レナ、すまん。私の監督不行きのために、お前に不愉快な思いをさせた。我が息子に代わり謝らせてくれ」
急ぎ騒がしくなった部屋が、その途端に静かに成った。
誰もが、動きを止めローランドとレナ姫を見つめる。
次期法王が、第七皇太子のレナ姫に対して頭を下げているのである。それは誰もが見たことの無い場面だった。
レナ姫はそんなローランドを、冷たい目で見詰めていた。
「………解った」
態々頭を下げたローランドに対して、レナ姫の意見はそれ一言だけだった。あまり長々と答えて、許してもらったと勘違いされても困る。それ以上は何も言わず、レナ姫は翻すと、カインと共に部屋を後にしようとする。
そんなレナ姫を再びローランドは呼び止めた。
「レナ、教えてくれ。リオ姫とは何処の国の姫なのだ?」
その問い掛けにカインは顔をしかめた。
現状では、万が一がリオが殺されたとき、戦争を回避するためにその国に、デルマンの首を持ち込まないと行けない。しかし、レナ姫が勝手に呼んでいるだけで、リオはどこの国の姫でもなく一般人だ。
それは、キョウが名乗ったように、所属国は無いとは口が裂けても言えない。それに、ここまで事が大きくなり、いまさらどこの国の姫でも無いとは言えない。
何と言うつもりかと、カインは焦って、レナ姫を見詰めていた。下手なことを言うなら、止めなくては成らない。
レナ姫はローランドを睨んだまま、一言で言葉を返した。
「――――王国ファスマ」
冗談にもとれる言葉を残し、レナ姫はそのまま部屋を後にした。
再び部屋が静まり返り、全ての者が動きを止めていた。
その国は滅びたはずだ。
カインは、リオとレナ姫の話を聞いていないので、その意味が解らなく固まっていたが、直ぐにレナ姫を追って部屋を飛び出す。
とにかく今は護衛兵は三人しか居ないので、その三人でレナ姫を守らなくては成らない。
滅びた国の名前を出され、皆が呆気に取られていた中で、それでもローランドは「解った」と頷いた。そこに護衛兵がやって来て耳打ちする。
「ローランド第一皇太子様、デルマン第三皇太子様は今朝がた五百の兵を引き連れ、法国を立ちました」
その答えにローランドは驚き、法王を見た。
法王の隣にも護衛兵がおり、同じ内容を聞かされたのだろう。法王も慌てて頷く。
五百の兵を引き連れて、デルマンは何をするつもりだ。それに、法王や総司令に無断で、五百もの兵を使うとは、皇太子と言えどデルマンのもつ権限を越えている。
「我が親衛隊を呼べ! 今直ぐだ! 私も出る。法王、宜しいな?」
次期法王自ら出陣することに対して、法王は黙って頷いた。
アイストラ王国を後にしたキョウは、一度夢で見た、あのセリオンが誰かに追われている時と同じ心境に陥っていた。
早く逃げないと、あの男が追ってくる。追い付かれればキョウには敵わない。なぜかそういう感覚に囚われているのか、キョウ自身にも解らない。
誰かに見られているという気配は消えたが、追われている感覚から、キョウはついつい早足に成ってしまう。
「キョウ、待て! リオが居るんだぞ。早すぎる」
キョウの歩調にユキナから不満が出る。キョウは今気付いたように、慌てて歩調を戻した。
「………すまない」
「はぁ、はぁ、キョウ、私は大丈夫だから、先を急ごう」
リオは額の汗を服の袖口でぬぐい、疲れた声で答える。
キョウは落ち着きをとり戻すため、一度大きく息を吸い込み、吐き出した。
勝手に妄想を抱いて何を焦っている。ゆっくりで良いのだ。ゆっくり、確実に王国ファスマに着ければ良いのだ。
キョウはそう自分の考えを戒める。リオはそんなキョウの顔を覗き込み、落ち着かせるために笑顔を見せた。
リオはここしばらく、キョウにばかりに負担を掛けている事は解っている。
リオはユキナに教わっている事を最優先にして、他の事に頭を回さないようにしていた。流石のリオでもそうしないと、覚える量が多いので追いつかない。しかし、それはそれで楽しくもある。
それに対してキョウは、バードと対決していらい、まともに休んでいない。精神的にはリオよりもつらいだろう。
キョウは、アイストラ王国では何があったのか教えてくれない。しかし、キョウの態度を見ていると、何かが起こったのは解る。
王国ファスマに着く手前で、キョウやリオを拒む様に何かが起きている。
それは霧の最後の抵抗なのか、運命がキョウやリオを拒否しているのかは解らない。しかし、どちらにしても悪足掻きに過ぎないとリオは思う。
歩調をいつもに戻したキョウにリオは言う。
「キョウ、歩調を落とすなら、休憩を減らして、故ストラに急ごう」
「リオ、大丈夫か?」
ユキナから心配の声が上がるが、リオは頷き再びキョウを見た。
「王国ファスマまでもうすぐだし、私も早く覚えたい。こんなところで立ち止まっていられない!」
リオには解っていた。それがキョウを早く休ませる方法だと。
どのみち故ストラに着けば、リオとユキナは宿に籠り再びパソコンを覚える事に没頭する。そうなれば、キョウの精神的な疲れは取れないが、せめて身体だけはゆっくり出来るはずだ。
「………解った。ただし、疲れたら言ってくれ、その時は直ぐに休憩を取る」
キョウもリオの意見には賛成だが、今度は彼女の体が心配だが、しかし、最悪になれば自分がリオをおぶれば良いと思い、その意見に納得する。
いつもの歩調に戻った三人は、霧に乗っ取られた物や、霧を切り裂き先を急ぐ。
リオとユキナは移動中はパソコンの練習が出来ないので、科学や物理の話をしている。流石にそこは着いていけなかったが、落ち着きを取り戻したキョウも、二人に交りユキナの世界の話を聞いた。
とにかくユキナの世界はすごい。
車にロケットに、携帯電話にインターネット、キョウは昔セリオンだった時に、イップ王女から聞いていたが、やはり想像出来る範囲を越えている物ばかりだ。そもそも、それは本当に必要な物か、キョウには解らない物も多い。
リオの考えた風船も、ユキナの世界にはもうすでに存在していて、飛行船と言う名のそれは、あまり実用的で無いことも解った。
「作るなら飛行機だ」と、ユキナは言っていたが、キョウ達の世界では、技術的にしばらくは無理な物だろう。
同じくしてこちらの世界の話もした。ユキナがこちらの世界の話に食いついてきたのは魔法で、ユキナの世界には無いらしい。リオは、キョウに教えたみたいに「おっほん」と咳払いをしながら、ユキナに教えていた。それに、ユキナは考古学をやっているので、こちらの世界の歴史も詳しく聞いていた。
歩調はゆっくりに戻したが、休憩の時間を減らし、一週間かかるる道のりを、五日で歩ききり、キョウ達は最後の国、故ストラにたどり着いた。
故ストラは、アイストラ王国の前身で、十八年前はストラ王国とされていた。しかし、王国ファスマに近いこともあり、アイストラ王国の人々は、ストラ王国を捨て、ストラ王国の領地の中で、一番遠い領地のアイギル地区に新しい国、アイストラ王国を建国したのだ。
その為に故が名前の前に付いている。
その故ストラは案外と旅人が多い。
理由は霧を神からの使者と考え、信条している人々が居るからである。
その人達は、王国ファスマを聖地として、故ストラから巡回をする。その時に、霧に乗っ取られた者は、信仰心が乏しく、悪い心が有るからと言うのが、その者達の考えだが、キョウには理解ができない。
そして、人の集まるところには商売が成り立つ。こんな危険な場所にしても人々は多いし、店屋や観光施設も多い。
ストラ王国時代の城は、立派な霧信者の教会や、宿泊施設として利用されている。
偏った国だが、ここまで来れば、後は王国ファスマまで一週間ほどでたどり着く。
キョウはユキナに、故ストラにの近くでは、霧を斬らないように注意した。
ユキナからは不満の声が上がったが、キョウは何とかなだめる。
「だが、霧を斬らないと危険だぞ!」
「解っている。危なく成ったら使ってくれ。しかし、霧を信仰している者に見付かれば、何を言われるか解らない。最悪、異教徒として命の危険も出てくる。だから、それまでは意識を強く持って、霧を回避しよう」
「回避って、意識を強く持ってどうなる?」
「霧に乗っ取られ無いだろ。知らなかったのか?」
あきれた声でキョウはユキナを見た。あれほど簡単に霧を倒すくせに、そんなことも知らないとは。
いや違うかと、キョウは考えを改める。
簡単に倒せるからこそ知らなかったのだ。しかし、それならユキナの世界の人害は、キョウ達の世界より大きいだろう。
「意識を強く持てば、霧に襲われ無いのか? 初めて知ったぞ」
やはり、ユキナの世界では違ったのか、ユキナは大袈裟に驚く。
キョウ達は故ストラに着くと、リオとユキナはアイストラ王国同様に、直ぐに宿をとり引きこもった。
キョウは宿の周りや、町の中を警戒して巡回するが、あれ以来視線は感じないし、あの男にも会うことはない。
不安は有るが、これ以上進んでも休む場所もない。キョウが警戒に力を入れれば済む話だと、無理矢理に自分を納得させ、警戒を強める。そして、故ストラに着いてから早々と二日が過ぎた。
二日間は何も問題は起こらず、後はリオ待ちで、リオの準備が出来次第、王国ファスマに向う。
キョウに取っては、セリオンの記憶でしか知らないが、王国ファスマは懐かしく感じ、久々に戻ってきたと感じていた。
そう言えば、故ストラは霧を信仰している人が多いので、霧を発生させたとされる王国ファスマ人には寛大だ。もしかすれば、知り合いが今でも居るかも知れ無い。あくまでもセリオンの知り合いで、相手は今のキョウを見たところで解らないと思うが。
キョウはあの、口うるさいパン屋のおばさんが居ないかと、店屋や露店を回るときは注意して見てみるが、出会える筈もなく、他にも知っている者も誰一人として居なかった。
当たり前な話だろう。十八年前のことだし、あの惨劇だ。八割りの人は亡くなっている。
キョウはここしばらく、練習に没頭しているリオと会話も少なく、一人っきりに成った様な気分になっていた。
誰も知らない国で一人。キョウが知っていても、相手はキョウを知らない。
キョウは無性に寂しく思った。
きっとユキナも、多くの人がいる町の中でも、今のキョウと同じく孤独感を感じたまま、この三ヶ月暮らして来たのだろう。
キョウは頭を振り、感傷的なことを考えるのは止めようと、旅に必要な物をそろえ、リオ達の待つ宿に戻るために振り返えろうとした。
その時だった。
人混みに紛れた視界の片隅に、懐かしい顔を見つける。
マグナ・ティウス。
十八年前なら、世界最高位の魔法使いと称されていた人物。
生きて居たのだ。
詳しい年齢は知らないが、十八年前はすでに老人だったので、現在はかなりの年だろう。
思わず見知った顔に、キョウは笑みを浮かべ、声を掛けようか悩んだ。声を掛けたところで向こうはキョウを知らないのだろうが、セリオンの記憶を持っていると言えば、話は聞いてくれるかも知れない。
「………」
いや、止めておこうと、キョウは向けた足をゆっくりと止め、開きかけた口を閉じた。
聞いてもらったところで、何があるわけでない。逆に怪しまれるだけだろう。
そう思い、キョウはマグナ・ティウスから目を反そうとした。そこで丁度、二人の視線が重なった。
ドクンと心臓が高鳴る。
「えっ?」
一瞬、ただの見間違えかと思った。
キョウは瞬きをする事すら忘れて、ただ、見つめていた。
向こうは、一度ゆっくりと瞼を閉じると、再びゆっくりと開けてキョウを見ている。
出会っては行けない、あの男と出会ってから、キョウは確かに何かを感じた。
頭では理解できないが、心の片隅では解っていたのかも知れない。
だから、敵わないと言う答えに成ったのだ。
しかし、今ここで起きていることは、有っては成らないことだ。
絶対に有り得ない。
それはリオの存在を否定してしまう。
なのに、目の前に否定しようの無い現実がある。
解る。
セリオンがずっと見ていたからキョウには解る。
いくら年を取っていても面影はある。確かに、リオとは感じから、服装から、雰囲気から何を取っても違う。
キョウと目線が合ったのは、マグナ・ティウスではなかった。
彼の後ろに居た女性。
キョウは静かにその名を口ずさんだ。
「――――イップ姫」
「イップ姫!!」
キョウは再度イップ王女の名を呼んだ。
イップ王女は目を反らさず、自分の名を呼んだキョウを見続けている。キョウは人混みの中をかき分け、イップ王女の前まで走り寄った。
マグナはイップ王女の名前を知っている、キョウに対して構えたが、イップ王女は「マグナ、待て」と彼の手を掴んで阻んだ。
イップ王女には、自分の事を「姫」と呼ぶ者に微かに見覚えが有った。
キョウはイップ王女の前にやって来ると、興奮に身体を震わせたまま、失礼な言葉を投げ掛けていた。
「イップ姫、何故だ?――――何故生きてる!」
キョウの台詞に、マグナは魔法の矢を出していた。キョウの周りを囲うように現れる、百本を超える魔法の矢。基本にして、最強の魔法。
キョウの周りに突然現れた百本の魔法の矢に、人々は驚き逃げまどう。
マグナの魔法の矢は、リオの細い魔法の矢とは違い、全てキョウの腕の太さぐらいは有る。それが百本以上。それでもイップ王女に被害が及ばないようにセーブしているのだろう。確かに最強の魔法だ。
今ここでマグナが魔法の矢の名前を呼べば、キョウは形も残らない。
「離れろ小僧、死にたいのか?」
マグナの恫喝にキョウは何も答えない。キョウには魔法の矢なんて、視界に入って居なかった。いや、それどころか、マグナすら視界に入っていない。
キョウが見ていたのは、目の前のイップ王女のみ。
キョウには解らなかった。
リオがいくら前世を否定しようが、記憶が有るなら、リオはイップ王女の生まれ代わりだと信じていた。
だがそれは、イップ王女の死が無いと成立しない。
とにかく、理由が解らなかった。
リオを否定したくない。
「イップ姫は死んだはずじゃ無かったのか? まさか………エリスか?」
キョウからエリスの名前まで聞き、イップ王女は納得したように頷いた。
「妹ではない。妾は正真正銘のイップ・ファディスマだ」
口調も同じ、黒髪も同じ、セリオンの時に好きだった、鳶色の瞳も同じ。記憶よりも大人には成っていたが、キョウが知っているイップ王女そのままだ。
「マグナ、止めよ。この者はあれだ」
「あれとは………えっ? あの、………ひょっとして、あの者ですか?! 確かにそう言われてみれば、面影がありますな」
イップ王女の言葉を聞き、マグナは驚き魔法の矢を収め、まじまじとキョウを見る。
キョウは二人の会話の意味が解らず戸惑った。
今の会話からして、イップ王女もマグナもキョウを知っている様子だ。しかし、キョウにはセリオンの記憶が有るだけで、二人とは面識がないはずだ。知っているはずは無いのだ。
それは、全て生まれる前の記憶、十八年前の記憶だからだ。キョウは生まれてもいない。しかし、イップ王女が生きているなら、何故リオにはイップ王女の記憶が有ったのだ。
リオはキョウに対して嘘を言っていたのだろうか?
しかし、嘘を付いているにしても、キョウの記憶と同じものが有るのはおかしい。それに今から考えれば、リオと出会った時に、姿が全く違うのに、リオをイップ王女と思うのもおかしい。
キョウは自分の頭がおかしく成ってしまったのだろうかと思った。
「あんた、何者だ? イップ姫が生きているわけがない。………イップ姫はリオだ。俺は………」
「セリオンの記憶を持っておるのだろ。妾は酷いことをした。すまぬ」
イップ王女はキョウに頭を下げる。キョウは目を見開いた。キョウまでセリオンと解るのはどう言うことだ?
しかし、それよりも聞き捨て成らないことを、イップ王女は口にした。
酷いこと? リオにか?
そう考えたキョウの頭の一気に血が登る。
リオが関係していると思った途端に、キョウは剣をイップ王女の首に当てていた。
キョウにはセリオンの記憶があり、イップ王女の生きていることに、もっと喜んでいいのだろうが、リオが絡むとイップ王女すら、何の躊躇もなく剣を向けれた。
あまりの早業で、マグナはキョウに着いて行けない。しかし、遅れてだが、再び魔法の矢でキョウを狙う。
多く出してはイップ王女に被害をもたらすと考えたのだろう。キョウの頭上に有る魔法の矢は、今度は一本だが、両先端は尖っており、大柄の人間よりさらに大きい。
「剣を引け愚弄が! 塵も残さず消えたいか!」
マグナの啖呵に、イップ王女は叫んだ。
「マグナ、止めよと申した!」
「しかし………」
マグナは、キョウとイップ王女を見たまま戸惑う。
自分が守る者の首に剣が向けられている。相手が誰でも気が気でないだろう。
マグナは下唇を噛み、キョウを睨み付けながら、再び魔法の矢を消した。その行動に、イップ王女は静かに頷いた。それは何処か覚悟を決めた表情だった。
「よい。此れも妾の業だ、潔く受け止めよう」
イップ王女は全く動じず、キョウから瞳を外さず言った。キョウはそれだけで狼狽える。
「すまぬ。妾はお主の名も知らぬ。しかし、お主の怒りは痛いほど解る。妾の首を落として気が晴れるならそうしよ。だが、出来れば、妾に霧を止めさせてくれぬか。それで妾はこの世界から消える。お主には斬られてやれぬが、それで許してくれぬか」
イップ王女の話を聞いても、キョウには何を言っているのか、全く理解が出来ない。しかし、今、目の前に居る人物こそが、本物のイップ王女だと解った。イップ王女の覚悟は、今も昔も同じく変わっていない。
キョウはギリッと歯を擦り合わせて、剣を退いた。
まずは話が先決だ。
マグナは安堵の溜め息を吐いていたが、イップ王女は表情を変えない。
本当に首を落されてもいいという覚悟をしていたのだろう。
「解る様に話しろ、リオはアンタじゃ無いのか?」
イップ王女は頷き、周りを見渡した。
故ストラは正式な国では無いので、一般兵や、警備兵は居ない。しかし、町の中で魔法や、剣を首に当てるなどをしたのだ、遠回りだが見物人は増えていっている。
こんなに注目された人の居るところで話したくないのだろう。
キョウはイップ王女の言いたい事が解り、場所を変えることにする。しかし、リオにはまだ話しを聞かれたく無いので、宿には行かず、町外れの木陰までやって来た。
ここなら人も少ないし、話を聞かれることはない。しかし、いくらマグナが居たところで、今しがた首に剣を当てた者に、よく着いて来れると、キョウは自分がしたことにも関わらず、イップ王女の肝の座り加減に少し呆れた。
こう言う所はリオとどこか似ている。
「まずは、お主の名前を教えてくれぬか?」
イップ王女の提案に、キョウは頷いた。
「キョウ・ニグスベール」
「キョウ・ニグスベールか。その名、胸に刻んでおこう。………では、キョウと呼んで構わぬか?」
キョウは再び頷いた。
「キョウが護っておるのは、先程から何回か出ておる、リオで良いか?」
三度キョウが頷き、イップ王女の話が始まった。
「キョウやリオに記憶を植え付けたのは、妾だ」
「!!」
キョウは驚きイップ王女を見つめた。
心苦しくて早く伝えたかったのか、イップ王女はいきなり核心から話し出した。そして、イップ王女はキョウから顔をそむける。そこに慌ててマグナが割り込んだ。
「勘違いするな。これは、私どもとセリオンが考えた事。イップ王女は最後まで反対されておったのだ!」
マグナはキョウに対して、言い訳じみた言葉をならべる。しかし、イップ王女はそんなマグナに対して首を横に振った。
「それでも、最後は妾が了承した。悪いのは妾だ」
「くっ、」とマグナは息をのんだ。イップ王女言っていることは合っているのだろう。キョウは慌てて聞いた。
「待ってくれ、そんな大それたこと、どうやって出来るんだ?」
「記憶とは電気の信号だ、魔法と向こうの科学、両方を合わせておこなった」
そういえば、リオも出会った時にそんなことを言っていた。今ここにリオが居てほしかった。キョウ一人では理解する自信がない。それに、向うとは何度か繋がって居たのは、ユキナに聞いて知っていたが、そんな科学まで伝わっていたとは知らなかった。
「向う側とは、時計と共に、いくつかの技術や道具は伝わっていた」
「だったら何故、リオや俺は知らない?」
イップ王女の記憶があるリオは、イップ王女の今言った内容を、ずっと探していた。それは、リオの知りたかったワンピースだ。記憶を植え付けたなら、知っていたはずなのに。
そこはイップ王女に変わり、マグナが答えた。その時、魔法を使ったのは彼なのだろう。
「覚えてないのか? お前が途中で意識を戻して、娘を連れて逃げ出したからだ」
「………えっ?」
キョウはマグナの台詞を聞き、頭の中に、有る風景を思い出した。
それは、少女を担いで、森の中を駆け抜ける風景。
セリオンの記憶だと思っていたか、あれはキョウの記憶だったのだ。それは丁度、二年前のニグスベールの奇跡とかぶる。
「そうか、だからか。だったら、――――セリオンも生きているんだな」
そのセリフにイップ王女は頷いた。その正解にキョウは目を瞑る。
そう、あの時にキョウが追われていたのは、セリオンだったのだ。そして、キョウは最近セリオンに会っている。
アイストラ王国だ。
本能的に会ってはいけない者と思った人物。そして、勝てないだろうと思った人物。
キョウは昔、自分はセリオンだと思っていたからそう感じたのだろう。そして、キョウが使っているのはセリオンの剣技だ。
相手は本家、キョウは真似をしているに過ぎない。理由が解っても勝てないだろう。
「しかし、なぜ記憶を植えた?」
「妾は、何度も二万七千の言葉を使い閉じようとしたが、何度も失敗に終わっておった。しかし二万七千の言葉は言い間違っておらぬ。そこで色々考え、この穴は向から開いたと気付いたのだ」
イップ王女とセリオンは、あれからしばらく経ち、閉めるために王国ファスマに帰ってきた。
ここまではキョウもセリオンの記憶が有るので知っている。そして、その時に閉める事が出来なかった事も。
ここからはキョウの記憶には無い部分だ。
イップ王女は、閉める事が出来なかったので、故ストラにしばらく滞在して空間輸送システムを閉めるために、何度も調べに王国ファスマに戻っていた。
そして長い年月をかけて、リオと同じく空間輸送システムが向から開いたと気付いたのだ。
あれは、二万七千の言葉では閉まらない。だから、こちらの遣り方では駄目だと気付いたらしい。
「妾とセリオンは、あのシステムを壊そうと考えた。こちらのシステムが動いていないなら、穴の中から。しかし、穴の中は霧が多い、だから、壊している時に妾達が霧に乗っ取られ、再び閉まらなかったら次は誰が閉める? 全くの手掛りがなくては不可能だろう。だから妾は予備を作ったのだ。次も閉めれるように、妾の記憶を残して」
予備。それはリオ。
「そして、その者を護るために、キョウ、お主にはセリオンの記憶を植え付けたのだ。しかし、キョウは途中で目が覚め、リオを抱かえ逃げ出した。妾はそれでよかったと思う。自分勝手で酷い事をした、すまぬ」
再び頭を下げようとしたイップ王女をキョウは手で止めた。
リオの気持ちを聞いてみないと解らないが、キョウにしてみれば、話を聞けばそんなに悪いことはしていないと思う。
「もう良い、解った。………でも、そんな回りくどいことせずに、二万七千の言葉とか閉め方とか、口で教えれば良い話じゃないか?」
キョウの単純な答えに、マグナは重い溜め息を吐いた。
「愚か者め! 考えろ! あれを止めるのは向こう側からだ。成功したところで帰ってこれ無くなるだろ。誰がそんな事をしたがる? しかし、イップ王女の記憶が有れば、止める意味も出てくるだろ」
マグナの話を聞いて、キョウは驚きで目を見開き、独り言のように呟いた。
「えっ?………戻ってこれ無い?」
考えれば簡単な話だ。リオもユキナも、空間輸送システムは向こう側から開いたと言っていた。ならば、閉めるのも向こう側から。
当たり前だが、閉めれば戻ることは出来ない。
頭が良いリオは、そんな事知っているはずだ。
リオは戻れない覚悟をしている。
だから、今まで言ってくれなかった。
レナ姫が別れぎわ、あんなに泣いていた意味がやっと解った。
実はイップ王女は知らないが、セリオンやマグナは、イップ王女を向こう側に行かさないために、代わりを立てたのだ。だから本来、キョウやリオは予備ではなく、身代わりになるはずだった。
しかし、キョウにはそこまで考え付かない。キョウはもう一度つぶやいた。
「戻ってこれ無い………」
キョウにはもう、周りの音も風景も、イップ王女やマグナさえ見えていなかった。
キョウの頭の中には、色々なリオが現れた。
『前世がイップ王女だから行く訳でない。リオが閉めに行くの!』
眉毛を上げ、怒った顔。
『キョウ、この海老見て!』
歓喜を上げ、喜んだ顔。
『キョウ! 命令です。必ず勝ちなさい!』
厳しくもあり、嬉しそうな顔。
それが見られなくなる。
守れなくなる。
キョウは、剣を振るだけ、リオを守れない。
「だからと言って、許せと言うのは言えぬが、妾はあれを止めれば帰って………キョウ?」
キョウはイップ王女の話の途中なのに、振り返るとフラフラと、無遊病者のように歩き出した。
イップ王女により全て解ったが、キョウにはそんな事どうでも良くなった。
宿の食堂で食事が出来上がるのを待ちながら、リオはユキナと共に、紙に書かれたパソコンの練習をしながら話をしていた。
ユキナはリオに脱帽だった。
リオが頭が良いのは知っている。しかし、二週間たらずに、言葉を覚え、今は別の内容を話ながら、ボタンを見ずに指を動かしている。
ブラインドタッチはほぼ完璧で、今話されているのは、驚くべき内容だ。
ユキナも若いながらに、交渉役として突入部隊に入れたのは、それなりに知力が有ったからだと自画自賛していたが、自分も含めて、ここまでの者は見たことがない。
リオが最も優れているのは、記憶力などでない。
理解力だ。
リオは内容を理解して、直ぐに自分の物にする。
この子がユキナの世界に来たら、凄いことに成るだろう。ひょっとして、いまだ誰にも破られていない、相対性理論を超える理論が出るかも知れない。
ユキナはリオに向かって頷いた。
「あぁ、それは可能だ。それなら私も後ろめたくなく帰れる」
リオは手を動かしながら「良し」と頷き、頭を動かせた。
「そこから、一年ぐらいかな」
後は一年間で遣りきれば話は早い。
そこにキョウが、旅に必要な物を揃えて帰ってきた。
キョウは声も掛けず、ゆっくりとした足取りでリオ達の前に遣ってくる。そしてリオに声をかけた。
「………リオ、もう辞めよう。………この旅は、ここで終りにしよう」
キョウの力無い台詞に、リオとユキナは驚きの顔を向けた。冗談で言った訳でないのが、キョウの顔から伺える。
キョウの瞳は真剣で、真っ直ぐにリオを見ていた。
「キョウ、どうしたの?」
「どうして………どうして言ってくれなかった! 空間輸送システムを向こう側から閉めて、閉まれば戻ってこれ無いと!」
キョウの言葉に、リオは真っ直ぐ見詰め返した。
ユキナは慌てて、そんな二人の間に口を挟む。
「キョウ待て、それは………」
「ユキナ待って! キョウ、それ誰から聞いたの?」
リオはユキナを止めてから、キョウに問い掛ける。
キョウには向こう側から閉めるとは言って居ない。理由は結論が出るまで言えなかった為だ。
キョウは大きく顔を歪ませて言った。
「………イップ姫だ」
「それって、リオの………」
ユキナも驚き目を見開く。しかし、リオは驚きもせずに、逆に納得したようにうなずいた。
「そう、やっぱり、生きていたのね」
その台詞で、逆にキョウが驚く。
「知っていたのか?! 何故だ!」
「知っていた訳じゃないよ。ただ、それも可能性の中に在っただけ」
リオの答えが、キョウには信じれ無かった。
確かにリオは、ずいぶんと前世を否定していたが、記憶が植え付けたられたのは知らないはずだ。
キョウは戸惑いの表情を浮かべている。リオは説明してあげた。
「………キョウはセリオンが死んだ記憶ってある?」
キョウは首を横に振った。
今はセリオンが生きているのが解っているが、今までも言われてみれば無い。
「そうよね。私もイップ王女が死んだ記憶が無かった。あれだけ色んな事を覚えているのに、衝撃的なはずの自分の死を覚えて無いのはおかしく思った。だから生きている可能性も在ると考えただけ。現実に居るとは思いもよらなかったけど」
キョウは慌てて続けた。
「違う、そんな事はどうでも良い。だから、これはイップ姫に任そう。リオが無理して行く必要は無くなったんだ」
キョウの話にリオは首を横に振った。
「どうして? 俺はリオを守りたい。だが、剣が届かない所に行ったら、俺はリオを守れない!」
それは自分のエゴだとキョウには解っていた。しかし、前世がセリオンでないにしても、わずかで有ったがキョウはリオの騎士だ。
いや、それだけでない、純粋にキョウはリオと離れたく無かった。
「キョウ、イップ王女には無理よ。ユキナの話を聞いて、キョウにも解るでしょ? 空間輸送システムを止めれるのは、この世界では私しかいないと」
それはキョウにも痛いほど解る。しかし、だからと言って引き下がれない。
リオが犠牲に成るくらいなら、霧が消えなくても良い。
「だったら、ユキナに任せろよ! リオが行かなくても、ユキナ一人でも出来るだろ! そこまでしてやる義理は俺達には無い!」
キョウはそこまで捲り立ててから、「あっ、」とユキナを見た。
キョウは町に出て寂しく成った時に、ユキナの気持ちを痛いほど実感できた。しかも、ユキナが起こした事でもない。
「わっ、悪い。そんなつもりで言ってない」
ユキナは何も言わず、ただ首を横に振った。
「キョウ、あれはユキナと私、二人で行った方が早い。霧も多いし、ユキナは霧を相手しながら私に指示してもらう」
「だったら、俺も行く!」
「駄目!」
慌ててリオがキョウを止めた。
リオは自分の騎士のキョウを大切に見てくれているのは知っている。父親との対決ですら、自分の身が危ないのにも関わらず、キョウとバードを戦わせ無いようにしていた。
それはキョウが悲しむからだと。
「何故だ? 俺はリオの騎士だ! リオを守るのは俺の役目だ!」
「キョウには遣ってもらうことが有るからよ」
これは、やっと行き着いたリオの答えだった。
「………やること?」
リオの台詞で、やっとキョウは落ち着き、リオに問い掛けた。
キョウはリオを守るだけだと思っていたが、別の仕事があるらしい。
「そう、キョウは私の為に頑張ってもらう。ユキナの話を聞いて私の目的が固まったからやっと言えるけど、私の探しているワンピースは、戻るための物だったの」
リオはイップ王女の記憶と自身の理解により、閉めるのは向こう側からと解っていた。それはリオの探していたワンピースをは関係無く、閉めることが出来た。しかし、リオは戻るための理論が出来ずに頑張っていたのだ。
だからユキナとの出会いは大きかった。おかげで、リオは空間輸送システムの全てを、ほぼ理解できた。
今のリオはキョウやイップ王女が思っている以上に、空間輸送システムを理解している。リオは空間輸送システムのシステムさえあれば、自由に開け閉め出来るだろう。
しかし、キョウは心配するように聞いた。
「…………戻れるのか?」
リオは得意気に頷く。
「もちろんよ。私もユキナの世界で一人ぼっちは嫌よ」
良かったと、キョウは胸をなでおろすと、力が抜けたように床に座り込んだ。リオもキョウの側に座り込むと、キョウの手に自分の手を重ね話を続ける。
「結論が出たら、キョウには直ぐに伝えるつもりだったから、今言うね。私が空間輸送システムを閉めるのは通過点に過ぎないの」
床に座り込んだまま、キョウはリオの顔を真正面から見た。
「閉めるのは通過点?」
「キョウ、怒らないで聞いてね」
リオに聞かされた内容に、キョウは驚きの余り目を見開き呟いた。
「……嘘だろ」
すいません。一話伸びます。
綺麗に終わらせたかったですが、中々対談が進まず、リオの対談は後回しに成りました。
そうです、次回はリオVSイップ姫です。
やっとイップ姫が書けます。
リオの覚悟と、イップ姫の覚悟。
どちらが強いのか。