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4  所属国の無い騎士

四  所属国の無い騎士



 一時間ほど船に揺られキョウとリオは法国オスティマ本国に着いた。

 流石は世界最大の国、夜でも松明(たいまつ)の灯りで町の中は明るい。町の中にも港にも人々の活気があるし、警備兵も多く目につく。皆は安心して暮らしているようだ。

 リオはフラフラしながら船から降りると、その場に屈み込んだ。

「あぁ~、地面が有るって良いね」

 心底からの言葉だろう。船に乗った時は、あんなにはしゃいでいたのに。

 リオはまだ三半規管(さんはんきかん)が発達していないのだろう。十分やそこらで船酔いして、一度嘔吐(おうと)してからはずっと客室で眠っていた。キョウも昨晩はゆっくり眠れていないので、リオの寝顔を見ていたら、釣られて一緒に眠ってしまう。

 なんだか熟睡して夢も見ていた気がする。

 キョウはリオの前に(かが)んだ。

「宿までおぶってやろうか?」

「大丈夫よ、そこまで子供じゃない」

 先ほどの甘えは何処(どこ)に行ったのか、リオは立ち上がると鞄を掛け直す。

「とにかく、先ずは宿ね。洗濯物も溜まっているし、久々にお風呂も入りたい」

「あぁ、そうだな」

 そこにはキョウも共感した。

 今まで時間ぎりぎりに宿を取ったので、風呂には入らず身体を濡れた布で拭いただけだった。

 香水は毎日付けているが、そろそろ臭いが混ざり不愉快に成ってきている。

 ちなみにキョウは柑橘系(かんきつけい)の香水が好きで、良く着けていた。

 鎧は洗えないので騎士の間でも香水は必需品だ。皆も当たり前のように付けているし、流行りの匂いなどもある。鎧以外にも、普段でも服に付けている者も多いし、同じ理由で旅人にも人気が高く、長旅をする者は匂いを誤魔化すため付けるのは一般的だ。

 二人は船着き場から階段を上り、町の中を歩いていく。

 建物は綺麗な二階建てが多く、道幅も広く取られており、しっかりとした石畳で舗装されていた。

 この時間なら、ティーライ王国では店が開いているのは飲み屋ぐらいなのだが、オスティマ本国では普通の店屋や露店まで開いていた。その為か通行人も多い。

「何だかお祭りみたいだね」

 リオは率直な意見をのべた。

「あぁ」

 キョウは町の迫力に押されてか曖昧(あいまい)に頷いた。

 二人とも王国ファスマの記憶を持っているが、夜でここまで人の行き()いを目にした事がない。しかも驚くのは、ここは法国オスティマ本国では有るものの、まだ城下町ではない。ただの一つの港町に過ぎないという点だ。

 まぁ、城下町に一番近い港なので他の港はここまで(にぎ)わっては居ないだろうが。

「あっ、キョウ、見てみて飴玉売ってる」

「本当だ。珍しいな」

 砂糖や甘味料などは多く出回っているが、飴玉と成ると、他の国ではあまり売っていない。売っていても輸入品として高値なため手が出しにくい。

 キョウは一袋購入する。布袋に入っていたのは十個のドングリ飴で、値段も手頃だった。

「この辺が生産地だったのかな?」

 リオはドングリ飴をほうばりながら上機嫌だ。

 疲れた体に糖分は大切だ。特にまだ小さい彼女にはありがたい。

 リオは袋を開けて一つのキョウに渡す。

「はい、キョウも。今日は頭を使ったでしょ? 頭を使った時は糖分が必要よ」

 確かにリオから魔法や科学を習い、結構頭を使った。キョウは有り難く頂戴して、口の中に放り込む。砂糖だけで無く、微かに果汁の甘味も広がった。キョウは思っていなかったが、体は疲れていたのだろう、甘さが美味く感じる。

 二人して飴をなめながら宿を探した。

 表通りから一本入った路地に、安そうな宿が有ったので本日はそこに決める。もちろん金銭面から一部屋にした。ドキドキしながら部屋に着くと、再びベッドは一つだった。

 まだ昨日よりか、ベッドが大きいのが救いだが、リオの寝相からすると、安易(あんい)に安心は出来ない。

 キョウは決意した。

 諦めよう。

 風呂と洗濯を交代で済ませ、眠りにつく頃は、もう日付が変わっていた。

 狭い部屋にロープを張り、洗濯物が頭上を占める中、二人して背中合わせで毛布に潜りこんた。そこで有ることに気付いたキョウがリオに注意をうながす。

「そうだリオ」

「何に?」

 もう眠くなっているのか、声に張りがない。

「言っておくの忘れたけど、この国ではあれを閉めて、霧を止めるとか言ったら駄目だぞ」

「何で?」

 リオは体制を変えキョウの方を向く。彼女は知らないのか、眠さで頭が回らないのかだろう。そんな彼女に一応説明した。

「オヤジが何度か外交に来ていて知っているが、法国オスティマは霧で成功した国だ。だから、一部には霧が無くなると困る人物も多いらしい。俺達が止めるのを冗談として(とら)えてくれれば良いが、下手すると邪魔される事になるぞ」

「なるほど、解ったわ、気を付ける」

 そう答えると、リオはしばらくして寝息をたて出した。

 リオの寝付きの良さには心配になる。疲れが溜まっているのか、無理をしていないか心配だ。

 キョウはベッドから落ちない程度ギリギリまで端による。せめてゆっくりと眠って欲しかった。



 次の日は、リオ念願の図書館だ。

 宿は二日取っているので、洗濯物を干したまま何時もの装備で部屋をでて、城下町を目指す。

 途中で軽い朝ごはんを食べて、さらに歩いていく。三十分程で城下町が見えてきた。

 四メートル級の高い壁に囲まれ、城や町の広さは、ティーライ王国の城下町の三倍ほど。重要な施設は全て城下町に有るため、門は開けっぱなしで、メインロードに当たる道は、馬車が四台ほど行き交わせるほど広く取られている。一つ一つの建物全てがキョウの実家以上に大きい。

 リオとキョウは門番の警備兵に図書館の場所を聞き、その建物までやって来た。

 三階建ての図書館と言うのは初めての経験だった。どの国もここまで大きい図書館は無いだろう。

 全てにおいて圧倒されるキョウ隣で、リオが目を輝かせ大興奮していた。

「キョウ、早く早く!」

「あぁ」

 入口の階段を駆け上がるリオを見送り、キョウはもう一度図書館を見上げ、溜め息混じりにリオを追い掛けた。

 二人は中に入ると受付で内容を聞かされる。

 本の持ち出しは禁止、販売はしていない、三階はこの国の者の同伴(どうはん)が無ければ立ち入ることが出来ない。まぁ、一般的な注意事項だ。

 リオは快く受け入れ、本の閲覧(えつらん)コーナーへ足を進ませる。

 中には本を読む為や、勉強するための大きな机があり、机を囲むようにして椅子が十二席並んでいた。棚は所せましと並んでおり、棚には本がビッシリ詰まっている。一階だけで、同じ部屋が六部屋あった。

 一日で終わるだろうか。キョウは本の多さに不安に成る。

 まぁ、急ぐ旅ではない。気の済むまでリオに付き合ってやるかと覚悟を決めた。

「役にはたたないかも知れないが手伝う。何から調べる?」

「うーん、そうね歴史からかな」

 以外だとキョウは思った。

 もっと、科学やらを調べると思っていたが、そうでは無いらしい。それなら自分も助けに成るかと歴史のコーナーを探す。

 歴史コーナーは二階の角部屋に有った。

 二人は閲覧の机に荷物を置き、本の棚に向かう。

「十八年前の内容を探せば良いのか?」

「違うよ、もっと前。王国ファスマ創設ぐらいか調べていく」

「そんな昔から? それで、何を調べたら良い?」

「細かい内容は伝えにくいから、私が探すよ。キョウは王国ファスマ関連が載っていたら渡して」

「了解」

 二人は閲覧の机を借り、数冊の本を机の上に積んだ。

 こういう光景は珍しく無い。二つ隣の席でも同じように本を積み読んでいる。そっちらはかなり高く積んでいるようである。

 古い歴史となると内容は少なく、直ぐに本を戻し、また持って来るという作業ばかりが増えてくる。それはキョウが担当した。

 リオも探している内容が無いのか、開いては閉じるを繰り返す。

「キョウ、もう少し詳しく載っている本無い?」

「あぁ、あの辺りの本は誰かが読んでいるのか、抜けているのが多いし、少ないんだ」

 困った様にキョウが伝えと、リオは辺りを見渡して本を探した。積んであるだけで、読んで居ないなら借りるつもりなのだろう。

 横の人の積んでいる本の中に目当ての本が多くある。

 そこで隣の人と目が合った。

 向こうもこちらの話の内容を聞いていたのだろう。向こうから声を掛けてくる。

「何じゃ?」

 リオと同じ年ぐらいの少女だった。

 背も同じぐらい、髪は色素の薄い茶色で縦ロールのロング、前髪が面倒くさいのか後ろにオールバックにしている。

 リオは恐々声を掛けた。

「あの、今読んでない本が有れば、貸していただけませんか?」

 隣の少女は自分の積んでいる本を横目で見た。そして、興味(きょうみ)を失ったように本に顔を戻し答える。

「良いぞ。ただし、私が必要と成ったら返してくれ」

「解りました」

 リオは積んでいる本の中から何冊か見繕(みつくろ)い、自分の席に戻った。キョウも席に座り、リオの手伝いを始める。

 何度か王国ファスマの内容があり、リオに見せるが彼女は首を横に振るばかりだ。キョウは本が終わると、隣の少女の所に戻し、新しく借りてくるを繰り返した。結局は欲しい内容は無かったのか、リオ本を閉じて溜め息を着いた。

 残りの本は、現在隣の少女が真剣に読んでいる本だけだ。

 彼女はゆっくりと本を読んでおり、時折(ときおり)調べるように積んである本を捲り、それを閉じると再び元の本の戻るといった作業を繰り返している。読み終わるのはしばらく待たなくてはいけないだろう。

 リオは待てない様子で、彼女に近付くと横から顔を覗かせ盗み見をしている。

 その様子が解ったのか彼女は顔を上げた。

「何じゃ?」

「えっと、随分(ずいぶん)真剣に読んでいるから、何の本かなって」

 彼女は顔を戻し、本を読みながら答えた。

「お主達こそ、えらく読むのが早いな。何か探し物か?」

「うん、まぁね」

 リオは曖昧(あいまい)に答えながら、彼女の本に目を向けている。キョウはリオが口を滑らさないか、ハラハラしながら二人を見守っていた。

「あっ、」

 リオは体を近付け本を覗き込む。

「だから、何じゃ。もう少し待っておれ、今は私が読んでおる」

 少女は鬱陶(うっとう)しそうに眉にシワをよせた。

「ちょっと見せて、そこだけ読みたい!」

「駄目じゃ! 私が先じゃ! 私は今大切な仕事の途中じゃ!」

 キョウは先程から、言葉遣いから、その者が貴族辺りだなと感づいていた。リオが変なことを仕出かさないか心配だ。

「少しだから! 関係無い内容はならすぐ返すから」

「元々私が先じゃろ! 私が読み終わってからせよ!」

 リオも彼女も一歩も引かない。

「大切な仕事って何よ? 私にも必要な物かも知れないし」

「私は霧を止める可能性の有るものを探して要るのじゃ! だから少し待て!」

 あれっ?と、リオは動きを止めた。

 少女はやっと解ってくれたと、再び本に目を戻す。

 リオはキョウと目線を合わせた。キョウは扉の方に目線をやってから頷く。

 ここは一旦引いた方が良いのかも知れない。リオより詳しい内容を知っている者は居ないはずだ。

 リオはキョウの考えが読めたのか首を横に振った。

 心配そうにキョウは目で合図を送る。

 リオは少女に顔を向けると尋ねた。

「霧を止めるの?」

「あぁ、私が止めてやる」

「どうやって?」

 その言葉で、彼女は勢いよく顔を上げると、眉間にシワを寄せ睨む様にリオを見る。

「お主も、私をバカにするか! 霧は止まるのじゃ! 私の考えが正しければ、霧は突然現れた訳ではない! あれは何か問題が有って現れた。霧を見れば解る!」

 すごい剣幕(けんまく)(まく)りたてる。

「良く知っているね」

 リオは素直に感心した。

 その言葉に、少女は鼻息を立てて胸を張る。

「当たり前じゃ。私を誰だと思っておる。私は法国オスティマ第七姫、レナ・オティアニアじゃぞ!」

 第七姫と付いているなら、王族中の王族、七番目に法国オスティマ本国の、王になる可能性のある人物だ。

 七番目なら、王に成る希望はかなり薄いのだが、それでも女性で皇太子の番号が着くのは珍しい。

 とっさにキョウは片膝を付き、右手を胸に当てる、騎士が取る最高礼を取った。リオは解っているのかいないのか、「おぉー」と感心している。

 そう言えば、リオはライマ共和国出身、王に対しての礼儀は知らない。

 キョウは誤魔化(ごまか)すため慌ててレナ姫に声を掛けた。

「御無礼を御許し下さい。我々は旅の者。法国オスティマに初めての寄り、王族様の御顔を知りもせず、御無礼が有ったかも知りませんが、何とぞ御寛大(ごかんだい)処置(しょち)を」

 キョウが丁寧に話しているにも関わらず、リオとレナ姫はまるで話を聞いていなかった。

「姫は、どうやってその答えまで(みちび)き出したの?」

 レナ姫はさらに得意気(とくいげ)に胸を張り答えた。

「これはな、簡単な物理で理解出来る!」

 二人だけで会話が弾む。

 キョウはしゃがんだ姿勢のまましばらく待ってみた。無視された様で寂しかった。

「へー、そこを見抜いたんだ。中々やるね」

「これぐらい当然じゃ」

 レナ姫はそう言ってから、何度も瞬きをしてしばしば黙り込む。何か考えている様だった。

「お主は、私の話を理解出来るのか?」

「うん、解る」

 リオは笑顔のまま簡単に答える。

 レナ姫は驚きの表情でリオの顔を覗き込む。

「何故じゃ? 私とてかなり悩んでやっと出た答えじゃ。お主は何者じゃ?」

「えっと、リオ・スティンバーグただの旅人です」

「旅人っ?」

 明らかに疑った目でリオを見てからキョウを見る。

 キョウはどう見ても、騎士の最高礼を取っている。一般的な国民にはああもすんなり出ないだろう。

 キョウは慌てて立ち上がった。

「お主は騎士じゃな?」

「はい。しかし私も旅人です」

「ただの旅人が、騎士を連れて旅じゃと?」

 レナ姫は眉間(みけん)にシワを寄せたまま、リオに顔を戻した。

 完全に疑っている。

「どこかの偵察では無いじゃろうな?」

「違うよ、それより直ぐ終わるから見せて」

 リオはまだ食い下がる。彼女が王族と解っているのだろうか。

 キョウもレナ姫が王族と解ってから警戒したのだが、本棚の方に三人、入口に一人。一般の国民を装っているが、護衛兵だろう。それもかなりやる。レナ姫は溜め息をはいた。

「良いぞ。ただし、お主の方の説明を聞かせよ。何故、霧は止められると解ったのじゃ?」

「姫も言ったでしょ、霧を見れば解るって」

 二人の会話は、護衛の者まで聞こえないのか心配だ。キョウは敵意が無いのを示すため、わざわざ壁際までいって、二人の遠くに剣を立て掛けた。

 近寄られてもっと詳しく、二人の話を聞かれても不味いし、四人同時に戦闘を仕掛(しか)けられれば、キョウ一人なら対処出来るが、リオを守りながらと成ると流石に苦しい。

 キョウは戻って来ると、レナ姫の正面の席に腰掛け、二人の話に交じった。

「待ってくれ、霧に一定の法則は無いだろ。なのに何故解るんだ?」

 口を開こうとするレナ姫より早くリオは説明を初めた。

「法則は有るよ。キョウはこの次元の法則で考えているから解らないのよ」

 簡単に説明したリオを、レナ姫は手を差し出し止める。

「待て、その説明では理解した者しか解らぬ」

 レナ姫はキョウに向くと説明しだした。

「霧を知るに当たって簡単な行動があのじゃ。それは霧が壁では隔離(かくり)できない点じゃ」

 確かに霧は壁の向こう側から、突如こちらに現れる事がある。しかしそれは、壁をすり抜けているとしか考えられず、余計に難しい行動だ。

 レナ姫は紙と鉛筆を取り出す。

「キョウで良いか。先ずはこの世界は三次元で出来ておる」

「違うよ、時間も方向性に入るから、時間も入れて四次元だよ」

 解らないと言われた事が嫌だったのか、リオは横から口を挟む。レナ姫は呆れる様に溜め息を着いた。

「今それを言えばややこしくなる。お主は説明が下手じゃ」

 確かにリオの説明は自分の観念(かんねん)も交えるし、理解するのに別の理解が必要になる。さらに少しでも難しくなると説明しない。

 レナ姫は紙に縦横上に三本の、矢印の様な線を書き込み説明を始めた。

「このように、三本の方向で出来ておる。縦、横、高さ。キョウは真っ直ぐ歩けるし、横にも移動出来る。しかしそれだけでない、跳ぶ事も出来るじゃろ」

 キョウは頷く。

「三本有るから三次元じゃ。もう一本有れば四次元に成る。しかし、我々は三次元。四次元のもう一本は書くことが出来ぬ。だから解りやすく、我々は二次元と想定して話を進めるぞ」

 レナ姫は紙に真四角な正方形を書いた。それからその中に点を付ける。

「この紙は世界。この四角は城壁じゃ。この点は霧。キョウよ、この点を線を触れずに外に出してみよ」

 レナ姫は鉛筆をキョウに渡す。

 キョウはしばらく腕を組んだまま紙を(にら)んだ。

 四角は角が開いていないので、線を越えることが出来ない。

 クイズと言うより、なぞなぞに近い問題なのだろうか。

 キョウは頭をひねって考えてみた。

「穴を掘るとかは無理ですか?」

 その答えにリオは、満足げに鼻息を荒くして体をのりだした。

「ほら、今まで私が教えたから、キョウの理解力が上がってるの。私の教えが悪くない。大体ね正確な情報を伝えないのは問題と………」

「リオ、お主は黙っておれ」

 否定されたのがよほど悔しかったのか、話たてるリオを、レナ姫はほっぺたを押してどかす。

「キョウよ、正解じゃ。もっと簡単なら、壁を飛び越えればよい。しかし、二次元で生きている人には、飛び越える考えは理解できぬ。この者達は縦横しか無いからな。――――霧は突然現れたように見える」

 あっ、とキョウは頷いた。

 確かに理解できた。

 レナ姫は優しく微笑むと、黒い瞳でキョウを見据え、ゆっくり頷いた。少しだけキョウの体温が上がる。

 その表情を見て、リオは少し頬を膨らませた。

「これの次元を一つ上げるのじゃ。私達は三次元に暮らしている。霧は壁の向こうから突然現れた」

 キョウは震えながら答えた。

「一次元上の存在。――――霧は四次元か?」

「解ってくれたようじゃな」

 レナ姫は満足げに笑う。キョウは何度も頷いた。

「それが現…うぉ?」

「そして、そして! 四次元の霧は、…正確には六次元だけど。現れるのは理由が有る!」

 負けじとリオは、レナ姫の頭を押し退け解説を始める。レナ姫は見事に椅子から落ちた。

 キョウは焦る。

 間違いなく一国の重要人物だ。そんなぞんざいな(あつか)いは許されない。

 キョウは両手を上げ、話が聞こえない護衛兵に対して敵意がないと証明した。有り難いことに護衛兵は遣ってこなかった。

 キョウは手を下げて胸を撫で下ろす。リオはまだ気付いて居ないので話を続ける。

「そもそも、六次元は常に身の周りに有るの。しかし、方向性が認知(にんち)出来ないのか、ミクロ過ぎて感知出来ないのか、私達は解らない。なのに認知出来るように成るには、私達四次元の切っ掛けがいるの。解るよね?」

 リオは負けじと、キョウの知識の無さも関係なく話したてる。キョウは眉間にしわを寄せたまま答えた。

「………すまん。解らない」

 驚いた様に口を開け、リオはショックを受ける。

 床に尻餅(しりもち)をついたレナ姫は、額に青筋をたてたまま立ち上がり、スカートのお尻を叩いた。

「リオ、お主はやはり私をバカにしているのか?」

 レナ姫の言葉にキョウは凍りつく。

 王族を押したのだ。少なくともただでは済まされない。

 キョウは両手をかざし、慌てて弁論(べんろん)した。

「待ってくれ、リオに悪気は………」

「私だって、そこは説明出来る! お主の説明は解りにくいのじゃ!」

「解りやすいもん。姫は説明が長いの」

「あこまで説明しないと、普通の人には解りにくいのじゃ!」

 まるで話を聞いていない。キョウは言葉に半ばにして口を閉じた。

 二人は言い争い、短い手をバタバタと振りながら説明している。学園の講師以上の難しい話をしているにも関わらず、この光景を見る限りは年相応に見えた。

「二人とも待ってくれ。結局(けっきょく)霧は何なんだ?」

 キョウの声に二人は止まり、何やら小声で相談しだす。

 何だかんだと小競(こぜりあい)り合いを起こすが、年齢も近く、趣味も同じ、すぐに打ち解けたみたいだ。

 二人は納得したのか、共に頷くとキョウを見た。そしてリオが口を開く。先ずはリオの番らしい。

 リオは何時ものように右手の人差し指をピンと伸ばし、「おっほん」と態とらしい咳払いをしてから話し出した。

「キョウ、――――霧は生物よ」

 思ってもいなかったいきなりの台詞に、キョウの顔が真剣に成っていく。リオはその顔を見て頷いた。

「バカな、あれが生物? 確かに群れたり、斥候(せっこう)の様な行動は有るが、とても生物の行動に見えないぞ」

「群れるのはまた理由が違うから飛ばすね。それと先程(さきほど)からの話で考えてね」

 リオはレナ姫の紙と鉛筆を借りると、丸と線だけで人を書いた。

「これが二次元の人。三次元の人は私達。これに時間を加え四次元として考える」

 いきなりレベルの上がった話に、キョウに付いていけない。

 キョウが首をひねっていると、(しび)れを切らせたのか、隣のレナ姫がリオに小声でアドバイスした。

「だからお主は解りにくいのじゃ」

「えっー? だって姫が図にした方が解りやすいて」

「お主が書いたのは人だけであろう。二次元の方に時間を加え、疑似の三次元を作った方が解りやすいじゃろ」

 二人は小声で話しているが、キョウの方まで話が聞こえる。

 キョウは聞こえないふりをした。

 リオは頷くともう一度「おっほん」と咳払いをした。

「二次元に時間を加え、三次元にします。私達の目に時間が見えるとしたら」

 リオは鉛筆を斜めにして、簡単な人の絵を伸ばして行く。線は真っ黒い太い線になり、人の形は消えた。左は徐々にしぼみ、右は突然切れる。

「これがその人に成るわけ。時間は左から右に掛けて進んでいるけど、それが時間を見ることが出来るならこうなる。もう人には見えないでしょ」

 たしかに、一つ次元を与えただけで、全く別物になる。

「左は生まれてから大きくなっていき、突然切れた右は死んだと言うことか」

「そう。要するに、時間は目には見えないから、見えればこうなったと言いたいの。これは霧も同じ。三次元しか見れない私達の目には、霧の様に見えるだけで本当は違う。もちろん次元が違うから剣で切れないってわけよ」

 その答えにキョウには驚き、目を見開く。この理論が正しければもっと多くの人が助かる。

 キョウは興奮で体を震わせながら言った。

「霧だから切れないって訳じゃ無かったのか」

「えぇ、理論的に考えて、同じ次元の物質で作られた剣なら切れる筈よ」

 キョウは思わず目を見開いて二人の手を握りしめた。

「すごいぞ! リオもレナ姫様も。それならもっと多くの人を助けられる!」

 二人ともキョウの突然な行動に押されてか、びっくりして固まる。

 キョウは大袈裟なほど喜んでいた。

 レナ姫は顔を真っ赤にしたまま微笑んだ。少しだけリオが羨ましく思う。

 ここまで真剣に自分の話を聞いて、喜んでくれる者は少ない。戯言(たわごと)だとけなされ、何度も説明したが結構子供の妄想だと軽くあしらわれ終りだ。

 その為に、出来るだけ(やさ)しく伝わるように何度も繰り返した。けっきょく、真剣に聞いてくれたのは、現在の法王にあたる、祖父のライディア・オティアニアだけだった。

 祖父は末孫(すえまご)のレナ姫を可愛がり、頭の良いところから、第七姫にしているが、今まで女が皇太子の番号を貰ったことはない。もちろん、その為にレナ姫への風当たりも強い。

 キョウの凄く喜んでいる姿に、リオは罪悪感を持ちながら話した。

「キョウ………だけど、そんな物はこの世界に存在しないの。もし物質が有ったとしても、残念ながら今の技術では加工出来ないでしょうね」

「そうなのか? 加工出来ないのか?」

「えぇ。しばらくは今の討伐が一番合理的ね」

 キョウは顔を下げ、手を離す。

 せっかくの霧を多く討伐する方法が使えない。悔しいが何事でも限界は有る。なんとも遣りきれない思いだ。

 レナ姫は深呼吸して、息を整えてから説明を始めた。

「つっ、次は私じゃな。何故この次元で四次元の者が認識(にんち)出来ないかじゃがな、リオが言った通り、見る目を持って居ないからじゃ。じゃが、霧として表れたと言うことは、四次元を感知できる次元と、この次元の道が繋がったと言うことじゃ。元々有っても感知出来ないのであれば被害はない。お互いに見る目を持って居ないし、次元自体が違うから解らないのじゃ。しかし、繋がれば話は変わる。この次元の者も、四次元の者も行き来出来る。私はそれが何だ形で起こったと思う。だからそれを閉めれば霧は止まると言う結論だ」

 なるほど、レナ姫は単独で、何の情報もなく、霧の特徴だけでそこまでたどり着いた。リオだけで無い。レナ姫もやはり天才か。

 霧が別次元の生物とは、多く対峙(たいじ)してきたキョウにも、まるで解らなかった内容だ。それに、そんな別の次元にイップ王女は、どの様なことをするつもりだったのかも。セリオンに聞かされた内容とはいちじるしく違う。イップ王女はセリオンに何か隠していたのだろうか。

 レナ姫は今度はリオに目を向ける。

「さてリオ。本は貸すが、お主は私の手伝いをせぬか? 今まで話して解ったが、お主は私より詳しく知っておる。無論(むろん)、しばらくで良い。旅をしているのなら目的も有るじゃろうからな」

 リオはしばらく両腕を組んで悩み、右手を高く伸ばした。

「作戦会議!」

 リオは宣言すると、キョウの腕を掴み窓際まで引っ張ってくる。そして、レナ姫から離れると、小声で話し出した。

「キョウ、言って良い?」

 その台詞をキョウは理解した。

 確かに昨日の夜、霧を止めに行くとは言わない方が良いと、そうリオに釘を指しておいた。しかし、レナ姫の話を聞くかぎり、彼女も霧を止めたがっている。それなら邪魔をされる可能性は低いし、キョウよりレナ姫の方が、リオの探し物の力になれるだろう。

 心配なのは二つ有る。レナ姫が周りに漏らした時だ。

 それともう一つは、マストロの様に信じてくれるかどうか。

「まぁ、レナ姫なら大丈夫とは思うが、今の問題は誰にも聞かれないことだな」

 リオは解ったと頷き、レナ姫の方に駆け寄る。

「姫、姫」

「何じゃ?」

「ちょっと耳かしてね」

 リオは突然レナ姫に顔を近付ける。レナ姫は驚いたが、頭を背けること無く、顔を真っ赤にしたまま素直に従っていた。しばらくして、レナ姫は何度か頷くと、護衛の兵を呼び寄せた。

「お主達、レナ・オティアニア第七姫として命ずる。私とこの二人は今から三階の部屋に上がり、大切な話をする。お主達は、一人は部屋前で待機(たいき)せよ。残りの者は二階の階段を封鎖(ふうさ)して、誰も上に上がらせてはならぬ」

 レナ姫の予想もしない命令に、護衛兵は慌てた。

「お待ちくださいレナ姫! 我々は、王よりレナ姫の安全を最優先に命じられております。このような得体(えたい)の知らぬ者と一緒におりますなら、我々も同行させて頂きたく(ぞん)じます!」

「大丈夫じゃ、この二人は何も企んでおらん。私の講義を聞きたいだけじゃ」

「それならば、私共も御一緒しても問題は無いと思われますが?」

「待て、それはならん………」

 レナ姫と護衛兵は、互いに一歩も引かず言い争う。確かにキョウも、リオがそう言った所ですんなり引き下がらないだろう。

 キョウは小声でリオに耳打ちする。

「リオ、らちがあかない。俺が話に加わるとややこしい。俺は護衛兵と共に居るから、リオ一人で話してくれ」

 キョウの言うことはもっともだ。レナ姫と同じ子供なら、相手も納得できるだろう。

 ここに来て、自分の幼さが逆に助けになった。

 リオが頷くのを見て、キョウは護衛兵の前に出て、騎士の敬礼をする。

「申し訳ない、護衛兵の皆様。私はリオ姫の騎士をしているキョウ・ニグスベールと申すものです。我が姫はレナ姫同等の趣味がございます。出来る事なら、我が姫にレナ姫の講義(こうぎ)を聴かせて頂きたく存じ上げます。私は皆様と共にいますので、それで何とか成りませんか?」

 しかし、護衛兵のものは納得しないように頷かない。仕方なく、キョウは窓際に立てた剣を手にした。

「それと、この私の剣は、リオ姫に祝福を与えられた大切なもの。それを預けたい。それでも参りませんか?」

 キョウの申し出に、護衛兵とレナ姫は目を白黒させた。キョウは剣の腹を持ち差し出す。

 ただの騎士なら、簡単な形式上の儀式で終わる。しかし重要な騎士は、リオがやった様に、王が騎士の愛刀で儀式を行う。儀式を受けた剣は、王から譲り受けた剣として、王の為にしか振るえない剣となる。

 それは騎士の間では祝福を与えられた剣と呼び、忠実を誓った命より大切な証だ。

 法国オスティマは兵隊の国、騎士の観念がどれほど通じるか解らないが、話には聞いているだろう。

 キョウは安心を与えるため、あえて差し出す。キョウの思いが伝わったのか、護衛兵は困った顔をした。

「解りました。ただし、あなたの方は身体を調べさせて頂きます」

 キョウは頷くと自分の剣を渡した。



 本などをまとめ、三階の部屋にやってくる。

 キョウと護衛兵の一人は部屋の前で足を止めた。

 キョウの愛刀は、階段を封鎖している兵士が預かる事となった。

 旅に出て、寝るとき以外は、常に肌身離さず持っていた物が無いと心細いが、リオの為だ仕方がない。それに、レナ姫と探した方がリオの探したい内容が見付かる確率は高い。

 それにしても、腰にいつもの重さが無く、妙に落ち着かない。

 キョウはいつの間にか、しきりに目だけを動かし、周りを見渡していた。無意識に無いはずの愛刀を探している。

 騎士の祝福の剣の話は、キョウにとっても嘘ではない。キョウも大切な絆を奪われたようで落ち着かなかったのだ。

 部屋に入り扉を閉めると、レナ姫はリオに駆け寄る。

「リオ、お主はやっぱり何処かの姫じゃったか!」

「えっー、違うよ」

「白を切るな。さきほどキョウが申したではないか!」

「あれは違うの。でもキョウが私の騎士は本当よ。キョウはどう思っているか知らないけど、私はキョウの事を自分の騎士だと思ってる」

「解るように話してみよ」

 ふてくされるレナ姫にリオは頷くと、まずは断りから入れていった。

「姫、ちょっとややこしく成るから覚悟してね。それからこれは誰にも言わないで欲しい内容なの」

「それは私が決める。怪しい者なら護衛兵に付き渡す!」

 リオは目を閉じて、思い返しながら、今までの話をしていった。

 リオとキョウには、イップ王女とセリオンの記憶が有ること。一人で旅を始めたが、ティーライ王国でキョウに出会ったこと。話をしていて思ったが、まだキョウと出会って一週間ほどしか経っていない。

 リオの話を、レナ姫は驚きの表情こそ有ったが、全く口を(はさ)まず聞いた。しばらくして話が終わると、レナ姫は長い間考えている様に椅子から身動きを取れなかった。

 辺りは静まりが支配する。

 やっと口を開いたレナ姫の最初の言葉は、驚きではなく問い掛けだった。

「何故じゃ。リオは何故、私にこの話をした?」

「まだ、ワンピースが足りないの。それの切っ掛けが欲しくて、姫にも考えを聞いて欲しくて、話したの」

 レナ姫は違うと首を振った。それから真剣にリオの目を見つめる。

「お主が考えている以上に、霧を(うら)んでいる者は多いぞ。そんな話をすれば、信じた者に命を狙われる。私の近い者が殺されておったら、迷わず護衛兵に突き出していたぞ」

「解ってる。姫だから話したの」

 リオは責められたにもかかわらず笑った。

 レナ姫はその笑顔に真っ赤になったが、照れ隠しのように、わざと(あき)れた表情を作った。

「まったくお主は、抜けておるのか、度胸が有るのか解らぬ。解った、良いぞ、リオが解る所まで話してみよ」

 リオは先ず、王国ファスマの最下層に有った建造物を、紙に省略(しょうりゃく)して書いた。

「話が終わったら、この紙は全て燃やしてね。これは王国ファスマに有った建造物」

「音叉の様な形態(けいたい)じゃな?」

「そう、多分重力を操るもの。重力は場であり波だと思うから、こう言う形態(けいたい)

「なるほど、それで空間をねじ曲げたか。(おろ)かなことじゃ。じゃが、エネルギーはどうした? その横に有るのがそうか?」

「違う、内部を見てみないと解らないけど、これは制御盤だと思う。記憶には無いから確信は持てないけど、エネルギーを作るか、溜めるものだと小さすぎる」

「なら、地熱エネルギーはどうじゃ?」

「地下にはこれ以上の施設は無かったから、それは無いと思う。それに、これが地熱からのエネルギーを変換する装置なら小さすぎる。あの場所にエネルギーは無かった」

「それは、あり得ぬ! 計算してみないと解らぬが、かなりのエネルギーがいった(はず)じゃ」

「私も気に成って色々考えて、そこで思い付いたの」

「何じゃ? エネルギー無しで、装置を動かせる理由は?」

「この辺りからは私の予測で話を続ける。正確に調査すれば、間違っている所も有るから、おかしい点は指摘(してき)して」

 レナ姫は頷いた。

「逆から開いた」

 ガタッと音がして、レナ姫は椅子から立ち上がった。

 真っ青に成りながら震えてリオ見る。

「開けたのは向こうの方、霧が開けたと言うのか!」

 リオは首を振る。

「解らない。でも、イップ王女の記憶もそこは曖昧(あいまい)だけど、儀式の途中に開いた様な気がする。そう考えるのが一番合理的よ」

「確かに、エネルギーが無いならそれしか考え付かぬ。しかし、それならその建造物は完璧では無かったのか? 止めることは出来ぬのか?」

 レナ姫は肩を震わせながら現状と戦った。

 開いた物があるなら、それを使って閉められる。しかしそれが機能していないなら、こちらから閉めるのは無理だ。

「姫、私はさっき向こうから開いたと言ったでしょ。今は………」

「繋がっている、向こうから閉めるのか?」

 リオは頷く。

 レナ姫はしばらく考え込んだ。何か一つ引っ掛かる。

 (よう)は、システムは重力。エネルギーを用意すれば、向こうから閉めれる。それに向こうにエネルギーが有るなら、エネルギーを用意する必要もない。現在も開いているなら、持続するため何らかのエネルギーは有ると考えられるからである。残りの足りないのは、動かすための操作。

「リオ、あの二万七千の言葉は………」

 リオは満足そうに微笑みながら頷いた。

 やはりレナ姫は頭が良い。

「そうとしか考えれない」

「それなら、もう一つ謎が生まれるぞ」

「私の探しているワンピースはそれなの」

 レナ姫は何度も首を横に振った。

「あり得ん! そんな事は歴史上存在せぬ!」

「私もそう思い何度も考えた。でも、他を考えても抜け穴が出来てしまう。今の考えが一番当てはまる」

 レナ姫はしばらく口を閉ざして再び考えた。

 リオは知らぬだけで、エネルギーは存在したとする。魔法使いを何人か集めて稲妻の魔法を唱えたのじゃ。それならエネルギーの問題は解決するじゃろう。しかし、稲妻の魔法をそのまま動力のエネルギーに使えないか。エネルギーを変換するものを利用しないと破壊するだけじゃな。この辺りはリオでも気づいておるじゃろう。

 ならば、向こうから開いたとして、………駄目じゃ。向こうの状態(じょうたい)も解らぬまま答えは出ぬ。しかし、それなら二万七千の言葉の意味はリオが言った通りになるじゃろ。

 あり得ぬ。

 何度も何度も思い描く。そしてそれを、何度も何度も否定して行く。

 答えは出せない。

 リオの理論が一番近いと思うが、それは全ての歴史が否定している。

 これまでの世界の歴史で、この世界以外の場所からの干渉(かんしょう)なんて存在しない。

 なのに、リオは二万七千の言葉が、向こう側の言葉と言っているのである。

「リオ、お主の理論そこだけを変える事は出来ぬか?」

「もう一つ有るけど現実的で無いよ」

「今の理論でも、現実的でないぞ」

 リオは一つ溜め息を吐いた。自分で違うと思うことを口にするのは恥ずかしい。

「姫は魔法使える?」

 レナ姫は、何を言われるのか瞬時に理解した。

「当たり前じゃ。私はレナ・オティアニアじゃぞ」

 何時ものように、レナ姫の言葉には覇気(はき)がない。言われる台詞が解っていたからだ。

「二万七千の言葉は魔法だった」

 それはレナ姫も考えて否定した一つだ。

「ねっ、違うでしょ。魔法なら意識が大切で、好きな名前を付けられる。それにもしも魔法で出来るなら あんな巨大な建造物や、システムは必要としない」

 リオの回答と、レナ姫の考えは一致していた。

「ならば、二万七千の言葉は、リオが考えてるほど重要では無かったらどうじゃ。本来、必要無かった」

「それも有り得るよ。でも、何故かイップ王女は開くと思っていた。それに考えは解らないけど、王族達や、使おうと建設したお祖父ちゃんは何故、その言葉を使ったのか? それと、あの形状は正しいと思う。でも、誰が考えた?」

「お主の理論なら、ぴったり当てはまるな」

 レナ姫は重い溜め息を吐いた。

 リオはこう言っているが、実は閉めるに当たって、リオの言うワンピース以外にも、もう一つの問題が有る。そのもう一つはどうも隠そうとして、話題にさえ触れていないが。

 理由は解るし、問い掛けても単純に答えるだろう。しかし、聞くのはもう少し後にして話を進めていく。

「ここまで話したという事はじゃ、要するに、この私、第七姫のレナ・オティアニアに、リオの探し物を手伝えと言いたいのじゃな」

 リオは素直に頷いた。

 レナ姫は、他人より科学を理解しているつもりだったし、最近では下手な学者より理解しているのを自覚している。しかし、リオはそれよりも頭一つ飛び出している。

 イップ王女の記憶が有ったところで、レナ姫一人では、ここまでの理論は出てこなかっただろう。

「まったく、お主は、イップ王女の記憶が有るから、ここまで度胸があるのか、お主自体が度胸が有るのか、お主の傍若無人(ぼうじゃくぶじん)は計り知れぬな」

 レナ姫の態とらしく呆れる態度に、リオは真っ赤に成って反論する。

「何度も言わせないで、姫だから話したの。私だって考えてるよ」

 その言葉に今度はレナ姫が真っ赤になる。真っ直ぐで気持ちの良い思い。

 今まで誰にも言われた事がない。そして、いつか誰かに言って欲しかった言葉。レナ姫の欲しかったものだ。

「でっ、では、それは、とっ、友達としてか?」

 目線を外し、何とも歯切れの悪い言い方でレナ姫は聞いた。

 鼓動(こどう)が早くなり、変な汗が出る。

 私は何を言っているのかと後悔した時、リオは明るく驚きの声を上げた。

「姫、友達に成ってくれるの?」

「おっ、お主がどうしてもと言うなら、考えてやらなくも無いが………」

「姫、どうしても。友達に成ろうよ」

「あっ、あぁ。まっ、なってやろうかの」

 リオよりも嬉しそうに、レナ姫は目線を外したまま頷いた。それから、真面目な顔でリオを見る。

「とっ、友達になるならもう一つじゃ。この質問に答えてから探し物は手伝う。………隠すなよ」

 レナ姫の、その言葉にリオは(きび)しい顔になる。

 二人はお互いに、(きび)しい顔のまま見つめ合った。

 しかし、どうしても言葉に出すのが辛いのか、レナ姫は結局(けっきょく)率直(そっちょく)なその言葉を()けた。変わりに遠回しに聞く。

「キョウは知っておるのか? そして、キョウも一緒に行くのか?」

 リオはゆっくりと首を振った。

「キョウは知らないし、行かない。――――私だけ」

「今、とっ、友達の私が言っても止めぬか?」

 リオは頷く。

 幾度(いくど)と無く覚悟を決めてきた。

 レナ姫は口を開きかけて、そのまま黙り込んだ。

 ――――『後悔は?』愚問(ぐもん)だな。

「姫、お願い。キョウには()せててね」

「お主は私に頼み事ばっかりじゃ。なのに私の頼みは聞かん。それは本当に友達か」

 半場(はんば)呆れる様に、レナ姫は溜め息を吐いた。

 解っている。この世界とそれ(・・)を天秤かけたら、それ(・・)は対等にはならない。

「友達だよ。姫は心配して泣いてくれた。――――私の親友」

 レナ姫は慌てて、目元に指をやる。

 自分では気付かずうちに、涙が溜まっていた。彼女は何度も両手で涙を拭う。

「違う、これは………眠く成って、そうじゃ、お主の話が長いし、説明が解りにくくて、欠伸(あくび)をしたのじゃ!」

「えっー、(ひど)いよ。姫なら単純な説明をしなくても、理解できるはずだし」

 リオは解りながらも、態と文句を言う。それから真っ直ぐレナ姫を見て付け加えた。

「大丈夫。私にも考えが有る。まぁ、私の理論があっている前提の話しだけどね」

 リオがそう言っているのだ。レナ姫に出来るのは、それを確かなものにする事。

「まったく、お主は凄いな。私はその言葉を信じて手伝うぞ」

 レナ姫はどこか吹っ切れたように、勢い良く頷くと、シャツの袖口を腕捲りした。

 今はリオの言葉を信じよう。その為にはリオの理論を裏付ける何かが必要だ。

 ――――言わば痕跡(こんせき)

 もしくは、リオの理論を否定するものでも良い。リオは、さきほどレナ姫が丹念(たんねん)に読んでいた本を調べる。

 内容は歴史でなく経済関連だった。

 王国ファスマの経済と技術が示されている。元々、優れた技術が有った国ではあるが、それは十八年前の話だ。今から見てはやはり遅れている。時計や、電池のパイオニアでも有ったが、今では全世界に当たり前のようにある。

 科学についても、現代の基礎(きそ)ベースは王国ファスマの学会が作ったものから変わりは無いが、それ以外は今の方がもっと進んでいる。

 欲しい内容が無いのか、リオは本を閉じ机の上でうなだれた。

「姫、駄目だー。載ってないよ。後は目ぼしい本は無いかな?」

「難しいな………」

 レナ姫は考える。

 図書館の本を全て読んだわけでは無いが、リオが言っていることに、引っ掛かった記事は思い当たらない。

「城に有る書物にも無かった?」

「城にある書物は、政治的な内容ばかりじゃ。法国オスティマの歴史も有ったのじゃが、ここと内容はたいして変わらん。しかし、私も図書館の、王国ファスマの歴史関連はほぼ(あさ)ったが、それに関連する内容は無かったぞ」

「ここの三階も政治的な内容ばかりだしね」

 リオは周りを見渡した。

「ともかく、取引のあった国の歴史も調べなきゃならんな」

「そうね」

 二人は良しと腰を上げ、手当たりしだい本を積んでいった。



 リオ達が部屋に入ってから、キョウともう一人の護衛兵は、互いに扉を(はさ)み左右の壁にもたれかけた。

 キョウは右に、護衛兵は階段に近い左に。彼はさきほど二階の入り口でも護衛していた、三十代ぐらいのの護衛兵だ。

 リオ達がどれほど掛かるか検討(けんとう)も付かないが、時間が掛かるのは確かだ。こんなにも他人の時間で振り回されるのは、セリオンの時以来である。

 キョウはセリオンの時のように、ただ警戒を解かず前を向いていると、隣の護衛兵が話し掛けてきた。

「騎士は長いのか?」

 キョウは護衛兵を向くと首を振った。

 以前は長い間、イップ王女の騎士をしていたが、それを入れる訳にはいかない。キョウ自身はリオの騎士となり、まだ一週間しか経っていない。

「ほぅ」

 護衛兵はあきらかに驚きの表情を表せた。

「騎士が短くて、良く護衛が(つと)まるな」

 護衛を知っているものの台詞だ。嫌味で言ったのではない、感心しているのである。

 色々な業務の在る中で、護衛ほど大変な業務はない。騎士の中でも護衛は、そこそこの実力を持たないと回って来ない。剣の腕が有るのは勿論(もちろん)だが、常に警戒する強い持続性と、状況に応じて命令無しでも動ける柔軟性が必要とするからだ。キョウの年齢ほどの、若い者が護衛をしているのは余り例がない。

 話をしていてボロが出てはいけないので、キョウは頷いただけだった。

 護衛兵はさらに話しかけてくる。周りに警戒は(ゆる)めていなが、とぼけた様な口調だ。

「周りに警戒を切らさず、何時間も立っているのは、心底疲れる作業だ。なのに、君は力を抜き、壁にもたれかけ、重点な場所だけに目を向けている。騎士に成り立てでは難しい、長年護衛をしていないと身に付かない動作だ」

 キョウは驚き、護衛兵を見た。中々やるとは思っていたが、少しの行動でそこまで読まれるとは考えなかった。

 護衛兵は口の(すみ)を上げて笑った。

「やっぱり、育った環境か? ニグスベール」

 護衛兵の台詞に、咄嗟(とっさ)にキョウは壁から背中を離し、身構える。

「どうした? ただ名前を呼んだだけだぞ」

 相手の護衛兵は、未だに力を抜いた自然体。剣にすら手をかけていない。なのに、キョウは対峙しているように、背中に嫌な汗をかいた。

 剣を預けるべきでなかった。

「………本物か、または偽物か、もしくは、ただの同じファミリーネームであっただけか。しかし、ファーストネームまで同じなのは、偶然にしては薄いな」

 少しだけ、ほんの少しだけ、護衛兵は目を細めた。

「私の知っているニグスベールは、ティーライ王国で騎士団長をしている。確か、次男はキョウと言う名だった。しかし、あそこの王国にリオ姫と言う人物は居ない」

 (わず)かな情報だけでここまで(しぼ)れるとは、はっきり言って(あなど)っていた。

 レナ姫がいくら王の孫であっても、皇太子番号が付いていようが、子供に付ける護衛なら、王から言われて護衛している、表面的な護衛兵だと油断していた。対するキョウは、旅に必要な単純なナイフも差し出し、完全な丸腰。流石に剣無しで勝てる相手ではない。

 警戒しているキョウに、護衛兵は瞳を向けた。

「難しい解答はいらない。君が何者かも興味(きょうみ)はない。ただ、レナ姫に良からぬ事を企んでいないか知りたいだけだ」

 少しの情報からここまで読んだのだ。下手な芝居はかえって不味い。言えない情報以外は、今は正確に答えた方が良いだろう。

「………レナ姫に何か企んでいる訳では有りません。キョウ・ニグスベールも本名です。それに、あなたの言う通り、父親はティーライ王国騎士団長のバード・ニグスベールです。ただ、リオはどこの国の姫でもございません」

 しかし、キョウは次の台詞を真っ直ぐな瞳で放った。そこだけは、どんな状態であれど、嘘は付きたく無かった。

「だけど、彼女が何であれ、俺はリオの騎士です!」

 ティーライ王国の騎士見習いで、リオを他国まで送る護衛と言った方が、まだ怪しまれ無いだろう。しかし、リオのお遊びで有ろうと、キョウはリオに騎士の儀式を受けた。

 たとえ疑われても、リオの騎士で()りたかった。

 真っ直ぐなキョウの意見に、護衛兵は笑った。

「いや、すまんな。名前を聞いたときから解っていたよ。ティーライ王国の騎士団長、ニグスベールの面影もある。それに彼に聞いた通り、真っ直ぐな男だ。剣の腕も確かな物とは聞いてもいたが、ここまでの護衛をこなすとは話以上だ」

 護衛兵にそう()められたが、反論(はんろん)する暇さえなく、完璧にやられた後だ、素直に喜べない。

「何かの意図(いと)があって、彼女の騎士をしているのだろう。彼女が、どこかの国の姫で有ろうが、無かろうが私には関係ない」

「いえ、騙すような真似をしてすみません」

 キョウが素直に謝ると、護衛兵は「構わない」と軽くあしらった。

 キョウがレナ姫に何かしようとして、周りに警戒している訳ではなく、リオを守ろうと警戒していたのは一目瞭然(いちもくりょうぜん)だからだ。

 護衛兵は横目で階段の方を(のぞ)き、誰も居ないか確認する。

「ただし、」

 護衛兵はそこで、ふっと言葉を止めた。

 振り向かれた護衛兵の目は、敵を見る目だった。いつの間にか剣にも手が掛かっている。

「ここからは注意して答えろ。彼女はレナ姫に何を聞いている?」

 剣を持つ者なら、誰もが咄嗟(とっさ)に身体を引き、間合(まあ)いを測る状態だ。しかし、剣を持たないキョウは逆に前に出た。それは、護衛兵を倒す為でない。

 護衛兵は自分の身を守るため、咄嗟(とっさ)にキョウを斬りつけそうになる衝動(しょうどう)を押さえ込んだ。

「悪いが言えない!」

 キョウは両手を広げ、護衛兵を(にら)み付ける。

 護衛兵はキョウの行動に、少しだけ負けた気分になった。

 彼は自分の身を守るため、斬りつけようとした。しかしキョウは、丸腰なのにも関わらず、剣を持つ敵から自分の守るべき者のため扉を守った。

 余程(よほど)忠誠(ちゅうせい)が無いと出来ない、命を掛けて盾となる護衛の方法だ。一国の姫でもない、彼女にそこまでの価値があるのか解らなかった。

「レナ姫の講義を聴きたいと言っていたが、化学や物理だけでないだろ。彼女が探して居るのは霧の止めかただ」

 キョウは何も言わず、ただただ(たたず)む。

 このままではキョウだけでなく、リオにまで危険が及ぶ。キョウは必死に頭を働かさせた。

 レナ姫の様子からして、彼女は色々な人に霧は止まると言いふらして居る様だ。ならば、記憶の事を()せ、話して大丈夫であろうか?

「答えろ。レナ姫に何をさせる気だ? いずれの皇太子に頼まれた?」

「何もさせ………、皇太子?」

 思っていたセリフと違い、キョウは慌てる。

「待ってくれ、俺達は皇太子様とは関係無い。レナ姫に探し物を手伝ってもらっているだけだ」

「皇太子と関係無い? 騎士団長の息子だろ、本当に関係ないのか?」

 護衛兵はさらに詰め寄る。キョウは両手を差し出し止めた。

「あぁ、俺はティーライ王国ではまだ騎士見習いだった。いくら、親が騎士団長であろうと、王族と知り合う機会はない」

 キョウのもっともな意見に、護衛兵は気を抜いた顔になると、やっと剣から手を放し、今までと同じ体勢をとった。「ふぅ」とキョウは息を吐く。生きた心地がしなかった。

 そこで階段を上がってくる、別の護衛兵が姿を表せる。

「カイン、こっち交代で休憩する。階段下は一人でも十分だ。お前はどうする?」

「後で良い」

 カインと言われた隣の護衛兵は、仏頂面(ぶっちょうずら)のまま答えた。

 どうやら、他の護衛兵が来たから自然体に戻ったらしい。他の護衛には聞かれたくない内容だったかったのだろうか。

 階段を上ってきた護衛兵は、カインの答えを端から解っていたのだろう。適当に返答すると階段を降りていく。その姿を見送ってから、口だけでカインはあやまった。

「すまなかった。早とちりか」

「いや、俺も色々(いつわ)っていたからな、疑われても仕方ない。しかし、なぜだ? レナ姫も皇太子だろ。しかも第七なら、そこまで他の皇太子が目を光らせる存在では無いだろう?」

「あぁ、確かにな。だが皇太子だからと言って狙われるとは限らん」

「………なるほどな」

 言葉を(にご)すカインを見て、キョウは理由を理解した。

 霧を止める事がである。

 レナ姫がまだ子供で有ろうが、皇太子番号が付いているほどの王族で有る。霧を止める、止められないは別にして、いざ本気になれば、王の権限で兵士達を動かせる。

 それに、他の皇太子も馬鹿ではないらしい。レナ姫の言葉を子供の戯言(たわごと)とは思わず、霧を止める可能性の有る言葉として理解している。しかし、そうで有ったとしても、霧を望んでいる王族からは、子供の妄想だと無視されるだろう。

 それは、どれほど孤独な戦いか解らない。

 彼女が霧を止める話しによって、キョウは喜んだ。それは彼女にとって、初めてに近い経験かもしれない。

「下の奴等(やつら)はな、レナ姫を警戒した、第二だか第三だかの皇太子に無理矢理押し付けられた護衛兵だ。だが、俺は違う。王から直接命令を受け、昔からレナ姫を見てきている」

 そんなカインにとっては、複雑な思いだろう。

 自分の(つか)える者の意見を通してあげたいが、真実で在れば在るほど、霧を望んでいる王族の目を気にして、自分以外の護衛さえ疑わないといけない。

「国の事情だ。俺が言ったところで変わりは無いが、霧を止めようとしているレナ姫はあっている。しかし、霧によって国が豊かに成ったのもまた事実だ」

 カインの(くや)しそうな台詞が、キョウにも(くや)しかった。

 国政がうまく行っているにも関わらず、ここでも辛い思いをしている者がいる。

 他の皇太子だけが悪いわけでない。自国の利益に走るのは仕方がない。

 悪いのは、真に非難されなくていけないのは、あれを止めれなっかった自分だ。

「レナ姫は知っているのか?」

 他の護衛兵が、他の皇太子の息が掛かっている事をである。

 カインは頷いた。

「はっきりとは言わないが、多分気づいている。それは、いくら王族でも辛いと思うぞ。身内から監視をつけられているからな。………それも、自分が正しいなら尚更(なおさら)だ」

 キョウはやるせないように唇を噛んだ。

「その事だが、お前達も、霧を止める方法を探しているのか?」

「あぁ、誰だって霧を止められるなら、止めたいだろう。レナ姫もそうだが、リオも頭が良い。少しの情報で霧の正体まで突き止めている。二人の考えが有れば止められるかも知れないな。まぁ、この国でレナ姫の考えが通じればの話だが。だから黙っていて欲しい」

 カインは素直に頷いた。

 皇太子と繋がっていないなら、キョウ達を疑う必要は今の所はない。リオの身分を(いつわ)ったり、レナ姫に手伝って(もら)ったりと、十分に怪しいのだが。

 それに、キョウの話を所々あわせると、彼等は本気で霧を止めに行くのかも知れない。

 カインは少しだけ頭をかいた。

 こんな有り得ない言葉を口にするのは、どうかしている。

「なぁ、お前ら本当に………」

 バーン!

「うぉ!」

 突如(とつじょ)、勢いよく開いた扉に、扉の前で話していたキョウは跳ね飛ばされる。中から出てきたのはレナ姫だ。

「リオ、待っておれよ。それなら一階に有ったはずじゃ」

 そう早口で言ってから前を見る。どうやらリオと話ながら扉を開けたので、扉の前のキョウの存在に気付かずいたらしい。

 キョウは素早く(かが)み込み、頭を()でる。

「何をしておる?」

「いっ、いえ」

 ひきつりながら曖昧(あいまい)に答えるキョウを見て、カインは笑いをこらえていた。



 結局、二人が疲れた顔のまま現れたのは、閉館ギリギリになってからだ。今まで調べた資料だろうか、いくつもの紙束を持っている。

 キョウは目だけを使い、無言で「有ったか」と問い掛ける。リオは重く首を振った。

 リオとレナ姫の二人は、途中からキョウやカインをも使い、本を探していた。

 護衛のはずの二人は、何度も本をだかえ階段を往復させられ、護衛の役目を果たせなかった。しかし、キョウが一番焦ったのは、レナ姫に講義を聞いているはずのリオより、講義しているばずのレナ姫が何度も本を取りに走っているからである。それは誰もが怪しむと思ったが、以外にも何も言ってこなかった。

 最初は他国の歴史が多かったが、最後の方は何を探していたのか、神話の話や、伝承(でんしょう)、伝説的な物語まで調べていた。ここまで来ると少し趣味が入っているのではないかと疑う。

「疲れた。お腹すいた」

「そうじゃのう。お昼も食べておらぬし。それに、足もパンパンじゃ」

 自分達でやっている事なのに、二人とも不満を()らす。

 キョウとカイン二人は、こっちの台詞だと笑った。二人も、もちろん昼は食べていない。

「キョウ、ご飯食べたら宿で休もう。今日は何もする気が起きない」

 かなり疲れたのだろう。リオはキョウのほうにやって来ると、そのままもたれ掛かる。

「あぁ、解った。頑張ったな」

 キョウに()められリオは嬉しそうに目を細める。レナ姫はその様子をうらやましいそうに眺めていた。

 図書館の職員に急かされる様に図書館を出ると、リオとレナ姫の二人は、キョウ達から少し離れ、道の真ん中で(かが)みこむと、紙束を無造作(むぞうさ)に置く。

「ここなら大丈夫かな?」

「まぁ、被害も出んし良いじゃろ」

 二人の行動が、キョウや護衛兵は解らず、不思議そうに見守る。

 屈み込んでいたリオは立ち上がると、レナ姫に振り向いた。

「じゃ、姫お願いするね」

 リオの言葉にレナ姫は慌てて首を振った。

「待て、私は出来ぬ」

「えっー、だって姫は魔法使えるって言ったよね。ひょっとして、基本魔法だけ?」

 少しからかった目でレナ姫を見る。

 レナ姫は恥ずかしそうに、慌てて言い訳をした。

「ばっ、バカにするでない! ただ、基本魔法も自然魔法も不得意なだけじゃ。防御魔法なら出来るのじゃ!」

「結界魔法使えるの? 姫、それすっごいよ! 私は出来ないよ」

 リオが出来ない事を出来るのが嬉しかったのか、レナ姫は鼻息を荒くして胸を張る。

「とっ、当然じゃ! 私はレナ・オティアニアじゃぞ! そんなこと朝飯前じゃ」

 レナ姫は一人、「凄いじゃろ」など何度も呟いている。

 リオは全く聞いていなかった。

「これは、私の魔法理論が間違っていたかもね。結界魔法は魔法分子の場だけでなく、違う分子の融合かも。いや、裏表(ひょうり)が逆になるなら、次元の関係かな」

 アゴに手を当てて、リオは一人ブツブツと理論の検証を行う。しかし、結論は出なかったのか、頭を振った。

「駄目、今日は頭が回らない。まっ良いや。じゃ、姫、私燃やすね」

 レナ姫は頷くと、少し離れたキョウや護衛兵に声をかけた。

「今から魔法使うぞー。離れておれよー」

 あたかも簡単に言われた台詞に、一瞬誰もが理解できなかった。

「マジカルファイヤー!」

 リオの声で紙束に火が上がる。その瞬間、やっと理解したキョウと護衛兵が慌てた。

「なに?! せっかく集めた資料燃やすのかよ!」

「こんな町中で火の魔法なんぞ使うな!」

 皆が寄っていくが、紙が燃えきり、火はすぐに消え去った。

 皆が慌てているのを見て、二人はポカンと口を開けている。その顔は、何故慌てているのか解らない顔だ。

 ちゃんと説明したのだが?

「こんな所で火を使うな! 火事になったらどうする!」

 一番適切(てきせつ)なカインの言葉に、二人はやっと気づいたようだ。

「ほら姫、怒られた。だから私は川原の方が良いって思ったのよ」

「リオ、私のせいにするな。お主が直ぐに燃やせと言ったから」

 リオは落ち着き、レナ姫に責任を(なす)り付けている。レナ姫はただただ慌てているだけだった。

 リオはレナ姫を王族だと理解しているのだろうか?

「まぁ、被害も無いし良いではないか。それより私も、今から食事にするが、お主達も食べて行かぬか?」

 レナ姫のこの台詞に、リオは瞳を輝かせた。王族の食事だ。きっとリトルラーニ以上の物が出るはず。

「良いの?」

「それ位、かまわんな?」

 レナ姫は護衛兵に尋ねる。代表してカインはゆっくりと頷いた。

 キョウは先程(さきほど)から気になっている事があり、それに対して素直に喜べない。

「その前に、もう良いだろう、悪いが返してくれ。それがないと落ち着かない」

 キョウは護衛兵の持っている、自分の愛刀を指差す。護衛兵は頷き、渡そうと剣を差し出そうとするが、カインがその手を止めた。何か良からぬ事を考えているのか、口元が笑っている。

「待て、返すのに条件がある」

 その提案に、キョウは嫌な予感がした。

 カインには何度も出し抜かされている。気を付けないと、これ以上に情けない思いをさせられる。

「キョウ、お前と一度手合わせ願いたい」

 思わぬ提案にキョウ心は揺れる。

 先ほど対峙して解ったが、カインはかなり出来るだろう。キョウは皆から凄いと言われているが、実際に相手したのは学園生がほとんどで、セリオンの記憶があれば勝つのが当たり前の連中だ。父親とも一度手合わせしたが、本気だったのか怪しい内容でもあった。

 自分の腕が何処(どこ)まで上がったか確かめてみたかった。しかし、ここで騒ぎを起こすのは余り利口(りこう)ではない。

 咄嗟(とっさ)にキョウはリオ見る。リオも同じ考えなのか、困った顔をしていた。

 キョウは仕方がないと溜め息を吐いた。

「悪いが、うちの姫が余り心地よく思っていない。出来れば断りたく思うのだが」

 カインは、騎士団長のニグスベールの言葉を試してみたかったのだが、確かにキョウの考えも解る。

 少し強引だったかと、カインが口を開く前にレナ姫が頷いた。

「そうじゃ、止めておけ。あぁ見えて、カインはかなりの使い手じゃ。私はカインが負けた所を(いま)だ見た事がない」

 キョウは、護衛兵を相手にしていない様子のレナ姫が、そこまでカインを買っているのは驚いたが、それならばと言う気持ちが沸いてくる。しかし、その言葉にいち早く反応したのはリオだった。

「何を! キョウだってすごいよ! 霧に乗っ取られた大型動物だって一撃だったし、バサッ! だよ。こう、バサッ! すごいの! 絶対キョウが勝つよ!」

 そう言って鼻息を荒くする。

 キョウは微かに笑った。

 一度言い出したら聞かない頑固者だ。頭が良い癖に、それをすれば立場的に良くないのは解るだろう。しかし、リオに信じてもらえるのは純粋に嬉しい。

 キョウはカインに振り向くと笑った。

前言撤回(ぜんげんてっかい)する。手合わせお願いしたい」

 カインは笑うと、キョウに剣を返し、自分の剣を(さや)が飛ばないように紐で固定していく。キョウはいつものように、剣に布を巻いた。

 二人はお互いに距離を取り構える。

 護衛では良いところが無かった。せめてカインに一泡吹かせたいと言う雑念がキョウに現れる。

 カインはキョウの気持ちが解ったのか、少し口元を(ゆる)めた。

 騎士団長のニグスベールが、剣の腕は確かと言っていたが、構えから見るに、護衛もさるとこながら、この(とし)では大したものだ。

 しかし、まだまだ甘い。

 いくら霧に乗っ取られた者を倒しても、人間相手は経験が少ない。勝ちにこだわり、肩に力が入っている。

 カインはそこまで読んでから声を上げた。

「法国オスティマ本国、レナ・オティアニア第七姫の護衛兵、カイン・スティーティス!」

 しまったと、キョウは顔をしかめた。ここに来て、まだ仕掛けられるとは思っていなかった。

 騎士同士が対決する時は、お互いに名乗りあげる。お互いの、所属国、所属名、自分名を言い対決する。勿論(もちろん)だが、騎士道において、(いつわ)りは許されない。

 これは兵隊には無い風習(ふうしゅう)なので、カインが名乗り上げるとは思わなかった。

 キョウは唾を飲み込んだ。

 ティーライ王国と名乗るなら、騎士見習いで、リオの騎士とは名乗れない。かと言って、リオのライマ共和国に、キョウは所属して居ないので嘘になる。どちらの国の名を名乗る訳にはいかない。

 キョウはゆっくり目を閉じてから、覚悟を決めた。

 カインはどう答えるか楽しみで待っていたが、目を見開いたキョウに対して、失態(しったい)したことを始めて知る。

 今までの肩の力は抜け、有るのは威圧感。

 カインは剣を握り直した。

「所属国は無い。リオ・ステンバーグ姫の騎士、キョウ・ニグスベール!」

 名乗りを上げただけなのに、空気が変わった。

 リオは両手を胸に当て、驚きの表情を浮かべている。

 キョウはあの儀式を、お遊びだと思っていると考えていた。

 わずか十二歳の、王族でも無い、ただの子供の(たわむ)れだと。しかし、騎士の手合わせで名乗ると言うことは、ここで死んだとしても、その名が残る。それは、騎士にとっては、誇りでも有るし、敵に覚えて欲しい名だ。

 キョウは確かにリオ・ステンバーグ姫の騎士と名乗った。リオが思っている以上に、キョウはリオの騎士としての誇りを持っている。

 思わずリオは声を上げていた。

「キョウ! 命令です。必ず勝ちなさい!」

 キョウはカインを見たまま頷いた。

「かしこまりました、我が姫!」

 姫からの命令だ、何より優先するべき事項(じこう)

 キョウは仕掛ける。

 それは、言葉に表せない、始めての感想だった。長年剣を握っている。もちろん多くの人物とも対峙してきた。なのに、自分の半分程しか生きていない人物に………。

 カインは思わず半歩引いく。

 キョウの大振りの剣が、まだ攻撃範囲に入って来ていないのにだ。キョウの方は、攻撃範囲外(こうげきはんいがい)だが、袈裟斬りに降り下ろす。当たり前だがカインに剣は届かず、空を切り剣は下にさがった。

 牽制(けんせい)のつもりか、ただの(おど)しか、はたまた(あせ)っただけか。キョウは体勢(たいせい)を崩している。カインは勝機と読み仕掛ける。カインの剣もまだ届かないが、突きなら届く。

 ノーモーションで(のど)への正確な突き。

 あり()ないがカインの感想だった。

 カインの剣は(さや)のまま、空高く飛んでいく。あの体勢(たいせい)からの剣の()り上げ。しかも、ロングソードより格段に重い剣でだ。

 カインの剣を跳ね飛ばし、高らかに上がったキョウの剣が、刃先を変え降り下されると、カインの頭上で止まった。

 ガシャンと音をたて、真横にカインのロングソードが落ちてくる。

「まっ、参った」

 自分でも信じられない声を放っていた。自分が負けたことで無く、キョウの動きにだ。

 カインが突きを放つだけに対し、キョウは三度剣を振った。最初から、相手の剣を飛ばすことを想定(そうてい)して戦ったのだろう。しかし、それが解った所で、もう一度やっても勝てるとは思わない。

 キョウは肩で息をして、振り返りリオを見た。

 リオは顔を真っ赤にしたまま、腰に手をあて、胸を張る。

「良し! それでこそ、な゛、ま、我が騎士だ」

 なんとも決まらない。

 リオは我が騎士と言う台詞が恥ずかしかったのか、何度も()む。キョウは少し微笑んでから、カインに握手した。

「有難うございました」

「あっ、あぁ。こっちらこそ」

 カインはしばらく自分の剣を拾うことが出来なかった。今から思えば、これ程の者をレナ姫に近付けたのは、自分の失態だった。キョウがもし良からぬ事を考えていれば、四人居ようがレナ姫は守れなかっただろう。

 腕が確か程度では無い。それこそ次元が違う。

 剣の腕も、護衛兵としても、未々甘いか。

 カインはそう恥じると、剣を拾い上げ、レナ姫に近寄り頭を下げた。

「レナ姫、申し訳ない。勝手な事をしただけでなく、負けてしまいました」

 レナ姫は首を横に振った。

「素晴らしい手合わせじゃった。カインはよくやった。これからも、私を守ってくれ」

 レナ姫からの(ねぎら)いに、カインは(こうべ)()れる。

 互いに幼い姫からの言葉を貰い、キョウとカインは目線を交わせた。

「姫、それよりご飯食べに行こうよ」

 リオがレナ姫にそう言う。しかし、レナ姫はリオを見つめたまま動かない。

 キョウは不味い事をした、負けるべきだったかと、後悔しているとき、レナ姫はやっとリオに声を掛けた。

「リオ、ずっと思っていたが、お主の事をリオ姫と呼んでは不味いか?」

 突然の問いに、リオもキョウも驚き眼を開く。

「キョウの言葉を聞いて感じたが、何故か、そっちの方がしっくり来る」

「でっ、でも、私は姫じゃないし」

 慌てて、リオは断る。

 カインが負けた腹いせか、レナ姫は意地悪っぽく笑った。

「………所属国も無いし。か?」

 レナ姫の小さな呟きに、リオとキョウの二人とも「あっ」と口をふさいだ。

 先程のキョウの名乗りが嘘になる。

「呼んで良いな」

 レナ姫の再びの問い掛けに、リオは頷いた。

「たっ、ただし、レナ姫だけね。他では使わないから」

「構わぬ。ではリオ姫、食事に参ろうか」

 リオはドキマギしたまま王族らしい言葉を探した。久々に使うので忘れている。

「えっと、お食事に参りますわ」

 リオの態とらしい甲高い声に、レナ姫は笑っていた。

やっと、世界の背景、事情、霧の内容。ほとんどが出ました。リオやレナによる解説も一旦終了です。今まで、聞き役のキョウがやっと活躍出来ます。残された二つのなぞ、かんのいい人なら解るかもと言う所まで書いて仕舞いました。レナ追求し過ぎ。次は陰謀渦巻く、法国オスティマ後半戦です。ここからキャラが増えますが、適当に読んで下さいね。あと、遅くてすいません。扉の前のキョウがカインとケンカ仕出し、書いてるものが止めるの大変でした。なんとか形には成ったと思います。後、国名、某漫画とかぶるとは不覚。仕方ないので進めましたが、コチラは火星とは関係ありません。取ったのは火星からなので被りました。

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