3 魔法と科学と過去
三 魔法と科学と過去
暗い森の中だ。
日没から数時間が経ち、辺りは暗闇に支配されている。
彼はその暗闇の中を走り続けた。
左肩には幼い少女の重みが在り、右手には最後の頼みのロングソードが握られている。刃こぼれが酷いが、これが無くなれば終わりだ。
追ってくる者は今のところ居ない。しかし急がなくては、いつ追い付かれるか解らないという焦りが生じる。
息はとうに上がっていて、汗は乾くこと無く、草に擦れて所々に切り傷が出来ているが、痛みを感じない。緊張の連続で、精神がまともに機能していなかった。
もう駄目だと何度も諦めかけたが、左肩の重みだけがそれを許してくれず、重い足をただただ動かせ続けた。
突然、右前の草むらから音がして、立ち止まりそれに剣先を向ける。
五秒待つが何も現れない。ただの風のいたずらだと思い、息を整える暇も無く、また走り出す。今のところ後ろから追ってくる者は居ないはずなのに、真後ろには常に気配が付きまとっていた。
馴れない道のりを跳ぶように駆けぬけ、生い茂る木々が途切れ、開けた場所に出る。追っ手を撒くには森の中の方が見付かりにくいと思うが、引き返すのは躊躇された。このまま開けた場所を突っ切る覚悟を決めると、少女を担ぎ直した。
突如、右手の森の中から再び音がして、右手のロングソードの剣先を向けて警戒する。
森の中からは数匹の野犬が、ゆっくりと現れた。
さきほどの音も、風ではなく野犬達の斥候だったのだろう。開けた場所で狩るつもりか。
追っ手では無かったので、ひとまず安心するが、次から次へと現れる野犬の数に圧倒された。野犬の群れは予想を越えている。
ロングソードを片手で正眼に構え、飛び付いてきた先陣の野犬、数匹を切りつける。
急所を狙う必要はない、傷つけられた仲間を何匹か見せれば引いて行くだろう。切り付け、傷を負った野犬は無視して、次の野犬に注意を傾ける。
早くこの場を離れなくては追っ手がせまるという焦りが出てくる。
次の野犬達が攻撃のため、間合いを測り出した。
その時、急に背筋が凍る。心臓が高く脈打ち、汗が一気に噴き出す。
理由が解らないが、なぜか野犬の群れの、後ろの方が気になって仕方がなかった。
次の野犬に警戒しつつも、目を凝らして後ろの方の野犬の様子をうかがう。その途端に野犬の後ろは騒ぎ出し、何かに怯えた野犬達は、一斉にこちらに向かって走り出した。これには流石に慌て飛び避ける。
しかし、たしかに避けたはずだが、突如口の中に柔らかい感触が飛び込んできた。
野犬が口の中に飛び込んできたのか!
キョウは慌てて目を覚ました。
キョウの口の中には小さい足のかかと。
クソッと思い足をどかす。
リオはベッド上を、我が物顔で支配していた。
旅の長さによる金銭の問題から、二人は一部屋しか取らなかった。「私の護衛もかね一石二鳥だね」と、リオは機転を利かせた答えを出していたが、納得しないとまた野宿すると言い出しかねない。
確かに、これから幾らお金が掛かるのか検討も付かないので、キョウも了承はしたが、部屋にはベッドが一つしか無かった。
仕方無くシングルの狭いベットで、お互いに背を向ける形で眠りに着いた。なのに、何故かリオは逆さを向き、大の字に成って眠っている。
体格的にはキョウの方が大きい。三分の二までは言わないが、せめて半分は与えてほしい。
キョウは夜中、何度もベッドから落ちそうになり目を覚まし、朝は口の中に足を突っ込まれ起こされた。毛布さえあれば、床で寝た方がましだっただろう。
キョウは起き上がると頭を掻いた。
さきほどの夢は始めて見た。セリオンの記憶だろうか、肩に担いだまだ幼いイップ王女に、今のキョウより若いセリオン。いったい何に追われていたのだろうか。
キョウは頭を振り、夢を払いのけた。
そんな昔の事を考えても仕方が無い。
キョウは部屋の時計で時間を確認する。そろそろ予定の時間だ、リオを起こさなくてはいけない。
名前を呼び、何度か肩を揺さぶると、彼女は眠そうに目を擦りながら起き上がった。
「おはよ。やっぱり枕が変わると熟睡出来ないものね」
それは嘘だとキョウは思う。
「完全に熟睡してたじゃねーか。こっちは何度も起こされたぞ」
リオは、何故キョウが何度も起きたのか解らず、ボーとキョウを見ている。
少し疲れて頭が動かないのだろう。
基本的に人々が旅をする時、馬は使わない。大型の動物が霧に乗っ取られたら大変だからだ。しかし、自分の足だけで旅をするとなると、体力も使うし時間も掛かる。さらに、霧への対処として小動物も持ち歩くので、荷物が増える。
旅に慣れている者は霧の対処は、意識を強く持つことと解っているので、無駄な荷物を避けるため小動物は持ち歩かない。キョウ達も小動物は持ち歩かないが、さすがに少女の足だ、ここまでの道のりで疲れただろう。
「それより、夜までに法国オスティマに着きたいなら、そろそろ準備しろよ」
「そうね」
リオは頷き大きな欠伸を一つすると、座ったまま鞄をベッドに引っ張りあげ、着替えを取り出した。
それから同じ体制で、勢い良く寝間着代わりのワンピースを脱ぎ捨てると、本日は真っ白い清潔なYシャツを着る。ゆっくりとボタンを閉めてから、短いスカートは履かずにパンツ姿のまましばらく動きを止めた。
何か考えて居るのか、目は真正面を向いている。
旅から一週間が経ち、お互いに色々見えてきた。リオは今、どういうルートで王国ファスマを目指すのか計算しているのだろう。
話をしていて解ったが、リオは凄く頭が良い。イップ王女も頭は良かったのだが、王女の記憶が有るからだけでない。リオは、キョウが今まで会った誰よりも、記憶力が良く、頭の回転が早かった。
頭が良いので、たまに何を言っているのか理解に苦しむところも有る。しかし、キョウは理解が出来なくても、とにかくリオの話は真剣に聞いた。セリオンだった時の様に、横でただ剣を振っているバカに成りたくなかった。
キョウは着替えをすませ、荷物を整頓する。
「リオ、そろそろ準備してくれ」
「あっ、うん」
リオは慌ててベッドの上で立ち上がると、スカートを履いた。それからパァーカーを羽織ると、腰に何時もの鞄を着ける。
「よし、じゃ法国オスティマ目指して参りますか」
リオは勢い良くベッドから飛び降りた。
法国オスティマ。
現在は以前の王国ファスマより大きい、世界で一番の大国だ。
霧の討伐にいち早く成功を収め、討伐に手を焼いている、隣国の討伐を手助けしていった。しかし、それだけを聞けばいい話だが、裏では霧に致命傷を受けて、国の機能しないのを良いことに、その国を吸収していき、今では五ヵ国が統一して、一つの国と成っている。
各国にも王は居るのだが、その上にさらに王がいる形だ。
キョウの住むティーライ王国は、二つほど国が遠く、騎士団によって討伐が早かったことで難を逃れたが、ここまで大きい国の側に居るので、何だかんだと影響はうける。
本日向かうのは、法国オスティマに吸収された国の一つ。元々はリトルラーニ王国と呼ばれていた国だ。現在は法国オスティマ領リトルラーニに当たる。
リトルラーニは海辺に在り、観光の町としても有名だが、霧のおかげで観光の人が激減し、経済が傾き、法国オスティマに保護してもらい、現在は農作物に力を入れている。
キョウ達はリトルラーニから船に乗り、法国オスティマ本国を目指す。
宿の表に有る井戸で歯磨きを済ませ、簡単な朝食を食べると、直ぐにリトルラーニに向かって旅立った。夕方頃までに着けば、船の時間に間に合うだろう。
キョウ達は順調に旅を進めていた。
今では霧に乗っ取られた物に会うのも少なく、全て単体の小動物だった。もちろんキョウが一撃で簡単に済ませ、霧自体に会うのも数えるほどだった。
霧は村や町を襲う可能性が無いので、無視して進んだ。
昼御飯は、道沿い近くの川で魚を取って済ませ、少し休憩してから先を急ぐ。こんなことなら馬で先を急いだ方が良かったかも知れない。
「あっ、そうだ。キョウ、法国オスティマに着いたら、二日ほど滞在するからね」
「別に構わないが、何か有るのか?」
一週間歩き続けだったので、リオの身体を考えると良いことだと思う。そろそろ疲れも溜まっている頃だろう。
「うん、法国オスティマには大きな図書館が有るの。一度行ってみたかったんだ」
リオは目を輝かせた。
なるほど、リオらしい理由だ。キョウとしては旅のプランはリオに任せているので、別に不満は無かった。
「図書館か。何か調べるのか?」
「うん。まだまだ知らなくては成らない事は多くあるよ。ライマでは、手に入らない書物も多くあるし」
そこでキョウは驚き声を上げた。
「リオはライマ共和国出身か!」
「そうだよ。あれ? 言って無かったっけ?」
ライマ共和国と言えば、この世界で唯一王を持たない国である。
元々ライマ共和国は、武器の輸出で発展した国だ。
鉱山で取れる鉄が上質で、手先が器用な人々も多く、細かい細工も見事だということもあり、ライマ共和国産の剣を持っているだけで、一目置かれるほどの大きな産業だった。
しかし、大戦が無くなってからは、剣や鎧も売れなくなり、職人達が溢れた。
さらに霧により家畜のほとんどがやられ、人々は食糧難におちいる。国はお金が無くなって行ったが、王や国の重鎮達はまるで対策を立てず、以前のような生活を続けていた。
人々の我慢も限界だった。
国民は反乱を起こし、王や国の重鎮達を国外追放したのだ。
それからは一般人の中から、国主を決め国政を行っていった。
そして国の支援や、人々の努力により、産業も一気に跳ね上がり、産業と経済に革命をもたらせた国とされるほど、王が居なくなってライマ共和国は繁栄した。霧が無ければ、他国のモデルとなっていただろう。
「ライマ共和国か、すごいな。王が居なくてよく成り立つな。それに産業も多いし」
「みんな努力したからでしょうね。だけど難点も多いよ。外交とか、やっぱり王族しか周りの国は相手してくれないようだし、妬む国も多いからね。まぁ、それも時間の問題よ。それに、ライマはただ産業に力をいれただけでない。次の世代も職人達を絶えなくするために力も入れた。ティーライ王国のキョウなら解るでしょ?」
リオは徐々に多弁に成っていく。キョウはいきなり質問されたので慌てた。
「えっ? なんだろ、霧の討伐?」
「ぶっぶー」
歩きながらリオはキョウの方を向き、手をバツにした。
「いい、ティーライ王国とライマは有る一点に置いては共通している。それはどこか、キョウが所属してた所は?」
ヒントと言うか、ほとんど答えを言いつつも、リオはキョウを見る。なるほどと、キョウはうなずいた。
「騎士養成学園か。………あれ? なら、やっぱり霧の討伐か?」
「だから違う。騎士養成学園はあっているよ。騎士養成学園でも学問の授業はあったでしょ? 要するに、両国とも若者の教育に力をいれたの。まぁ、ライマの方は産業やそれに通じる学問が多いけど」
「なるほどな」
「これからの時代はこう言う国が残って行くわ、教育に力を入れる国。今からの時代が向かっているは戦いでない、技術や産業に人は向かっている」
リオの頭が良いのは、色々知っているからだけでない。キョウとは目線が違うのだ。
同じものを見ているにしても、見る方向性が違う。
「いい、キョウ、」
今までの会話とは違い、リオは真剣にキョウの瞳を見ていた。あの「剣をかして」の時と同じだ。
「この考えは、イップ王女の考えと同じなの。彼女はマダマダ甘かったけど」
キョウはその台詞と、もう一つの事に驚き、咄嗟にリオを押し退け、剣で最初の一撃を弾く。
薄っぺらいタイプで、真横を通るまでまるで気が付かなかった。まっ平らな牛だ。
キョウは何度か剣を振る。まっ平らな牛から放たれる一撃は、目に見えないので、何をされたのか解らないが、その辺は今までのカンで凌ぐ。そこから返す刃で牛の背中に切り付けたが、背中に一筋の傷を付けただけで留まった。
「キョウ、見た目に惑わされないで! 薄っぺらく見えても質量は変わること無いから!」
「質量?」
「体積や重さみたいなもの!」
「あぁ、それは解っている。今のは牽制だ」
キョウは少し間合いを開け、いつもの担ぎ構えをとった。
理由は解らないが、薄っぺらく見えても、紙をナイフで切るようにはいかない。しかし、対処法はわかる。横から見て生物に見えるなら、生物と急所は同じはずだ。
リオはその辺りの理由も知って居るようだ。時間が空いたときに講義でも受けよう。とにかく生物の急所なら、頭部か腹部。
頭部は頭蓋骨が有るし、攻撃を放っているようなので、それを避けながらの、頭蓋骨ごと砕く、必殺の一撃にもって行くのは困難。そうなれば腹部か。腹部は下から競り上げか、突き。
キョウは牛からの攻撃を何度かいなし、腹部に的を絞った時、後ろからリオが声を上げた。
「マジカルアロー!」
声と共に、金色の三十センチ程の細い矢のようなものが一本、牛に向かって放たれる。
「魔法か!」
キョウは驚いた。
イップ王女は魔法を使えなかった。リオは戦いの面に置いても王女より努力したのだろう。
リオが放った光は、このまま行けば牛の目の五センチ手前を通過する。
目を狙ったのは良かったが外したか。
それでも目眩ましになると思い、キョウは腹部に一撃を叩き込もうとした時、リオが大声をかけた。
「キョウ、首!」
「?!」
キョウは剣筋を腹から首に変える。
そこで外れるはずの魔法が牛の目に刺さった。
「!!」
牛が暴れだすが、キョウは的確に喉元を切り裂く。牛は喉元から血を吹き出し倒れ込んだ。
キョウは咄嗟に振り返り、リオを見る。
今の戦闘、確かに腹部では直ぐに絶命は出来なかった。首を狙った方が確かだろう。しかし、聞きたいことはたくさん有る。
「何故、魔法が当たった?」
「物理的な解釈で、敵の攻撃時に起こる空間の歪みから想定しただけよ」
リオはスカートの土埃を払いながら話した。先程のキョウに押されたせいで、尻餅をついたのだ。
「物理的?」
「科学の仲間よ。とにかくここを離れましょう」
リオは適当に答えた。詳しく話せば時間が掛かる。
キョウは曖昧にうなずき、剣を拭くと再びリオと歩き出す。
「それより、リオは何故、魔法が使えるんだ? イップ姫は素質が無かったのに」
ティーライ王国は騎士の国で、魔法が使えるものが居ないが、王国ファスマでは世界最高位と呼ばれる程の魔法使いがいた。マグナ・ティウスと言う者だ。
その者に何度か魔法の話は聞いたが、セリオンもイップ王女も素質が無く、話は聞き流す所も多かった。
もちろんリオもイップ王女なので、そんなに詳しくは聞いていないはずだ。
「前世は無いって言ったでしょ。それに魔法に素質は要らない。要るのは時間と理解だけ」
今までの聞いた魔法の話と、リオが言う魔法は解釈が違う。
「それなら、俺でも使えるのか?」
「えぇ、当然よ」
「本当か!」
あまり期待していない答えが大当たりで、キョウは驚く。
「ただし、正しい理解と練習の時間がいるけどね。キョウも剣の知識があって、小さい時からセリオン並? 違うでしょ。知識があっても、筋肉も剣に慣れることも最初から出来ない。魔法も一緒よ、理解だけ有っても、最初から全て出来ない、練習が必要。ある一点を越えると使う種類は増えるけどね」
「なるほどな、そう簡単にはいかないか」
少し淡い期待をしていたキョウは、がっかりと肩をおとした。
「私は三年かかったよ。基本魔法のマジカルアローと、自然魔法のいくらかを使える。でも、弱いから牽制ぐらいにしか使えないけどね」
「自然魔法? 基本魔法は前にマグナに聞いて知っているけど、自然魔法は初めて聞く」
キョウの問い掛けに、リオは両腕をくみ「うん」と頷いた。
「よろしい! では私が講義してあげよう」
リオは歩きながら、右手の人差し指をピンと立て「おっほん」と偉そうに咳払いをした。
気にいっているのだろうか。
「一時間目、先ずは魔法の基本から。魔法はイメージが大切。一番初めは周りに魔法分子があると想定するの。それを集めるイメージ。自分のイメージの形と自然界の法則が正しければ、魔法として現れるわけ」
まずい、一時間目の初めから解らない。
キョウはそう思ったが、口には出さず続きを聞いた。
「基本魔法のマジックアローは、基本にして最強の魔法と呼ばれているわ。私の解釈は違うけど。ともかく、なぜ基本と呼ばれているかと言うと、本人の魔力のみを使って矢を作る。この魔法で、その人の魔力の大きさが解る」
「そこは聞いた事がある。魔法の矢は、長さ、太さ、大きさ、数、時間、それによってその人の魔力が解るんだよな」
王国ファスマで見た、世界最高位の魔法使いマグナ・ティウスの放った魔法の矢は、空一面を覆ほどの数だった。まさしく最強の魔法だ。
「まぁ、魔力と言うか、正確には魔法分子を集める力だと思うけどね。そして、放つ時は力ある言葉を唱える。要するに名前ね。イメージさえしっかりしていれば、名前は何でも良い。そうすれば自分の意思通りに動かせるわ。因みに、人によって名前が違うの。ここ大切! よく使われるのは、魔法の矢とかマジックアローとかね。私はオリジナルの良い名前が思い付かなかった。だからマジカルアローなんて中途半端に…………」
リオはよっぽど悔しかったのか、プルプルと震えた。
「そこ大切か? 名前なんて何でも良いだろ」
「まぁ、名前は後々考えるとして、二時間目、自然魔法」
リオは再び「おっほん」と咳払いをした。
「魔法分子と自然界に有るものを融合する。正式名、自然界融合魔法。例えば火、水、土、大気など魔力と合わせる魔法ね」
キョウは王国ファスマの燃える空を思い浮かべた。あの時、使われたのは火の魔法だった。
「あれ、そう言う名前だったんだ」
「一般的にも良く使われる魔法ね。さきほど集めた魔法分子に、自然界に有る分子を融合するイメージで出来る。私の様に魔法分子を集める事が苦手な者は、マジックアローより威力が上がるし、そもそも私は、こっちの方が最強魔法だと思うけどね。まぁ、その辺はもう少し研究が必要だけど」
リオは一人頷き、短い指を三本立てた。
「三時間目、結界魔法」
忘れたのか、行き当たりでやっているのか、今回は「おっほん」は無かった。
統一性がない。
「結界魔法は、いわゆる防御魔法ね。正式名は自己結界単一魔法と、遠方結界堅陣魔法の二種類からなるわ。ようは自分の周りか、他の周りの作るかの差ではある」
「別に分ける必要を感じないんだが」
キョウは頭をひねった。そろそろ会話に着いていくのがやっとだ。
「じゃ、質問! キョウ・ニグスベール君!」
リオはいきなりキョウの方を振り向き指差した。キョウはいきなり名前を呼ばれたので、驚いて歩きながら背筋を伸ばす。
「はっ、はい!」
「自分を守る魔法と、敵を固定する魔法の違いは何でしょうか?」
キョウは結界魔法を見たことがない。話も聞いたことがないのに解るはずが無かった。
「遠いか、近いか」
キョウは簡単に答えたが、リオは呆れたような目でキョウを見た。
「それはさっき私が言ったよね? ヒント! 結界魔法の中からでも、攻撃魔法が放てる」
「なるほど、表と裏が逆だ」
「正解! キョウも解ってきたね。それにね、自分周りに場を作るのは簡単だけど、他の場所に場を作るのはむずかいし訳よ」
「場と言うのは?」
「その分子が作用する空間の事。この場合は魔法が作用する空間ね。魔法分子により大きさや固さが違うから、言われてみれば基本魔法と同じに思えるけど、以外にも自然魔法に近いわ。それと、結界魔法は使える者が少ない。私も見た事が無いし、理論は解るけど使えなかった。多分、純粋に魔法分子を集める力が足りないだけと思うけどね」
確かに防御魔法が使えれば、旅をするにいたっても、大いに役に立っただろう。
「まぁ、これが解れば後はイメージの練習をするだけ。以上で本日のリオ先生の講義は終わり! あいさつ」
「えっ?」
「あいさつをするの!」
「あっ、有難うございました」
「よろしい」
なぜか上機嫌でリオは歩いていく。魔法にも色々あり、リオはキョウの為にむずかいし所をはぶいて、簡単に説明したのだろう。魔法初級編と言ったところか。
「また、何か解らない事が有ったら、リオ先生に聞きなさい」
偉そうに胸を張りながら、リオは鼻息交じりにそう言って、喋りすぎて喉が乾いたのか、歩きながら水筒の水をガブガブ飲んだ。
キョウには、半分以上わからなかったが、それでも知っておいて損な内容ではない。頑張れば一応習得できるみたいだし、魔法が使えれば攻撃の幅も増える。リオの話からして数年は無理だろうが。
「あぁ、頼む、リオ先生。また色々と教えてくれ。どうも俺は、世の中の知らない事が多いみたいだ」
キョウの素直な台詞が嬉しかったのか、少し頬を赤らめると、リオは水筒から口を離しにんまりと笑った。余りの笑顔に釣られて笑う。
リオと話していると、自分がいかに何も知らないまま暮らしていたのかよく解る。王国ファスマや霧の事だけでなく、もっと多くの事も知らなくてはいけないと思う。
セリオンだった時には感じなかった思い。
最初はイップ王女の記憶がある、リオに会えて嬉しかったが、今はリオ自体に会えて良かったと思う。
キョウは空を見上げた。
剣だけじゃない。まだまだ俺にも出来る事がある。
そこからしばらく歩くと、林の間に徐々に海が見えてくる。
リトルラーニはもう直ぐだった。
空に陰りが見え始めた夕方、二人はようやくリトルラーニ到着した。
直ぐに船の出発時間を調べると、最終便までまだしばらく時間が有ったので、二人は船乗り場の近場で食事をとることにする。
流石は観光地、海の幸満載でリオは大喜びだ。
「キョウ、この海老見て! こんな大きいの食べたこと有る?」
「見たことも無い、それよりこの魚食べてみろ、焼いているだけなのに、すっごい旨いぞ。やっぱり新鮮だからか」
「ほんとだ。すっごいおいしい!」
二人は久しぶりに気を抜いていた。ここから法国オスティマ本国までは比較的安全な船旅だし、足も休ませられる。
食事を済ませた二人は、まだ時間が余っているので、リトルラーニを見物することにした。
二人は海が見渡せる場所にやってくる。
港には、漁の船や定期便の船、大小いろいろな船が停まっており、その周りで人々が仕事をしていた。春先なので浜辺の方には人が居なく、波の音だけが静かに聞こえている。海原には遮るものが無く、遠くまで見渡せる。ずっと向こうの方に、帆を張った船が佇んでいた。
穏やかな時間が過ぎていく。
この風景を見ていると、世界は綺麗だと思う。大戦は愚かな行為だったし、大戦が終わった今、人々はもっと幸せに成るべきだった。この浜辺も人が溢れるぐらいの観光地に成るはずだった。
たった一人が壊した現実。
キョウにはそれを責める権利はないし、止められなかった責任もある。
俺とリオは霧を止める。そうしたら、皆で止まった時間を取り戻すんだ。
「ねっ、キョウはさ、お父さんが騎士団長だから騎士を目指したの?」
二人して共に浜辺を見ているとき、不意に海を見たままに、リオが話しかけてきた。
思えば記憶で過去の事は知っているが、今のお互いの事は何も知らない。
「いや、目指すとかでなく当たり前に思っていたんだ。兄貴も騎士養成学園に行っていたし、俺も行くんだろうなって。当たり前に騎士に成ると思っていた。でも、たとえ騎士に成らなくても、剣に携わっていたかもな」
キョウはリオの横顔を見る。何だか嬉しそうで辛そうな複雑な表情をしている。
「リオはライマ共和国でどうしていた?」
「私? 私は普通に学校に通ってたよ。ただ、勉強において、他の子より理解は早かったかな。………私のお父さんはね、学者なの。小さい時からずっと、お父さんのしていることを見てきたから」
なるほど、リオの頭が良いのはそう言うことか。
「お父さんはこれから教師になる人に、化学や物理を教えていたの」
「なぁ、さっきも言っていたけど、その化学や物理って?」
キョウの行っていた騎士養成学園にも学問は有ったが、どちらかと言えば剣術や作戦、歴史などがメインで、その他の学問は少ない。
「キョウの行っていた騎士養成学園には、理科はあった?」
「あぁ、初等部では有ったな。あと中等部から急所を知る為や倒す為の生物も有った」
「ちょっと違うけど、その理科が科学。科学を詳しく割ったのが、生物や化学や物理。簡単に言えば物理はその物を知る学問。例えば石は何で出来ているか考えみる。二酸化珪素、カルシウム、鉄、そんな物から出来ている。それをさらに小さくして行く。今解っているのは、物質は全て分子で出来ているって所まで。私が思うに、分子ももっと小さい物で出来ているはず。その辺りはまだまだ調べなきゃ駄目だけどね。そして、化学はその物質の変化を見たりするもの。火が燃えるのも化学変化で、燃える物質と酸素が結びつき、熱と光を出している」
リオはキョウでも解るように、簡単にして話しているのだろう。しかし、キョウには言っている事は解るが、内容までは想像が出来ない。だが、話の腰を折るのが嫌で曖昧に頷いておいた。
「まぁ、お父さんも学者だから色々調べたり、実験もしていたけど、化学や物理以外に霧についても調べていた。多分………私のお母さんが居ないことに関係してると思うけどね」
リオは、自分の気持ちを隠すために、軽く言ったつもりだろうが、今度はキョウにも言っている意味が解り、目を見開きリオの顔を見た。
「………霧のせいか?」
「多分ね。お父さんは言わないけど、私のお母さんは霧にやられたと思う。私の小さい時だから記憶も無いの」
「………そうか」
キョウは何も言えなかった。慰めの言葉すらも。
なんとも複雑な思いだろうか。
もちろんリオみたいに、親が霧に変化させられ、両親が居ない子供は多く居る。孤児に成った子供も多いだろう。それは世界では当たり前の出来事だ。しかし、リオは霧の発生の原因、イップ王女の記憶が有る。
前世をいくら否定しようが、リオは母親が、自分のせいでそう成ってしまったと思えるだろう。
それは、どれ程の苦痛かキョウには計り知れない。
この小さい体で何処まで耐えてきたのか。
キョウは思わずリオの手を力強く握った。そうしないとリオが崩れて行きそうに思えたからだ。
リオにはキョウの優しさが解ったのか、少し驚いてはいたが手は離さず、恥ずかしそうに頬を赤らめながら、優しく握り返す。
「まぁ、仕方ないけどね。それに、私にはお父さんもいる。今は私だけの騎士もいる。寂しくないよ」
そう言ってキョウを見て笑った。リオは気遣って言っているのだろう。その優しさが辛かった。
「なら良い」
キョウも優しく答える。
また一つ、リオを守らなければいけない理由が出来た。
リオはさらに話を続ける、彼女は徐々に真剣な顔付きに成っていく。
「それに私はイップ王女の記憶があったから、お父さんの研究を手伝い、有ることにたどり着いた」
「――――閉め方か?」
キョウはリオを覗き込む。リオはキョウを見て頷いた。
「そう。それにそのシステムも。これは予想だけど、今は作った人より私の方が遥かに理解している」
リオの自信の有る言葉。これは本当だろう。しかし、次の言葉はキョウも耳を疑った。
リオは顔を歪めた。
「ただ、あとワンピースなの。それが解れば全て埋まる」
「………リオにもまだ解らない事があるのか?」
「えぇ、出来れば法国オスティマ本国の図書館で、ヒントがあれば良いけど」
それが、リオが法国オスティマに寄る答え。しかし内容は教えてくれない。それが何なのか今のキョウには理解出来ないのだろう。
その状況で王国ファスマに向かって、大丈夫なのだろうか? それにイップ王女は何にしっぱいしたのか、近くにいたセリオンも知らない。二万七千の言葉だけでは無理なのだろうか?
あの時失敗したのは、パスワードが間違えたからだとキョウは思っていた。二万七千の言葉、一文字でも間違えたらダメなだけだと。
解らない。まだまだ俺では力になれない。
リオにも解らないなら、俺が悩んでも仕方ない。それに情報が少なすぎる。
キョウはあきらめて、リオは声をかける。
「そろそろ時間だ。行こう」
「うん」
そこでキョウは手を離そうとするが、リオは顔を下に向け、力を入れて離せない。
「?」
リオは下に向けた顔を上げると、焦りながら早口で答えた。
「あっと、めぇ、命令です! わ、私を船場まで、エスコートしなさい!」
夕焼けのせいかリオは顔が赤い。これからの旅、法国オスティマを抜けると、ゆっくりする時間も少ないだろうと思う。少しぐらい楽しんでも罰は当たらない。
キョウはそっとリオの手を離し、彼女の方を向いた。
「あっ………」
リオは手を離されたので、寂しそうにキョウを見る。
キョウはリオの前に片膝を付いて、その離した手を差し出した。
「リオ姫様、御手を御借りすることを御許しください」
キョウは騎士らしく挨拶する。
リオが言った、私の騎士と。それなら彼女の騎士らしく在りたかった。
そこでリオも解ったのか、まんべんな笑顔を表せる。
「ゆっ、許して遣わす」
わざと芝居掛かった台詞を残し、リオはキョウの手の上に、自分の小さな手を置いた。
キョウには、今はこの手を守ることが精一杯だった。
闇の中、松明の光だけが辺りを照らす。
解っている、これは何度も見る夢だ。
場所は城の最下層。
円形のドームのような形の部屋に、重臣達と多くの騎士が囲うように周りを固めている。騎士達は皆が正装の重装備で身を固め、二メートルにもおよぶ三つ又の槍を手にしている。
重苦しい空気があたりを支配していて、誰もが固唾を飲み込み中心の人物を見守った。
中心には音叉のような建造物。
太さは人間二人分ほどで、真ん中から下は一本、上には二本延びており、表面は磨かれ鏡のように綺麗だ。
素材は黒曜石の様に見えるが、正確には解らない。すべて合わせた全長は七メールを越す巨大なもので、その真横にも二メール程の石碑がある。こちらの表面も巨大な音叉と同じ素材の様である。
その二つを前にしてイップ王女がたたずむ。
彼女は宝石を散りばめた白いドレスに、王冠やネックレスを身に付けた正装。手には儀式用の杖が握られている。
イップ王女の後ろには彼女専属の騎士が五人、間隔を開けてたたずんでいた。
彼女専属の騎士とは、元々騎士になる条件に満たないものを彼女が選んで従えているのだが、国の騎士よりも腕は勝っている。如何なる時も彼女の意思だけで動く新鋭部隊だ。
その中でも彼女に最も近く、全てに置いて忠実で、信頼できる騎士が一人いる。
幼い時から知っており、イップ姫が王女に成るまで命を掛けてくれた騎士だ。
彼も元々は、騎士に成る資格が無く傭兵であったが、それでも護衛の騎士より彼女を救ってくれた。彼はいつも姫としてではなく、イップとして話を聞いてくれた。
彼には言っていなかったが、この計画も彼が居なくては怖くて出来なかっただろう。
彼女の真後ろの騎士は、肩の開いたドレスが気になってか、彼女だけに聞こえる小声で話し掛けてきた。
「イップ王女、寒くないか?」
確かに地下ということもあり、地上より幾分気温は下がる。しかし、この場において、場違いな台詞をこの男は良く言えた物だと、イップ王女は半場あきれた顔を作った。
「静かにしておれ、全く。お主には緊張の文字は無いのか」
イップ王女も静かに答える。二人のやり取りは他の者には聞こえていない。
「しかし、風邪をひかれては大変だ。建前など気にせず、もう少し厚着さすべきだった」
彼は真剣に悩み後悔し、彼女の身体を心配している口調だ。
「この中で、妾を心配しているのはお主だけだぞ。全く」
イップ王女は嬉しそうに静かに口元を緩めた。
「それより解っておるのか? この扉が開く時、世界の時代が変わる。だが、万が一に出てきた者が好戦的であれば、億単位の人が死に、我々が生きる術も変わるかも知れん。………それでも妾は、その時代の希望で在りたいと願う」
それは彼女の希望であり、願望であろう。
「そうなった時、お主は何処に居るのであろうか? ――――なぁ、セリオン」
イップ王女は少しだけ首を振り向かせ、目の片隅にセリオンを捕えた。
セリオンの口は動いたが、儀式の時間がせまった、周りのざわめきにより声はかき消された。
次の王に成るはずのイップ王女の父親は、大戦で亡くなっていた。それは彼女の小さい時だ。今まで王だった祖父のナイルは、その大戦を回避する為にこのシステムを作ったが、使われぬまま大戦は終わり、結局そのまま放置されていた。
しかし今度はイップ王女の理想の為だけに使われる事になった。成功すれば全てに置いてこの世界は変わるであろう。
一つ深呼吸をしてから、イップ王女は大声を上げる。
「時は満ちた! 今から開闢する! 良いか、如何なる時も冷静に対応せよ。者共抜刀!」
周りの騎士は槍を構え、イップ王女の騎士は腰のロングソードを抜く。
少し遅れて、セリオンも片刃のバスターソードの大剣を肩に担ぐ、何時もの構えをとった。
周りを見渡たした後に目を閉じて、イップ王女は言葉を発して行く。
閉める為の二万七千の言葉とまるで同じだ。
しかし、違ったのは言葉半ばにしてその場を占める音。
甲高く有り、無理矢理裂ける音が鳴り、何かが崩れる音も残し、世界が変わった。
イップ王女は言葉を止め、ゆっくり瞳を開ける。成功したにしても早すぎる、まだ半分の言葉しか言っていない。
音叉のような建造物の後ろに、それは現れた。
二十メートルを超える、大きな穴だ。
周りには霧が立ち込めていた。
成功したのか?
イップ王女は不安を抱かえたが、自分の予想通りの結果にそのまま宣言に移った。
「今、願いは叶った。これから現れるぞ! 向こうには交友感情が有るかは解らん、皆の者、気を引き締めよ!」
その時イップ王女は間違えていた。想像していたものとは別のものが、もうすでに現れていたのだ。
突如、左方面の重臣が球体に姿を変え、真横の騎士の腹ばたをえぐった。鎧の隙間から細い管を何本も差し込まれ、騎士はまたたぐ間に骨と皮に成っていく。
何かが、もしくは誰かが出てくると、その場にいた皆が思っていた。だから、意味の解らぬ人々は混乱したまま動けなかった。
重臣だったものは、色を変え転がると、さらに隣の騎士を襲った。
混乱が広がるその中で、唯一セリオンの動きは早かった。
変化した重臣を無視し、イップ王女を自分の背に来るように立ちはだかる。そして叫んだ。
「何をしている、姫の騎士団! 王女を守れ!」
その声で四人の騎士達も正気に戻り、イップ王女を囲んだ。
さらにセリオンの激が飛ぶ。
「今からイップ王女の安全を最優先する! いいか、如何なる者も王女に触らすな! お前達はこれから人であらず、王女の盾だ。お前達の命、姫の騎士団長セリオンが貰い受ける!」
姫の騎士達は雄叫びを上げ、イップ王女を背にそれぞれが構えを取る。
「セリオンこれは何? 何が起こったの? セリオン失敗なの? ねぇ、セリオンどうなってるの?」
イップ王女は混乱の為か、二人の時しか 使わない口調に戻り、何度もセリオンの名を呼ぶ。セリオンは背中越しに小声で話し掛ける。
「イップ王女、落ち着いて下さい。状況は解りません。とにかく一度閉めましょう」
「閉めるの、わかった」
イップ王女は再び二万七千の言葉を口にしだす。しかし、周りはさらに混乱してきて王女声がかき消される。部屋の中ではもうすでに、幾つもの変化した人間が他の者共を食べている。騎士達はそれに反撃していた。
セリオンは変化した者に警戒しつつも、霧が人に取り付く瞬間を目の当たりにする。
「霧だ! 霧に気を付けろ! 取り込まれるぞ!」
その声に慌てて、姫の騎士団の一人が霧に斬りかかる。しかし、相手は霧だ。剣は虚しく空を切るだけだった。
「団長………」
彼は怯えた様に声を上げた。
セリオンが振り向くと、甲高い音をたて彼だった者が、頭から縦に裂けて、ゆっくり捲れ彼の内臓が皮膚となる。セリオンは容赦無く一刀した。
「しっかり気を持て! 霧を恐れるな! 我々は負けられない。我々はイップ王女に命を貰った騎士団だ! ここで返さなくては、いつ返す!」
セリオンの喝に姫の騎士団は再び雄叫びを上げる。しかし、セリオンも焦っていた。
イップ王女を守るなら、本当は直ぐにでも退室させたい。しかし、イップ王女が居なくては閉める事は不可能で有ろう。
いや違う。
セリオンは自分の甘い考えを、首を振って払い除けた。
安全な場所まで導くのが役目でない。如何なる時、如何なる場所であれど、イップ王女を護るのが姫の騎士団の役目だ。
この場でイップ王女を守り切る。
「駄目! セリオン、声が届かない。閉まらないよ」
言葉を終えたイップ王女が不安な声を上がる。
「くっ………」
今の現状で、イップ王女の声を音叉に届けるため、皆に声を上げるなと言った所で不可能だろう。なら、決断するのは早い方が良い。
「よし、一旦下がる。一人は出口を確保。残りの者はイップ王女を守りながら出口まで行く。王女が出口まで行ったら誰も近づけるな! イップ王女を最優先で脱出させる!」
その言葉でイップ王女は、ようやく落ち着きを取り戻した。
「セリオン待て! 妾が居なくては、此を止めることは出来ぬ」
「王女の安全が最優先です!」
「ならん! 皆の者を置いて、妾だけが逃げるなど有ってはならんことだ!」
近くの騎士の一人が、立方体に変化した者に槍を突き刺す。しかし効いていないのか、槍に刺されたままその者が襲い掛かった。
「たっ、助けてくれ!」
こちらを見た騎士にイップ王女は思わず手を差し伸べる。
セリオンはそのイップ王女の手を掴み駆け出した。
「今は一旦引きます! しかし止められるのはイップ王女、貴女だけだ。必ず止めに参りましょう。しかし、今は一旦引くのです!」
「ならんと言った! 妾は残り閉める! セリオン、あの者達を見殺しにするな!」
イップ王女は涙ながらに訴える。
王女の命令だ。姫の騎士団としては、何をおいても最優先される命令。セリオンは覚悟を決めた。
セリオンはイップ王女の左頬を叩く。
「落ち着け! 今イップ姫が殺られれば、国中でこれが起こるだろ! そうなれば止める手立ては無くなる。王に成ると決めた時、俺に言ったろ! その覚悟を。俺は姫を信じる!」
「しかし………」
イップ王女は足を止める。セリオンは唇を噛み締めた。
イップ王女の気持ちは痛いほど解る。しかし、セリオンは自分の気持ちに負けてしまった。
「なら、今から命令違反をします。戻ったら私を打ち首にしてください」
セリオンはイップ王女を抱き抱えると、出口まで走る。残りの姫の騎士達は、溢れかえる人々を払いのけ、通路を確保した。
セリオンは部屋から出て振り向く。
「よし、生存者が出ると同時に扉を閉める。残った者は早くこい!」
セリオンの声に、姫の騎士達は皆、再び抜刀した。
「イップ王女、我々は貴女の騎士です。我々は貴女の意志を守ります。団長、あとはお願いします」
「お前達………」
「我々は、あの者共を守ります!」
状況が解らぬ今、この中に入るのは死を意味する。なのに、皆笑顔だった。
それに気付いたイップ王女は慌てる。
「待ちなさい、そう言うつもりで言ったので無い。頼む、行かないでくれ!」
セリオンの腕の中で暴れるイップ王女を、誇らしげに見つめながら騎士達は敬礼した。
「解っていますイップ王女。しかし、我々は姫の騎士だ! 王女の代わりは我々に任せて下さい」
姫の騎士達の思いが解ったのか、セリオンには止められなかった。
「イップ王女は必ず守る。人々が出れば扉を一旦閉める。鍵はかけない。各自、終息の目処が付き次第、直ぐに帰還せよ! 死ぬ事は王女が許してくれない!」
騎士達は頷く。
「駄目だ! 止めてくれ。お願いだ、セリオン皆を止めるのだ!」
イップ王女は涙で顔がぐしゃぐしゃだ。
姫の騎士達は、イップ王女に対して復唱をした。
「我々は姫の騎士団! 負けることは許されておりません。必ず戻ってまいります!」
セリオンは頷いた。
それが合図のように、姫の騎士達は溢れかえる人々を掻き分け、中に入っていく。しばらくして扉は閉められたが、次にイップ王女が開けるの何年も先で、それまでは開いた記憶は無かった。
これが始まりで有ったし、終わりでも有った。
何度見ても心を抉る夢。変えられるのは自分達しかいない。
だから行くことにした。
まだまだかなり長い説明に成りました。リオは少し語りすぎの様に思えます。作者自身ここまで詳しく書こうと思って無いのに、気が付けばリオは勝手に語り出します。すいませんややこしくて。ちなみに次も語り出します。次回はリオのライバル的存在が登場予定です。リオ、もう少し優しく話してね。
あと、イップ姫はヒロイン消すぐらいに健気でかわいい。書いていて楽しかった。イップ姫いいわ。好きだわ。いかんな、リオがメインヒロインですね。